第三章 産地の苦境

 

衰退の一方で、今日では特色ある地域づくりと地場資源を活用した産業振興が注目を集めている。高岡銅器業界においても新商品・新技術開発に取り組むなど苦境に対応する新たな動きが出てきている。国において平成19 年度から始まった中小企業地域資源活用プログラム(2)では高岡銅器の製造技術が地域資源として認定され、商品開発等補助金、設備投資減税、低利融資、専門家派遣など、総合的な支援が実施されている。

さらに特許庁が導入している地域団体商標制度に高岡仏具、高岡銅器が地域ブランドとして平19 年度に登録された。これにより他人による商品名の不正使用防止だけでなく高岡銅器のブランド力向上と他産地との差別化が図られ、産地がより一層活性化することが期待される。このように産地活性化に繋げる各種の事業が行われており、今後の動向が注目される。

 

第一節 高岡銅器における課題

 

産地内で様々な取り組みが行われる中で、高岡銅器独特の課題も存在する。第五章HiHillのインタビューで紹介する高岡市デザイン工芸センター職員の高川昭良氏は、産地の変化や課題を以下の三つのように指摘している。

 

1.問屋との関係性 

従来は問屋が商品をデパートや小売店に収め、そこで商品に対する消費者の声を聞き、それをお抱えの職人・メーカーに伝えるという流れが主流であった。しかしながら商品が売れなくなり問屋がお抱えの職人・メーカーに仕事を出せなくなると、その流れが成立しなくなり、問屋が職人・メーカーを抱えるというピラミッド構造自体が維持できなくなってきている。

そういった状況を危惧し、一部の作り手が商品開発に取り組み始め、積極的に市場に出ていくようになった。それに対し当初問屋は難色を示した。しかし産地全体の仕事量が減りモノが売れなくなっている状況においては「もうここまで来ると頑張って下さいっていう感じだね」という雰囲気に変化してきている。

 

2.従来の商品開発

国からの補助金は組合に入り、その組合全体のボトムアップを図ろうというやり方が主流であったが、組合のなかでも温度差がありまとまらないという状況にあった。また各企業でも新しい商品開発を試みるが、なかなか的を射ていなかったり、限られた市場にだけむかっていたりしたため上手くいかなかった。

産地内のコンクールなどに職人が自社開発製品を出展し、問屋がそれを見て実際に商品として市場に出すという商品開発の流れもあった。しかし職人がダイレクトに市場の動向を知る機会がない為、市場のニーズに合ったものを作れていない。そのため問屋が製品化しても売れず、その流れが成り立たなくなる。売れなければ職人はものづくりを辞めてしまう。伝統工芸では生計が立てられないから子どもは後継者にしない、するとますます作り手がいなくなり技術が廃れていくという悪循環が出来てしまっている。

 

3.商品開発の壁 

従来産地では問屋が商品開発を行い、職人・メーカーはそれを請け負うという構造がとられていた。そのため職人・メーカーはものを直接売る術を持っておらず、顧客もいない。

例えば仕上げの着色部分だけを担っている職人が市場に出ていこうとしても、どこに商品を持っていけばよいか、売り場すら分からないため、結局問屋の仕事を待つしかない。作る技術は高いのに、売る術がないという職人が産地から減っている現状がある。

また商品開発をして市場に製品を出していくには、商品開発はもちろんだが今まで問屋が担っていた商品発送・検品・梱包・発送、全てに対応する必要がある。納期を守るキズものを出さないというのは信頼関係を築く上では非常に重要であるが、コストがかかるという面もある。人材不足、資金不足の職人・メーカーにはここまで手が回らず、結果として商品開発が出来ないという大きな壁が存在する。

 

こうした産地の苦境は他の伝統産業においても同じだろうか。またそこでは苦境に対してどのような反応が起こっているのだろうか。以下二つの先行研究から探る。

 

第二節 高岡漆器

 

富山大学人文学部社会学コースの2・3年生による2003年度後期「社会調査法」の報告書を先行研究として扱う。この調査では高岡漆器の職人8人にインタビューを実施している。報告書(2003: 第三章)では調査結果をテーマ別に分析している。その中から「第三節 4つの概念を通してみた高岡漆器職人の仕事の特徴」(大手邦裕)と「第五節 職人の変容」(宮崎園子)を参考とする。

 

1.伝統性と創意性のバランス

大手は職人の語りを「自然性」「伝統性」「応用性」「創意性」の観点から高岡漆器職人達の労働観について分析している。そのなかで「伝統性」のみが職人達の語りに反映されていないと指摘する。

その要因として「敢えて語るほどのものではない程度にまで伝統性が職人たちの中に内面化されており、語りの中に見えなかった」「現在の生活様式に適合するのならば、高岡漆器職人達は伝統性には執着しない」「作品を時代に適合させるために、伝統性を引き継ぎつつそれを活用したり、応用する」の三つを挙げ、さらに職人の語りから「伝統性を引き継いだ上で、それを基に新しい作品を創りたいと語る。伝統に乗っ取った作品を作り続けるよりも、高岡漆器の伝統が持つ技法をこれからの作品に活用したいという意志」を読み取っている。

このことから大手は「伝統を重んじることよりもその伝統を用い時代に適応しようとする高岡漆器職人の意識が色濃く反映されているように思われる。この時代に適応する方法を、作業の中の試行錯誤を通して探し続ける側面に、高岡漆器職人労働の特徴を見い出せるかもしれない。」と高岡漆器の職人を特徴付けている。

 

2.変わろうとする高岡漆器

宮崎は職人の新しい試みに着目し、その共通点として「若い世代をターゲットとしてみていること」「日常生活にあったデザイン」「シンプルなデザイン」「値段の安いもの」の四つを挙げている。

さらに「この4つの共通点は、1つ1つが独立して存在しているものではなくて、相互に関係をもっているものではないかと思う。例えば、『シンプルなデザイン』が『日常生活にあったデザイン』であるし、『値段の安いもの』は『若者向け』にもなる、といったように、それぞれがそれぞれに関係をもっているのだ。また、これらのことは、これから先の将来、どれも欠けてはならない重要な要素であるようにも思われるし、また、この共通点がこれからの高岡漆器を考えていく上で大きなヒントになっていくのではないかとも思う。 」と高岡漆器の商品開発における要点を指摘している。

また、そのような商品を作るにあたり重要な点として、「これからは問屋の考えるデザインを作る、下請けのみをするのではなく、職人自らが積極的に現代の社会に飛び込んで行き、そこから売れるデザインを考える、といった市場開拓が必要だ」とし「今までは職商が相対的に分離していたのに対して、『職』に『商』が部分的に流入するようになったと見ることができる。したがって『商』の機能を部分的に組み込むようになった点に、高岡漆器職人の変容をみることができるであろう。」と職人自身の変容が今後の高岡漆器における重要な鍵となると述べている。

 

第三節 金沢金箔

 

伝統産業の新しい取り組みについて、金沢箔職人4人・金沢市役所の1人の職員へのインタビューを実施し、陶磁器業界にみられる「生き残りを賭けた動き」が金沢箔業界でも起きているかどうかに注目し、その原因を金沢箔業界の背景から探っている、川口恵未「金沢箔の現状とこれから―断切職人を中心に―」(富山大学人文学部人文学科2010度卒業論文)を先行研究として扱う。

 

第一項 産地の特徴

川口(2010: 18-24)は「金沢箔業界も他の伝統的工芸品同様に、需要の低迷、後継者不足という問題を抱えており、金沢箔職人はそんな危機的状況を理解しているが、対策はなかなか進んでいない。それには金沢箔業界特有の性質も大きく関わっているように思う。」として、その特徴を以下の二つに分けて論じている。

 

1.「材料」が故の難しさ

金沢箔は、金沢箔を使い様々な伝統的工芸品や作品を作っていく、という伝統的材料である。よって販売される際に金沢箔職人の名前が出て販売されるわけではない。また、仏壇などの装飾を行う場合も、1人の職人が打った箔だけを利用するのではなく、何人かの職人が打った箔を混ぜながら装飾していくことが多い。このように金沢箔は伝統工芸品において「材料」である。あくまで金沢箔は装飾に使用される「材料」であるので、自分なりのデザインを加えることや、作品を買ってくださるお客さんのニーズに合わせたものを作っていくことができない。よって金沢箔は、他の伝統的工芸品よりも需要の低迷が続いている現在の状況を打破することが難しいのではないか。

 

2.職人が置かれている立場

金沢箔の需要が減り供給過多になっている中で、周りの問屋に価格で負けられないという考えが強い。「あそこの問屋がこの値段で売ったならば、うちはもっと安い値段で売ろう」というように、問屋同士の価格競争が激しい。この問屋同士の価格競争のしわ寄せが職人に支払われる工賃の低下に繋がっている。1つの問屋からの仕事だけを行っている職人が多く職人が問屋との11の独立性のない中で仕事を行っている、という金沢箔業界特有の状況も後継者育成に歯止めをかけている。職人と問屋は依頼関係にあるはずなのだが、1つの問屋からの仕事だけを行うことが多いことで、ある意味職人が問屋に所属しているかのような状況になっている。

 

第二項 新しい取り組み

・取り組み

「金沢金箔伝統技術保存会」や「金沢箔作業所」など、問屋頼みではなく職人達が自ら行動し、後継者育成、技術継承に向けた試みを行おうとしている。金沢箔のブランド化のための足がかりとして期待でき、金沢箔業界全体の活性化を図れる可能性がある。

 

2つの問題点

一つは選定保存技術を目指している縁付金箔とそうではない断切金箔の扱われ方に違いがある点である。「金沢箔のブランド化を進め、金沢箔業界全体の底上げを狙うのか。縁付金箔だけでなんとか状況を打破していき、断切金箔は切り離されてしまうのか。断切金箔職人は、動向を見守っていくしかない。」と指摘する。

もう一つは「後継者を育てたとしても、その後、誰がその職人の面倒を見るのか。仕事量が減っている今、根本的にこれ以上職人を増やす必要はなく、後継者はいらないのではないか。」という懐疑的な見方がある点である。「活動も、特に需要開拓に関する具体的な道筋が見えず、職人によって温度差も感じられる。」と指摘している。

 

また川口は「これらの新しい動きは、始まったばかりで現在進行中であり、未知数である。(中略)需要開拓は依然として職人個人の腕前によって確保されるしかないのかもしれない。」と結論付けている。(川口 2010: 21-23

 

 

以上二つの先行研究における共通点は、産地の苦境を打開する方法に関して、いずれも職人達の個人努力に負う部分が大きいという点である。確かに職人の努力によって新たな取り組みが行われ、結果として産地の活性化に繋がる様子がどちらの産地でも見て取れる。

しかしながらそれだけが苦境に対する反応の全てなのか。本稿では高岡銅器の事例においてその疑問に答えたい。その際以下の二つを意識する。

 

1.問屋の存在

上記の先行研究ではいずれも職人を中心とした調査を行っており、問屋の存在に焦点を当てられていない。本稿では職人だけでなく、問屋にも着目し調査を行う。

 

2.デザイナーとの関わり

これも上記の先行研究では触れられていないが、伝統産業においてデザイナーとの関わりをもった取り組みは本稿の事例のみならず起こりうる現象である。本稿ではデザイナーをはじめとする産地外部の人間との関わりにも着目し調査を行う。