第5章 負けてたまるか
――「とくいの銀行」をヒントにした再起
第1節 「とくいの銀行」概要
「とくいの銀行」とは、美術家の深澤孝史氏が頭取となって企画、運営するアート作品であり、お金の代わりに「とくい」を運用する銀行である。2011年、茨城県取手市井野団地の住人を中心とした、人々の活動の輪を広げるコミュニティづくり「とくいの銀行」プロジェクトが発足した。
参加を希望する人はまず、「とくいの銀行」に自分の「とくい」を預ける。すると、自分専用の通帳が発行される。参加者が預けた「とくい」は「ちょとくリスト」として一覧できる。「とくい」を預けた人は、他の誰かが預けた「とくい」を引き出すことができる。ちょとくの際には「ちょとく票」、引き出す場合には「ひきだし申込書」に記入して、銀行員に手渡すか、ATMに投函する。参加者はそれぞれが持つ「とくい」という無形資源を蓄積、交換し、体験することができる。いずれかの「とくい」が引き出された場合は、預けた人に連絡がいき、引き出した人と便乗したい人が集まって「ひきだしイベント」が開催され、その最後には皆で記帳する。「ひきだしイベント」の開催や、複数の「とくい」を同時に体験できる「ひきだそう会」など次々と企画が進行している。
また、より多くの人にどんな些細なことでも「とくい」として預けてもらえるよう、ボランティアの銀行員は営業活動を行っている。全ての「とくい」がプロ並みである必要はない。彼らは日常会話の中で相手の特性や興味を聞き出し、「それ良いですね、預けてもらえませんか」と、「ちょとく」に対するハードルを下げていく。預けてもらえた暁には、引き出しを勧誘することも忘れない。運用される「とくい」は「得意」の他に「特異」の意味も持ち、むしろ後者の意味合いの方が強いとされている。
井野団地の他にも様々な場所(静岡県浜松市、山口県山口市)で実施されているが、井野団地以外では原則、期間限定で行われている。これは、深澤氏が頭取として常駐できる期間が限られているためである。有志のボランティアによる期間外営業が行われる場合もある。
第2節 とくいの銀行ななつぼし支店(山口県)
第1項 調査概要
2013年7月6日(土)〜12月1日(日)まで(第1弾が7月〜8月、第2弾が11月〜12月)、「とくいの銀行
山口」が山口情報芸術センター(YCAM)10周年記念祭「LIFE by MEDIA 国際コンペティション」の受賞作品として、山口市中心商店街にて行われている。今回は、第1弾の実施期間中に山口で実地調査を行った。
日時:2013年8月26日(月)15時〜17時、27日(火)10時15分〜13時10分
場所:山口
とくいの銀行ななつぼし商店街支店(山口県山口市米屋町2‐4)
及びその周辺地域
インタビュイー:深澤
孝史
氏 及び関係者の方々
【深澤氏のプロフィール】
美術家。1984年山梨県生まれ。「しょうがいぶつマラソン2012」(2012 浜松)「とくいの銀行」(2011−取手)など様々な現場において常識を再設定するプロジェクトを展開。とくいの銀行では頭取を務める。
2013年8月26日(月)15時〜17時
「山口 とくいの銀行ななつぼし商店街支店」は商店街の空き店舗に設置されている。「ななつぼし商店街」という名称は架空のものである。この名称は、山口市中心商店街が7つ(西門前、道場門前、米屋町、中市、大市、駅通り、新町)の商店街から成り立つことに由来している。
筆者が訪問したときはちょうど、「新幹線の絵をかく」とくいが引き出されており、14時から始まったお絵かき会の最中であった。預けたイラストレーターの女性、引き出した小学生の男の子、彼の祖父、深澤氏の総勢4人が、新幹線の絵を絵の具で画用紙に描いていた。皆で描きあがった絵を持ち、支店前で写真撮影をして解散した時刻が15時半頃であった。普段、「とくい」が引き出されるのは月に数回程度だという。今回は、開催期間第1弾の終盤だったということもあり、1日に数種類もの「とくい」が引き出されていた。その多くが数十分から数時間程度で終わるものである。この日は午後4時から、「女子力あっぷ『ヘアメイクサロン』」(利用者の女子(20〜40代)が数名集い、互いにヘアメイクを施した後、焼肉へ行く会)が開かれた。
支店には深澤氏とYCAMのスタッフ(アルバイト)1名、任意のボランティア数名が常駐する。営業時間は10時〜19時、定休日は火曜日である。銀行の前には「とくいの銀行ATM(段ボール製)」が設置されており、とくいの預け入れ(=ちょとく)やとくいの引き出しを行うことができる。YCAM内の図書館前にも同様の機械が設置されている。いずれも、施設の営業時間外は利用できない。なお、「ちょとく」の一覧の確認や「とくい」の預け入れや引き出しは、支店内のほか、Webサイトからも可能。
(図5−1) とくいの銀行ななつぼし支店正面
(図5‐2)「新幹線の絵をかく」とくいの引き出しイベントの様子
2013年8月27日(火)10時15分〜13時30分
(とくいの銀行が)地域通貨だっていう発想はなかった。いろんなところでやるうちに外部の人たちが地域通貨っぽいね〜って言ってきたんだよね。(深澤氏)
今もまちづくりには興味がなくて。でも、ここ(山口市中心商店街)は活性化してると思う。ちょっと異常なくらいだよね。商店街がお金を使うところなら、こっちは使わないようにしようと思って。(深澤氏)
その後、話の流れで「靴屋の菅沼さんがちょうちん(※注1)を作るのが得意」だからと、「とくいの銀行」に預けてもらうべく、営業活動へ行く。
深澤氏とその場にいたボランティアスタッフと連れ立ち、「ちょとく票」を持って商店へ行き、無事に「ちょうちんを作る」とくいを預けてもらった。
別に得意なわけじゃないんだけど……まあ、いいですよ、書きますけどね(笑)
(菅沼 淳 氏・クレイン山口どうもん店店長)
菅沼氏は靴のソムリエ・シューフィッターの資格を持つ。それを活かし、「足のサイズを測ります」というとくいも預けている。筆者もその場で引き出し、正確な足のサイズを測ってもらい、足に合う靴も紹介してもらった。このように、「とくい」は1人いくつでも預けることができる。参加者が商店主であれば、今回のように自らの商売と関連させることもあれば、全く関係ない場合(提灯作り)もある。
預けられた多くの「とくい」が、1度も引き出されないままであるという問題を解決するため、「ひきだそう会」や銀行主催の「ひきだしイベント」が行われる。
(図5−3)靴屋で仕事中の菅沼さん(左)に営業に行く深澤頭取(右)
第3節 第2次計画案――まちなかとくいの銀行 富山中心街支店
1、催事名 まちなかとくいの銀行 富山市中心街支店
2、開催期間 2013年9月〜
3、場所 富山まちなか研究室MAG.net
4、対象 富山市中心市街地(中央通り、総曲輪通り、大手モール……)
富山在住の学生と富山市中心市街地を生活圏とする人
5、趣旨 まちなかを舞台に、様々な繋がりを創出する。
人の繋がりに見出される価値を可視化する。
6、内容
「ちょとく票」に記入してもらうことで、参加者から「とくい」を預かる。
その際、参加者は自分専用の通帳を受け取る。1人でいくつでもとくいを預けられる。
参加者が預けた「とくい」は、集約してリスト化する。(ちょとくリスト)
「とくい」を預けた人に「引き出し申込書」に記入してもらうことで他の「とくい」を引き出してもらったり、こちらから呼びかけたりして「引き出しイベント」を開催する。引き出しイベントの最後には、皆でお互いに記帳する。
「ちょとくリスト」や「引き出しイベント」の予定やレポートは、facebook(随時)あるいはメール(週に1度)で参加者と共有する。
「ちょとく票」、「引き出し申込書」、「ちょとくリスト」は巻末資料として添付する。
第4節 まちなかとくいの銀行 富山中心街支店 経過報告
前節で述べた計画を実行に移す際、短期間で多くの「とくい」を預かり、参加者を一気に増やすことにした。そうすることで、皆の預けた「とくい」という仕組みの要が安定し、後々に参加者へ「とくい」の引き出しを促したり、参加者同士を繋げたりしやすくなるためである。
2013年11月23日(土)、24日(日)の11時〜17時まで、富山市中心市街地(以下まちなか)で開催された「MAG.fes 〜まちなかで遊ぶ学園祭〜」(以下イベント)において、筆者は「まちなかとくいの銀行 富山市中心街支店」としてブースを設け、参加者を募った。具体的には、「ちょとく票」に「とくい」を記入して預けてくれた人を参加者とし、個人専用の通帳を発行した。2日目からは、1日目に集まった「ちょとく票」をまとめた「ちょとくリスト」を公開し、「ちょとく」とあわせて「とくいの引き出し」も促した。
その結果、1日目に34名から51のとくい、2日目に13名から25のとくいを預かることができた。この前後に預かった分も含めると、2014年1月6日現在で73名から154のとくいが集まった。このうち、facebookの利用者は58名であり、残りの15名とはメールで連絡を取っている。また、とくいの引き出しは同日現在で12件であった。以下、既に実施したいくつかの「引き出しイベント」について述べていく。なお、「MAG.fes〜まちなかで遊ぶ学園祭〜」当日のブース設置および、開催場所を特筆しない「引き出しイベント」は全て、「MAG.netまちなか研究室」が会場である。
第1項 引き出しイベント1 「腕相撲 〜名勝負は突然に〜」
2013年11月24日(日)午後4時20分〜午後4時30分 参加者2名 見学者多数
イベント当日に預けられた大学生・Aさんのとくい「腕相撲の相手します!」が社会人・Bさんに引き出された。2人は普段、まちなかにあまり足を運ぶ機会はないという。特に、Aさんは「もし引き出されても、後日に都合をつけて来ることは難しいと思う」と話していた。今回は幸運にもイベントの開催期間中に引き出されたことで、すぐに取引が成立した。
直前まで見ず知らずだった2人は、名乗るよりも先に腕相撲を始める。一瞬、倒されかけたように見えたAさんだが、みるみる血流が良くなっていき、盛り返す。なかなか勝負が着かず、東京出張帰りのBさんは机の角で踏ん張る。2人の腕力が拮抗した戦いは、3分間ほど続き、挑戦者・Bさんの粘り勝ち。「久しぶりで楽しかったー!」とAさんが顔を真っ赤にして笑う横で、Bさんは隣で見ていた娘さんと奥さんに勝利を報告する。この後で、2人はようやく自己紹介。お互いの通帳にサインを交わし、固い握手もして、後の用事に向けて去っていった。
第2項 引き出しイベント2 「英語教室 〜英語ときどき旅話ところにより円周率〜」
2013年12月1日(日)午後1時〜午後2時30分 参加者3名
テストを明日に控えた女子高生・Cさんが、アメリカ帰りの社会人Dさんのとくい「英語教えます」を引き出した。
Cさんは日頃からよく、学校帰りにまちなかを訪れる。一方、Dさんはイベント当日、久しぶりにまちなかへ足を運んだ。デパートに寄るだけで帰るつもりだったが、知人に偶然会い、「とくいの銀行」に参加した。「まさか引き出されるなんて」と驚きながらも、快く参加してくれた。
筆者が横で見守る中、英語教室が始まる。Cさんは学校の教官お手製の問題集を広げながら、分からない所を順に聞いていく。「atとonの違い」「inとonの違い」など、明日のテスト範囲は前置詞だという。Cさんが長文の中をピンポイントで指差しても、Dさんは10秒足らずでそのページを黙読し、「それは空間と点の違いで……」と答えはじめる。
2人とも調子が出てきたところで、Cさんが預けていたとくい「円周率50ケタ言えます」をDさんが引き出し、ゆっくり言ってもらいながら正誤を検証する。Cさんは円周率を3.14から4桁ずつ区切って覚えているそうで、完璧だった。
その後、英語の話題から脱線し、2人の共通の趣味である、旅の思い出話に発展する。皆で「ちょとくリスト」を見ながら、最後に旅好きの預けたとくいを一気に引き出して、お開きになった。近いうちに「旅の思い出を語る会」を開くことが決まった。なお、今回はCさんもDさんも通帳を忘れてきており、記帳することができなかったため、後日の引き出しイベントでの記帳を約束した。これを機に、引き出しイベントを告知する際、通帳を忘れずに持参することを周知するようにした。
(図5−4)英語教室におけるピンポイント質問の図
第3項 引き出しイベント3「皆でフリスクをかっこ良く食べる会」
2013年12月6日(金)午後4時〜午後6時 参加者6人
大学生のEくんが預けたとくい「フリスクをかっこ良く食べる」をまちなかで働くFさんが引き出した。便乗して参加したのは、大学生のGくん、英語教室にも参加したCさん、まちなかで働く社会人のHさん。EくんとGくんは大学の友達で、まちなかへはイベント以来の再訪である。Fさんは会場となっている「MAG.netまちなか研究室」に勤務しており、仕事の休憩時間を割いて参加した。Cさんは学校の行事が終わった足で駆け付けた。Hさんは仕事の都合により開始後30分で退席し、終了直前にも顔を出した。
自己紹介の後、本日の講師Eくんによるデモンストレーションを皆で見学する。所作が速すぎて、きちんと口に1粒入ったのか、入りすぎたのか、はたまた全く入っていないのか確認できない。Eくんはかっこ良くフリスクを食べ始めたきっかけ(高校時代の師匠(クラスメイト)との出会い)や、数ある清涼菓子の中からフリスクを選ぶ理由などを交えながら言葉巧みに会を進めていく。皆の手にフリスクが馴染んできたところで、いよいよ実践に移る。フリスクをポケットから出し(必要に応じて回転させて)手にセットするところから練習は始まる。参考までに、手順は次の通りである。
@セット :フリスクを親指と中指で挟んで横向きに持ち、中指でケースをスライド。
Aトントン:人差し指で上部を軽く叩き、取り出し口に1粒だけ出す。
Bシャカ :伸ばした背筋と平行になるよう、素早くケースを口元へ。
途中、フリスクのジレンマなる2点の話題で盛り上がった。まず、かっこ良く食べるためには新品の50粒入りは少し多すぎで、こぼれる可能性があることである。今回は練習のため、わざわざティッシュに半分ほど出し、内容量を適切に調整した。次に、2段階スライドという開け方についてである。1段階目だと口が狭すぎて1粒も出てこず、2段階目だと口が広すぎて何粒も出てくるのである。絶妙な位置でスライドを止めることが難しい。
声を上げながら長い時間を練習に費やし、Cさん、Gくん、筆者、Fさんの順で成功する。何度も繰り返すうちに、フリスクの販売元であるクラシエホールディングス株式会社への要望が出されたり、実際の商品コマーシャルを見たりと、参加者はフリスクに関してますます探求を深めていく。最後は皆で会場の掃除を済ませ、お互いに通帳を交換しながら記帳した。そして、帰り際には近くのデパートにある文具屋で売られているフリスク専用ケースを皆で見に行くという徹底ぶりを見せた。ちなみに、この話題を提供したのも、参加者の1人であるCさんである。
(図5−5)講師からフリスクのケースの持ち方を教わる図
第4項 引き出しイベント4 「オススメの本を紹介する会」
2013年12月26日17時〜19時 参加者6人
大学生のIくんが預けたとくい「オススメ本を紹介します」を、Cさんの後輩Jさんが引き出した。彼女はクリスマスプレゼントとしておばあちゃんからもらった図書カードの使い道を決める、という具体的な目標を立てて参加した。便乗した参加者は3名で「皆でフリスクをかっこ良く食べる会」に引き続いて参加のCさんとGくん、そしてGくんのサークルの後輩であるKさんである。
当初、各自1冊オススメの本を持ってくることになっていたが、筆者以外は全員が複数冊、多い人は10冊以上の本を持参していた。皆、オススメの本を1冊に絞ることが難しく、つい多めに持ってきてしまったと語っていた。以下に、参加者の簡単な紹介とオススメの本(「タイトル」著者の順)、盛り上がったエピソードを記す。
Gくんは内容よりも言葉遣いや文字配置のセンスで本を選ぶ。彼は最も数多くの本を持参した。「アイソパラメトリック」「すべてがFになる」ともに森博嗣「僕はかぐや姫」松村栄子「クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識」西尾維新「好き好き大好き超愛してる。」舞城王太郎「フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人」佐藤友哉「La Disparition(邦題:煙滅)」ジョルジュ・ペレック(=塩塚秀一郎訳)この作品は、フランス語で1番使用頻度の高い「e」を使わずに書かれた作品である。訳者は日本語で1番使用頻度の高い「い段(いきしちに……)」を使わずに作品を翻訳した。これをGくんから聞いた一同は驚きのあまり、しばし言葉を失った。
Iくんは名言本や自己啓発本が好きで、自分と同じ数学科出身の作家が気になるという。彼はGくんの次に多くの本を持参した。「イニシエーション・ラブ」乾くるみ「FREEDOM」高橋歩「覚悟の磨き方」池田貴将「夢をかなえるゾウ」水野敬也「心を整える」長谷部誠「1日30分を続けなさい!」古市幸雄「20代で始める「夢設計図」」熊谷正寿など。
中でも、朴井義展による「愛」は、Iくんの人生を変えた、最も尊敬する人の作品。悩んだときにページをめくり、開いたページを著者からのアドバイスだと捉える活用方法が仲間内で流行っている。著者が相手の目を見ながら言葉を書いて販売するため、直接著者と会わないと買えない。
Kさんは東野圭吾がお気に入りの作家で、推理小説が好きだという。幼少期から親に本なら買ってあげる、と言われたり、親の書斎には多くの本が並んでいたりと、本に囲まれた環境で育った彼女は、「こころ」夏目漱石「ポー名作集」エドガー・アラン・ポー(=丸谷才一訳)などを含む3冊を持参した。
そのうちの1冊である東野圭吾の「名探偵の掟」は、各項目で推理小説にありがちな場面をモチーフにした短編小説集である。神出鬼没、頭脳明晰、容姿端麗な名探偵を自称する主人公と彼が話をぶっこわすたびに処理に追われる刑事による物語。ところどころに、推理小説家である作者の愚痴が書いてあるところがお気にいりだという。
Cさんのオススメする本は「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」「少女には向かない職業」の2冊で、ともに桜庭一樹の著作である。この2作品はいずれも、中学生の女の子が主人公である。Cさんはそれぞれの作品を、大人との戦いにおける勝者と敗者の物語と解釈した。どちらがどちらか気になる人は、ぜひ両方の作品を読んでみてほしいと語った。
Jさんは辻村深月の「ツナグ」とロアルド・ダールの「チョコレート工場の秘密」を挙げた。後者は、チョコレート工場に招待された子供たちと工場長が織りなす物語である。小学生でも読める児童書で、映画化もされた。昔読んだときには気付かなかったが、最近になって読みなおしてみたらブラックジョークが満載だったという。翻訳者の言葉遊びも見どころだと話した。
筆者は、はやみねかおるの「都会のトム&ソーヤ」を挙げた。この作品は、自称ごく平凡な(しかし実は、並外れたサバイバル技術を備えた)男の子と、容姿端麗、頭脳明晰(でも猪突猛進)な大財閥の跡取り息子の中学生2人組による冒険物語である。やる気さえあれば何でもできる、という勇気を教えてくれた作品である。
誰かが作品を紹介すると、他の参加者は「あー、知ってる」「良いよね」と共感したり、時には「へー、知らなかった」「読んでみたい」と題名や著者をメモしたりしていた。
本来、1時間程度で終了する予定であったが、皆が持参した本を全て紹介し終わったときには2時間近くが過ぎていた。
最後に通帳を回してお互いにサインを書き込み、持参した本を通帳をテーブルに並べて集合写真も撮影した。解散間際には、Iさんが独自の活動として行っている「1000人の夢集め(スケッチブックに自分の夢を書いてもらい、それを持った笑顔の写真を撮影する)」にCさん、Jさん、Kさんが協力する姿も見られた。この後、Cさん、Jさん、Kさん、Gくんは、揃って夕飯を食べに行った。ちなみに、全員が初めて訪れるまちなかの飲食店へ行ったそうだ。
後日、この引き出しイベントの模様をレポートにまとめ、facebookとメールで配信した。その際、「オススメ本を紹介します」のとくいを引き出したJさんが早速、まちなかの本屋に行き、預け主のIくんがオススメした、乾くるみの「イニシエーション・ラブ」を購入したと報告してくれた。それを知ったIさんも「めっちゃ嬉しい!」と喜んでいた。また、Iくんは配信したレポートを書き直し、当日の写真とともに自分のfacebookの友達に公開して参加者を募っていた。(※注2)
(図5−6)参加者とそれぞれのオススメ本
第5項 引き出しイベント5 「秋の民謡教室&お月見会」
2013年10月1日(火)午後5時〜午後7時 神通川河川敷のベンチにて 参加者4人
大学生Lさんが預けたとくい「民謡」を同じく大学生のMさんが引き出し、その友達のNさんが便乗で参加。全員が富山県出身の女子である。Lさんは頻繁にまちなかを訪れる一方、MさんとNさんはほとんど足を運ばないという。2人はマイカーを持っているが、まちなかに手軽に停められるほど料金の安い駐車場がなく、そもそも行く用事もあまりないことがその大きな理由だと語る。
今回は民謡の他に水切りもする予定であったが、良い場所が見つからず、断念した。民謡教室の目標は「こきりこ節を5題目まで歌えるようになること」である。「筑子って書いてこきりこって読むのね」「『長いは袖のカナカイじゃ』ってどういう意味」(こきりこ踊りに使う竹が長すぎると、袖にひっかかって邪魔だという意味)など、豆知識をLさんに教わりながら、ひたすら歌う。初心者一同、最初は歌詞に挟まる母音の位置が分からず、声量も控えめだった。しかし、息が続かないので立ちあがり、夕焼けに向かって歌うまでに。
夕日が沈んで宵の明星が見えてきた頃、石谷もちや(富山市中央通りにある和菓子屋)の団子で乾杯し、自己紹介。とても初対面とは思えない話の弾み様であった。かつて、お金を払ってまで民謡を習いたかったMさんが、Lさんの本格的な民謡に感激して拍手する姿が印象的だった。お月見会のはずであったが、どうやら当日は午前3時にならないと月は出ないことに気付き、代わりに、夕焼けと一番星と夜景を眺めることになる。最後、合唱コンクールの話になり、真っ暗闇の中で思いつく限りの合唱曲をアカペラで歌って盛り上がり、解散した。
(図5−7)笛の演奏を聴きながらこきりこ節を歌う図
第6項 引き出しイベント6 交換ノート
2013年9月14日(土)〜2013年12月20日(金)現在も継続中 参加者9人
商店主Oさんが預けたとくい「交換ノートで人生相談」が大学生Pさんに引き出され、その他に商店主のQさん、まちなかで働くFさんとRさん、大学生のLさんとNさん、看護学生のSさんが便乗して参加している。それぞれが、身の回りで起きた出来事や宣伝したいことを好きなページ数で綴り、イラストや写真が添えられることもある。タイトルに人生相談を冠しているが、深刻な相談が書き込まれることは少ない。普段は、他愛もない話題に皆が好きなように反応している。偶然にも参加者の全員が女性であり、Rさんによって「女子会ノート」という異名がつけられた。筆者が順番にノートを学生や社会人、商店主の元へ届ける。都合がつく場合は参加者同士でもノートを回してもらう。お互いに顔を見たことのない参加者もいるため、今後メンバー一同で顔を合わせて食事をする「女子会ノートの会」が計画されている。
第7項 引き出しイベント7 山梨の美味しい蕎麦屋 概論
2013年12月2日(月)22時30分(facebookとメールで配信)
東京から山口への帰省途中で富山に立ち寄ったカメラマンのTさんが預けたとくい「山梨の美味しい蕎麦屋」を、年末に富山から山梨へ帰省するグルメ好きのお父さんのUさんが引き出した。このとき既にTさんは東京へ戻っており、2人の直接対面は叶わなかったため、メールで送ってもらった情報を共有する形での引き出しイベントとなった。
筆者はてっきり、お店の情報だけが送られてくるものだと思っていたが、Tさんから届いたメールには山梨県と蕎麦に対する深い愛情が1468文字もの長文で語られている。「概論」と題した1段落目では、山梨県に根付く蕎麦の歴史と文化が述べられた。次の段落でようやく、おすすめの蕎麦屋の情報が述べられ、詳細な道順や一押しのメニュー、店の雰囲気や店主の人柄にまで言及されている。最後に、他にも温泉やパン屋などでも穴場があるので、またいつでも聞いてほしいということ、さらに年末は雪や凍結で道路の状態が悪くなるため、帰省の際は気をつけてほしいということが書き添えられていた。
あまりに充実した内容であったため、引き出し主を含む参加者全員に公開したところ、引き出し主以外からも「素晴らしい!」「行きたくなった」という声が上がっていた。
なお、県外からの参加者であるTさんは、東京に戻った後も「まちなかとくいの銀行」からの週報に対して返信を寄せてくれたり、年賀状を送ってくれたりしている。このように、偶然富山を訪れた観光客との継続的な繋がりも生まれている。
第5節 まちなかとくいの銀行 への反応
この試みの肝は、「人々の交流そのものに価値がある」という概念を分かりやすく伝えることにある。前案のような地域通貨で同じことを喚起しようとすると、まず「通貨=お金」という感覚や難解な仕組みに阻まれる。さらに、地域通貨に対してそのような否定的印象を抱くと「そこまで面倒な思いをしてコミュニティ活性化をする必要があるのか」という疑問も生まれてくる。前章ではこの2点の問題が複雑に絡み合い、コミュニティ活性化を主な目的とする地域通貨の限界となっている現状を分析した。
それに対し、「とくいの銀行」において参加者の募集から運営までを行った筆者には、その限界を少しでも突破できたと感じる節があった。それは「とくいの銀行」で見えるようになったものがあるからだと考えている。以下、それらを前案と比較しながら項目別に述べていきたい。
第1項 見える価値
人々の交流そのものの価値を、地域通貨は擬似通貨(=お金)で表現する。価値あるものに通貨を支払うことは、実際の市場経済で食料品を買って法定通貨を支払うことと似通っている。これで地域通貨を分かりやすいという人がいる一方、人々の交流に法定通貨を支払うような違和感を覚える人もいる。
とくいの銀行は、人々が預けた「とくい」そのものに価値がある。価値のある「とくい」を引き出すことが人々の交流に繋がるため、人々の交流は価値そのものである。価値を通貨に置き換えることなく、価値そのものをやりとりする仕組みは非常に分かりやすい。そのため、参加者を募る際の文言は以下のようになる。「一般的に銀行にはお金を預けますよね。とくいの銀行はお金の代わりに皆様のとくいを預かります」。事実、地域通貨と同じように法定通貨を使った例えをしているのにも関わらず、先述したような違和感を口にした参加者は誰もいなかった。
地域通貨では「できること、してほしいこと」を最初に登録する。そこで、多くの人は自分に「できること」などないと躊躇う。「してほしいこと」は一切ないと言いきる人もいた。地域通貨の仕組みを説明された上で登録の段階に入ると、対価となる通貨を受け取るに値する「できること」、あるいは通貨を支払ってまで「してほしいこと」という条件が予め思考にちらつくのであろう。
一方で、とくいの銀行は「とくい」を登録するだけである。自分の登録した「とくい」に対価は存在しない。それでも「得意なことなどない」と言う人もいる。その場合、「自分が好きなことや誰かと一緒にやりたいこと」と聞き方を変えると、悩みながらも全員が登録してくれた。さらに、参加者には以下のように伝える。「貴重なとくいを預けてくださり、ありがとうございます」。登録(ちょとく)が終わった後になって、自分が預けた「とくい」には大きな価値があるということが、参加者の意識に植えつけられる。極めつけに、自分の預けた「とくい」の記された通帳がその証として渡される。銀行通帳をかたどった通帳を受け取ると「なぜか分からないけど無性に嬉しい」という声をよく聞いた。貯金通帳であれば数字が並ぶが、とくいの銀行の通帳には預けたり引き出したりした「とくい」と交流した人の名前が書かれていく。その列が増えていくにつれて、まるで貯金額が増えていくように、目に見える価値が感じられる。
第2項 見えるコミュニティの活性化
「とくいの銀行」では人々が預けた「とくい」がリスト化されて、「ちょとくリスト」になる。同様に地域通貨にも「できること・してほしいことリスト」というものが存在する。しかし、地域通貨では基本的に当事者同士でサービスのやりとりがなされるため、個々人間のやりとりが外から見えにくい。当事者たちがいくら楽しい時間を過ごしたとしても、誰が誰にどれだけの金額でどのサービスを提供し、どのような結果になったのかを参加者の全員で共有する機会がほとんどない。一定期間ごとに広報を発行したり、活動を発表したりする際に目立ったやりとりのみを周知することが多い。結果として、参加登録は済ませてもその後の活用に踏みだせない人が多くなる。
「とくいの銀行」では、誰かが誰かの「とくい」を引き出すと(悩み相談やそれに類するものは除き)、「引き出しイベント」として参加者全員にその開催が予告され、便乗参加が呼びかけられる。1人が預けた「とくい」を大人数で楽しむことが出来るのである。そして、インターネット環境が整っていることが前提ではあるが、参加者全員にその様子を公開している。facebookを利用している参加者は、最新の「ちょとくリスト」や取引の写真付きレポートを閲覧したり、コメントを残したりすることが出来る。facebookを利用していない参加者にはメールでデータを送信し、コメントも受けつけている。毎回のレポートが広告となり、とりあえず「とくい」を預けたものの、次の一歩を踏み出せない参加者に、次回は自分もこの輪に入りたいと思わせるのだ。
第3項 見える成功
先述の通り、地域通貨は通貨の循環が不可欠である。そして、個々人間のやりとりが見えにくい。結果として、自分の知らないところでも通貨が正常に循環しているのか、自分が貯めている通貨がこの先も不自由なく使えるのか、現在参加しているこの試みは全体として成功しているのか、という不安も同時につきまとう。これは、貯めることが出来る通貨を価値表現に用いることに問題がある。
人々の交流の価値を、通貨を用いることなく表す仕組みが「とくいの銀行」である。通貨の循環や貯蓄も関係ない。強いて言えば、参加者が預けた「とくい」が銀行に貯まっていくだけである。そのため、参加者は自分の興味のある部分(引き出しイベント)だけに目を向けていても不安がない。仮に計画が頓挫しても、何一つ損をすることがないからだ。さらに言えば、計画が頓挫する可能性も低い。なぜなら、「とくい」が引き出されるごとに独立した「引き出しイベント」が開催され、当日は当事者が楽しみ、その様子も後日参加者の全員が閲覧できる。小さな成功を何度も重ね、それぞれを参加者全員で共有できるシステムとなっているがゆえに、全体として成功している様子が外からも分かりやすい。仮に、1つの引き出しイベントで些細な失敗があったとしても、それが他の引き出しイベントに影響を与えることは起こりにくい。したがって、「とくいの銀行」は仕組み全体として失敗が少なく、成功を収めやすい性格であり、それが参加者や外部の人からも見えやすいと言えるだろう。