第二節 セクハラ判断における立場の違い

 大学生の共通した傾向を4つの判断要素として分析したが、男性と女性それぞれの発言を比較してみると、特に男性のみに見られる特徴的な発言があった。例として、セッション5でのやりとりを見る。

 

 R2:バイト先とかで、女性を華扱い、「このバイトの華だぜ」みたいな。アイドル的存在、て感じに扱うのはセクハラになると思う?まず、じゃあ、女の子が喜んでノリノリだった場合は、俺は、ならないと思うけど。

 Kセクハラってか、差別?

 L:その、言われた本人がどう思うかじゃない、やっぱ。

 R2:別に(本人が)喜んでたら問題じゃないけど、嫌がってた場合は=

 L:=セクハラに入っちゃったりするんじゃないか、と思うけど。

 

 「セクハラと男女差別は違う」と考える大学生が多い中、やはりKさんも「セクハラではなく差別である」という結論を出す。しかしLさんは直後、「被行為者が嫌がっていたら」という状況付加を提示し、「セクハラである」という判断をする。この際に利用された要素は【不快感】であり、一連の流れを観測した第三者であるLさんの「自分の不快感」ではなく、被行為者が嫌がっているかどうかという「他人の不快感」によるセクハラ判断がされている。

 このように、前章第三節でも述べた通り、「不快である」というのは本来主観的な感情であるはずだが、上記のやり取りでは「不快に思っていたら」という「他人の不快感」を憶測した発言がある。これは男性に多く見られる傾向であり、語り手が男性であるほとんどの場合、【不快感】はあくまで被行為者が不快に感じている、つまり「他人の不快感」が存在しているという事実を持ってセクハラであると判断する要素であり、基本的には第三者が行為を見て不快に感じる、つまり「自分の不快感」が存在することをセクハラ判断において問題とはしていない。この場合【不快感】とは、第三者が被行為者の感情を推測により「もし、嫌がっているのなら」と仮定する「状況付加」に過ぎない。こうした【不快感】の使い方が女性より男性に多く見られ、さらにほとんどの男性に共通する傾向なのである。

 また、同様にセッション5での以下のやりとりを見てみる。

 

R2:今までさ、大学とかバイト先とかなんでもいいけど、「これはセクハラではないか?」という体験や見聞があったら教えて。

K:あのこれ、セクハラって言うか分からないけど、飲み会で、男女がおる中で、ふざけてパンツを下げるん=

 R2:=ああ、パンツを見せたんか。うん、そうだな。不愉快に思った人がおったらセクハラっぽいよな。俺はちょっとセクハラって思うかな。不愉快に思う人がおったら。みんなノリノリだったら、別にいいけど(笑)

 L:酔った勢いで抱きつくとか。

 R2:まれによく見る行為だな。嫌がってたら、ちょっとねえ、って感じだよね。

 K:意図してなくても、男から女にする場合で、男のほうに意図がなくても女の方が嫌だったら、セクハラ。なんやけど、逆の場合は・・・

 R2:女から男の場合は?

 K:そう。その場合は、ちょっと違うってなるんじゃないかと。

 R2:なんか、男だと、自分がこれはセクハラだって思う状況が思い付かんよね。ある程度何されても、セクハラだとはあんま思わんよねえ。女の子がされてるとこのがまだイメージしやすいよね。

 

R2の、「不愉快に思う人がおったら。みんなノリノリだったら別にいいけど」という発言が他の会話と異なる点は、提示された事例では男性が被行為者であるということである。大学生の会話の中で、男性が被行為者である例示は極端に少ないが、R2の発言は被行為者(この場合は男性)の【不快感】に関して判別をしているのではなく、その他大勢の第三者達の【不快感】に注目しているという点に注目したい。前者も後者も共にR2にとっては「他人の不快感」である。分析第三節でも述べたように、「他人の不快感」は基本的に「被害者の不快感」として利用されてきた。さらにこの場合、被害者は女性を想定する事がほとんどである。一方で被害者を男性と想定した上記の場合、「他人の不快感」は「被害者の不快感」では無く、「第三者の不快感」に置換えられている。これらの事から分かるのは、「男性がセクハラ被害者になること」を、男性自身が想定しにくい傾向にあるということである。「男だと、自分がこれはセクハラだって思う状況が思い付かんよね。ある程度何されても、セクハラだとはあんま思わんよねえ。」という発言のように、セクハラ被害に対する積極性が明らかに女性より弱い立場にあると言える。

男性がセクハラ被害に対して消極的であるのは、【不快感】という要素において、それが自分達にとって理解できないものだからである。自分自身の抱く「不快である」という感情が「分からない」ため、男性は「他人の不快感」を基準として、【不快感】を仮定するのである。以上のように、男性と女性の立場の違いという観点において最も大きな差が何であるのかと言うと、男性がセクハラを他人事のように語る点であり、その原因は【不快感】という要素の使い方の違いに起因している。