第四章 考察

この章では、主に第二章第六節でまとめた視点に沿って考察を行う。その視点とは、第一に法律と日本の実状とのギャップ、第二に所得保障の問題、第三に育児休業取得率を向上させるために企業が起こすべきアクションである。

 

第一節 法律と実情とのギャップ

今回の調査によって、国の政策と日本の実状には大きなギャップが生じていると感じた。現行法では育児休業を取得できる期間は子が1歳に達するまでと定められているが、現状を見てみると男性育児休業取得率県内トップの富山銀行でさえも平均的な取得期間は1週間、三協立山では2日間が3名、3日間が2名、4日間が2名、12日間が1名であり、短期間の育児休業が精一杯であることが分かる。

また、男性が育児休暇を取得すれば、家計が苦しくなる可能性が高い。国からの所得保障だけでは生活できない現状があるため、もし男性が長期の育児休暇を取得するならば相当な貯蓄が必要となるであろう。Aさんは4日間という短い休暇であったが、収入面が最も心配であったと語っており、男性にとっては収入面が大きなネックになっていると考えられる。

そんな長期の休業取得が厳しい状況であるにも関わらず、政府はパパ・ママ育休プラスという制度を新たに導入し、さらに2カ月休業期間を延ばせることをアピールしているのだ。実際にパパ・ママ育休プラスを利用した男性は全体の5.6%にとどまっており、法改正の効果がでているとは言い難い現状である。これは、おそらく制度の内容に問題があるのではなく⁽³⁾、現状を無視して制度だけを設けていることに問題があるのだ。今後法改正があるならば、そういった長期の休業が難しい男性の立場を踏まえ、松田(2010)が提案するように、育児休業の分割取得を可能にする制度や有給休暇を育児休暇と称して利用できる制度など、現状に寄り添った制度を充実させるべきではなかろうか。実際に富山銀行では子の出産時における父親の年次有給休暇取得を企業側が促しており、職員からのニーズともマッチしている。仕事の負担、金銭面の負担が大きくならない短期休暇制度など、男性ならではの育児休業制度が現状では必要であろう。

 

 


第二節 所得保障の問題

前述した通り、男性の育児休業は収入面が大きなネックになっている。三協立山では、育児休業中に給料は支払われないので、収入は休業前の約50%になってしまう。育児休業取得を検討する人にとって、これは非常に大きなマイナス要因であろう。Aさんも、やっぱりそれが一番心配やったんですよ。奥さんが働いてなくて、私の収入だけで今生活しているので、それが減らされるとなるとちょっと、非常に厳しいもんですから」と語っており、家計の問題は非常に大きいことが分かる。三協立山による社内アンケート(第三章第二節参照)でも「会社側に理解があっても、経済的になかなか取得しづらい」「嫁一人で育児は肉体や精神的に辛いと思うが、収入が減っては生活が成り立たない」など、家計を懸念する意見が自由記述回答として多く見られた。

一方で、富山銀行では、5日間まで育児休業補助金(休業前賃金とほぼ同じ額)が支給されるという制度を設けていた。つまり土日を含めると9日間までは休業しても収入面に影響はないという計算になる。こういった企業独自の補助金制度は首都圏の大企業などで多く見られる。例えば、過去3年間の男性社員の育児休業取得者が8.8%と高水準である「シャープ株式会社」では、3日以上取得した場合は、最初の10日間は給与(100%)が支払われ、その後1か月毎に6万円の育児支援金を支給している。このように、数日間のみでも給与を支払う制度を設ければ、社員の負担は軽減され、男性の育児休業取得率は上がる可能性がある。このような制度は、企業にとって一定の負担はかかるが、少なくとも男性による短期育児休業の不安軽減に直結するといえるだろう。

 


第三節 育児休業を取得しやすい雰囲気作り――事例の分析――

 

第一項 意識改革、啓発活動

 

男性の育児参加を進めるには国だけではなく企業の努力も必要となる。第二章第二節で取り上げた「男性の育児休業取得に関する調査」の中の「育児休業を取得しなかった理由」で、「自分以外に育児をする人がいたから」「職場が育児休業を取得しにくい雰囲気であったため」という意見が挙げられたが、これを解決するには企業による意識改革、および啓発活動が必要ではないだろうか。

今回の調査では、両社に共通して会社側の育児支援に対する積極的な姿勢がみられた。富山銀行では、最初に「男性職員の育児支援を進める」という旨を記載したポスターを掲示することによって職場全体の意識改革を行った。また、「子女出産予定報告書」を提出させ、育児休業の取得を促す連絡をすることや、「男性職員の育児参加検討委員会」を定期的に開催することなどで、会社側が男性の育児休業取得に積極的であることを職員にアピールし、職員の育児休業に対する抵抗感を緩和させている。三協立山も同様に、課長職以上を対象に意識改革のための研修会を実施した。また、社長自ら「ワーク・ライフ・バランス宣言」を発信し、その結果「社長が本気になるんだから、やろう!」という雰囲気になり、社員の意識改革に繋がった。その他にも意識啓発ポスターの掲示、ハートぷれいすでの男性の育児休業取得者の紹介などが社員の意識改革につながっていると考えられる。Aさんは、男性社員であっても育休をとれることを「ハートぷれいす」で初めて知り、育児休業に関する情報もそのサイトで収集した。育児休業取得者を紹介するページに関して、「あー、とった人いるんだーって思って見てましたね。気分的に楽というか。うん。やっぱりその記事を見て、とっていいんだなーという風に、気楽になりました」と語っており、男性社員の育児休業取得の前例は育児休業を検討する男性社員にとって大きな励みになっていることが分かる。また、ハートぷれいすは上層部の社員も目にしているため、育児休業に対する上司の理解が得やすくなるという効果もある。このように、育児休業制度の内容や実態を多くの社員に伝え、会社側の積極的な姿勢を見せることが育休取得率の向上につながるのではないだろうか。

 

第二項 休業中の仕事配分方法

 

「業務が繁忙であったため」「職場への迷惑がかかるため」「男性の労働時間の長さ」という問題も先行研究で挙げられた。これについては、育児休業取得にともなう仕事配分方法の明確化が必要ではないだろうか。例えば、富山銀行では要請に基づき本部から支援者を派遣することが定められている。一方、三協立山では、他部署からの派遣を行うことはせず、既存の人員で仕事を分担している。育児休業者は、業務の棚卸しをする必要が生じるが、業務内容に重複や無駄が無いかどうかを見直す機会になる。また、業務ローテーションを行うことで、多能工化を促進する効果もあるという考えから、三協立山ではこの方法がとられている。Aさんの部署は、比較的育休や有給がとりやすい雰囲気であったが、個人的に仕事の面で迷惑をかけないかという心配はしていた。そこで、自身で手順書を作成するなど、仕事分担がスムーズにいくように工夫をして、仕事の区切りをつけてから育休にはいっている。休業中は自分の仕事を他の誰かに任せなければいけなくなるので、それを「迷惑になる」と考えて育休の取得を躊躇してしまう男性は多いだろう。休業を取得した際の仕事配分が最初から決められていれば、男性達の心配は多少軽減されるのではないだろうか。三協立山の男性社員向けアンケートからも、「有給を取得した際の周りのフォローできる環境づくりを、会社としてしっかり作るような指示が出ていればいいと思います。有給が取得できても、単純に仕事が後回しになって仕事がたまるような環境では、後々のことを考えると取得しづらくなると思います」という意見が出ている。社員が安心して育児休業を取得できる環境を作るには、休業中の仕事の配分方法をより明確なものにして、それを社員に専用ポータルサイトや社内広報などで知らせることが必要であろう。

 

第三項 昇進等への影響の懸念の解消

 

佐藤と武石は、従業員はどのようなルールで処遇されるのかを知らないという意見が多数を占めており、休業取得後の処遇の不透明さが問題視されていると指摘している(佐藤・武石20041567)。つまり「昇進等に影響があるのかは分からないが、不安だから育児休業を取得しない」と考える従業員が存在するということだ。三協立山では「ハートぷれいす」上で、制度利用後の昇進、賞与、給与への影響についても紹介している。実際にAさんも、最初は昇進昇格への影響を心配したが、「ハートぷれいす」を見て、影響がないことを確認し、安心して取得に踏み切れたと語っている。この問題を解決するには、企業が従業員の休業取得後の処遇について明確な情報提供を行う必要がある。

 

第四項 企業による意識改革、啓発活動の重要性

 

富山銀行では、子女出産予定報告書の提出指示や、支店長会議や男性職員の育児参加検討委員会での育児休業制度の利用状況確認や効果検証など、系統的な状況把握が重点的に行われているという印象を受けた。もちろんこのようなシステムだけでは目的意識が薄れ形骸化する恐れもあるが、ひとまず堅実な体制が作られたということは言えよう。

その点、三協立山は、社長自らワーク・ライフ・バランス宣言を発信するなど、リーダーシップをとって啓発活動を行っている。三協立山による社内アンケート(第三章第二節参照)でも「会社から休暇をとってくださいと言われないとなかなか取りづらい」「トップダウンにて上層部より率先してとるように指示を出して欲しい」という意見が自由記述回答として出ており、育児休業をとりやすい雰囲気を作るには、制度を設けるだけではなく会社がその利用を促すためのアクションを起こすことが必要であると考えられる。

しかし、積極的な啓発活動が行われている三協立山でさえも、意識改革に一役買っているハートぷれいす(社内専用サイト)を工場勤務の職員は見ることができない状況にある。このように職域によって情報収集ができる量にむらが生じてしまう懸念があり、これに関しては個々の企業の状況に応じて対処する必要がある。