6章      考察

 

 ここまでに世論調査と新聞記事の関係を見てきたが、この調査で明らかになったことがある。先行研究では記事の数の増加により「少年犯罪の増加・凶悪化」の現実が創られたと述べられているが、少年犯罪の種類別に見ていくと必ずしもそうではないことがわかった。キーワード検索の結果を見てみると、その結果の増減に合わせて「社会的に見て問題だと思う少年非行」の世論も変化していっていることが分かった。4回の世論調査の内キーワード検索の結果が一番多かった1998年は世論調査の「社会的に見て問題だと思う少年非行」のうち「刃物を使った殺傷事件」の項目でも一番高い数値が出ている事が分かった。そして2001年になり記事の数が減少すると世論調査の結果も同じように減少していった。このように世論調査の変化には記事の数の変化が関わっているのである。さらに「刃物を使った殺傷事件」の数値が高くなった1998年と2005年にはそれぞれ栃木県で発生した教師刺殺事件と2004年に発生した佐世保小6女児同級生殺害事件が大きく報道されており、逆に2001年と2010年には事件の報道があったものの、大きく報道された事件はなかった。今回の調査では何度も報道された事件を大きな事件としている。つまり1つの事件が何度も報道される大きな事件が発生することで記事の数が増加し、それに合わせて「社会的に見て問題だと思う少年非行」の「刃物を使った殺傷事件」の数値が増加しているのである。

いじめの場合もこれが当てはまり、キーワード検索の結果に合わせて「社会的に見て問題だと思う少年非行」のうち「いじめの問題」の項目が変化している。例えば1998年を見てみると記事の中に「いじめ」という言葉を含む記事は約550件あり、世論調査の結果も約70%の人がいじめを問題として捉えている。その一方で記事の件数が大きく減少して約280件になった2001年では世論調査の結果も大きく減少し1998年の約半分の40%となっている。いじめの問題の場合も刃物を使った殺傷事件と同じように記事の数の増減に合わせて世論調査の結果も変化しているのである。大きく報道された事件が発生した1998年と2010年では高い数値が、大きく報道された事件がなかった2001年と2005年では低い数値がそれぞれ出ている。つまり大きく報道された事件が存在したかどうかが、「社会的に見て問題だと思う少年非行」のうち「刃物を使った殺傷事件」と「いじめの問題」の世論を形成するときに影響を与えていると考えられる。

ここまでの「刃物を使った殺傷事件」と「いじめの問題」では記事の件数と大きな事件が報道されることが世論の形成に影響を与えていると考えられていたが、これに当てはまらない少年犯罪が存在する。それが「性非行」である。「性非行」のキーワード検索の結果と世論調査の「社会的に見て問題だと思う少年非行」のうち性非行についての回答率の変化を見ると回答率が一番高かった1998年が一番記事の数が少なく、逆に回答率が一番低かった2010年が一番記事の数が多いことが分かった。「性非行」については新聞記事とのつながりはみられなかった。テレビなどの他のメディアがまったく影響を与えていないと言い切ることはできないが、新聞記事においては関係性が見られなかった。

 今回の調査では世論調査の結果とキーワードを含む記事の数、見出しにキーワードを含む記事の数、そして大きく報道された事件とのかかわりを調べた。先行研究では記事の量的な増加が少年犯罪に対するイメージを形成することが述べられていることを踏まえて世論調査の結果とキーワードを含む記事の数を見てみると「刃物を使った殺傷事件」と「いじめの問題」においては記事の数の増減と世論調査の結果に関連性を見出すことができた。しかし「性非行」の場合は記事の数がほぼ同じような数値を示している1998年と2010年の世論調査で逆の結果が出ているため、これが当てはまらなかった。「性非行」における新聞記事の影響は「刃物を使った殺傷事件」や「いじめの問題」の場合と比べ弱いと考えられる。

 次に世論調査結果と大きく報道された事件についての関連性を調べた。すると「刃物を使った殺傷事件」と「いじめの問題」では世論調査の結果が高くなった年には大きく報道された事件があったことが分かった。「刃物を使った殺傷事件」の結果が高くなった1998年と2005年、そして「いじめの問題」が高くなった1998年と2010年にはそれぞれ大きく報道された事件が存在する。しかし「性非行」の場合は大きく報道された事件はあったものの大学生による事件のため、少年による事件と判断することはできず、大きく報道された事件の有無が世論調査の結果に影響を与えているのかどうかがわからなかった。大きな事件の有無で世論調査の結果が変化するのであれば、警察統計で少年の検挙者数は年々減少しているにもかかわらず世論調査で高い回答率が出ていることを説明することができる。牧野(2006)によると近年報道される事件の数は少なくなっているものの1つの事件あたりの記事数が増加しているという。またメディアが1つの事件を何度も取り上げる傾向については先行研究でも述べられている。つまり1つの事件が何度も報道されることで少年非行の増加や凶悪化といったイメージが作られ、それが世論調査の結果に反映されているのではないだろうか。

 最後に「少年非行は増加しているか」という設問で少年非行が増加していると考えている人が2010年に減少するまで9割という高い割合を維持してきたのは、報道の中で「普通の子」という表現が使われることで図5-4-1のように「何ら問題ない少年」の方が「以前に不良行為や犯罪を起こした少年」よりも非行を起こすと捉えられているのではないだろうか。これは記事の中で「普通の子」という言葉が読者の不安をあおるように使われることにより少年犯罪を種類別に見た場合とは異なる状況が創られているからで、事件の報道の量によるものではない。これによりつくられた「普通の子」が非行を起こすというイメージが世論調査に反映されることで少年非行が増加していると考えている人が高い割合を維持していた可能性が考えられる。

 先行研究では少年犯罪の新聞記事が増加することにより少年犯罪の凶悪化や増加のイメージが創られることが述べられているが、世論を少年犯罪の種類別に見てみると「刃物を使った殺傷事件」と「いじめの問題」の場合はこれがあてはまるが、「性非行」の場合はあてはまらないことがわかった。つまり「刃物を使った殺傷事件」と「いじめの問題」は大きく報道される事件が発生すると記事の数が増加し世論調査の回答率も高くなるが、「性非行」の場合は大きな事件が発生して新聞記事の数が増加しても世論調査の回答率が高くなるとは限らないということである。新聞記事の世論調査への影響は、少年犯罪の種類によりその強さが異なっているのである。