本章は、第3章に記載した図3−3に沿って論を進めていく。将来展望を持つ学生に比べて、将来展望を持てずあきらめを感じている学生はどんな行動や心理的傾向を持ち、これらが将来展望にどう影響しているのかを本章で最終的に明らかにしたい。
第1節から第4節までの各節の構成を先に示しておくと、まず単純集計から分かる大学生の特徴をまとめたあとで、カテゴリー内の質問を整理するために行った因子分析の過程を載せる。
そして、第5節で本論文の最重要目的といえる、将来展望がない学生に見られる要因の影響度を重回帰分析を用いて解明する。
第6節では、重回帰分析によるものとは別に、大学生の判断基準という観点から分析を行った結果を記載する。
第4章第1節 大学生の「将来展望」
まず、始めに大学生の将来展望の現状を把握したい。大学生は自己の将来にどう向き合い、どう見つめているのだろうか。
図4−1 大学生の将来展望の現状
87%という大部分の学生が「将来について考えている」が、具体的な計画を持つ割合は
31%にとどまっている。さらに、「計画を立てるが計画に一貫性がなく、変化している」と回答した学生が57%であったように、将来を考えているものの、将来計画が度々練り直され、確固たる計画を持つに至っていない学生が多いといえる。
将来イメージについて見てみると、明るいイメージがある学生が約45%、その割合とほぼ同率である46%の学生が将来にあきらめを感じている。明るいイメージを持つ学生もいれば、あきらめを感じる学生がいるのは当然であるが、将来に対し明るいイメージを持つ学生とあきらめを持つ学生におおよそ二分している結果となった。
それならば、将来の計画がなく、あきらめを感じている学生にとって何が希望の阻害要因となっているのかが気になる。それについては本章第5節で明らかになる。
それでは、影響を受けるとされる「将来展望(下図網掛け部分)」の新たな統合変数作成のために実施した因子分析の説明に入りたい。
図4−2 将来展望との影響モデル
経験・行動
社会と自己
変数を減らし、新たな「将来展望」因子作成のため「将来展望」に関連する質問のQ3(全7項目)を因子分析する。「将来展望」に関連する質問であるQ3には、「将来の計画性」「幸福度」「将来イメージ」などが含まれる。全ての質問が「あてはまる」「ややあてはまる」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」の4段階評価である。このカテゴリーの因子分析により抽出された因子は、上図にもあるように、影響を受ける変数として設定する。
表4−1 「将来展望」の因子分析結果
|
1 |
2 |
3 |
将来について考える |
.15 |
.84 |
.25 |
将来に明るいイメージがある |
.79 |
.24 |
.11 |
将来にあきらめを感じることがある |
−.66 |
.06 |
.32 |
将来の自分は今の自分よりも幸せになるだろう |
.76 |
−.04 |
.24 |
将来の見通し・計画がすでに立っている |
.60 |
.45 |
−.13 |
将来についていろいろ計画を立てるが、一貫性がない |
.02 |
−.01 |
.87 |
どんな人生を歩むかは、その時に考えればよい |
.03 |
−.70 |
.42 |
因子寄与 |
2.02 |
1.46 |
1.18 |
累積寄与率 |
28.78 |
49.64 |
66.52 |
因子名 |
将来展望の確立 |
将来思案 |
不安定な 将来 |
因子分析の結果、3つの因子が抽出された。
第1因子は、「将来に明るいイメージがある」「将来にあきらめを感じることがある(負)」「将来の自分は今の自分よりも幸せになるだろう」「将来の見通し・計画がすでに立っている」が高い因子負荷量を示した。名称は「将来展望の確立」とする。このように、各因子の解釈は帰属する因子に対する因子負荷量が高い項目の内容を参照し、因子名をつける。
第2因子は「将来について考える」「どんな人生を歩むかは、その時に考えればよい(負)」が該当する。これらをまとめて「将来思案」と名付ける。
そして、第3因子は「将来についていろいろ計画を立てるが、一貫性がない」のみが含まれ、因子名を「不安定な将来」とした。
抽出された3つの因子を検討した結果、「将来展望」とするにふさわしいのは第1因子(太枠)と考えられ、これを「将来展望」として設定することにした。
第4章第2節 大学生の「経験・行動」
図4−3 将来展望との影響モデル
心理・価値観
社会と自己
将来展望に影響を与える要因の1つとして「経験・行動」カテゴリーを設定した。事前に行った相関係数による分析からは、アルバイト経験がある学生ほど将来展望は明るいという関係が明らかとなった。そのことから、活動的な学生ほど将来展望は明るい傾向があり、学生がどんな経験を持ち、どのような行動を起こすかによっても将来展望が予測できる可能性があると判断し、「経験・行動」を要因に設定した。
本調査で「経験・行動」を構成する要素は、のちの因子分析で明らかになるが「サークル・アルバイト経験」と「学業態度」の2項目がある。
そのうち、サークル・アルバイト経験に関しては第3章(図3−1、2)で既に載せたが、部活・サークル、アルバイトともに80%を超える高い参加率であった。
では、大学生の学業態度はどうだろうか。
図4−4 体調不良以外での授業欠席割合 図4−5 勉強と長所の優先度
大学での授業は義務教育に比べ強制的ではないためか、体調不良以外の理由でも授業を欠席する学生が約40%であり(図4−4)、体調不良以外の理由で欠席する学生の多さが目立った。さらに、「勉強よりも長所を伸ばしたい」と回答する学生が65.3%(長所優先18.1%+やや長所優先47.2%)と6割を超え(図4−5)、大学における学業の優先度は低下しつつある。
学生の学業離れ現象と、第3章(図3−1、2)に載せたサークルやアルバイトへの高い参加率を関連付けると、私的な趣味活動に熱中するあまり生活リズムが崩れ、学業に悪影響を及ぼしているのではないかという予測をした。その検証のために「サークル・アルバイト経験」と「体調不良以外でも授業を欠席する割合」の相関係数を出すと、0.236で強い相関ではないが1%水準で有意な結果が表れ、サークル・アルバイト経験と授業の欠席には関連があるようだ。つまり、サークルやアルバイトに重点を置いた生活となることで生活リズムに乱れが生じ、授業を欠席しがちになるなど学業に悪影響を及ぼす恐れが示唆された。
では、これより「経験・行動」因子抽出のための因子分析の様子を記載したい。
「経験・行動」カテゴリーには、たった今単純集計から傾向を探ったように、サークル・アルバイト経験の有無や学業に対する姿勢を聞いた質問が含まれる。具体的には「部活・サークル・アルバイトの経験(Q1,2)」と授業態度に関わる「授業出席状況(Q7-1)」「ノートをとる(Q7-2)」「自分で調べる(Q7-3)」を因子分析にかける。
表4−2 「経験・行動」の因子分析結果
|
1 |
2 |
部活・サークルの経験 |
.05 |
.69 |
アルバイトの経験 |
−.07 |
.72 |
体調不良以外で授業を欠席することはない |
.60 |
−.46 |
ノートをしっかりとっている |
.86 |
−.09 |
授業で分からないことがあった時は自分で調べる |
.80 |
.20 |
因子寄与 |
1.74 |
1.26 |
累積寄与率 |
34.81 |
59.96 |
因子名 |
学業重視 |
サークル・ アルバイト |
このカテゴリーでは、表最上段に2まであることからも分かるように2つの因子が抽出された。
第1因子では「体調不良以外で授業を欠席することはない」「ノートをしっかりとっている」「分からないことは自分で調べる」などの項目が高い因子負荷量を示した。これらの項目は、熱心に学業に励む姿勢が共通していると理解し、「学業重視」と命名した。
第2因子では「部活・サークルの経験」「アルバイトの経験」の因子負荷量が高い。この因子を「サークル・アルバイト」と名付ける。
よって、「経験・行動」カテゴリーからは「学業重視」「サークル・アルバイト」因子をもって「将来展望」との関連を探ることになる。
第4章第3節 大学生の「心理・価値観」
図4−6 将来展望との影響モデル
経験・行動
社会と自己
続いて、将来展望に影響するカテゴリーの1つに設定した「心理・価値観」についての概要を説明する。
大学生の将来展望には、「経験・行動」のように実際の活動が目に見えるようなものだけでなく、ある心境や考え方をもつ学生が将来展望を持てない、などオモテには現れない生き方や価値観のような主体的特性も将来展望に影響すると考えられる。そのようなことから「心理・価値観」カテゴリーを設定し、将来展望との関連を探ることにした。本カテゴリーには大学生がどんな価値観を持っているのか、そして経済的・精神的面からみた学生の自立度を問う質問が含まれている。
まずは、単純集計から大学生の「心理・価値観」について読み取れることを述べていきたい。
価値観については、「有名になる」「金持ちになる」「出世する」などの「社会的名声重視性」、努力を重視する「自己啓発性」、ルールを守り他人と協調しながら生きるべきだと考える「協調性」の3つの価値観の重視度を質問した。
「社会的名声重視性」、「自己啓発性」、「協調性」それぞれの平均値を計測すると、「自己啓発性」の93.3%、「協調性」の83.4%という高い平均値とは対照的に、「社会的名声重視性」は43.7%という低い平均値となった。主に高度経済成長期に流布していた価値観が現代の学生の間では重視されていないことを表している。一方「自己啓発性」、「協調性」は依然、人間であれば誰もが守るべき道理として学生の間で尊重されている。
しかし、ここで「協調性」の83.4%という極めて高い平均値とは矛盾するようなボランティア参加率に関するデータをここで挙げたい。
図4−7 ボランティア参加率
「協調性」の構成項目の1つである「社会や人のためになることをする」のが重要だという学生が80.2%という高い割合から予想すると、当然それに連動してボランティア参加率の高さも期待したい。だが、価値観の高い平均値とは裏腹にボランティア経験のある学生は、たった15.7%(図4−7)にとどまり、意表をついた結果が表れた。社会や人のためになることをするべき、という立派な考えが行動に反映されていないといえる。
次に、大学生の自立性について単純集計からどんなことが分かったのだろう。
「自立性」に関わっては、パラサイト・シングルや引きこもりなどの問題が社会で発生している。
本調査では自立性を経済的な面と精神的な面から計測した。経済的自立性については「早く働きたいか」「生活するためのお金は自分ですべて賄うのがよいか」、精神的自立性については「親から自立したいか」「子供のままでいたいか」という質問が含まれる。
まずは、経済的自立性をみていこう。
図4−8 経済的自立性
「自分の生計は自分で賄うべきだ」という学生が81%と高い水準である。その一方で、自分を賄うための手段としては、自ら働いて賃金を得るという方法にほぼ限定されると思うが、早く働きたい学生は50%を下回っている。自分の生活は自分で賄うべきだという自立した思いはあるが、実際働くことに抵抗感を感じているという、互いが食い違う結果が明らかになった。
では、大学生の精神的自立の実情はどうなっているのだろう。
図4−9 精神的自立性
その結果、大学生にもなればそろそろ親から自立するのが建前だと考える学生が約75%。しかし、奥に潜んだ学生の心情に探りを入れると、まだ子供のままでいたい学生が5割で、大人になりたい学生と大人になりたくない学生に二分する結果が表れた。まさに、子どもと大人との境界にあたる大学生特有の結果だといえるのではないか。
単純集計から分析した心理・価値観については以上で、続けて「心理・価値観」の因子分析結果を示す。
「心理・価値観」に含まれる質問を統合し、新しい因子を見つけるために因子分析に投入する質問としては以下が含まれる。
「目標に向かって努力する」などの自己啓発重視性、主に「出世する」などの社会的地位重視性、「人と協力して社会生活を送る」などの協調重視性を4段階で聞いたQ8。「早く働きたい」「親から自立したい」など自立性に関するQ9(全5項目)。人生は「自分で決めている」のか「運命に決められている」のかに関する質問を5段階で聞いたQ10(全6項目)が該当する。
表4−3 「心理・価値観」の因子分析結果
|
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
出世する(高い地位を得る) |
.88 |
.08 |
.04 |
.07 |
-.06 |
.06 |
金持ちになる(経済力を身につける) |
.84 |
.05 |
-.03 |
.00 |
.03 |
.06 |
有名になる(名声を得る) |
.73 |
-.04 |
.13 |
.17 |
.14 |
.01 |
早く社会に出て働きたい |
.11 |
.69 |
.21 |
-.05 |
.14 |
-.08 |
早く親から自立したい |
.09 |
.81 |
.10 |
.04 |
.01 |
.10 |
自分の生活のためのお金は自らで |
-.07 |
.79 |
.01 |
-.06 |
.03 |
.13 |
子どものままでいたい |
.03 |
-.50 |
.14 |
.32 |
.00 |
-.10 |
社会や人のためになることをする |
.07 |
.05 |
.75 |
-.03 |
.20 |
.08 |
人と協力して社会生活を送る |
.18 |
.12 |
.74 |
-.05 |
.17 |
.18 |
社会的ルールや道徳を大切にする |
-.08 |
.03 |
.73 |
-.09 |
-.10 |
.23 |
無理に働かなくてもよい |
.11 |
-.24 |
-.03 |
.54 |
.25 |
.07 |
何でも成り行きに任せるのがよい |
-.05 |
-.09 |
-.16 |
.66 |
.04 |
.03 |
人生は運命によって決められている |
.17 |
.01 |
.05 |
.69 |
-.04 |
-.12 |
幸/不幸は偶然決まる |
.04 |
.01 |
-.06 |
.71 |
-.21 |
-.03 |
自分の人生は自分自身で決めている |
.14 |
.07 |
-.07 |
.03 |
.63 |
.37 |
努力すれば何でもできる |
-.02 |
.03 |
.27 |
-.15 |
.72 |
.06 |
一生を思い通りに生きることが可能 |
.01 |
.08 |
.08 |
.08 |
.81 |
-.05 |
何が起きても逃げずに努力する |
-.08 |
.07 |
.37 |
-.14 |
.20 |
.67 |
目標に向かって努力する |
.16 |
.04 |
.22 |
-.15 |
.24 |
.64 |
いろいろな経験をして柔軟に生きる |
.05 |
.12 |
.10 |
.11 |
-.10 |
.72 |
因子寄与 |
2.18 |
2.14 |
2.05 |
1.95 |
1.91 |
1.69 |
累積寄与率 |
10.90 |
21.62 |
31.86 |
41.58 |
51.13 |
59.59 |
因子名 |
社会的 名声重視 |
自立性 |
正義感 |
選択 回避性 |
自己 肯定感 |
努力 重視性 |
「心理・価値観」については、表4−3最上段に6まで記載されていることから、第6因子まで抽出された。他のカテゴリーに比べても因子数は多いが、どの因子も将来展望との関連を探る上ではずせない因子であるため、6つ全ての因子を採用した。
第1因子は「出世する」「金持ちになる」「有名になる」などの社会的名声を獲得したい欲求の表れであり、「社会的名声重視」と名付ける。
第2因子は「早く働きたい」「親から自立したい」「自分の生活のためのお金は自分で賄いたい」「大人になりたい」という経済的、精神的自立性の項目が含まれる。このことから第2因子を「自立性」と命名する。
第3因子は「社会や人のためになることをする」「人と協力して社会生活を送る」「ルールや道徳を大切にする」の3項目の因子負荷量が高い。これらは、社会規範にのっとって、周りの人と協力しながら社会生活を進めるべきだという姿勢がうかがえ、正義感に通ずるものがある。そのため第3因子は「正義感」とする。
第4因子は「やりたいことでなければ無理に働かなくてもよい」「成り行きに任せるのがよい」「人生は運命によって決められている」「幸か不幸かは偶然決まる」という人生の選択に対して無関心で、どちらかというと選択を先延ばししたい態度が共通している。よって、第4因子は「選択回避性」と名付ける。
第5因子には「自分の人生は自分で決めている」「努力すれば何でもできる」「一生を思い通りに生きることができる」が該当する。これらは第4因子と正反対の要素であり、人生は自分の行動や選択次第であると考え、自分に自信があってこそ生まれる感情だと思われ、「自己肯定感」とする。
最後の第6因子は「何が起きても逃げずに努力する」「目標に向かって努力する」「いろいろな経験をして柔軟に生きる」の因子負荷量が高く、「努力重視性」と命名した。
以上、「心理・価値観」のカテゴリーは6つの因子が含まれ、これら6つを用いて「将来展望」との関連を探ることになる。
第4章第4節 大学生の「社会と自己」
図4−10 将来展望との影響モデル
経験・行動
「将来展望」に影響する要因としてこれまでに挙げたのは「経験・行動」「心理・価値観」という個人的主観に基づくものであった。だが、個人の将来展望に影響するものには個人的要因だけでなく、社会や他者を含めた社会的要素から生じる社会観も挙げられる。
玄田論文(2008)には「個人の希望保有は個人の内的状況のみならず個々を取り巻く社会状況と、将来に対する社会認識や社会観との密接な関連を有している」(佐藤香2006: 9)との引用もあった。
従って、「社会と自己」カテゴリーには現在の社会に対する思いや、他人への不信感、生きづらさに関する質問を含め、将来展望への影響を調べることにした。これらの質問は、社会と自己の距離感を測定するためにも重要な質問といえる。
それでは、まず先に大学生の社会観に関する単純集計を見ていきたい。大学生は現代社会に対し、どのような思いを持っているのだろうか。また、自己をめぐってどのような感情を抱いているのだろうか。
図4−11 社会状況の悪化 図4−12 この社会は競争が激しい
社会状況の悪化を訴える学生は55.5%(図4−11)であるが、現代社会の競争激化を感じる割合が更にも増して78.5%(図4−12)となり、特に競争の激しさを感じている学生が多いことが分かる。
世間では、ひきこもりや不登校など社会適応ができない若者の指摘もある。社会適応不全と大げさにはいかないまでも、社会的ひきこもり⁽⁴⁾予備軍ともいえる、現時点で生きづらさを感じる学生はどれほどの割合なのだろうか。
図4−13 生きているのが嫌になる
左(図4−13)にある通り、31.6%という3割の学生が生きづらさを感じていることが分かる。人生80年の時代を迎え、希望に満ちあふれているはずの大学生の段階で、既に生きづらさを感じる3割もの学生が存在する結果は簡単に見過ごすべきではない。
続いて、将来展望との関連を探るために「社会と自己」カテゴリーから因子を抽出する。このカテゴリーには社会観に関するQ11全質問を含め、具体的には世の中に対して感じている思い、孤独感、不安感、徒労感を測る内容の質問である。いずれの質問も「そう思う」「ややそう思う」「あまりそう思わない」「そう思わない」の4段階評価である。
表4−4 「社会と自己」の因子分析結果
|
1 |
2 |
結局、信じられるのは自分だけだ |
.56 |
.05 |
毎日が単調でつまらない |
.69 |
.01 |
他人との付き合いは煩わしい |
.67 |
.07 |
生きているのが嫌になる |
.57 |
.52 |
真面目に努力しても報われない |
.65 |
.39 |
自分は世の中から取り残されている |
.56 |
.52 |
社会全体がだんだん悪くなる |
.31 |
.64 |
この社会は競争が激しい |
-.23 |
.83 |
因子寄与 |
2.45 |
1.81 |
累積寄与率 |
30.56 |
53.13 |
因子名 |
悲観的 |
社会状態の悪化 |
「社会と自己」内の質問を因子分析したところ、2つの因子に整理することができた。
第1因子は「結局、信じられるのは自分だけだ」「毎日が単調でつまらない」「他人との付き合いは煩わしい」「生きているのが嫌になる」「真面目に努力しても報われない」「自分は世の中から取り残されている」など、社会と自己との間に生じるネガティブな感情を表す項目であり、「悲観的」と名付けた。
ただ、この6項目を「悲観的」と1つに集約するには、多少無理があるという意見があった。その意見も推し測りつつ、集約するのが適当であるとする根拠を求めて6項目の影響度を相関係数によって検証した。6項目の単相関をとった結果、具体的数値は省略するが、有意となり6つは互いに影響しあっていることが証明され、どうしても切り離すわけにはいかなかった。6項目同士の影響性が明らかになったからには、背景に6つを関連付けるものが媒介しているに違いない。そこで、共通する要素を熟考してみたところ、「孤立・孤独」という感情が背景に存在することで、6つが互いに連携しあっているのではないかという結論に至り、そのまま6項目を「悲観的」として集約することにした。
第2因子は「社会全体がだんだん悪くなる」「この社会は競争が激しい」という社会情勢の悪化、競争激化に絡んだ感情であり、まとめて「社会状態の悪化」と命名した。
このように「社会と自己」カテゴリーからは「悲観的」「社会状態の悪化」の2つの因子が抽出され、この2因子をもって社会観と「将来展望」との影響を探っていく。
以上、14ページから26ページにわたって、まず単純集計から分かる傾向を整理し、その後因子分析の様子を詳しく述べてきた。
因子分析からは、影響を受ける「将来展望」、影響を与える要因の3カテゴリー「経験・行動」「心理・価値観」「社会と自己」から合計10因子が取り出されたことになる。図に表すと次頁の影響モデルが構築され、これより重回帰分析の手法を用いてどの要因が将来展望に影響を与えているか、そして最も影響している要因は何かを検証していきたい。
図4−14 将来展望への影響モデル
独立変数(原因) 従属変数(結果)
第4章第5節 将来展望がない学生に見られる傾向
これまで、将来展望の有無に影響する要因を探るための準備が整うまで、前置きに長い時間を要したが、本論文の主要目的である将来展望がない学生に影響している要因は何かについて、ついに本節で明らかになる。将来展望がある学生に比べ、将来展望がない学生にどんな行動、心理的傾向が目立つのだろうか。重回帰分析の手法を用いて見ていきたい。
表4−5 将来展望がない学生に見られる傾向
|
標準化偏回帰係数 (β) |
自己肯定感(心理・価値観) |
-.309** |
悲観的(社会と自己) |
.212** |
社会的名声重視(心理・価値観) |
-.198** |
自立性(心理・価値観) |
-.172** |
社会状態の悪化(社会と自己) |
.143* |
サークル・アルバイト(行動) |
-.140* |
努力重視性(心理・価値観) |
.071 n.s. |
正義感(心理・価値観) |
-.063 n.s. |
選択回避性(心理・価値観) |
.021 n.s. |
学業重視(行動) |
.009 n.s. |
R²(決定係数) |
.412 |
(**p<.01 *p<.05)
この重回帰分析においては、将来展望が「ない」学生を従属変数に設定したことに注意し、数値を解釈していく。表の見方としては、網掛け部分が、将来展望がない学生に見られる心理的特徴や行動傾向である。絶対値が大きくなる上段ほど、影響度は高いといえる。また、表最下段のR²(決定係数)は、この重回帰分析が全体としてどの程度有効かの指標である。0〜1までの値をとるが、今回は0.412であり、全体として有効な重回帰分析の結果といえる。
重回帰分析を行った結果、将来展望がない学生に見られる特徴は、影響度が大きい順から「自己肯定感」がなく、「悲観的」かつ「社会的名声を重視」しない。また、「自立性」もなく、「社会状態の悪化」を感じている。さらに「サークル・アルバイト経験」もない、ということである。現段階で様々な消極的要素を持ち、充実感のない学生において、将来展望も描けない傾向にあると考えられる。
影響が見られた項目を分析すると、「心理・価値観」の因子である「自己肯定感」「社会的名声重視」「自立性」、そして「社会と自己」カテゴリーの「悲観的」「社会状態の悪化」がある。これらが上位にランクインしたことから、全体を通して言えることとして学生自身の心理的傾向が将来展望の有無に大きく影響しているように見える。
さらに、P27(図4−14)を参照しながら3カテゴリー別に重回帰分析結果の検討を行う。
第1の「経験・行動」カテゴリーでは、全2因子中「サークル・アルバイト」のみが将来展望に影響している。第2カテゴリーの「心理・価値観」では全6因子中「自己肯定感」「社会的名声重視」「自立性」の3因子が影響を与えている。
そして、第3の「社会と自己」では、「悲観的」「社会状態の悪化」の2因子ともが将来展望に影響を与えていた。このことからも、学生の将来展望に対して、社会観が及ぼす影響度の高さを見逃せず、将来展望には個人的要因のみならず社会的要素も影響している。個人に由来しない社会状況も学生個人の将来展望に何らかの作用を及ぼしているようだ。
一方で、表4−5の非網掛け部分の4項目「努力重視性」「正義感」「選択回避性」「学業重視」では「将来展望」への影響が見られず、将来展望がない学生に特徴的にみられる傾向ではなかった。
第4章第6節 大学生の判断基準
本論文では、重回帰分析による将来展望への影響の解明が1つの大きな分析枠だったが、それとは別に自由記述回答から大学生の判断基準を探る分析も行ったことは、第3章の終わりで述べた。
本節では、第5節までの重回帰分析によるものとは切り離し、判断基準に的を絞って分析した結果を、社会での成功条件を聞いた質問と、勝ち組、負け組はどんな人物、状況を想像するかという自由記述による2つの質問から見ていきたい。
まず、判断基準を調査するための1つ目の質問である、社会での成功条件についての回答を分析したい。世間では成功条件として「努力」、「才能」、「お金」、「運」など様々なものが想定されるが、社会において何をもって成功したとみなすかは個人の価値観が反映される。
現代の大学生は何を成功条件とする割合が多いのか。成功条件として「才能」「努力」「学歴」「運・チャンス」「外見」「人柄」「お金」「その他」を選択肢に含めて調査した。
図4−15 社会での成功条件
世間でもスポーツ選手を始め、数々の著名人の体験談で登場し、重要視されることが多い「努力」。学生においても、やはり31.5%という社会での成功条件として最も多い回答が「努力」であった。次いで「運・チャンス」23.9%、「人柄」18.9%、「才能」14.9%と続く。
「努力」を成功条件とする学生が最も多いことが分かったものの、一方で「努力」に関連する次のようなデータもある。2つのデータに注目してもらいたい。
図4−16 自分の努力次第で何でもできるか
「自分の努力次第で何でもできる」という努力に万能感なるものを感じている学生の割合は41%にとどまった。努力を成功条件に掲げる学生が多いとはいえ、努力だけでは乗り越えられないものの存在、努力に対する儚さ、無力さを感じている学生も多いといえる。
もう一つは「真面目に努力しても報われない」という思いを抱く学生の割合だ。
図4−17 真面目に努力しても報われない
際立つ割合ではないが、約35%弱の学生が努力しても報われない徒労感を感じていることが判明した。
これら2つのデータも加味して成功条件について分析すると、努力を成功条件とする学生が3割を占めており、最多回答であるのは確かである。
だが、努力だけでは解決できないこと、努力が報われない不条理性を感じる学生の存在や、努力以外の条件が台頭してきた影響もあって、努力を成功条件とする割合は突出した割合ではなくなってきていると解釈できる。かろうじて、努力が一位の座を保っているという言い方がふさわしいだろうか。
さらに、筆者が参考にした数々の調査で3位以内には入っていた「才能」が本調査では4位に後退し、それに代わって「人柄」が台頭してきた状況も、同じく成功条件の質問からうかがい知ることができた。
今回の調査同様に「人柄」の台頭が見られるものに、リクルートにより2012年3月に公表された「就職白書2012」⁽⁵⁾でも、企業が採用で重視する項目として実に90.1%の企業が「人柄」を挙げ、最も多い回答だった。学生だけでなく企業の側も「人柄」を重視する風潮があり、人柄に対する見方が学生と企業で一致している。
「人柄」を成功条件とする学生が多くなった背景には、リクルートの調査に裏付けられるように、企業はもとより社会から要求される能力が、かつての学力などではなく「人柄」へと変化したことで、それに感化されるように、学生の成功条件も変化している状況がある。
その一方で、「外見」「お金」「学歴」を成功条件に挙げた学生は極めて少なく、選んだ学生は片手で数えられるほどだった。
大学生の判断基準を探る2つ目の質問である、「あなたはどんな人物、状況を勝ち組、負け組だと考えるか」という自由記述回答から大学生の基準を分析したい。
勝ち組、負け組の自由回答を分析するにあたっては大きく2つのタイプに分類した。
1つ目は「努力する」「現在に幸せを感じる」など自分にしか分からない「主観的基準」を採用しているタイプである。もう1つは、自己の基準の中に、自分はもちろん他人の基準や視点も含めることによって、誰もが一般的に予測できる具体的な条件、例えば仕事での成功、出世、幸せな結婚、経済力などを求める「客観的基準」を採用するタイプである。
勝ち組と負け組それぞれを別に分析した結果を順に載せることにする。
表4−6 「勝ち組」についての自由記述回答結果
(1)主観的基準型 144人(69%) |
例)自己実現、自分のやりたいことをしている 努力している、自分の生き方を決める、挑戦している、 前向きである、幸せである、楽しんでいる、 自分の状況に納得・満足している、 |
(2)客観的基準型 65人(31%) |
例)職に就いた、大企業に入った、お金持ち、権力がある、 高い地位に就いた、家族に恵まれている、結婚している |
まず、どのような人物、状況を「勝ち組」と認めるかを見ていくと、他人に関係なく自分なりの基準によって判断している「主観的基準型」が69%(144人)となり、「高い地位」「幸せな家庭」「高収入」などそれによって自分が納得することはもちろん、他人からも羨望の的となるような、具体的条件を求める「客観的基準型」65人(31%)に比べて多かった。「主観的基準型」の中でも特に、「現在に納得しているか、幸せを感じられるか」をはじめとする、現状承認、満足タイプの回答が多く見られた。
次に、負け組についても勝ち組と同様に分類してみたい。
表4−7 「負け組」についての自由記述回答結果
(1) 主観的基準型 147人(75%) |
例)努力しない、他人任せである、あきらめている、 日常が苦痛である、毎日を楽しめない、卑屈になっている、ネガティブである |
(2) 客観的基準型 49人(25%) |
例)職に就かない、無職、独身、年収300万円以下、 30歳過ぎてのニート、貧乏 |
その結果、「努力しない」「今を楽しめない」「あきらめている」など独自の基準を採用し、自分の日常的な行動や考え方が負け組にむすびつくと考える、一種の自己責任性もうかがわせるような「主観的基準型」が75%であった。
一方、「無職」「ニート」「独身」「貧乏」など自分だけでなく他人もその状況を思い浮かべられる具体的条件を負け組の基準に挙げるタイプ「客観的基準型」は25%だった。
負け組の自由回答においても「主観的基準」を採用している学生が圧倒的に多かった。
勝ち組、負け組の記述を総合すると、ともに勝ち組か負け組かは自分の考え方、行動次第だという「主観的基準」で捉える学生が多く、構成割合も勝ち組と負け組でほぼ類似している(図4−18、19)。
図4−18 「勝ち組」回答構成割合
図4−19 「負け組」回答構成割合
2類型に分類していくうちに、勝ち組・負け組における「主観的基準型」と「客観的基準型」の考え方の違いが、他の変数にどんな影響を及ぼすのか調査したいという興味が生まれた。そこで、自由記述の回答と質問紙中の他の質問との相関係数を測定してみたい。
より明確な結果が得られた負け組の記述を取り上げ、主観的基準の学生を「1」、客観的基準の学生を「2」に置き換え、他の質問との相関関係を計測する。有意な結果が得られたものを次に示す。
表4−8 負け組の基準と相関関係
|
相関係数 |
将来は明るい |
.202** |
将来展望がある |
.200** |
将来展望に一貫性がない |
-.192** |
他者不信 |
-.184** |
社会がだんだん悪くなる |
-.206** |
悲観的 |
-.172* |
注:*p<.05 **p<.01
表をもとに数値の解釈をしていくと負け組の基準として「主観的基準」をとる学生ほど全般的に将来の展望があり(.200)、将来が明るい(.202)。他方で、少数派だった「客観的基準」をとる学生は、将来展望に一貫性がなく、不信感や社会状態の悪化を感じ、悲観的になっている傾向がうかがえた。
このように負け組の基準と相関する項目もいくつか見られることから、主観的基準を採用するか、それとも客観的基準を採用するのかという違いは、単なる考え方の違いにとどまらず、他の変数、特に心理面にも影響を与えていることが分かった。