5章 分析

 

 二つのバーチャルアイドルの違いを比較しながら分析していく。

 

1節 コンテンツ・二次創作の創作と消費

 

アイドルマスターと初音ミクでは、二次創作物の創作と消費に関して大きな違いが存在する。

アイドルマスターの場合、Pは原作であるゲームの楽曲・キャラグラフィック・モーションを素材としてしか作品を製作できない。そのためゲームのアイドルにゲーム外の曲を歌わせようとすれば、その歌声はそのアイドルの声ではなくなるし、逆にゲーム内のモーション以外の動きをさせる場合、キャラのグラフィックはMMD等を頼ることになる。つまり、キャラとして重要な要素である声又はグラフィックを交換することでしか、創作に広がりが出せないのである。そうして作られた動画がアイドルマスターのそれとして受け入れられているのは、原作素材とそうでない素材とを極限までシンクロさせるといったような、P達の努力の結果によるものである。

だが初音ミクの場合、少し勝手が違ってくる。ミクのファンに対して行ったインタビューの中には、それに関わる重要な発言があった。

 

なんかそう、絶対的なものが無いから、自分の好きなように妄想できるですよ。だってそこに描いた絵とか、そこに作られたCGの絵がいろいろ違うじゃないですか。描く人によっても。だから、なんか絶対的なもの?ミクだったら、髪の毛は青じゃないと駄目だし。あとは肩にこう、01とか書いてあるじゃないですか。あれがないとミクやって認識できない、それがないとミクだって思えないようなもの以外は交換可能じゃないですか。

 

ミクの動画に使われている曲・MMDモデル・イラストといった要素は、ユーザーが作ったものであり、ユーザーはそれを借りることも自分で新しく作ることもできる。歌ったり踊ったりしているのがミクだと判りさえすれば素材の出自は問わないため、Pは大した制約もなく自由にミクを操作できる。原作から与えられた範囲を超えると違和感が生じるアイドルマスターとは異なり、ミクは初めから原作を排し全てをユーザーに委ねることによって、無限に近いキャラクター性の広がりを確保することに成功しているのである。

 

2節 初期設定の有無とそこから来る差異

 

初音ミクとアイドルマスターには初期設定の有無という差がある。初音ミクには身体的なデータ以外の設定は特に存在しない。逆にアイドルマスターは図1のように、血液型・スリーサイズといったより具体的な身体データや、誕生日・趣味といった個人的な情報、さらには自己アピール文という体裁での明確な人物像の表記等、それなりの性格の設定が成されている。これによりどのような差が出てくるのだろうか。

 

 

 (1 「アイドルマスター2|バンダイナムコゲームス公式サイト」より)

 

 

ミクの場合、公式の設定が存在しないに等しいのでPの作り出したミクのイメージがそのままオリジナルになる。Pによってミクの設定が異なるので、ユーザーは自分が共感したミクのファンとなり応援していくことになる。

このことは今回行ったインタビューの中でも以下のように触れられていた。

 

デッドボールPっていう人がいて、私そのプロデューサーの結構ファンなんですけど、デッドボールPがつくる既成事実っていう、既成事実シリーズみたいな既成事実1とか2とかいろいろある曲が続き物になっていて、曲の中にでてくる初音ミクの、なんか性格とか設定とかが結構共通というか全部それが結構同じような、統一性があるというか。デッドボールPの曲を聴くうちになんか形成されていった私の中の初音ミクの性格とか設定とかそれが好きで。だから他のキャラはあんまりそういうの、バックグラウンドみたいな、あんまり個人的にはないので、思い入れがそんなにないですけど、そういう意味で初音ミクは好きだと言えます。

 

また、歌にもPの特色が出てくる。人には歌えないほど速い歌を歌わせるPもいれば、逆に人に似せて歌わせるPもいる。P が作り出したイメージに共感することで視聴者はファンとなるため、一言にファンといってもそれぞれのファンが描く初音ミクのイメージは異なる。初期設定が存在しないためにPの特色が強く表れ、それが受け手側でオリジナルとなっていくのがミクである。

ではアイドルマスターの場合はどうだろうか。アイドルマスターはアイドルの性格などの設定が既にされており、歌を歌う場合も基本的には作中の歌を歌うことしかできないため、Pの作り出したアイドルのイメージという現象がそもそも起こらない。映像や音声などの要素を重ね合わせて極端な虚構性を築き、その虚構性に自らを委ねるミクに対し、アイドルマスターは固定されている要素に加え、ゲームでのレッスンやオーディション、コミュニケーションといったプロセスから、リアルのアイドルに近いバーチャルアイドルであると考えられる。

 

3節  それぞれにおける「P」という存在

 

VOCALOIDとアイドルマスターのどちらにも「P」という存在が出てくるが、この二つは若干の違いはあるが基本的には同じものである。

アイドルマスターのPは「アイドル自体のP」という風に明確に感じられる。ゲーム中のリアリティのある演出や設定は、プレイヤー自身の愛着と相まって、育成の過程を「アイドルと一緒に同じ人生プロセスを歩んだ」という疑似体験にさせるものである。そしてこうした経験をしたプレイヤーが、動画投稿サイトにおける「P」であることが多いため、P自体に自分は「○○(アイドルの名前)P」だという自覚が存在しており、以下のツイートのようにP自身もそう名乗ることが多い。

 

 春香Pの熱にあてられたのか、あれやこれやといろいろな思いが浮かんでは消えていってる。ただ、何を考えても最後には「じゃあ、千早は?」に行き着くあたり、自分は生粋の千早Pなんだろうなあ。

 

 START!!は自分の春香Pとしての原点ですな。春香をもっと輝かせたい!と思ったのがアニマス11話のED

 

2章でも述べたとおり、ユーザー=Pという図式は公式からのお墨付きでもあり、そうしたことからもアイドルマスターのPは、作中のアイドルのPであると言って差し支えないだろう。

対してVOCALOIDPはミク達のPであるが、彼らは「ミクP」などとは呼ばれず、一貫して「ボカロP」と呼ばれる。この名前は、ボカロPVOCALOIDを使用し自ら楽曲を制作、プロデュースする者であるというニュアンスを含んでいるともとれる。事実、VOCALOIDPの中には実際に作品をプロデュースして商業展開し、メジャーデビューしている人もいる。しかし第5章第2節で触れたように、ミクの内面や背景は公式には存在せず、それらは曲の中でのミクの表現を聞いた視聴者のイメージに依存する。となれば、ボカロPは歌を介してミクという存在を創り出しそれを発信する、すなわちプロデュースしていることになるのではないか。仮にPが売名や商業的な展開のみを目的として作曲をそれをミクに歌わせたとしても、その曲によって視聴者がそのP独自のミクのイメージを感じ取ることができれば、結果的にそのボカロPはミクをプロデュースしたことになるのである。ボカロPにおけるプロデュースとは、アイドルマスターのようにアイドルのプロデュースの過程を疑似体験することではなく、実際にアイドルを操作することでの表現活動全般を意味するのである。

 

4節 アイドルマスターとアニメキャラの違い

 

インタビューの中で、インタビュイーが次のような発言をした。アイドルマスターのアイドルキャラクターをバーチャルアイドルと呼ぶことに対して疑問を提示したのである。

 

私の中ではアイドルマスターの人たちと、普通のアニメのキャラクターはほぼ一緒な感じで、ぜんぜん違いがわかりません。それはゲームにおいても一緒で、普通にゲームの中に出てくるキャラクターと、アイドルマスターのゲームの中の春香とかやよいとかは一緒だと思います。ただ設定が違うだけでそれらは単にキャラクターじゃないですか。

 

このインタビュイーは第4章のように「設定がないこと」がバーチャルアイドルにとっては重要であると考えている。それは逆に言えば、設定が生み出されることこそ、バーチャルアイドルとして必要な営みであると言えるということである。確かにその観点からするとアイドルマスターはバーチャルアイドルというよりはアニメのキャラクターに見えるのかもしれない。しかし、設定に富んでいるはずのアイドルマスターでもミクのようなユーザーによる設定づけが行われてきた事例がある。

 アイドルマスターの登場アイドルの中に、「天海春香」というアイドルがいる。凡庸な優しい高校生という設定が為されているこのアイドルは、他の登場アイドルがとりわけわかりやすい個性があったことや、公式にその凡庸さをネタとして扱う場面があったことなどから、一部のユーザーには没個性だとまで言われていた。そして、それを見かねたファンの中でこのアイドルの個性付けが盛んに行われた。その過程で生まれたのが「春閣下」という存在である。閣下という呼称は、従来の「天海春香」とは違った高圧的でサディスティックな性格への畏怖からつけられた呼称である。「春閣下」は瞬く間にネット上に広がり、元となった「天海春香」から離れて独り歩きするようになった。あまりに極端なその性格づけからファンの間には賛否両論ではあるが、兎にも角にも「春閣下」という存在は「天海春香」の派生キャラの一つとして認知されることになった。下の図2は、「春閣下」でタグ検索した際にヒットした動画の一場面で、アイドルマスターのキャラクターがゲーム「悪魔城ドラキュラ」をプレイする「悪魔城ハルキュラ」という動画である。

 

(図2 動画「[アイマス×ドラキュラ]悪魔城ハルキュラXX 最終回」より)

 

 ここで問題なのは、ユーザーによって個性が後付けされたという点である。設定・個性が存在するはずのアイドルマスターでも、ユーザーに個性が足りないと判断された場合、個性や設定の付加が行われるのである。この営みは設定のないミクがユーザーによって性格や個性などの設定が為されたのと似ており、足りない部分をユーザーが補ったという点においてはほぼ共通しているように見える。同じ姿をしていても設定が別物である存在が、元となったものから離れ独り歩きを始めてしまい、しかもそれが多数のユーザーに認知され一定の市民権を得てしまったとなれば、これは単なる二次創作の範疇を超えた、ミクと同じゼロからの創造のように思える。このような事例が起こったということは、アイドルマスターもまた、バーチャルアイドルと言えるだけの要素を持っているということではないだろうか。

 

5節 操作しない人は

 

 初音ミクやアイドルマスターでは、ファンは大きく二つの種類に分類される(なお、アイドルマスターは「P」という言葉の指す意味が広いため、ここではアイドルマスターの二次創作作品を投稿するPのみを話題とする)。一つは今まで話題に上っていたPで、もう一つは見る専・聴く専と呼ばれる立場である。見る専・聴く専とは作品を作ることはせず投稿された作品の視聴・評価のみをするファンの形で、ニコニコ動画の利用者の半分以上はこれに該当すると思われる。とは言っても、初音ミクもアイドルマスターも、ニコニコ動画が主な二次創作活動の場となっているため、見る専・聴く専であっても投稿作品を評価し価値を与えるという意味で、コンテンツの存続に不可欠な立場であることは間違いない。

だがこの二つの関係性に対してはしばしば物議が生じているようであり、以下はtwitter上で見つけたそれに関連するツイートである。

 

消費者が制作側に回るのがCGMで、ミクさんはそれを体現したからこそなのに、与えられるのが当たり前になってしまったら、元も子もないっていうか、若いファンは自分が制作側に回れることを思いつくのだろうか、単純に数が多ければボカロPになりたいって子もでてくるのかな、とか、寝言むにゃむにゃ

 

 このツイートからは、所謂見る専聴く専のファンがその地位に安寧し、作品の制作にまで至ることがなくなることについての危惧が示されている。二次創作でなりたっている同コンテンツを盛り立てていくためには、新規の同業者の獲得が常時必要とされる。コンテンツを盛り立てているまたは何らかの形で作品を投稿しているPも、自分たちと共にコンテンツを盛り立ててくれる新規の同業者の存在を常に心待ちにしている。そして以下のように、その土壌は定期的に作られ、窓口は常に開いている。

 

ハルカニのMC動画作ってみたい!ハルカニに参加したい!って思ってるノベマスPの方がいましたら気軽に声をかけてください。

 

逆に見る専、聴く専の人たち自身は自分たちの立場についてどう思っているのだろうか 見る専、聴く専の人間は往々にして、自分もPという立場で作品を制作し、コンテンツの盛り立てに積極的に参加してみたいと思っているようである。その理由は作品から受ける影響・感動や、消費するだけの立場でいる心苦しさなどそれぞれであるが、作品制作に関しては完全に興味がゼロというわけでもない。

 

ニコニコでボカロを見てる人とかは少なくとも「自分でなにか作りたい」って思ってる人が多いわけで・・・。(以下省略)

 

今まで見る専・広告専という立場でニコマスを楽しませて頂いてましたが、やっぱり一方的に楽しませて貰っちゃうのは若干心苦しいものでした。でも、動画投稿したら大分楽になりました。これからももっとニコマスを、アイマスを楽しめそうです。ありがとう、これからもよろしくです

 

 おそらく見る専の人達が動画制作に踏み込めないのは、知識や技術の面で壁を感じているためだと思われる。それを鑑みてか、ハルカニでは経験者が初心者に対して動画製作のノウハウを伝えるための生放送が存在する。既存のPはこのような、イベントを通した形での新しい同業者の獲得を行うことがあり、それは見る専をも巻き込んで大きな流れとなって行われているのである。

このように見ると、見る専・聴く専の人達は、投稿された作品に対して、それを評価し価値を与える立場であると同時にPの予備軍として、コンテンツ内では位置づけられていることがわかる。

 

6節 バーチャルアイドルに関するイベント

 

 バーチャルアイドルであるミクとアイドルマスターには、それにまつわるイベントというものが存在する。

 アイドルマスターの方は、調査内容のところで触れた「HaRuKarnival13(ハルカニ)」というイベントがそれに該当する。このハルカニとは、先述の天海春香の動画を楽しむためのイベントであり、期間中に制作し登録された動画やイラストを、ニコニコ生放送(以下ニコ生)ライブ中継形式視聴する場である。今回取り上げる2013年度のハルカニに関しては、3月〜7月にかけて参加の募集や動画・イラスト等の作品登録が行われ、7/27, 8/3, 8/17, 8/24の四日間に本番がニコ生で行われた。またこの募集期間中には、募集のみならずPによる動画制作のノウハウを初心者Pに伝えるための講座や、対談形式のPへのインタビューなども開催されている。本番でのニコ生での放送時間は午前2時〜4時の間で始まり、終わるのは午前7時〜8時の計45時間である。イラストに関しては個別にページが用意してあり、そこで視聴することもできる。なおこうしたイベントに関わる情報は、基本的に図3のように告知・宣伝・CMをニコ生やニコニコ動画で行っており、ツイッターのアカウントによってそれらの存在をフォロワーである関係者のP達に知らせている。

 

 今年もHaRuKarnival’13の開催が決定しました!詳細はこちらの生放送内で発表致します!→live.nicovideo.jp/gate/lv1294776

 

(3 艦長P,2013-5「アイドルマスター 『HaRuKarnival'13』 開催のお知らせ」)

 

ネット調査で行ったこのハルカニの運営アカウントに関する調査結果は次のようになった。このアカウントのフォロワーは607人とそれなりにいて、そのフォロワーに発信したツイート数は、計285回にものぼった。月ごとの回数としては、3月が5回、4月が3回、5月が10回と始めは少なかったが、6月に41回と急激に増えたのを皮切りに、7月は89回、8月に至っては126回とかなり数が増えた。6月にツイート数が増えたのは、参加登録の締め切りと、Pによる動画制作講座やニコ生を使っての対談等のハルカニに絡んだイベントで、告知の回数が増えたからであった。78月はハルカニ本番だったので、それに関するツイートがほとんどだった。9月には既にハルカニは最終日まで終わっていたため、ハルカニで放送された動画の中で良いと思ったものを120作選ぶ、ハルカニ20選というイベントに関する告知がされただけである。ツイートの種類については、ハルカニ本番における当日のスケジュールや放送中の告知が128回と群を抜いて多かった。次はハルカニのイラスト部門での投稿に関する告知が60回とその半分だが、それでも平均で約20回だった宣伝等の他のツイートよりに比べると多いほうである。また、フォロワーのリツイート数に関しても同じような結果となり、ハルカニ本番中のツイートとイラスト関連のツイートが多かった。そして全体のリツイート量はなんと3210回にものぼっている。このように、ハルカニはそれに関わるPがそれなりに存在し、かなりの規模をもって行われていることがわかる。そしてそれほどの規模でありながら、ニコ生というリアルタイムでの視聴であることで、一種のコンサートのような形式を作り上げている点は興味深い。

 ミクの方は、「初音ミク ミクの日大感謝上映祭2012」「初音ミク ライブパーティ2012(ミクパ)」等多くの公式主催のイベントがあるが、その一つに「夏の終わりの39祭り」というイベントがある。これは株式会社セガとクリプトン・フューチャー・メディアから発売したPlayStation Vita専用タイトル『初音ミク -Project DIVA- f』発売と、「初音ミク」生誕5周年を祝うためのイベントで、2012829日に同社によって神奈川県横浜市で開催された。このイベントは大きく二つのエリアに分けられており、赤レンガ倉庫では「夏祭りエリア」、象の鼻パークでは「ウォーターステージエリア」という会場が設けられていた。夏祭りエリアでは、『初音ミク -Project DIVA- f』の試遊や各種パフォーマンス、縁日やグッズ販売など、夏祭りをテーマにした催しが開かれた。ここでは寄せ書きという形でファンがミクへの思いを書き綴ることのできるスペースもあったり、パフォーマンスとして「やぐらステージ」と呼ばれる場所で、定刻になるとボカロPによるDJやライブ(公式にオファーがあったものと推定)が行われたりするなど、ファンを盛り上げるための仕掛けが幾重にも施されていた。

ウォーターステージエリアは17時から入場可能なエリアで、「水と光と音のスペシャルステージ」というライブ形式の催しが行なわれた。これは『初音ミク -Project DIVA- f』に使われるミクの3Dモデル・PVを曲に合わせてウォータースクリーンに投影することで、リアルアイドルのライブに近い感覚でミクが歌い踊るのを見ることができるというパフォーマンスである。次の図4はそのパフォーマンスの最中の動画である。

 

(4 「ウォーターステージ映像|イベントレポート|PlayStation Vita Presents 『夏の終わりの39祭り』スペシャルサイト|プレイステーション オフィシャルサイト」より)

 

 イベントの来場者数に関しては、公式サイトでも正確な数値が出されていなかったためわからなかった。