第四章 分析
それぞれの項目についての調査結果を分析した。第一節と第四節では、警察の統計(警察庁生活安全局少年課 2011)との比較を行い、加害者報道における男女の割合と、児童虐待事件で検挙された加害者の男女の割合を比べ、男女差にどのような違いが見られるかを分析した。
第一節 加害者報道の男女差
加害者報道の男女内訳に関しては、先行研究(高橋 2002)と同様に、女性が加害者である児童虐待事件は、男性が加害者である場合よりも多く報道されていることが明らかになった。
警察の統計(警察庁生活安全局少年課 2011: 70)における検挙者内訳では、平成14年から平成23年の間、父親等の検挙数は常に母親等を上回っており、また、先行研究(高橋 2002: 33)でも、児童虐待全体としては、検挙者は男性の方が多くなっていることが指摘されている。
このことから、実際は男性の検挙者の方が多いにも関わらず、報道では女性が加害者の例が多く報道されているといえるだろう。
また、全体的に見て、加害者が男性の場合は「その他」にあたる、養父等の実の家族でないことを指す表現が多く見られた。一方で加害者が女性の場合は、逆に実の家族でないことを指す表現は少なく、「母」や「母親」などの実の家族であることを指す表現が多かった。つまり、実の家族による虐待の報道は女性が加害者の場合に多く、逆に、実の家族でない家族による虐待の報道は男性の場合に多かった。
警察の統計(警察庁生活安全局少年課 2011: 70)によると、児童虐待事件で検挙された加害者と被害者の関係(続柄)は、男性が加害者の場合では「実父」が最も多く、女性が加害者の場合も同様に「実母」が最多であった。この統計と比較すると、男性が加害者である場合、実際に検挙されるのは養父等よりも実父の方が多いにも関わらず、報道されるのは加害者が養父等の実の家族でない場合の方が多いということが分かった。
第二節 被害児童の年齢に関して
見出し内での被害者を表す表現は年齢と続柄がほとんどであり、幼児が大半を占めた。
見出しに含まれる被害児童の年齢が幼少期に集中するのは、幼児が養育者である大人に抵抗することがまず不可能であるために、事件化という深刻な結果を招きやすいことが原因だと考えられる。
第三節 「せっかん」の使用頻度に見る加害者の男女差
加害者行為に関する表現では、殺人を表す表現が大半を占めた。また、90年代の記事に限定すれば、「せっかん」という表現の使用頻度に、加害者が男性の場合に多く使用されるという男女差が見られた。2000年、2011年にはそうした傾向は見当たらない。
「せっかん」は広辞苑によると、「厳しく叱り将来を戒めること」と書かれており、本来は厳しい、あるいは行き過ぎたしつけを意味していることがわかる。一方で、「虐待」は「むごく取り扱うこと。残酷な待遇」とされている。
加害者行為が「せっかん」である記事で、記事主題が「子殺し」の記事は、せっかん(しつけ)の末に死亡させてしまったという内容の記事であり、主題が「身体的虐待」である記事は、身体的虐待がせっかんとして報道されたものだと読める。
加害者行為が「せっかん」のものと、それ以外の殺害・暴力を表す記述であるものに分けて記事主題に違いが見られるか調べたところ、「せっかん」は男性が加害者であり、かつ、記事主題が子殺しの場合に特に使われているということが判明した。(表4-1)また、殺害・暴力を表す記述は、女性が加害者であり、子殺しが記事主題の場合に特に多く使われている。(表4-2)
つまり、男性による子殺しの記事の多くは「せっかん」として報じられ、女性による子殺しの多くは、見出しで、殺害・暴力を表す記述によって報道されるといえる。
また、加害者行為がせっかんである記事の加害者の性別に関する表現を調べたところ、
男性が加害者の場合は、実の家族でないことを表す表現は、27件中、「男」(4)、「内縁の父」(1)、「母親と同居の男」(1)、「養父」(2)、「男性」(2)の10件であり、女性が加害者の場合は、11件中、「継母」(2)、「内妻」(1)の3件であった。(表4−3,4)
表4-1加害者行為が「せっかん」である記事の主題(90年代)
記事主題 |
子殺し |
身体的虐待 |
置き去り |
ネグレクト |
性的虐待 |
判決 |
心中 |
合計 |
男性 |
13 |
8 |
0 |
0 |
0 |
6 |
0 |
27 |
女性 |
9 |
1 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
11 |
合計 |
22 |
9 |
0 |
0 |
0 |
7 |
0 |
38 |
表4-2(見出しで)殺害・暴力を表す記述がされている記事の主題(90年代)
記事主題 |
子殺し |
身体的虐待 |
置き去り |
ネグレクト |
性的虐待 |
判決 |
心中 |
合計 |
男性 |
5 |
9 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
15 |
女性 |
29 |
3 |
1 |
6 |
1 |
10 |
7 |
57 |
合計 |
34 |
12 |
1 |
6 |
1 |
11 |
7 |
72 |
表4-3 加害者の性別に関する表現(男性)(加害者行為がせっかんである記事)
父 |
父親 |
男 |
内縁の父 |
母親と同居の男 |
養父 |
男性 |
夫 |
合計 |
4 |
12 |
4 |
1 |
1 |
2 |
2 |
1 |
27 |
表4-4 加害者の性別に関する表現(女性)(加害者行為がせっかんである記事)
母 |
母親 |
継母 |
内妻 |
主婦 |
合計 |
5 |
2 |
2 |
1 |
1 |
11 |
第四節 「子殺し」と「身体的虐待」に見られる加害者報道の男女差
いずれの時期も「子殺し」、「身体的虐待」、「判決」を主題にした記事が大半を占める。しかし90年代において最多の記事主題は「子殺し」であり、2000年と2011年においては「判決」であるという結果からは、2000年に施行された虐待防止法の影響をうかがうことができる。
男女差が見られたのは「子殺し」と「身体的虐待」の二つの主題のみであった。「子殺し」では女性が加害者である記事数が、男性が加害者である記事よりも多く、「身体的虐待」では逆に、男性が加害者である記事数が、女性が加害者である記事数を上回っていた。
警察の統計によると(警察庁生活安全局少年課 2011: 72)、殺人で検挙されるのは母親等の方が多く、また逆に、傷害で検挙されるのは父親等の方が多い。平成23年度の統計において、殺人で検挙された総数32件のうち24件が母親等によるもの、8件が父親等によるものであり、傷害では、総数203件のうち134件が父親等によるもの、69件が母親等によるものであった。
このように、報道傾向と検挙数の面で男女差の傾向に大きな違いは見られなかった。
第五節 育児不安を原因とする虐待報道
先行研究で、貧困が原因である虐待が最も多いことについて述べたが、見出し内で虐待の経緯として記述されたのは主に育児に関する悩み、不安、ストレスなどであった。また、そうした見出しの事件記事における加害者の多くが女性であったことから、これは「虐待の原因は母親の育児不安である」という見方の表れだと思われる。