第四章 調査報告:高岡コロッケの取り組みの事例
第一節 高岡コロッケについて
高岡コロッケの定義には厳しい基準等なく、高岡で売っているコロッケなら全て「高岡コロッケ」と呼ぶことができる。一般的に、偽物商品を避けるために定義を厳格に決めているB級グルメ団体が多いが、このように誰もが気軽に名乗れるような緩い定義を設けているのは珍しい。高岡で売っていれば高岡コロッケと名乗れるため、高岡ではお店ごとに個性のある多種多様な創作コロッケが売られているのが特徴である。
ここでは高岡コロッケの例としてインタビューを行った加盟店の高岡コロッケを紹介する。
(株)インサイトでは、2005年に高岡大仏コロッケを開発した。金子氏は当時の2005年頃に高岡を代表するような有名なグルメがなかったことから、なにか食べ物で高岡を代表する名物を作りたいと考えていた。コロッケが高岡でおやつとして親しまれていた面や高岡の人がコロッケをよく食べていることから、コロッケでなにか商品を作ることになり、大仏コロッケが完成したと述べている。
高岡大仏コロッケは直径14cmほどある大きなコロッケである。高岡大仏という名前をつけたのは買ってもらう人の興味を引くため、大きさなどの特徴を作り覚えてもらうためという意図がある。また、大仏コロッケはいろんなところに普及させたいという考えから著作権フリーとなっている。そのため、大仏コロッケはインサイトだけでなく誰もが扱うことのできる商品となっている。「写真4−1」
写真4−1 高岡大仏コロッケ
(食べログ富山HPより)
道の駅では高岡大仏コロッケの他にも白エビコロッケ(富山湾でとれる白エビを売りにしたコロッケ)、氷見牛コロッケ(氷見牛を使ったコロッケ)、牛肉コロッケを販売している。
天の川倶楽部南条では2009年に富山新聞社が高岡コロッケを使ったまちおこしをしているという話を聞き、自分たちのお店でもコロッケを作ってみようという話になり紫イモコロッケを創作した。具材は玉ねぎと紫イモだけで肉が入っていないのが特徴。アントシアニンが豊富に含まれている。「写真4−2」
写真4−2 紫イモコロッケ
(るるぶ.comより)
お店ではメニューとしてコロッケ定食(コロッケは紫イモを使用)、テイクアウトとして紫イモの他、枝豆、ねぎ、にんにくの4種類を提供している。
第二節 活動の経緯
第一項 活動のきっかけ
高岡コロッケの取り組みは2004年にHP「カラーたかおか」で、コロッケを取り上げた事がきっかけである。「カラーたかおか」とは高岡市の若手職員の有志が運営するHPで、当時の人口減少対策事業の1つとしてスタートした。
HP「カラ―たかおか」はホームページ上で高岡市のイメージアップをすることに重点を置いていた。高岡市の職員は、高岡の人たちがコロッケをよく食べていることに着目し、調べたところ、富山県はコロッケの消費量も高く、2004年の家計調査報告で富山県の1世帯当たりのコロッケの購入額が全国で一番多いというデータがある事が分かった。そこで、高岡市の職員は市民の食生活に馴染みがあり、なおかつ消費量が全国有数とされるコロッケで高岡を情報発信していくこができるのではないかと考え、HPで情報発信を始めた。
松田氏は活動当初の背景について次のように語った。
高岡という地域が、県庁所在地の富山市、北陸の中心地である金沢との間に挟まれた地域で、人口が徐々に減っていって、地域の活力が徐々に失われていると。でまあ、経済が停滞している中で、ここはモノづくりの街ですけど、モノづくりの元気がないと。じゃあこの高岡をどうやって、元気づけていこうかっていう趣旨で高岡の色を発信できる素材をいくつかピックアップしたんですが、その1つがコロッケだったと思います。
2004年はまだB級グルメという言葉もなく、ご当地グルメという言葉もなかった頃である。この発言を見ると、高岡コロッケはB級グルメでまちおこしのブームとは関係なく活動がスタートしたことが分かる。高岡を元気づける、高岡の特色を表すものとして発見されたのが偶然コロッケであったというのが理由であり、単にB級グルメブームに便乗したものではないと言える。
2004年の家計調査報告のデータは見つからなかったが、下の図は2012年度の総務省の家計調査のデータである。富山市は平均を上回り、全国10位という高い消費量を示している。富山市のデータであるが、富山県の特徴を示すデータとして捉えれば、高岡市もおそらくこの傾向に含まれると考えられる。「図4−1」
図4−1
家計調査(2人以上の世帯) 都道府県庁所在市及び政令指定都市別ランキング(平成21〜23年平均)
コロッケ ---------- <金 額> 全国 1,942 1.福井市
2,895 2.京都市
2,638 3.奈良市
2,626 4.福島市
2,514 5.浜松市 2,460 6.金沢市
2,413 7.仙台市
2,338 8.神戸市
2,310 9.大津市 2,272 10.富山市 2,227 |
(総務省HPより)
現在はHP「カラーたかおか」は終了しているため、閲覧することができない。だが、関・古川(2008)の文献より、当時の「カラーたかおか」の内容を知ることができた。「カラーたかおか」では“目指せ!コロッケのまち”という題目もと、コロッケ取扱店を紹介し、当該店舗の取り扱うコロッケの味、重量、形、素材、揚げ方、などのコロッケの特徴を調査し、HPで公開していた。この時点では、行政はコロッケの情報をHP上で取り上げ、紹介するのみであったが、第二項で記述するホテルニューオータニ高岡の取り組みがきっかけで高岡市内に創作コロッケを作る動きがみられるようになる。
第二項 創作コロッケの広がり
HP「カラーたかおか」で高岡コロッケが取り上げられると、ホテルニューオータニ高岡がいち早く創作コロッケの開発に取り掛かった。関・古川(2008)によれば、他のコロッケ取扱店と比較し低価格競争とはならないコロッケの開発を検討したい、そのきっかけとして、食のイベントである高岡日本海なべ祭りにコロッケを出店して、高岡を応援することができないかということをイベント主催者に提案してきた。ホテルニューオータニ高岡はイベント用に、「白エビコロッケ」と「サーロインコロッケ」を開発し、2005年の日本海なべ祭りに出店した。来場者から好評価を得て完売したと書かれている。 その後、現在ホテルニューオータニ高岡では「ズワイガニと甘海老のクリームコロッケ」を開発し、3つのコロッケをレストランで提供している。
松田氏はホテルニューオータニ高岡が最初に取り組んだことをきっかけに、実行委員会側から積極的に呼びかけなくとも創作コロッケを作る動きが一気に広まったと述べている。イベントでコロッケの売れ行きが良かったことや、高岡市でも知名度のある企業が創作コロッケを作ったのを受けて、他の料理店の人も興味を持ち、自分も創作コロッケを作ってみようという気持ちが生まれ、創作コロッケを作る動きが広まったのではないかと思われる。
最初にホテルニューオータニ高岡がコロッケをホテルグルメとして、地元の特産の食材とミックスして創作したんです。ホテルニューオータニが動いたことはとても注目を集めまして、他でもそんな取り組みがどんどんどんどん広がっていったんです。皆さんも元々コロッケが身近に感じていて、かついろんな料理店が、それに乗ってくれて、次から次と創作コロッケが増えていった。わーっと広がっていったんですよね。
また、このように次々と勢いよくコロッケの開発が広がったことについて、松田氏はコロッケが地元の人に元から受け入れられていた食であり、コロッケに親しみを感じている点もあるのではないのだろうかと述べている。イベント時にコロッケを買いに来る客の様子を伺ったところ、以下の2つのエピソードが得られた。
どこのかたが来ているかぐらいは分からないですが、コロッケ横丁では結構地元の人、買いに来てくださっていますよ。ここで出すのは、龍ケ崎のコロッケだったり、三島コロッケだったり、氷見牛コロッケだったり、ちょっと変わったものばっかり並べているんで、買って下さいますよ。ですから、ほかの県外に出店するよりも高岡のイベントでコロッケ売っているほうが売れますよね。それで、そこで食べて、お土産に買って帰るというのもありますし、高岡の人はやっぱりコロッケが好きなんだという感じがしますね。
列ついて買ってくださったりするんで、コロッケは地元で愛されていると言うのが分かりますね。高校生でも、女子高生とか学校帰りに来て、買って食べて、また別のを買って食べて、30分程いたりもします。だから、非常に安くて美味しくて楽しむことができる食材なんでしょうね。
高岡市が消費量が高いと言っても、毎日の食事の為の購買とイベントでの購買は目的が異なる。イベント時にお土産に買って帰ったり、列を作って何回も買ったりという行動はいくら普段からよく食べている食材でも、コロッケに対する愛着がないとしない行動である。また、高岡市のイベントでコロッケを売っている方が売れるという部分から、住民のコロッケに対する関心も高いといえる。このエピソードは住民からコロッケが好まれていることを示したものと言えるだろう。
第三項 高岡コロッケ実行委員会の発足
2006年に高岡コロッケ実行委員会が発足されると、まちおこし活動がより活発になった。まず、参加加盟店の拡大を図り、新聞紙面、実行委員会HP、フリーペーパーの「CLUBふみたん」などで加盟店の募集や情報発信などを行った。他にも加盟店へ高岡コロッケののぼり旗の設置を行ったり、市内に高岡コロッケのラッピングバスを走らせたり、市民へのPR活動を行った。
そして、市内へのPRだけでなく、全国に向けて高岡コロッケの発信をHP上で始める。高岡コロッケ実行委員会が設立されると同時に開設されたHPでは、加盟店の紹介とこれまで富山新聞紙紙面に掲載された高岡コロッケに関する記事全てを閲覧することができる。松田氏は、富山新聞は地方紙であるため、新聞記事をネットでも発信することで全国の人にコロッケを知ってもらい、興味を持ってもらいたいし、そこから取材に繋がる話もあるという。
また、イベント活動も活発に行うようになった。県内外のイベントに出向き、高岡コロッケをPRするだけでなく、高岡市でコロッケの賑わいのあるイベントを作ろうと、2007年11月に高岡市中心商店街で「高岡コロッケ博覧会」を開催した。関・古川(2008)の記述によると、このイベントでは、富山県の協力も得、富山県知事と高岡市長がコロッケを来場者プレゼントとして無料配布したほか、市内のみならず、県内外からのコロッケ出店を図るとともに全国の有名コロッケを取り寄せて販売するなど、高岡で初めてコロッケ一色のイベントとなった、と書かれている。このイベントをきっかけに高岡市では毎年11月(または10月)にB級グルメのイベントが行われることとなり、現在ではコロッケだけでなく、様々な地域のB級グルメを味わうことができるイベントとなっている。
第四項 現状
2006年から実行委員会が発足してから2013年まで、実行委員会では様々な取り組みがなされてきた。例えば、2007年にJRと連携し、JR沿線のグルメとして高岡コロッケを紹介する広報誌の制作「写真4−3」、2008年に富山大学高岡キャンパスと協力し、「コロッケアート展」の開催「写真4−4」、2009年には隣接する小矢部市と連携体制を取るなど、広範囲に及ぶ交流活動を展開していた。他にも、発足当初の2006年〜2009年頃は全国各地のたくさんのグルメイベントに出向いたり、新聞上で高岡コロッケ事業の連載を行ったりして全国に向けて高岡コロッケのPRを積極的に行っていた。
写真4−3 高岡コロッケが掲載された広報誌を手に取る職員
(実行委員会HPより)
写真4−4 おいしいコロッケをテーマに描かれた園児の絵、JR高岡駅地下街
(実行委員会HPより)
しかし、2010年〜2013年現在ではこの様なアグレッシブな活動は行われておらず、現在は「ふみたん」で加盟店を募集し、恒例のイベントに出店、というのが活動のベースとなっている。発足時に比べ活動規模は縮小したように思われる。松田氏はこのような現在活動状況について、次の様に語った。
だいたいこう波ありますからね。活動がスタートした時はドーッと大きな波が、安定期に来ると、だんだんじわじわと下がって行ったりするじゃないですか。今はもう安定期に入っていて、こういうのはいつまでもこうやって炎がもやもやもやーっと燃えているわけじゃなくて最初にわーっと盛り上がって、ある程度広まったら、あとはそれぞれで一人歩きしていくという感じのものなんで、今はだからどっちかというと安定期になっている。
松田氏は活発に活動を行っていた時期が過ぎ、現在は活動が安定期に入っていると位置づけた。活動規模が縮小したといっても、活動に陰りが見えてくるのではないなく「安定期」という風に捉えることで、現状に対し、ポジティブな捉え方をしていることが見受けられる。
活動が1人歩きしているという点にも注目したい。最近では、日本海高岡なべ祭りのイベントでは実行委員会が設置したコロッケ横丁というブースだけでなく他の場所でも加盟店の方が自主的に出店しているブースも存在するようになった。高岡市では高岡コロッケが給食のメニューとして登場する。コロッケ給食は2007年に初まり、コロッケ給食を仕掛けたのは実行委員会の方だが、今ではそれぞれの学校が独自に行っていて、実行委員会との関わりがなくなってしまっている。このように実行委員会が行っていた活動は本部の手元から離れて自主的にそれぞれ動き出している。
また、まちおこしに取り組み初めてどのような効果が生まれたのかについて、松田氏は今まで積極的に全国に向けて発信してきたことによって、高岡コロッケの知名度が上がっていると実感することができると述べた。
テレビ局とかマスコミの取材の問い合わせというのが年間通じてわりとあって、今はもうほとんど、こちらから特別アグレッシブに発信してはいないですよね。ただ県外とか、外からの問い合わせっていうのは、割と結構あるので、そういう意味では、外に向けての発信には成功したんじゃないかと。
実行委員会では高岡コロッケの活動によって高岡にどのような効果が得られているのか金額的に統計を取っていないため経済的な効果は分からない。しかし、このような依頼を受けるようになったことは取り組んで来て良かったと感じさせるものであると松田氏は述べた。自分たちからコロッケの町として情報発信を呼びかけなくても今ではB級グルメのまちおこしの事例として外から取材の依頼がくるようになったというのは、活動を開始してから現在まで全国発信に向けてコロッケをPRしてきた成果と言えるのではないかと思われる。
第三節 実行委員会と加盟店
高岡コロッケ実行委員会では、高岡コロッケを販売する加盟店を募集している。なお、加盟店になる為の条件は“コロッケを販売していること”というシンプルなものである。また、加盟店の方には「高岡コロッケ」の文字の入った黄色いのぼり旗をプレゼントしている。店頭に掲げれば訪れた人がわかりやすい目印となっている。「写真4−5」
写真4−5 のぼり旗
(実行委員会HPより、場所は高岡大和惣菜売り場)
第一項 加盟店の内訳
高岡コロッケを販売する加盟店は、スーパー、飲食店、など様々である。「CLUBふみたん」(2012年11月号)に記載されている全加盟店の内訳は以下の通りになっている。「表4−1」
表4−1 加盟店の内訳
加盟店の種類 |
加盟店数 |
スーパー |
16 |
飲食店 |
16 |
精肉店 |
10 |
その他企業 |
4 |
計 |
46 |
(CLUBふみたん2012年11月号より)
スーパー(計16)
アルビスタピス店 / アルビス戸出店
/ アルビス中田店
/ アルビス米島店
/ アルビスリーフランド店
/ イオン高岡店
/ イオン高岡南店
/ サンコー野村店
/ シンセイスーパー
/ 新鮮市場四屋店
/ 新鮮市場ハンター福田店
/ スーパーほしば
/ スーパー守山町店
/ ヒラキストアー大坪店
/ ヒラキストアー野村中央店
/ フードバリュ高岡駅南店
飲食店(計16)
天の川倶楽部南条 / インド料理デリー
/ お食事処中藤
/ カジュアルダイニングボン
/ カフェ&ダイニングJacasse
/ 柿里
/ 喫茶杜
/ 自家焙煎珈琲と洋食の店くらうん / 商工レストラン
/ 仕出し・貸席やまもと
/ 陣太鼓・いろりの里
/点心居酒屋太陽
/ ホテルニューオータニ高岡1Fカフェ&ダイニングCOO(クー)
/ 本家かまどや野村店
/ 道の駅万葉の里高岡
/ レストランオータニ
精肉(計10)
佐野牛勝 / 沢田鶏肉専門店
/ 大和高岡店・伊藤ハム
/ 谷沢精肉店
/ 天狗乃肉石崎精肉店
/ 天狗乃肉大手町店
/ マルジン昭和通り店
/ マルジン関町店
/ 丸長精肉店
/ ミートくるま
その他(計4)
大和高岡店・神戸コロッケ/ 惣菜と鮮魚の専門店ちょっ菜屋 / なの花の里
/ POTTEO@POTETOおいも美人
松田氏によると、実行委員会発足時の2006年では加盟店は計27店であった。2012年11月の時点の加盟店数は計46店であり、発足時と比べると約2倍の値になる。よって、加盟店数が増加していることが伺える。
また、上記の内訳から加盟店はスーパーと飲食店の割合が高いことが分かる。高岡市はコロッケの消費量が高い市であり、高岡ではコロッケは普段から家庭で食されているB級グルメである。高岡市では住民が飲食店でコロッケを注文するだけでなく、スーパーでのコロッケの購入量が多いのではないかと考えられる。
第二項 加盟店での販売
高岡市内の加盟店でどのようにコロッケが販売されているのかについて調べたところ、「高岡コロッケ」として宣伝して売っている加盟店舗数は、全46店舗のうち11店舗であり、約4分の1の数であった。その他の店舗では高岡コロッケの宣伝は行っていなかった。 また、加盟店になると黄色いのぼり旗が実行委員会から与えられ店頭に置くことができるが、旗を掲げている店舗はその11店舗のうち4店舗(全て精肉店)だけであった。
加盟店の種類ごとにみると「高岡コロッケ」と宣伝して売っている11店舗のうち6つが飲食店であり、4つが精肉店、1つがその他企業という結果になった。例えば飲食店では、コロッケのメニューに名物コロッケ!(カジュアルダイニングボン)、高岡コロッケ協賛!(点心居酒屋太陽)と説明が添えたものや、店先や店内に高岡コロッケという名前をPRする掲示(道の駅万葉の里高岡)を行っており、精肉店ではのぼり旗をたて、高岡コロッケと示して販売(天狗乃肉石崎精肉店・大手町店)しており店ごとに様々な例が見られた。スーパーでは高岡コロッケであるという宣伝を行っている所は一つも見当たらなかった。この様な創意工夫がみられる加盟店がある一方で、何もしていない加盟店もあるため、加盟店の中でも宣伝のやり方はそれぞれ多様であり、売り方に対する姿勢の違いが見られた。「表4−2」
表4−2 高岡コロッケとして売っている加盟店数
加盟店の種類 |
加盟店数 |
スーパー |
0 |
飲食店 |
6 |
精肉店 |
4 |
その他企業 |
1 |
計 |
11 |
第三項 実行委員会との関係性
高岡コロッケは高岡で売られている全てのコロッケ=高岡コロッケという緩やかな基準である。実行委員会側から特別コロッケを作って下さいとお願いすることもなく、創作コロッケの開発は加盟店の自由に任せている。インタビューを行った株式会社インサイトの大仏コロッケ、天の川倶楽部南条の紫芋コロッケはどちらも実行委員会の方が関わっていない加盟店の方の完全オリジナル作品である。
また、実行委員会では加盟店がどのようにコロッケを宣伝して売っているのか、どれ位のコロッケの売り上げがあるのかなどは調べておらず、金額的な統計なども取っていない。松田氏は加盟店での販売方法はそのお店のやり方に任せているという。実行委員会は基本的には加盟店に高岡コロッケの宣伝を強制せず、好きなようにさせているというスタンスで関わっているのが特徴である。
イベントに出店する加盟店とはイベント関連の情報交換をしたり、出品するコロッケの相談などを行ったりしている。笠井氏は、実行委員会の方からこのイベントに出ませんかと言われたりすることもあれば、自分たちからこんなイベントがあるから出ようと思っているんだけど、と実行委員会に伝えたりして、お互いにイベント情報の共有をしていると述べていた。イベント関係では、実行委員会と加盟店の連携が取れていると思われる。
第四節 多彩なまちおこし活動
第一項 無料情報誌「CLUBふみたん」の発行
「CLUBふみたん」とは実行委員会、インサイト、ラジオ高岡、文苑堂、FM富山とで共同で発行している月刊フリーマガジンのことである。20代〜40代の女性をメインターゲットに、エンターテイメント情報・グルメ・ビューティー・子育て情報・おトクなクーポンなど毎日の暮らしに役立つ情報が載っている。CLUBふみたんは毎月17万部発行しており、文苑堂グループ全店(書店・TSUTAYA・B&B house)での手配りや、富山新聞朝刊に毎月20日に折込、県内各地でのポスティングを行っており、県内に住んでいれば比較的手に入りやすいものである。
CLUBふみたんでは毎月、高岡コロッケの加盟店情報が3ページに渡って掲載されている。内容は高岡コロッケマップ(加盟店の場所が示してある地図)、加盟店の募集案内、全加盟店の住所・連絡先が記載されており、これを読めば、高岡コロッケの全加盟店の情報を網羅することができる。「写真4−6」、「写真4−7」、「写真4−8」
写真4−6 高岡コロッケマップ
(CLUBふみたん2012年11月号より)
写真4−7 加盟店の募集案内
(CLUBふみたん2012年11月号より)
写真4−8 全加盟店リスト
(CLUBふみたん2012年11月号より)
第二項 ラッピングバスの運行
路線バスの車体全体を「高岡コロッケ」のロゴマークで彩ったラッピングバス2台が、2007年4月から富山県内を走行し、「コロッケのまち高岡」を市内外に発信している。以前は高岡と富山空港を結ぶ路線でも走っていたが、現在、バスはJR高岡駅前と県西部各地を結ぶ路線で運行している。松田氏は、高岡の住民の人や高岡を訪れた観光客に対し、ラッピングバスが走っているのを見て高岡がコロッケの街であるということを実感してもらいたいと述べた。「写真4−9」
写真4−9 ラッピングバス
(実行委員会HPより)
第三項 道の駅「万葉の里」の取り組み
(株)インサイトでは飲食業、企画コンサルタント、店舗設計など、多種多様な業種展開を行っている企業である。(株)インサイトでは高岡大仏コロッケの開発とともに、コロッケを観光ビジネスへと展開していった。第三項では(株)インサイトの道の駅でされている活動を取り上げる。
まず、(株)インサイトが今一番力を入れて取り組んでいるのが、観光バスを使ったPRである。道の駅万葉の里には高岡に観光しに来たツアー客が訪れる。そのツアー客のお客全員に高岡大仏コロッケを無料で1つプレゼントするというものである。この取り組みは2011年から始まり、旅行会社に高岡コロッケの広告を依頼するなどをして、全国のバス会社にPRしてきた。金子氏は大阪からリピーターで高岡大仏コロッケを買いに来てくれる人がいたり、旅行代理店の方からご当地ものを巡るツアーでコロッケを目当てとしたツアーを組みたいと申し込まれることもあって、評判はいいと述べていた。コロッケをプレゼントすることで、訪れる客全員がコロッケを目にすることができる。コロッケを目当てにして訪れていない客にも、コロッケに興味を持ってもらえる機会も与えられ、知名度の上昇に有効な取り組みであるだろう。
また、(株)インサイトではコロッケ以外にも市内の異種企業と連携し、コロッケ関連グッズの開発に取り組んだ。2007年より高岡コロッケキューピー「写真4−10」、高岡コロッケネクタイ「写真4−11」を道の駅の物販コーナーで販売している。高岡コロッケキューピーは1000個限定で、1個525円、高岡コロッケネクタイはショコラブラウン、ルビーレッド、カーボンブラックの3色があり、1本2500円で販売されている。このようにコロッケの関連商品を作って販売している例は他になく、(株)インサイトが様々な業種展開をしている企業だからこそできたものだと思われる。
写真4−10 コロッケキューピー
(株式会社 オンリーワンより)
写真4−11 コロッケネクタイ
(楽天HPより)
第四項 イベントの参加
(1) 実行委員会のイベント参加
B級グルメをより多くの人に知ってもらう機会として、イベントへの出店は効果的な方法である。高岡コロッケの場合も高岡コロッケをPRするため市内外問わずイベントに出店している。高岡コロッケ実行委員会は、高岡市内で行われている「ご当地グルメ博」、「日本海たかおか鍋祭り」と石川県金沢市の「金沢フードピアランド」の3つのイベントに毎年出店をしている。このうち「ご当地グルメ博」と「日本海たかおか鍋祭り」は実行委員会が主催するグルメイベントである。また、三コロ会の主催するイベントにも参加している。基本的に県内外のグルメイベントには積極的に出向かず、他の団体からのイベントの出店依頼があれば参加に応じている。
「ご当地グルメ博」は毎月11月(または10月)に開催するイベントで、高岡中心商店街で行われている。全国各地からご当地グルメが集結するイベントであり様々な地域のB級グルメを食すことができる。このイベントは2007年11月に初めて実行委員会が主催で開催した「高岡コロッケ博覧会」から続くイベントである。2012年はYOSAKOIソーラン&ご当地グルメ博 in高岡という名に変わり、B級グルメイベントから発展する形で、よさこいソーランを呼びんで歩行者天国を作り、パレード演舞も行った。松田氏はイベントの集客力をあげるためにこれからもいろんなことをやってご当地グルメ博を盛り上げていきたいと話した。
日本海鍋祭りは2013年で27回目を迎える高岡を代表する鍋物イベントである。高岡市中心商店街周辺で毎年1月に行われる。高岡コロッケは2006年の第20回目から日本海なべ祭りの実行委員会に入り、イベント内でコロッケ横丁を設置した。コロッケ横丁では高岡コロッケや県外のコロッケを買うことができる。2013年のコロッケ横丁では龍ヶ崎市のコロッケのブース、天の川倶楽部南条のブース、高岡コロッケ実行委員会のブースが並び、様々な種類のコロッケが売られていた。
また、高岡コロッケは2013年11月3日に茨城県龍ケ崎市で開催された「第1回全国コロッケフェスティバル」に出場し、グランプリを獲得した。この全国コロッケフェスティバルは龍ヶ崎市制施行60周年の記念イベントとして開催された。全国から合わせて20団体が参加し、それぞれの地域の自慢のコロッケを披露した。高岡コロッケはブラックコロッケ、ホワイトコロッケ、白エビコロッケ、高岡大仏コロッケを販売した。ブラックコロッケとホワイトコロッケはこのイベントのために作られた新作コロッケである。ブラックコロッケにはイカスミが練り込んであり、ホワイトコロッケはとろろ昆布でマイルドな仕上がりとなっている。新作コロッケの開発は(株)インサイトと実行委員会が中心となって取り組み、市や商工会議所の意見も取り入れられた。イベントでは実行委員会のメンバー11人(新聞社の方と市役所の方)が出向き、コロッケの販売を行った。コロッケフェスバルではお客さんが1人1 膳2 票の箸を持ち、美味しかったコロッケの団体に投票する仕組みである。高岡は単にコロッケをPRし販売するだけでなく、利長くんを連れて行ったり、ドラえもんのグッズを置いたりと、高岡市全体のPRになるよう工夫を行った。堀氏はコロッケだけでなく高岡市をPRして売り込んだことがグランプリに繋がったのではないかと言及した。
順位を決めるのは、食べた箸を投票するんだけど、お客さんは全員がコロッケを食べてから美味しかったから割り箸を入れるわけではなくて、買ったコロッケの所に、そのまま割り箸を入れる人が多い。その場でコロッケを何十個も食べられるわけではないからね。だから、お客さんに買ってもらうにはまず、高岡市はコロッケでまちおこしをやってますっていうアピールをしてお客さんの注目を集めないといけない。だから、いかにイベントでアピールをしてコロッケを販売していくことが大事になってくると思います
また、堀氏はイベントはあくまでまちおこしの活動の成果を披露する場であると考えている。イベントでのたくさんコロッケを売り上げ他団体と競って1位を取ることも重要ではあるが、それにこだわらずに、各地のイベントに出ることによって、高岡市がコロッケのまちであるということを多くの人に知ってもらうことこそイベントに出る意義があると述べていた。
1位を目指して頑張るのではなく、まちおこしの活動の成果を見せたい。だから、イベントに出てコロッケを売るというきっかけをつくり、まちおこしの活動を披露する機会を持つことが1番大事だと思う。ただ、日本人的にはそういう競争性がある方が、イベントに人も集められるし、注目されやすいという点もあるので、注目されるところに自分たちも出てコロッケを広げていきたいという思いはあります。
なお、全国コロッケフェスティバルに参加しグランプリをとったことにより、実行委員会の方に全国からブラックコロッケとホワイトコロッケを食べたいという問い合わせが増えたため、この2つの商品をネット販売しようという動きが始まっている。
(2)(株)インサイトのイベント参加
(株)インサイトは高岡大仏コロッケを全国に発信して高岡の名物にしたいという思いから積極的にイベントに参加していた。県内のイベントはもちろんのこと、全国各地に出向いて高岡大仏コロッケを売り出した。
(株)インサイトが1番初めにイベント出店したのは2005年の高岡市の御車山まつりである。だが、このときはコロッケが全く売れず失敗に終わる。その後も市内ではコロッケはなかなか売れず、高岡大仏コロッケはなかなか市内に浸透しなかった。高岡大仏コロッケは県外でのイベントでの方がコロッケはよく売れていたそうだ。金子氏によると、高岡大仏コロッケは県外の人から反応がよく、とてもたくさん売れて2008年頃は年間230万個も売れたという。2008年の赤坂サカスのオープニングイベントにも出店し、1日で2000個も売り上げ、その時の売り上げ報告では全体3位になったこともあるそうだ。
このように県外各地で高岡大仏コロッケが売れていることが市内でも話題になり、市内での徐々に知名度があがっていった。高岡大仏コロッケは全国での積極的なイベント活動により、初めに県外の人から注目され、その後、高岡市内の人にも注目されるようになるという逆輸入のような形で広まっていったといえる。
(3)天の川倶楽部南条のイベント参加
天の川倶楽部南条では主に県内のイベント出店している。2009年に実行委員会が主催するB級グルメ博に参加し、その中で行われた「全国コロッケコンテスト」で2位になったことをきっかけに、各自治体サイドからイベントに出て欲しいという依頼が来るようになり、たくさんのイベントに参加するようになった。上記の(株)インサイトと違い、天の川倶楽部南条はイベントに対して呼ばれたから行くという受け身の姿勢である。とはといっても、笠井氏の語りからは、イベントに対して受け身の姿勢であってもイベントに出るのが嫌なわけではなく、イベントに出てお客さんとの触れあいを楽しみながらやり甲斐を感じている様子が伺える。
高岡コロッケとしてイベントの方に出てくれいうから、私らはそれに応じて出てるだけなんやわ。でも、イベントの時に違うイベントで前に買ってくれたお客さんが、ライトアップでコロッケ食べた時においしかったから、その時は1個しか食べんかったけど、今日は5個頂戴とか、10個頂戴というような、そんなん言われたらこっちも嬉しい思うし、そういうのが毎年積み重ねて大きくなってっとるのは感じるし、やっとって良かったと思うわ。
また、イベントに参加するようになってからお店に来る客層が変化した。紫イモコロッケを作る前は高岡市内の人がほとんどであったが、今では高岡市内の人より、市外や県外の客の方が多くなった。そして、市外からの客は紫イモコロッケを目当てに来ている人がほとんどで、美味しいと気に入った人はコロッケをテイクアウトして帰られるそうだ。天の川倶楽部南条は高岡コロッケの食べられる定食屋として定着しつつある。
第五節 外部との関わり
第一項 愛Bリーグと実行委員会
高岡コロッケ実行委員会は2006年末〜2009年までのおよそ2年間、支部加盟会員として在籍していた経験がある。2006年に入会を申請し、支部加盟会員として愛Bリーグの仲間入りを果たした。入会当初は、愛Bリーグと共同関係を築いてB-1グランプリ出場を目指していこうという動きがあったが、徐々に愛Bリーグと疎遠になって行き、2009年に脱退した。脱退後は、高岡コロッケは愛Bリーグのグルメ関係者から離れ、外部とのかかわりは三コロ会での交流が主となっている。
堀氏は愛Bリーグと疎遠になっていった理由を次のように語った。
加盟はしたが、愛Bリーグでの活動が続けられなくて、いい加減さが増してきて辞めてしまいました。まちおこしで自分達の色を出すにはほったらかしになっていく部分があるじゃないですか。愛Bリーグでのまちおこしをすることが全てではないですし。そういうところのいいかげんさってあると思うんですよ。厳しい審査みたいのもあって、嫌になってきたこともあると思います。
愛Bリーグの支部加盟会員になると、愛B団体主催のイベントに出店したり、本部加盟会員の視察を行ったりして実績や経験を積まなければならない。これらの活動に力を入れて取り組みをすると、自分たちのしたい活動や周囲との連携が思うようにできなくなる部分も出てくるだろうと考えられる。また、B-1グランプリに出場するには厳しい審査があり、時間が掛かってしまう。このような点が障害となり、高岡コロッケは愛Bリーグに会費を払ってまで続ける価値を見いだせなくなったのではないだろうか。
第二項 三コロ会の活動
2008年茨城県龍ケ崎市、静岡三島市と高岡市とで、同じコロッケで町おこしをしようとする団体とともに「三コロ会」を結成し交流を深めている。三コロ会結成のきっかけは龍ヶ崎市は2000年からコロッケでまちおこしを取り組んでおり、2007年に高岡市が龍ヶ崎市へ視察に行っていたことから始まる。龍ヶ崎市ではJRや地元大学、他市町村との広域に渡る連携を取っていた。高岡市もそれを参考にし、JRと自分たちの活動にも反映させていた。JR沿線のグルメとして高岡コロッケを紹介する広報誌の制作や富山大学高岡キャンパスと協力して開催した「コロッケアート展」などがその例である。その後同じくコロッケでまちおこしをする三島市と出会い、3市での協力体制が発足した。
三コロ会は主にイベントでの交流を深めており、それぞれの市が主催するグルメイベントには三コロ会のコロッケが集まる。例えば、高岡市鍋祭りでは龍ヶ崎市、三島市のコロッケがブースを出して出店している。同様に高岡市も龍ヶ崎市や三島市で主催するイベントに出向き出店をしている。どうしても現地にいけない場合はコロッケを配送して現地で代わりに売ってもらう。
また、龍ヶ崎市で行われた「第1回コロッケフェスティバル」を第2回は三島市、第3回は高岡市で開催することが決まっている。今後も三コロ会でコロッケフェスティバルを開催し、継続していくことが決まっている。
現在、高岡コロッケが外部と連携しているのは三コロ会のみである。しかし、堀氏はまちおこしをしている団体や市であれば、一緒に協力してまちおこしの活動を頑張っていきたいと考えている。それは同じコロッケじゃなくてもいいし、食じゃなくてもいい、スポーツでまちおこしをしているところでもいいので、まちおこしをしている市同士で交流を深めていきたいと述べた。今後、高岡コロッケにどのような外部との繋がりが生まれるのか期待したい。