第五章 結論

 

 現行の育児介護休業法の内容と実状にはギャップが生じており、長期間の育児休業取得はかなりの少数派であることが今回の調査で分かった。今の状況では、松田(2010)のいう短期間の育児休業取得支援という方向性が現実的と思えた。家計や仕事への負担が大きい長期間の育児休業に比べ、短期間の育児休業はそれらの負担が少なく、実現可能性が大きいと言えよう。しかし、今後の社会を考えたとき、この方向性だけで良いのだろうか。第二章第一節で佐藤・武石(2010)をレビューした際にまとめた「なぜ男性の育児参加が求められるようになったのか」に関する論点に立ち戻って考えてみよう。

短時間の育児休業は三つの波及効果を持っている。一つ目の波及効果は、ワーク・ライフ・バランス推進への波及効果である。例えばAさんは、育児休業を経験することによって母親の大変さを理解し、出産直後の一番大変な時期を手助けすることができたと語っている。母親の大変さを理解することで、育児休業が終了した後も日常的に家事や育児を積極的に手伝うようになる人は多いであろう。

二つ目の波及効果は、子育てネットワークの希薄化による母親の負担増を食い止める波及効果である。第二章第一節で述べたように、現在は、核家族化が進み、親戚や近所付き合いも希薄化しているため、子育ての責任、子育てに伴うもろもろの負担の大部分が母親一人にかかるようになってしまっている。父親が短期間であっても休業を取得し、育児に取り組むことによって、母親の精神的な負担を軽減させ、母親の孤立感を取り除くことができるのではないだろうか。

三つ目の波及効果は、少子化を抑制する効果である。宮坂(2006)によると、夫の育児参加の程度が高い家庭ほど、子供数が多く、今後の出産意欲も高いことが明らかになっている。国は男性の育児休業取得率10%を目標に掲げているが、この目標を達成するには、松田(2010)が提案するように短期間の育児休業の分割取得を可能にする制度や有給休暇を育児休暇と称して利用できる制度などを設けることが現実的かつ有効だと考えられる。

もちろん、男性が短期間の育児休業を取得することによって女性の負担が完全に解消されるわけではない。一週間程度の育児休業はあくまで「手助け」的な存在であり、休業期間が終わってしまえば、父親が仕事に行っている間、母親は一人で育児をしていかなければならない。母親の育児の大変さはずっと続くのである。そもそも、男女平等という言葉に習えば、男性も女性と同様に長期間の育児休業を取得する権利がある。そういった点では、長期間の育児休業も再評価すべき可能性はある。しかし、現状ではそれを可能にする制度設計ができていないのである。例えば、政府はパパ・ママ育休プラスという制度を設け、夫婦そろって育児休業を取得した場合の育児休業取得可能期間を12カ月まで延長した。しかしこの制度を利用してもしなくても、所得保障の金額は変わらず、一律休業前賃金の50%である。仮に男性がこの制度を利用して2か月間の休業をしたとして、収入が半分になってしまえば、一気に生活のレベルは落ちてしまうのだ。財政が厳しい日本の現状では、十分な所得保障を行うことも難しく、パパ・ママ育休プラス等の制度も効果を発揮できない。その為、長期間の育児休業を推し進めることはあまり現実的な策とは言えない。今の日本社会では、政府や企業による短期間の育児休暇の推進によって育児休業取得者を増やすことが最も現実的であり、優先課題である。しかし、長期間の育児休業取得者の増加という目標も政府や企業は忘れてはいけない。