第二章 先行研究

第一節 セクシュアル・ハラスメントの定義

セクハラは非常に多義的で曖昧な概念として用いられる言葉であるが丹羽雅代(1997)は「セクシュアル・ハラスメントと女性の人権」において、労働省によるセクハラの定義を「相手方の意に反する(相手方の望まない)性的言動で、仕事を遂行する上で一定の不利益を与えたり、就業環境を悪化させること」と紹介している。

また、赤石憲昭(2010)は「健康科学大学におけるキャンパス・ハラスメントに関する一調査」において、大学生が「ハラスメント」という言葉の意味をどれほど理解しているのかに関する調査を行っている。その結果、9割以上の学生が上記労働省による定義付けの通り、「嫌がらせ」や「迷惑行為」といった正しい理解をしているものの、単に「差別」といった、やや外れた回答をする者や「女性が受ける男性の嫌な行動」といった女性に対するセクハラに該当する意味に狭く理解をしているものもいた。このように、セクハラという言葉の受け止め方について、公的な定義との間でズレが生じているのである。


 

第二節 大学におけるセクシュアル・ハラスメント

セクシュアル・ハラスメントの一つとして「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント」がある。上野千鶴子(2000)によると、近年大学における脱男性化が進み、女性教員増加に伴い、大学もまた女性の職場のひとつとなった。それとともにあらゆる職場と同じく、女性労働者の雇用に伴う性差別が問題視されるようになったのである。また、職場としてだけではなく、学びの場としての大学というコミュニティの中で、実際に大学生や大学院生が被害に遭うセクハラも増えている。大学で起きるセクハラに焦点を当てて現状を調査している論文は近年徐々に増えつつあり、鐘ヶ江晴彦(2000)は専修大学におけるセクハラ問題への対応策を検討するための委員会が実施したアンケート調査をもとに、日本の大学がかかえるセクハラの現状とその構造の一端を明らかにしている。調査はセクハラに該当しそうな50の項目を提示してのアンケート調査で、サンプル数は5355人、回収票数は951であり、全て大学における女性構成員が対象となっている。それによると、そのうち46.0%にあたる433人の女子学生がセクハラ被害の経験者であることが判明した。50の行為のうち、相対的に多くの回答者が「セクハラに該当する」とあげた行為は以下の通りである。

 

・服装や化粧についての口出し

・「色っぽい」「色気がない」「女じゃないみたい」などと言われた

・身体への接触や性暴力行為

・すり寄る、寄りかかられる

・髪や手、肩などに触れられる

・「女に学問は向かない」、「女は就職してもじきにやめるのだから」「若い女の子がいるとやる気がでる」「だから女はだめだ」などと言われた

 

 50の行為の少なくとも一つをあげた回答者に、そのうちで最も不快に感じたものを指摘してもらう調査の結果、「言葉によるセクハラ」をあげたものが最も多く、被害経験者の30.0%にのぼる。これに次いで「身体への接触や性的暴力行為」(18.8%)があり、「交際の強要」(13.0%)がこれに次いでいる。

 

 「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント」の問題解決に先立って、どのような被害が起きているのかという現状調査こそが必要不可欠とされる中で、代表的な調査である京都大学女性教官懇話会による「女性教員・女子卒業生からみた京都大学―教育・研究環境調査から」(1996)を見ても、その対象は主に卒業生や女性教員であることが多い。「職場としての大学」「就職を前にした学生生活」という観点から、女性であるがゆえにどのような不利益を被っているかという調査に傾向が偏りつつあるように思える。一方で、サークルやバイトにも勤しんでいる学生たちが、大学生活という生活基盤の中で日常的に何をセクハラと捉えるのかという調査は少ない。また、調査対象のほとんどが女性に限定されており、男子学生目線でのセクハラについて語られている調査も同様に少ないのである。大学という特殊な場でのセクハラを考える上では、女性と男性双方の価値観にどのような違い・共通点が見られるのかを調べることこそが重要になるであろう。また、以上の先行研究を見ても分かるように、セクハラに関するこれまでの研究論文においては、その多くがアンケート調査もしくは被害者の実体験に基づいた分析による現状調査である。しかしながら、それら過去の研究では、「どのような行為がセクハラか」という点に重点が置かれがちであり、「なぜその行為がセクハラか」という点の解明が軽視されているように思える。したがって、本稿では自由なディベートを基に、大学生の語りから彼らの考えるセクハラの基準を抽出しそれらを分析することで、「なぜセクハラなのか」という疑問を根底においた調査を行った。