第二章 先行研究

 

本章では介護・介助についての専門化についての先行研究の紹介とレビューを行う。

 

第一節 「訪問介護員養成研修テキスト作成指針(ガイドライン)」と医学モデル

 

橋本(2007)は、1999年の厚生省「訪問介護員養成研修テキスト作成指針(ガイドライン)」に準拠した2006年発行のテキストに「日常生活をより自立的に送るためには、心身の機能を低下させないための予防的活動や心身の機能を維持・改善するためのリハビリテーション等を積極的に行うという視点と、日常生活において、可能な限り自分の力で生活を営むように努めるという視点の両方が必要でしょう。ホームヘルパーの立場から考えれば、サービス利用者が自立的に日常生活を維持するように、心身の機能を活性化させるようはたらきかけることである一方、必要不可欠な援助のみを行う、あるいは過不足のない援助を行うということになるでしょう」という文言があり、厚生労働省が求めるヘルパー像が読み取ることが出来ると述べている。

橋本は、この文言は治療の対象として障害者を位置付ける「医学モデル」に立脚しており、障害者を弱者として位置付けていることになると述べている。これは筆者の解釈では、健常者の身体機能を基準として、そこに近づくのが望ましく、それがどうしてもできない部分だけを介助する、という自立観・障害観を反映している、という意味だと思う。障害者は他人の手を使うことで自分の人生をよりよくしようと自立するのであるから、「必要不可欠な援助のみを行う、あるいは過不足のない援助を行う」という介護観は自立障害者たちの本意ではない。以上のことから、橋本は、ヘルパー養成が医学モデルに基づいて行われている事によって、それに影響を受けたヘルパーが結果的に障害者の自立生活を妨げるのではないかという危険性を指摘した。

 また橋本は、ヘルパーが介護の専門知識を有する者として、利用者(障害者)をより良い状態にするように感情労働を行うことが要求されている点も指摘した。利用者をより良い状態にすべく配慮することが求められるのであって、コンフリクトを招くことは良くないことだとされるのだが、コンフリクトが行われないことは利用者への不満を押し込めることになり、その代わりとして「医学モデル」に立脚し、障害者を弱者へと位置付けてしまうのである。このような問題があるとしても、障害者たちが自力で介助者を確保することは大きな負担を伴うので、公的介護制度の利用は必要なことである。つまり、障害者は「医学モデル」に依拠したヘルパーに頼らざるを得ないのである。
 これらのことから、ヘルパーは医学モデルに基づく専門性によって、障害者の自立生活を阻害するという問題と、障害者は医学モデルに拠るヘルパーにも頼らざるを得ないという問題の2つを見出すことが出来る。

 しかし、厚生省のガイドライン等はその後も同じ内容で変化していないのか、という疑問がある。もし変化しているとすれば、そのガイドライン等を医学モデルとして特徴付けることは妥当なのだろうか。この疑問について、次節で検討していく。


 

第二節 「介護福祉士のあり方およびその養成プロセスの見直しに関する検討会」と「個別ケア」

 

2012年に日本医療企画より発行された『介護職員初任者研修課程テキスト1』(小池・内田・森 2012a)の第2章第1節「介護職の役割、専門性と他職種との連携」5「求められる介護福祉士像とは」には以下のような文言がある。

 

厚生労働省の私的研究会である介護福祉研究会は2003(平成15)年に「2015年の高齢者介護―高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて」でいわゆる団塊世代が65歳以上になる2015年までに実現すべき高齢者介護の課題をまとめました。(中略)

これを契機に従来の身体介護中心の集団ケアと決別し、自立支援と個別ケアを基本にしたケアへと転換が図られました。たとえば、認知症や障害がある人たちに対する心理・社会的ケアを重視し、ユニットケアやグループホーム、小規模多機能など住み慣れた地域に根ざした小単位の生活ケアを行う方向へと変わりました。

そして2006(平成18)年、厚生労働省社会・援護局長の私的懇談会は「介護福祉士のあり方およびその養成プロセスの見直しに関する検討会」報告書において、独立した専門領域としての介護福祉士の姿を、「求められる介護福祉士像」として提言したのです。

(中略)介護の基本として重要なものは、「尊厳を支えるケアの実践」「自立支援の重視」「これからの介護ニーズや施策にも対応できる」「高い倫理性の保持」さらに「介護予防からリハビリテーション、看取りまで幅広い介護ニーズへの対応」および「他職種とのチームケア」です。

 

このテキストでは、介護福祉研究会が2003年に行なった検討会を引き合いに、高齢者介護の基本は、「自立支援」と「尊厳の保持」であるとした。また、2006年に厚生労働省社会・援護局長の私的懇談会が行った「介護福祉士のあり方およびその養成プロセスの見直しに関する検討会」の報告書の提言である「求められる介護福祉士像」を紹介している。この「求められる介護福祉士像」をもとに、介護の基本は「尊厳を支えるケアの実践」「自立支援の重視」などであると述べている。

 橋本(2007)2006年発行のテキストが1999年の「訪問介護員養成研修テキスト作成指針」に準拠しており、それによって医学モデルという理念を持ったヘルパーが養成されるということを問題視していた。しかし、小池・内田・森(2012a)では1999年の「訪問介護員養成研修テキスト作成指針」にあった「必要不可欠な援助のみを行う、あるいは過不足のない援助を行う」という指針は盛り込まれておらず、そのかわりに2006年の「介護福祉士のあり方およびその養成プロセスの見直しに関する検討会」の報告書をもとに「尊厳を支えるケアの実践」「自立支援の重視」といったことを介護士に求めていた。

また、「介護福祉士のあり方およびその養成プロセスの見直しに関する検討会」の報告書は介護福祉士養成講座編集委員会編集の2009年初版発行、2013年第2版発行の『新・介護福祉士養成講座3 介護の基本I 第2版』(介護福祉士養成講座編集委員会編 2013)の第1章第2節「「生活支援」としての介護とは」1「介護の専門性」でも紹介されており、報告書内でまとめられた「求められる介護福祉士像」の一覧(図2−1)もそのまま用いられている。

 

図2−1

1 尊厳を支えるケアの実践

2 現場で必要とされる実践的能力

3 自立支援を重視し、これからの介護ニーズ、政策にも対応できる

4 施設・地域(在宅)を通じた汎用性のある能力

5 心理的・社会的支援の重視

6 予防からリハビリテーション、看取りまで、利用者の状態の変化に対応できる

7 他職種協同によるチームケア

8 一人でも基本的な対応ができる

9 「個別ケア」の実践

10 利用者・家族、チームに対するコミュニケーション能力や的確な記録・記述力

11 関連領域の基本的な理解

12 高い倫理性の保持

厚生労働省 「介護福祉士のあり方及びその養成プロセスの見直し等に関する検討会」報告書について より

 

 近年のテキストでは「自立支援」の理念が「必要不可欠な援助のみを行う、あるいは過不足のない援助を行う」という考え方に結び付けられる論理構成を取っていないことがあるようだ。小池・内田・森(2012a)の第2章第1節「介護職の役割、専門性と他職種との連携」3「介護実践の原則」の131項には自立支援について、以下のような文言がある。

 

介護の目標は自立支援です。介護でいう自立支援とは「その人らしさ」を失わないで生きていけるように支援することです。

(中略)

障害のために生活に支障があり日々1人で出来ることが減っている利用者であっても、支援を受けながら自分のことは自分で考え、決めることができる生活が主体的な生活の姿だと言えます。

利用者の個性とは、長い生活のなかで培われた価値観やこだわり、プライドなどを意味しています。それは目に見えない、かたちのないものです。その人がこれまでの人生で育ててきた誇りや、生きていくうえでの希望、喜びを保障し、生活のあらゆる部分に自分らしさが醸し出されていくことが介護でいう自立生活支援です。

(中略)利用者一人一人の生活習慣や文化・価値観を尊重し、自己決定権を保証することが自立支援の考え方です。

 

 小池・内田・森(2012a)では自立支援を介護の目標だと述べている。そして、自立支援の理念については「利用者一人一人の生活習慣や文化・価値観を尊重し、自己決定権を保障すること」と説明されている。

また、近年のテキストにおいて特徴的なのは「自立支援」と並んで「尊厳」を支えるという言葉を出して「個別ケア」へとつなげる論理構成をとっている点である。「尊厳」という言葉については小池・内田・森(2012b)の第1章第3節「介護に関するからだのしくみの基礎的理解」5「こころとからだを一体的にとらえる」の76項に以下のような文言がある。

 

(前略)利用者の現在の身体的な症状・障害や心の状態だけに目を向けるのでなく、これまでの生活史や健康歴、生きてきた時代背景を知り、積み重ねられた歳月を理解して、利用者の人生に寄り添い、自尊心を尊重したうえで敬意をもってケアに当たることが重要です。それにより、尊厳ある介護、尊厳ある見取りが実践されます。

 

 「尊厳」を支えるということは、利用者一人一人の生活史を理解し、それに基づいて利用者の自尊心を尊重するような介護をすることだと説明されている。

 近年のテキストでは、介護士に「自立支援」と「尊厳」を支えるケアが求められているが、それを実現する為には利用者一人一人の生活習慣や価値観を理解し、利用者の尊厳を守りつつ、自己決定権を保障することが必要になる。そのため、一人一人のケアについて考えられるよう「個別ケア」が介護士の専門性として求められている。介護福祉士養成講座編集委員会編(2013)26項の「個別ケアの大切さ」の単元では、「生活時間や生活感覚は介護者と利用者とで異なっているだけではなく、利用者「一人ひとり」で異なっていて当たり前のものなのです。だからこそ、介護福祉士の専門性として、個別ケア、個別支援を重視していくことが大切だといえるのです」という文言があり、ここからも利用者の意志を尊重するために「個別ケア」という専門性が求められていることがうかがえる。

テキストでは個別ケアが介護士の専門性として求められるようになったが、それが現場の介助者にどのような影響を与えているかという疑問が生じてくる。本調査では障害者の自立運動で早くから個別ケアと自立支援が志向されていたことに着目し、障害者介助を行う介助者を対象として調査を行った。次章では現役で障害者介助を行う介助者に対して行ったインタビュー調査についてまとめていく。