第三章 新聞報道における加害報道の男女差についての調査

 

 先行研究では、児童虐待に関する記事についての報道傾向と、その特徴ごとにそうした傾向が出来た背景についてふれた。本章では、高橋(2002)の研究で指摘された、児童虐待事件が報道される際にかかるジェンダーバイアスについて追及するため、特に加害報道の男女差に焦点を絞って調査を行う。

 

第一節 調査概要

 

児童虐待が注視されるようになった90年代以降を中心に、児童虐待事件では、加害者が男性である場合と女性である場合で、報道上での表現にどのような違いが見られるか、この点について調査する。

本章では、いくつかのメディア媒体のうち、体系的・網羅的に収集が可能な媒体として調査対象に新聞を選択し、事件が報道されるにあたってどのような情報が選択され、選択された情報群がどのように名付けられるか(見出し化)には発信者の問題意識が集約されている(高橋、内藤他2002)と考えられることから、見出しの分析を行った。

新聞報道された事件記事の見出しにおいて、加害者が父親の場合と母親の場合とで(加害者である養育者の性別によって)表現にどのような違いが見られるか分析する。

分析するにあたり、見出しを単語や語句などの要素に分解・分類し、集計を行った。また、要素は以下の五つに分類した。「加害者」(児童虐待事件の加害者を表している語)、「被害者」(児童虐待事件の被害者を表している語)、「加害者行為」(加害者が被害者に行った虐待行為を表している語)、「記事の主題」(児童虐待の事件記事でも、特に何を主題とした内容の記事なのか、記事内容を7つに分類)、「経緯」(事件の背景や動機などの記述)。

購読者の多い全国紙である朝日新聞を対象とし、調査には、見出し記事検索と本文記事検索の両方が可能であることから、「聞蔵U 朝日新聞ビジュアル記事データベース」を利用した。

児童虐待に関する記事のうち、事件記事を対象に、問題を総称する語と思われる「児童虐待」「虐待」「せっかん」のうち、いずれかのキーワードが見出し内に含まれるものを抽出した。また、記事を抽出した時期とサンプル数は下記(表3-1)の通りである。                

児童虐待が注目され始めた90年代(1990年から1997年)と、それ以降の2000年代からは、虐待防止法が施行され報道のピークを迎えた2000年、最新の2011年の記事を抽出した。なお、2000年以降は法整備の影響から1年あたりの記事数が膨大になるため、奇数月の記事のみを抜きだした。

また、抽出する記事の条件については、先行研究(高橋、内藤他2002)を参考にした。

条件は以下の通りである。なお、本稿での児童虐待の定義は、虐待防止法の第二条を参考にした。[1]また、抽出した見出しの一覧は巻末に記載した。(巻末資料1)

抽出する事件記事の条件は、まず、家庭内・家族関係での児童虐待についての記事であることである。今回は養護施設等での虐待事件についての記事は取り上げない。次に、事件の加害者が児童の同居の血縁者、またはその者と内縁関係にある人物である記事を対象とする。それから、その児童虐待事件が宗教・思想に基づくものである場合は、調査対象に含まない。

なお、同日に掲載箇所をまたぐ場合・同一事件の続報など報道内容に関わらず記事の延べ数を数えるものとする。

今回の調査では、見出し内に加害者の性別を表す表現を含むものを抽出した。

 

3-1

時期

サンプル数

199041日から1997331

110

2000年 奇数月のみ

76

2011年 奇数月のみ

104

 

第二節 集計

 

<1>第一集計-見出しの構成要素の分類と集計

 

抽出した見出しの構成要素を以下の基準で分類し、集計を行った(巻末資料1)。

見出し内に含まれる、加害者を表している語を「加害者」という項目の要素として抜き出し、集計をおこなった。また、「被害者」、「加害者行為」、「経緯」もこれと同様に分類、集計した。

「加害者」、「被害者」、「加害者行為」、「経緯」、それから「記事主題」の、合計で五つの項目に分類したが、「記事主題」については以降で説明する。

児童虐待に関する記事は、事件の発生を報じるもの、加害者や被害者の人となり、暮らしぶりを報じるものや、裁判の経過を報じるものなど、内容によっていくつかの種類に分けられる。今回の調査では事件記事を調査対象としたので、扱う記事は事件の発生や捜査・裁判の経過などを報じたものが中心となった。「記事主題」ではその記事内容によって、「子殺し」(養育者が子どもを殺害する。死体遺棄を含む)「身体的虐待」(子どもが死亡していない場合。殺人未遂を含む)「置き去り」(車中へ置き去りにするなど。子どもの生死を問わない)「ネグレクト」(養育を放棄し、食事の世話をしない、または教育を受けさせないなど、子どもの生死を問わない。子捨てを含む)「性的虐待」(養育者から子どもへの性的虐待のほか、売買春に養育者が関与した場合を含む)「判決」(起訴、公判、送検などを含む。)「心中」(養育者と子どもの両者が死亡した場合、またどちらかが生存した場合や心中未遂の場合も含める)の7つに分類した。

<2>第二集計-加害者の性別に関する表現内訳

 

見出し内の加害者の性別に関する表現を、まず性別で分類し、また、実の家族であることを指す表現(「父・父親」や「母・母親」等)と、そうでない表現とに分類し、集計した。(表3-2,3,4)「その他」は「養父」や「同居の男」など、実の家族でないことを指す表現群である。

 

3-290年代)

性別

表現内訳

記事数

男性

父・父親(27

その他(15)

42

女性

母・母親(63

その他(5

68

合計

90

20

110

 

3-32000年)

性別

表現内訳

記事数

男性

父・父親(11

その他(13

24

女性

母・母親(52

その他(0

52

合計

63

13

76

 

3-42011年)

性別

表現内訳

記事数

男性

父・父親(26

その他(12

38

女性

母・母親(65

その他(1

66

合計

91

13

104

 

<3>第三集計-記事主題別男女内訳

 

 記事主題ごとの加害者の男女内訳について集計した。(表3-5,6,7

 

3-590年代)

子殺し

身体的虐待

置き去り

ネグレクト

性的虐待

判決

心中

合計

男性

18

17

0

0

0

7

0

42

女性

38

4

1

6

1

11

7

68

合計

56

21

1

6

1

18

7

110

 

 

3-62000年)

子殺し

身体的虐待

置き去り

ネグレクト

性的虐待

判決

心中

合計

男性

4

9

0

0

0

10

1

24

女性

16

4

3

1

0

24

4

52

合計

20

13

3

1

0

34

5

76

 

3-72011年)

子殺し

身体的虐待

置き去り

ネグレクト

性的虐待

判決

心中

合計

男性

6

15

0

2

1

14

0

38

女性

24

8

1

4

1

24

4

66

合計

30

23

1

6

2

38

4

104

 

第三節 結果

 

 見出し調査の結果をそれぞれの項目ごとに以下にまとめる。

 

第一項 加害者の男女内訳

 

 第二集計の結果(図2)から、調査したいずれの年も、男性が加害者であるケースより、女性が加害者であるケースの児童虐待事件の方がより多く報道されていることが分かる(図2)。

 また、男性が加害者の記事のうち、「父・父親」のような実の家族であることを示す表現が使われている記事の数と、「その他」にあたる「養父」、「男」、「男性」、「内縁の父」などの実の家族でないことを示す表現が使われている記事の数には大きな差がない。一方で、女性が加害者の記事では、「母・母親」のような実の家族であることを示す表現が使われているものがほとんどであり、「その他」(内縁の妻等)に当たる表現はほとんど使われない。

 

第二項 被害者の年齢と続柄に関する記述

 

被害者に関する表現は年齢と続柄がほとんどだった。被害者児童の年齢に関する表現を含む見出しでは、「えい児」から始まり「6歳(男児)」までの年齢が示されていることが多く、幼少期に集中している。被害者の年齢に関して、例えば90年代のサンプルにおいて「12歳」や「中3長男」と見出し内で提示されている記事も見られたが、前者は1件、後者は2件と、ごくわずかであった。

 

 

第三項 加害者行為に関する表現

 

いずれの年も、加害者行為に関する表現は、「殴り死なす」「無理心中図った」「投げつける」など、殺害を表す記述、または(殺害には至っていない)暴力を表す記述が大半を占めた。

特徴的な語としては「せっかん」が挙げられる。

90年代の記事においては、加害者行為を表す語として「せっかん」が38 (34.5%)の記事で使われており、加害者の男女の割合を調べたところ、「せっかん」という表現が使われている38件の記事のうち、男性が加害者の記事は27件、女性が加害者の記事は11件であり、男性が加害者の場合に使われる傾向があることが判明した。(図4

 しかし2000年、2011年の記事においては「せっかん」という表現はほとんど使われない。また、2000年の記事においては、「せっかん」が使われている記事は11件であり、内訳は男性が加害者の記事が3件、女性が加害者の記事が8件と、女性が加害者の場合により多く使用されている。

 

3-8 せっかんが使われている記事の時期別男女内訳

90年代

2000

2011

27

3

0

11

8

0

合計(件)

38

11

0

 

第四項 記事主題ごとの件数と男女内訳

 

 事件記事の主題は、90年代の記事では「子殺し」である記事が56(61.6%)と最多であった。次いで「身体的虐待」が21(23.1%)、「判決」が18(19.8%)、「心中」が7(7.7%)、「ネグレクト」6(6.6%)、置き去りと性的虐待は共に1(1.1%)だった。(図3

 「子殺し」が主題の記事のうち、女性が加害者である記事が38件、男性が加害者である記事が18件であり、女性が加害者である場合がより多く報道されている。

 「身体的虐待」が主題の記事では逆に、男性が加害者である記事が17件、女性が加害者である記事は4件と男性が加害者である場合がより多く報道されている。

 「判決」が主題の記事では、男性が加害者である記事が7件、女性が加害者である記事が11件であり、加害者が女性である記事の割合が高いが、男女で記事件数に大きな差は見られない。

 「置き去り」、「ネグレクト」、「性的虐待」、「心中」が主題の記事ではいずれも男性が加害者である記事は0件であったが、報道件数がそもそも全体から見て少ないので、男女差の表れとは言い難いと思われる。

 2000年と2011年の記事では「判決」が主題である記事が最多であった。2000年の記事では次いで「子殺し」を主題にした記事が多く、その次に多い主題が「身体的虐待」であった。2011年の記事の主題は、「判決」に次いで「身体的虐待」、「子殺し」の順に多かった。

 2000年と2011年の記事主題ごとの男女差に関しては、90年代と同様の傾向が見られた。

「子殺し」では女性が加害者であるケースがより多く報道され、「身体的虐待」では逆に男性が加害者であるケースがより多く報道されていた。

また、残りの主題に関しても同様で、報道数が全体的に見てわずかであり、これといって男女差は認められなかった。

 

第五項 虐待に至った経緯と男女内訳

 

 見出しに事件の理由や背景を表す語句を含む記事は少なく、90年代で8件、2000年で2件、2011年で8件だった。ほとんどの記事で、虐待に至った経緯について「育児不安が原因である」というニュアンスの記述がされていた。

事件の経緯について描写がある記事の男女内訳をみると(5)90年代では男性が加害者の記事が2件、女性が加害者の記事が6件であり、加害者が女性である記事の割合が高い。2000年と2011年の記事では、事件の経緯が見出し内で記述されているものは、いずれも女性が加害者のものしか見当たらなかった。

90年代と2011年の記事では、ほとんどが虐待に至った経緯について育児不安を挙げているが、2000年の記事では生活苦と加害者の個人的な事情が事件の理由、背景として見出し内で記述されている。

 

3-990年代)

加害者

被害者

加害者行為

記事の主題

経緯

2

せっかん 

子殺し

「ただいま」となぜ言えぬ

母親

乳児

刺す

子殺し

育児に悩み

母親

子ども3人

心中

心中

「育児に疲れた」と遺書

父親

3歳長男

ける

子殺し

寝付かず

母親

2歳児

殺した

子殺し

「離婚…仕事に子どもじゃま」 

母親

子2人

殺した

子殺し

育児で悩んだ末? 

母親

長男

せっかん 

子殺し

「泣き止まぬ」

母親

長男

首を絞めた

子殺し

「育児疲れ」

 

 

 

 

3-102000年)

加害者

被害者

加害者行為

記事の主題

経緯

母親

乳児

殺害

判決

「生活が苦しくて」

母親

長男

刺した

子殺し

「男に嫌われたくない」

 

3-112011年)

加害者

被害者

加害者行為

記事の主題

経緯

母親

4歳

絞殺

子殺し

「子の将来不安」

母親

なし

虐待

判決

「泣きやまずいら立った」

母親

4歳長男

殺害

子殺し

発達障害、苦悩の末に

殺害

判決

子に障害、心休まらず

母親

乳児

殴り死なす

子殺し

「泣きやまず・・・」

母親

1歳児

殺害

子殺し

「育児で悩み」

1歳

絞殺

子殺し

「育児・家族で悩み」

母親

1歳次男

傷害

子殺し

「育児でストレス」