第5章 転換点としての関西展とマス・ツーリズム化の流れ

 

花嫁のれん展は一本杉通り限定の催し物にとどまることなく、名古屋、東京、関西と全国に向けても発信されるようになる。その出張のれん展での出来事で「一本杉の趣旨」とするところがだんだんと確立されていく。この出張展が名古屋で開催されてこともあり、東海テレビが「花嫁のれん」というタイトルのドラマを制作し、一本杉もロケ地になる。その全国放送のドラマがきっかけになり一本杉の観光にマス・ツーリズム化の流れをもたらしていく。そしてこの章の最後に現状としての一本杉の体制が抱える課題を取り上げていき、今後の課題についても分析を加えていく。

 

 

 


 

◆年表3

平成23(2011) 23~7日豊中市奥野家 花嫁のれん展in関西

8回花嫁のれん展

722日一本杉振興会Facebookに参加

816日大阪から一本杉通りに団体観光客160名、語り部総出の出迎&街中観光案内

102 市から常設展示場を設置の申し入れ「イベント以外の日に訪れても花嫁のれんが見たい」という声→予算が下りる

一本杉通りの中程にある空き店舗を改装して花嫁のれん常設展示場を開館3年の実証実験として)

1030日フジテレビ系列で全国放送されたドラマ『花嫁のれん』

(東海テレビ・制作)の第2弾放送。

平成24(2012)22324日「第9回花嫁のれん展」東京キャラバン隊

雑誌社8社を回る。

9回花嫁のれん展


 

1節 転機としての関西のれん展

 

以下は北林さんの語りを引用し、名古屋、東京、関西での各出張花嫁のれん展の語りから一本杉のスタイルを再認識するまでの流れを追う。

 

◎名古屋展の語り

11月は植物園がおわっとるわけや。花の季節終わって。で、名古屋港やから辺鄙なとこやってん。大体ちんちゃい船に乗っていかなならん植物園やってん、ね。そこでいって、我々初めてのれん展を外でやってん。良かったのは、辺鄙なところでよかってん。これ。いっぺんに押し掛けてこんげん。ぽつぽつとくるわけ。だからみんなんこうして応対できてん、ね。一本杉の趣旨とするところが、まことに十分できてん。だから、この年のお客さんで9年目やから5回ぐらいきとるんかな?今年も来てってん。今年な、5人ほどグループでか。うん。もうね、友達に冊子あげて。この時もみんなお客さんらに、なんであんたら百貨店でやらんがんかって。こんなとこでやるから人こんがんやって。(でも)百貨店にほんな、何万人も来て。スピーカーで話すのは我々の趣旨じゃないからね。

 

◎東京展の語り

予算ついたもんでほんなら東京いくかて。で、こんな旧安田邸の2階建て。ここも10枚持ってって。一本杉の語りつけて。ここもたくさん来てくれてん。押し掛けたけども入り口で待ってていただいて。1週間に…4千人ほど来たんか。…ほんで東京展ができてん。

 

◎関西展の語り

奥野家…これも登録文化財のうちやね。大体50人くらいしか上がられん。大きいうちやけど。語りもせんなん。…けどもこれまた…あれやってん。大阪の人待ってくれんねん。「なんでまたんなん?」って叱られて…。ほんで不本意ながら語り辞めてどんどんどんどん入ってもろうてん。…もう恐ろしいもんで。で、だから大阪での評判は枚数が少ないっていうのが多かった。そりゃ語り聞かんと見るだけや10枚なんてすぐや。(中略)趣旨とはずれた所も。

 

名古屋展の「一本杉の趣旨とするところが、まことに十分できてん」という言葉から一本杉の住民が、「個人」対「個人」(あるいは「個人」対「グループ」)の「語り」にこだわっている姿勢が読み取れる。「語り」は大人数に向けたものではなくあくまで個人・または少人数とのやり取りを想定しているのだ。そのような応対をするためには「辺鄙なところ」がちょうど良かったのである。東京展の際は見物人が押しかけるなか入り口で待ってもらい、ひとりひとりにゆっくり丁寧に応対した。だが大阪展ではそのやり方に見物人からクレームをつけられ、「不本意」ながら語りをやめてどんどん入ってもらうことにする。見物人の評価に関して「語り」を聞かないのだから10枚なんてすぐだと語ったように、「花嫁のれん」と「語り」のセットでの提供が「一本杉の趣旨」とするところなのである。


 

2節 ドラマ化のもたらしたマス・ツーリズム化の流れ

 

TVドラマ「花嫁のれん」のロケ始まる!

9日(土)朝から一本杉通り、鳥居醤油店にてTVドラマ「花嫁のれん」のロケが雨の中始まりました。50人にも及ぶスタッフで12日までの4日間一本杉通りで続きます。

平成16年4月29日第1回「花嫁のれん展」を開催して、7年目にしてTVドラマ化されることになりました。誰一人想像だにしていなかったことです。すべてはそれぞれの人の繋がりふれあいのおかげです。(http://kitajimaya.exblog.jp/14184717/)

 

上の文章は北林さんのブログでのテレビドラマでの撮影の報告である。出張花嫁のれん展・名古屋展の影響もあり、東海テレビで「花嫁のれん」というタイトルのドラマが放映されることになったのである。「テレビ化なんて誰一人想像していなかった。すべてはそれぞれの人の繋がりふれあいのおかげ」と述べ、関係者への感謝を述べている。だがこのドラマ化が一本杉の観光に「花嫁のれんの常設化」というマス・ツーリズム化へのベクトルをじわじわと徐々に浮上させていくのである。

 

以下は常設展示の施設「花嫁のれん館」が開催されるようになったことについての北林さんの語りである。

 

この舞台が金沢なんで金沢のお菓子屋さんから…ほうぼうにのれんを飾っとるいうもんで………七尾市議会の人は議員さんが心配して。ほんで100万予算付けてくれてん。ほんで…10枚のれんを買って、それ年中(商店街に)飾っとけって。それそんなもんする気ないていうことで、花嫁のれん館が出来てん。ああゆう形で。なんでかっていうと、のれんの町で有名になってね、みんなのれん見にくらい。業者は…旅行業者はみんなほれ、のれんのれんって宣伝すれん。ね。我々はこの「語り部処」が主ねん。そんなかでのれんは一環やって、やってきておるけれども、のれんだけ突出してしもうてん。まぁいいことやけど。そうなってしもたもんで、ほうぼうみんなのれんやのれんやって。のれん年中…見られるようにって要望があるし。現に今あののれん館だけでも、今11月まで毎月15本くらいずつボランティアガイド付いてきとらい。だからほれ、のれん館の威力もある。うん。ま、あれ試験的やもんでもう1年ほど。で、その結果を見て、今後どうするか。もっとおっきいのにするか、常駐の人を置くとか。考えてかな。201293日 町会長・北林さんへのインタビューより引用)

 

10枚のれんを買ってそれ年中飾っとけって。そんなもんする気ない」という主張は開催当初と変わらない。主催者側としてはあくまで「語り部処」が主であってもドラマの影響や旅行業者の宣伝の仕方から「一本杉=花嫁のれん」という知名度だけが高くなってしまった。この影響でこれから多数の観光客が一本杉にやってくるのではないかということを行政側が想定し、常設会場設置のための予算が組まれた。結果現在の常設展示場の設置に至り、現在試験中の段階である。「花嫁のれん」は徐々に「いつでもみれるもの」にシフトしていっているのである。この動きが今後どの程度拡大するのか分からないが、マス・ツーリズム化へのベクトルであるとはいえよう。

 


 

3節 一本杉の体制が抱える課題とこれから

 

「語り」によって町を活き活きとさせることをねらった現在の一本杉の体制も課題を抱えている。ここからは観光客から届いた礼状をもとにその課題について語られた北林さんの語りを引用してその課題について分析していく。

 

1)地元の人々との温度差

一本杉通りを訪れ、一本杉通りの観光に感激したある女性観光客から、礼状が届いたという話を北林さんから伺い、手紙の詳細をもとにお話をしていただいた。北林さんによるとその女性観光客は和倉温泉旅館協同組合のミニ定期観光バス「華の香号」に乗って、和倉温泉、能登島水族館、食祭館を通って、一本杉にも訪れたようである(参考:http://www.city.nanao.lg.jp/kankou/kanko/kanko/k-map.html七尾市ホームページ 七尾市観光マップ)。到着した際、バスの運転手に「ここはこのバスを利用した観光客から時間が余ってしまうといわれる」という話をされたという。

到着してまず彼女達は予想よりも新しい町並に驚いた。観光会館でもらった地図を見ながら、漆器屋に行くが忙しそうであったため見合わせる。(当日はお盆前だったため忙しかったのである。)町の呉服屋で花嫁のれんを見た後、酒屋の前で、昭和初期の看板を見ていると主人が語りかけてきてくれた。アンティックなものが好きな彼女の娘はたいそう喜んだそうだ。そしてもう1枚のれんを見ようと花嫁のれん館に立ち寄ったが、鍵がかかっていては入れなかった(注5)。呉服店なら花嫁のれんが展示してあるかもしれないと最後に松本呉服店に行くが、花嫁のれん展の会期外である時期はのれんを展示してない。花嫁のれんを玄関にわざわざもってきて、奥から出してもらい彼女達に話りを聞かせてくれた。この親切な応対には彼女達はいたく感激した。

運転手に時間が余るといわれたが、散策前に予定していたお茶屋でお茶をする時間もなく、むしろ時間が足りないくらいだったという。一本杉での散策が1時間ほど停留時間を超えてしまい、バスにいる他の観光客の方を待たせてしまった。

 

年寄りの人は昔の一本杉のイメージあるげん。だから一本杉なんか今更なんしに行くがいって。あんなとこ人もおらんし。そしたらね、若い人が…あばあちゃん、お母さんかね。母親を和倉温泉に連れてって、一本杉も行かんかと。ほいだらそのおばあちゃんいうわいね。23人おったかな。子供が和倉温泉行く前に一本杉行かんかと。「わたしゃほんなもん一本杉なにしに行くがいって。まぁだけど子供に誘われたし、今日は和倉に泊めてもらうわけやから。いかなならんっていったら。こうして回ったら。いやすごいね、ひどい変わったね。こんな町としらなんだ」というて誉めてくれる。だから昔のイメージもあれんね。で、ま、運転手さんの認識がまだこんなんやけどね。で地元の人がまだ認識ないがい。違うよと。ほうぼう寄っていろいろお話聞いたらいいよっていうてくれればもうちょっとみなさん時間調整してこられると思う。201293日 町会長・北林さんへのインタビューより引用)

 

礼状の内容を紹介したあと、北林さんは「運転手さんの認識がまだこんなんやけどね。で、地元の人がまだ認識ないがい。…違うよと。ほうぼう寄っていろいろお話聞いたらいいよっていうてくれれば、もうちょっとみなさん時間調整してこられると思う」とすこし残念そうに語っていた。ここでは一本杉が地元住民と観光業者に一本杉のスタイルへの十分な理解と観光への協力が得られていない、さらに観光客にとって貴重な情報源であり、観光の入り口となるはずの観光業者との連携が取れていないという今後解決していくべき課題が浮き彫りになっているからである。

昭和の繁栄期を知っている住民にとって今の一本杉は「今更なんしに行く」というような場所なのである。このような昔のイメージが先行しているため花嫁のれんの町として人気が出てきた今も地元住民の評価が依然として低いままなのである。地元の観光に精通しているはずバスの運転手の言葉も「語り」を観光資源とする一本杉の観スタイルに合った助言を提供するどころか、「時間が余ってしまう」とさえ伝えてしまっているのである。

 

2 )観光客が店に入りにくい

次に「語り」が「住民」対「観光客」の図式を念頭に置いているために「語り」起こった課題がある。以下その課題についての北林さんの語りを引用する。

 

それとほれやっぱり入りにくい。ま、そこらへんが、ま、我々も考えなならんけどね。どういう店にすべきか。せっかく一本杉をほめていただいて。今後我々どうしていくか、また寄っていろいろ話せなきゃならん。ま、いろいろ問題はあるわいね。だけどそれはそれでね、解決してかんと。201293日 町会長・北林さんへのインタビューより引用)

 

観光資源として「語り」を売りにする一本杉通りでは「語り」を聞いてもらわないと観光が成立しない。語りに持ち込めなければ、先に出たバスの運転手の言葉のいうような「時間が余って」しかたない、見る場所のない退屈な場所になってしまうのである。しかし一本杉の町を始めて歩く観光客側からすると、小さな個人経営の商店には立ち寄りがたい雰囲気が漂っている。その小さな店に入って町の人の話を聞こうと観光客側から歩み寄っていくということはなかなか勇気のいるものであると思われる。その入りにくい雰囲気をどのようにして拭うか、どのようにして観光客に店の中に気軽に立ち寄ってもらうか。今後解決すべき問題であると北林さんは語っている。

 

3 )対策

観光客が店に入りにくいという課題を解決するために取っている対策についての語りを引用する。

蝋燭屋さんとか昆布屋さんとかはいりやすいげん。他の店はちょっと入りにくいがい。なかなか。だからみんなほれ、醤油屋さんいって、お菓子屋さんいってとかお客さんに紹介しとれん。北島さんから聞いたって行きやすいから。そういう形でまっとるんやけど、まだ我々のほうにね、思いが伝わらんこともあるから。まぁ今現在どういう風にしていくか。我々ね、こういう形で巻き込む。ま、だんだんね、なれてくるだろうけど。そういう形でどうしてくかっていうのが、まぁ問題でもあるわいね。201293日 町会長・北林さんへのインタビューより引用)

 

観光客が比較的入りやすい蝋燭屋や昆布屋から観光客に別の店を紹介してもらい観光の道筋を作っていこうとしているとある。観光サイトじゃらんネットより取得した2013115日一本杉通りの口コミ取得した10件の書き込みのうち蝋燭店をお勧めする書き込みが4件、昆布屋のお勧めをする書き込みが4件あった。蝋燭店、昆布屋はどちらも老舗で取り扱っている品数も多い。店内も他の店と比べて広く、内装も新しい。たくさん品が並べてあって、お土産を買うのに適していることから比較的立ち寄りやすくなっているようだ。他には醤油店お勧めをする書き込みが4件、お茶屋お勧めをする書き込みが2件あった。醤油店はドラマのロケ地となったことが知られており、また商品そのもの、店の人の人柄を推している。醤油店も比較的入りやすい店といえるだろう。お茶屋は抹茶ひき体験と語りが口コミに上がっている。