第2章 先行研究
本論文は大学生の将来展望に焦点を当てると、先ほど問題関心で述べた。この第2章では、将来展望の有無との関連性を調査している先行研究をいくつか取り上げる。取り上げる基準は、将来展望への影響を分析しており、筆者の調査と類似した質問を用いていることである。ここでの先行研究は筆者の重回帰分析結果と比較する予定である。
将来展望に影響する要因には何が挙げられているのかという観点で先行研究を見ていくと、3つの要因に分けることができた。それが「経験・行動」「心理・価値観」「社会と自己」である。
以下、第3節にわたりカテゴリー別に先行研究を挙げ、将来展望との影響を検討していきたい。
第2章第1節 「将来展望」と「経験・行動」との関連
個人がどういう経験を積んだか、どんな行動をとるかによっても将来展望に違いが生じるかもしれないという推測のもとで、具体的にはサークル、アルバイト、学業態度などの「経験・行動」と「将来展望」との関連を調べることにした。
この種の先行研究には、櫻井らによる大学生を対象とした、心理・行動傾向と人生計画に関連する要因を調べた論文が挙げられる。
櫻井らは、「経験・行動」の中でも特に、学業と将来展望の関連を調べている。
調査は関東近郊の4年制大学(偏差値は中庸の文系学部)に在籍する男女207名に対し、2005年12月から2006年1月にかけて実施したものである。
分析法としては、勉強に対する姿勢を独立変数(平均値を算出し、高・低の二群に分類した)、将来展望を従属変数として平均値の差の検定(t検定)を行っている。
表2−1 勉学積極姿勢と将来展望との平均値の差の検定
勉学に対する積極的姿勢 |
|||||||
|
高群 |
低群 |
|||||
N |
M |
(SD) |
n |
M |
(SD) |
t値 |
|
将来計画に関する展望 |
85 |
8.94 |
2.24 |
108 |
7.43 |
2.40 |
4.46** |
意欲的な将来展望 |
85 |
13.33 |
3.01 |
100 |
12.25 |
3.51 |
2.22* |
*p<.05 **p<.001
結果、勉学に対する積極的姿勢において有意差が見られ、勉強への積極性が高い人ほど意欲的な将来展望や将来計画を有している。
「学業に対する姿勢や行動が真面目である人ほど将来計画を有することは、容易に推測できる。逆に明確な目標や計画を有しているからこそ、目標に向けての努力として、勉強への姿勢や取り組みが真面目になるともいえる」と考察で述べている。
第2章第2節 「将来展望」と「心理・価値観」との関連
続いて、個人のライフスタイルの行動原理にもなる価値観の影響を見ていきたい。このカテゴリーでは、紅林らが行った大学生の生活と意識に焦点を当て、学生が何を要求し、大学は学生に対して何をすべきかについて論じた研究が挙げられる。
調査対象は国立大学一般学部の212名であり、2001年に実施された。紅林らは、自己から確かさを得ている若者(以下保持学生)と自己から確かさを得ていない若者(以下未確立学生)に二分し、生活行動・生活意識にどんな影響を与えているか調査している。
表2−2 保持学生と未確立学生の生活行動・意識
|
保持学生 未確立学生 |
現在の生活は充実している(充実感) |
81.0 > 64.9 |
今すぐにでも社会に出たい(自立性) |
19.4 17.2 |
孤独を感じる |
38.2 < 75.6 |
一人になりたいと思う |
74.2 < 80.3 |
自分のことが好き |
76.3 > 44.9 |
自分には才能がある |
39.1 > 21.3 |
大学卒業後やりたいことがある |
69.7 > 59.3 |
※カイ2乗検定の結果、5%水準で有意差のあった値に不等号をつけた。
未確立学生ほど、現在の生活に充実感がなく、自分のことが好き、自分には才能がある、とは思えない傾向がある。また、将来に対して明確なビジョンがない者も未確立学生に多い(「大学卒業後やりたいことがある」保持69.7% 未確立59.3%)。それに加えて、孤独を感じる割合や一人になりたいと思う割合も未確立学生ほど高い結果となった。
要するに、保持学生は自己肯定感を持ちつつ充実した生活を送り、その一方、未確立学生は自分に対して肯定感を持つことができない不確かな世界を、一人でさまよっていることが確認される。
第2章第3節 「将来展望」と「社会と自己」との関連
将来展望に影響するのは個人的主観のみならず、社会や他人からの影響も無視できないのではないか。例えば、メディアで目の当たりにした不景気を示す数値(社会的要因)が、そのまま反映されることにより、自己の将来像にも先行き不安を感じてしまうような場合がある。その影響性を「社会と自己」との関連を探ることによって調査できると考えた。
このカテゴリーでは、社会に対する思いと将来展望との関連を調査した玄田論文と、姜らによる大学生の未来不安に対する態度が将来展望に及ぼす影響について調べた論文の、2つを取り上げたい。
まず、玄田論文(2008)は調査対象が大学生に限定されたものではなく、20歳から59歳の男女2010名に実施した調査であることに注意したい。2006年1月に希望学プロジェクトが社団法人・輿論科学協会を通じて独自に実施した訪問留置調査である。
表2−3 社会観別にみた希望を持つ割合(%)
|
そう思う |
ややそう思う |
あまりそう思わない |
そう思わない |
社会はだんだん悪くなる |
72.9 |
79.1 |
82.5 |
83.1 |
一般的に、人は信用できない |
64.9 |
77.9 |
78.3 |
86.3 |
「社会はだんだん悪くなる」で「そう思う」と回答した人において、希望があると答えた割合は、全体平均(78.3%)より低い72.9%となった。社会が悪くなると感じている人ほど、希望を持つ割合は低くなる傾向がある。さらに「一般的に人は信用できない」という、他者に不信感を持つ者ほど、希望を有する割合が低くなっている。
すなわち、個人の社会観と希望の保有状況にも関係性を見いだすことができ、悲観的な社会観を有する人ほど、希望の保有割合は低い。
続いて、姜らによる2つ目の論文(2002)を見ていこう。
調査対象者は国立T大学学生1〜4年生の計290名(男子120名、女子170名)である。不安に対する態度が未来展望にどのような影響を及ぼすのかについての検討が調査目的である。2001年10月下旬から12月上旬にかけて行われ、ネガティブ思考が未来展望に及ぼす影響を調べるために、不安に対する態度を独立変数に、未来展望(計画、イメージ、自信)を従属変数とした重回帰分析を行っている。
その結果、ネガティブ思考は未来展望の全ての因子(計画、イメージ、自信)において弱い負の影響力を持つ。つまり、現在自らが抱える不安に対してネガティブな考え方をしてしまうため、自分の未来をポジティブにイメージすることができず、未来に対する計画を立て、それを実行していけるという自信も持つことができなくなるのではないかと筆者らは推察している。未来展望を持つためには、現在自分が抱える不安に対して自ら解決にあたろうとすることが必要だと結論づけている。
これを以って、第2章での、筆者の調査結果と比較する先行研究の紹介を終える。
以上の検討から、将来展望への影響が予想される要因が3カテゴリーにまとめられ、以下(図2−1)の影響モデルを作成した。
図2−1 将来展望との影響モデル
経験・行動
将来展望