5章 分析・考察

 

 本章では、第3章での先行研究と第4章の調査内容を比較検討していく。

 

1節 キャリアを目的としない渡航:「自分探し」≠「やりたい仕事探し」

 

 まず、本節では、加藤(2009)の指摘するように果たして「自分探し」によって見つかると考えられる「本当の自分」が、「本当にやりたい仕事をしている自分」と一致するものなのか、それぞれの語りから見ていく。

まず、現地でのアルバイトが渡航前に日本でしていた仕事に通じている、または帰国後希望する職に通じているかと言えば、そうではない。具体的には、Aさんは渡航前の仕事は宝石関連の接客業であり、渡航中はマッサージ師として働いていたが、現在目指しているという留学カウンセラーと全く異なる仕事である。動機に関しては第2節で詳しく述べるが、Aさんは前職を辞めることに着いて未練はないと語っていた。Cさんの場合は、居酒屋での勤務経験を活かした鮨屋のアルバイトである。しかし、日本で経験を積んだ飲食の仕事を帰国後続ける気は無かった。またワインの販売自体も、Cさんの現在の仕事とは異なる。帰国後も同じ会社に勤める予定があったBさんは同業種でのアルバイトも考えたと言うが、結局は雇用条件が合わず異業種でのアルバイトに終始している。このことから、現地での仕事は川嶋(2010)でも述べられているように、日本での過去のキャリアとは断絶した就労であるといえる。またさらに、未来とも直接的な関わりが無いように見える。

このような現地での就労のキャリア状の断絶は、ワーキング・ホリデー経験者たちのキャリア形成に対する関心が、そもそも淡白であることを思わせる。では何を目的に渡航先で仕事をしていたかといえば、生活費のため、そして現地生活を楽しむための要素の一つなのだ。Bさんは滞在費を十分もっていたものの、経験としてアルバイトをしたいと考えた。現地での生活経験の一つとしての就労が位置づけられていた。

現地での就労が日本でのキャリアと断絶している理由については、渡航時の本人たちの現地人に劣る英語力からキャリアに繋がるような職に就きづらいことに加え、渡航の動機からもうかがえる。AさんとCさんは、渡航前の仕事と同じ職につくつもりはなかったことが、キャリアの断絶に繋がっていると言える。特にCさんは異業種への転職を希望していた。鮨屋のアルバイトは技術を生かせる職ではあるが、修行のように腕を磨いて日本で活かすつもりはなかったことがうかがえる。さらに、二人とも帰国後の就職活動を前提とした渡航だったものの、Aさんの場合は動機を英語習得のためと語ったものの、英語に関する仕事に就こうとは思っていなかった。Cさんは転職の幅を広げるために海外へ行くことを決めたもが、具体的な職はしぼらず異業種への転職という程度だった。また、Aさん同様最初から英語に関する仕事に就こうとは思っていなかったという。

以上のことから、ワーキング・ホリデー経験者たちが「やりたい仕事」を「探す」ために海外に渡航したとは言い切れない状況が分かる。そもそも、「やりたい仕事」を探すためだけならば日本で探す方がはるかにリスクは少ないのではないだろうか。昨今の不況下で帰国後の就職に対する不安を抱えた状況で、わざわざ海外に飛びだすよりは、国内で別の仕事を探す方が合理的ともいえる。ではなぜ、若者は海外へ渡航するのだろうか。

加藤(2009)では「自分探し」のために渡航していると考察されているが、ワーキング・ホリデー経験者たちにとって「自分探し」とはいかなるものなのだろうか。探している「本当の自分」という確固としたアイデンティティを築くことが難しいということは、流動化した現代では難しいと浅野(2010)の論じていた通りだろう。しかし、場面に沿って柔軟な対応を求められて自己が変化していくというならば、海外という今までとは違う環境においても、自己は変化していくものと言えよう。実際に、Aさんは海外での生活を通して自身の変化を期待していたという。しかし、変化を待って何もせずにいたわけではなく、むしろ行動を起こしてこその自分探しだと考え、現地での求職活動や仕事に対し積極的に取り組んでいたという。それらの経験から渡航前に苦手としていた人付き合いを現在は楽しめるようになったと語っていた。そうしたコミュニケーション力は仕事だけでなく生活全般に関わる重要な力であることは言うまでもない。Bさんの場合は「自分試し」だと語った。それまでの人生経験が、言葉のほとんど通じない土地でどれだけ通用するか、アルバイトや生活経験を通して試してみたいと語っていた。また、Cさんの場合、海外留学で自分に磨きをかける「自分磨き」だと語った。いずれも、海外での生活を通して自分を成長させようという考えであり、その意味で一種の「自分探し」だと言えるかもしれない。しかし彼・彼女たちは、その成長を仕事に直結させようとしているとは言えない。なぜならば、自身を変化させて渡航前の仕事や現地でのアルバイトの延長としてキャリアを築こうとしている訳ではないからである。「本当の自分」が「やりたい仕事をしている自分」であるならば、「自分探し」の目的も仕事場での職業訓練によって達成されるはずである。しかし、彼らにとっての自己成長は、そのような意味では「自分探し」には繋がっていないのである。

 

2節 本研究事例における階層移動について:英語力「プラスアルファ」の力

 

本節では、ワーキング・ホリデーから帰国した後の就職に関する考察をする。

まず、第1節で少しふれた動機に関して、さらに深く考察をする。Aさんは渡航前の仕事について、キャリアを積む必要のない仕事であるため辞めることに未練は無いと語っていた。また、Cさんも居酒屋での仕事には嫌気がさしており、同様に辞めることに対する未練はなかったという。このことから、渡航前の仕事の内容が、日本でのキャリアを一度捨てて海外に渡る決意に繋がったことがうかがえる。さらに、Aさんは留学エージェントとしての仕事を得るために二度目の渡航をし、Cさんは転職の際の選択肢を増やすためにワーキング・ホリデーへ行ったと語っている。つまり、少なからず帰国後の就職に希望を見出そうとしていたといえる。

昨今の日本経済の低迷やそれに伴う不況下に置いて、就職及び転職は非常に厳しい状況にあると言える。大卒就職内定率は低迷し、卒業後3年以内の既卒者を新卒採用と同等に扱うという卒業と同時に就職できなかった若者の救済策が講じられるほど、新卒者の就職事情は厳しい。その一方、大卒の高い離職率も問題となっている。若者のニート・フリーター問題は、多くの指摘がされているとおりである。一方の転職市場においても、不況下でより高待遇を求めた転職活動が激化する上、企業側は新卒のような一からの教育制度を設けず転職前の経験を最重視する傾向があることから、非常に厳しい就職状況である。ワーキング・ホリデー経験者たちは、どのようなスキルを活かすことで再び日本の労働市場へ復帰し、さらには希望する職を得ていくのだろうか。

Aさんの場合、一度目のワーキング・ホリデーの際は帰国後の就職に関して、非正規雇用や英語に関係のない仕事についても仕方がないと考えていた。また、現在の目標である留学エージェントになるために、二度目のワーキング・ホリデーへカナダに渡航している。留学エージェントが社会的に高い地位であるかは明らかでないことから、Aさんはより社会的地位の高い階層へ移動したいと考えている訳ではないのだ。むしろ、自分の経験を語ることで人の役に立てるのが嬉しいと語り、本人のやりがいが大きく作用していると考えられる。また、Bさんも休職という形をとったものの帰国後に転職することも不可能ではなかった。しかし現在でも同じ企業に勤めていることから、ワーキング・ホリデーを経験することでよりよい職に就こうと考えていたわけではないということがうかがえる。

また、異業種への転職に成功したCさんは、居酒屋の店長から現在は外資系企業の営業職となって働いている。ここからはCさんを例に階層移動について考察を進めていく。Cさんは帰国後半年で一度、英語とは全く関わりのない会社へ就職をした。その理由は、英語を使った仕事が見つからない一方、就職へのプレッシャーがあったために妥協したからだという。しかし、不本意な就職だったため長く続かず、すぐに辞めたという。そしてさらに半年就職活動を進め、現在の仕事を得た。現在の会社に採用された理由について、渡航前の日本での仕事経験が活かされたと自身を振り返っていた。具体的には、ワーキング・ホリデーを経験する以前に店長として行っていた経営やマネジメント、人材採用及び育成と言ったような経験が評価されたと考えている。また、ワーキング・ホリデー期間中に経験したワイン販売の仕事で培った営業力が、現在人前で商品の説明をする事に活かされているという。

ここでポイントとなることは、英語力のみで現在の仕事を得られたわけではないという点である。川嶋(2010)は、ワーキング・ホリデー経験者たちが英語を使った仕事に就きたいと考える一方で、具体的に何をするかという視点が欠けていることを指摘している。また、渡航前に比べて職業的地位や評価が低下することから、ワーキング・ホリデーでの就労体験が帰国後のキャリア形成に役立つものではないとも論じている。Cさんの場合、渡航前は英語を使った仕事への再就職は考えていなかったためか、渡航中に英語を活かしたスキルアップを目指したという事実はない。しかし、アルバイトでのワイン販売によって営業力が磨かれたという点は、たとえ意識的に努力したわけではないものの帰国後のキャリア形成に役立ったと言える。また、採用当初は同系列の外貨両替を扱う会社での採用だったが、その窓口対応もまた対人的な仕事であり外貨に関する説明をする必要があるため、ワイン販売の仕事と共通する部分があると言える。もちろん、外貨両替の窓口には外国人が来ることもあり英語力は求められているものの、それ以上に現地で得た営業力及びプレゼンテーション力が評価されたのではないだろうか。経験や実績が求められる転職市場において、Cさんは英語力だけでないプラスアルファの力を上手く活かした、ワーキング・ホリデー制度を利用した階層移動の成功例と言えるだろう。また、成功例であると同時に、職の得やすさから望まない仕事に就き、結果仕事への不満を増大させるという、川嶋(2010)が指摘しているような状況にも陥った。しかしCさんの場合、渡航前に直面した状況からワーキング・ホリデーに行くことで不安が増大することは一時的であり、その後不安を解消する機会があるという可能性の例となっている。

川嶋(2010)はワーキング・ホリデー経験者たちが帰国後の再就職について、渡航前よりも良い仕事を得るためにワーキング・ホリデーに行っているにもかかわらず、再就職先は階層が下がっていると論じていたが、本調査において実際に階層を移動したかといえば、三者三様であった。AさんおよびBさんの場合、そもそも階層移動を目指して海外へ行ったわけではなかったことは、二人へのインタビュー調査や帰国後の就労状況からうかがえる。異業種への転職を希望していたCさんにおいては、漠然とした「異業種」が彼の階層を押し上げるかといえば明らかではなく、階層移動を強く望んでいたとは言い切れない。結果的にCさんは階層移動に成功したが、その要因は英語力のみによるものではなかった。Cさん自身、就職活動は英語力ではなく以前の職で身に就いたスキルがアピールポイントになったと語っていた。