第五章 考察

 

 本章では調査、分析で明らかになった介助者の専門性への意識をもとに、テキストが個別ケアを専門性に取り入れようとする中でどのような問題が起こるかを考察する。

 

第一節 個別ケアへのアプローチ

 

二人のインタビュイーは実際の介助を通して、介助の専門家になれない(なろうとしない)ことを語っている。しかし、この専門家にならないことが個別ケアを実現する方法だと考えている。長年介助を続けてきたAさんは、障害者の責任のもと障害者自身がやり方を含めて介助の指示を出し、介助者はそれを確認しながら介助をする、というやり方からスタートしており、この形が自然であると感じている。Aさんはこの介助のやり方は「誰にでもできる」と語っており、介助者を「専門家」と位置づけようとしていない。Bさんも介助はその日、その時、その人によって必要とされることが異なるため、「常にアマチュアであればいい」と語っており、介助の「専門家」にはなれないと考えている。仮に、介助者が「専門家」になってしまうと、特定の技術や技法に基づいた介助をしようとして、介助に効率性を求めたり、介助の内容に限定性をもたらすなど、その日、その時で変化する介助のニーズややり方に耳を傾けられなくなる恐れがあり、障害者にとって身近な存在でいられなくなる可能性がある。そのため、介助者たちは近所付き合いのように、素人のように、障害者に耳を傾けられる介助を志向しており、これによって個別ケアを実現しようとしている。その一方で介護福祉士はテキストに「個別ケア」を取り入れるなど、個別ケアの出来る専門家を養成しようとしている。それぞれの立場で個別ケアを実現しようとしているが、そのアプローチの仕方は異なっている。

前田(2009)は、さまざまな介助技術論が介助の「技術」という枠組みで障害者を押さえ込み、「理解」してしまおうという志向をもっており、介助をよくわかっている、障害者がしてほしいと思っている事をよくわかっていると思い込むことで、先走った介助をして、結果的に障害者の主体性を奪ってしまうという危険性を指摘した。「個別ケア」がテキストに取り入れられ、マニュアル化されてしまうと、障害者のニーズを理解したつもりになり、前田の指摘のように先回り介助をしてしまうようになるかもしれない、というジレンマに介助者を陥らせかねない。また、このことは介護テキストにうたわれる理念と現場の介助者たちとのギャップの拡大につながりかねない。つまり、テキストではあたかも存在するかのように語られる介助者ないし介護者の専門性を横目に見ながら、介護者ないし介助者たちは自らの専門性に確信を持てないまま介助を続ける、という構図につながりかねないのである。

 


 

第二節 個別ケアの専門化

 

個別ケアが介護士のテキストに取り入れられることによって障害者のことを理解したつもりになり、その結果先回り介助をしてしまう、という可能性を指摘したが、個別ケアが介護士のテキストに取り入れられることで、介護の前に確認を取るなど、先回り介護を戒められる側面があるかもしれない。しかし、「個別ケア」という理念を特定の技術に落とし込むべきではない。「個別ケア」を実現するための方法として、「介護の前に個別に質問を行う」などの行動を特定の介護技術ととらえ、マニュアル化してしまうと、これらの行動がルーチン化する恐れがある。そして、個別の質問等の行動がルーチン化されることで、個別ケアの意味そのものが浸食される恐れがあるのではないだろうか。現場の介助では、障害者がやりたいことを自らの責任で、やり方を含めて指示を出し、介助者はその指示をもとに介助をする、という形で個別ケアが実現されてきたが、個別の質問等の行動をマニュアル化することで、質問をすること自体が個別ケアの実現であるという錯覚に陥り、障害者側の求める個別ケアの意味からずれた形でルーチン化してしまう可能性がある。

また、個別ケアが出来るとされる専門家が生まれることによって、その質の高さを理由に、個別ケアがマニュアル化された介護士を積極的に介助の現場に利用させる動きが出てくるのではないだろうか。前田は介護供給量の判定を巡る問題を指摘している。介助は用いられるべき固定的な技術を事前に限定し、想定することができないため、「処方」すべき技術を決定することはできないが、介護業界は「ニーズ」を算定し、評価・査定し、「要介護認定」を行い、介護・介助の量を査定しようとしている、と述べている。個別ケアを専門性に取り組み、専門性を充実させることによって、より質が高いとされる専門家が養成されるようになると、質が高く、技術力も高いということを理由に介護の料金が高額になり、利用出来る時間数が短くなる恐れがある。

第一節で指摘した通り、個別ケアがテキストに取り込まれることによって介助者は、障害者を理解したつもりになり、先走り介助をしてしまうかもしれないというジレンマに陥る可能性があり、また、介助者はテキストの専門性によって、自らの考える専門性とのギャップを抱える恐れがある。そして、個別ケアを専門性として取り入れることは、個別の質問等の個別ケアに関する行動をルーチン化させ、本来の個別ケアの意味を侵食する危険や、介護士に質の高さを求め、高額で短時間の介護に変わるといった危険がある。そのため、個別ケアの専門化については今後の動向を注意深く見ていく必要があるだろう。