第二章 先行研究
第一節
なぜ男性の育児参加が求められるようになったのか
佐藤・武石(2004)によると、男性の育児参加が求められるようになった理由として、3つのことが挙げられている。1つ目の理由は、男女の考え方の変化である。結婚や出産を経ても仕事を継続することを希望する女性が増え、男性では配偶者である妻が仕事に従事している者が増加した。さらに、男性が収入を得るために働き、女性が家庭を守るという固定的な性別役割分業を支持する者が男女ともに少なくなり、男性でも子育て参加を希望し、また仕事を最優先するのではなく仕事と生活のバランスとれたライフスタイルを求める者が増えてきたのである。
2つ目の理由は、核家族化、地域ネットワークの希薄化である。昔は両親以外にも子育てに主体的に関わる祖父母といったほかの親族の存在があり、また地域社会のネットワークも豊富であったなど、子供の成長を多くの大人の目で見守ることができたので、父親は日常的に子育てにかかわらなくても、節目、節目で進むべき道を教え、子供は親(父親)の後をついていくもの、と考えられていた。しかし現在は、核家族化が進み、親戚や近所付き合いも希薄化しているため、子育ての責任、子育てに伴うもろもろの負担の大部分が母親一人にかかるようになってしまっている。こうした現状を打開するために、「男性の子育て参加を進めることが必要である」という共通認識が形成されつつある。
3つ目の理由は、少子化である。これまでさまざまな「少子化対策」が実行に移されてきたが、少子化に歯止めはかかっていない。これまで実施されてきた育児休業や保育政策に代表される仕事と家庭の両立支援策が、「少子化対策」という面から見る限り十分な効果を上げておらず、「男女の働き方そのものを見直さなければ根本的な問題解決はない」と考えられるようになってきた。
このことに関しては、宮坂(2006)によると、超少子化時代には、晩婚化・非婚化による婚姻率の減少だけでなく、同時に結婚している夫婦の出産力までもが減少していることが問題をより深刻にしている。2005年6月の「第3回出生動向基本調査」(国立社会保障・人口問題研究所)の「夫婦調査」によれば、子供を産み終えた夫婦の子供数(完結出生率)が減少し、なおかつ、まだこれから子供を産む可能性のある夫婦の出産のペースも落ちていることが分かった。また、2003年7月に実施された「家庭動向調査」(国立社会保障・人口問題研究所)から、夫の育児参加の程度が高い家庭ほど、子供数が多く、今後の出産意欲も高いことが明らかになった。また、夫が育児に協力的な家庭ほど、第一子出産後も仕事を続けている妻が多いことも分かった。つまり、晩婚化・非婚化の対策をするだけでは少子化問題を解消することはできず、男性の積極的な育児参加が必要不可欠となっているのだ。
第二節 男性の育児休業が抱える問題
《育児休業取得率》
政府は2017年までに「育休の男性取得率10%」を目標に掲げているが、平成23年度の育児休業取得率は、女性労働者が87.8%、男性労働者が2.63%であり、まだまだ目標達成には程遠い。男性労働者の取得率は平成22年度に減少したが、昨年平成23年度に大幅に増加した。これは、改正育児・介護休業法の主要部分が施行された平成22年6月30日から同年9月30日までの間に、育児休業を取得した男性が対象となったことから、法改正の効果が現れたものと考えられる。
表2−1 育児休業取得率の推移 (%)
|
平成11年度 |
平成14年度 |
平成16年度 |
平成17年度 |
平成19年度 |
平成20年度 |
平成21年度 |
平成22年度 |
平成23年度 |
||
女性 |
56.4 |
64.0 |
70.6 |
72.3 |
89.7 |
90.6 |
85.6 |
83.7 |
87.8 |
||
男性 |
0.42 |
0.33 |
0.56 |
0.50 |
1.56 |
1.23 |
1.72 |
1.38 |
2.63 |
||
厚生労働省 平成23年度雇用均等基本調査より
男性の育児参加が必要という共通認識を人々が持ち始めているのに、育児休業取得率が未だに低水準である原因はなんだろうか。2002年にニッセイ基礎研究所が実施した「男性の育児休業取得に関する調査」の結果、「育児休業を取得しなかった理由」という質問に対して、育児休業を利用できたのに取得しなかった男性の回答は、
1位:自分以外に育児をする人がいたから(57.3%)
2位:業務が繁忙であったため(42.7%)
3位:職場への迷惑がかかるため(41.1%)
4位:家計が苦しくなるため(29.0%)
5位:職場が育児休業を取得しにくい雰囲気であったため(15.3%)
という結果になった(ニッセイ基礎研究所2003:140;佐藤・武石2004:29)。また佐藤・武石(2004)は、その他にも、「昇進等への影響の懸念
」「男性の労働時間の長さ」を挙げた。「昇進等への影響の懸念 」については、育児介護休業法で、育児休業の申し出、取得による不利益取り扱いが禁止されている。また、「男性の育児休業取得に関する調査」によると、企業側の回答では「一時的に昇給や昇格が遅れる場合があっても、長期的に見れば休業取得がハンディとはならない」という意見が多数である。しかし、従業員はどのようなルールで処遇されるのかを知らないという意見が多数を占めており、休業取得後の処遇の不透明さが問題視されている。
「男性の労働時間の長さ」については、週に平均60時間以上働く男性の割合は近年増える傾向にあり、30代男性が特に長時間労働である(佐藤・武石2004:46)。子育て責任が最も重いと考えられる30代男性は、職場では最も忙しい世代なのである。このことについて多賀(2007)は、仕事と育児に対して深刻な葛藤を抱えている父親たちが存在しており、長時間労働が余儀なくされているために子育てに十分に参加できない、育児に対する妻からの期待に応じられていないなど、母親の育児ストレスとは質の違う新たな「父親の育児ストレス」が生まれてきていると述べている。
第三節 育児・介護休業法改正および給付金制度変更の概要
第一項 育児・介護休業法改正について
育児・介護休業法の概要(介護の内容は省略)
※下線部は、平成21年6月の法改正により改正された部分。
改正法の施行日:原則として平成22年6月30日
《育児・介護休業制度》
●子が1歳に達するまでの育児休業の権利を保障。
しかし、父母ともに育児休業を取得する場合、育児休業取得可能期間を、子が1歳2か月に達するまでに延長する。父母1人ずつが取得できる休業期間(母親の産後休業期間も含む)の上限は改正前と同様に1年間<パパ・ママ育休プラス>
図2−1 パパ・ママ育休プラス
厚生労働省 育児・介護休業法の改正について より
●配偶者の出産後8週間以内に、父親が育児休業を取得した場合には、特例として育児休業を再度取得できるよう要件を緩和する。
・・・⇒育児休業は分割取得できないので、改正前は一度きりしか休業できなかったのが、二度休業できるようになった。
図2−2 育児休業の再取得
厚生労働省 育児・介護休業法の改正について より
●配偶者が専業主婦である場合等、常態として子を養育することができる労働者からの育児休業取得の申出を事業主が拒むことを可能としている制度を廃止する。
・・・⇒事業主は、従業員の妻が専業主婦の場合でも、育児休業取得を拒むことができなくなり、すべての父親が育児休業を取得可能となった。
《短時間労働等の措置》
●3歳に達するまでの子を養育する労働者について、短時間勤務の措置(1日原則6時間)を義務づけ
●3歳に達するまでの子を養育する労働者が請求した場合、所定外労働の免除を義務づけ
・・・⇒改正前は努力義務であった。
《法定時間外労働の制限》
●小学校就学前までの子を養育する労働者が請求した場合、1か月24時間、1年150時間を超える法定時間外労働を制限
《深夜業の制限》
●小学校就学前までの子を養育する労働者が請求した場合、深夜業を制限
《子の看護休暇制度》
●小学校就学前までの子が1人であれば年5日、2人以上であれば年10日を限度として看護休暇付与を義務づけ
・・・⇒改正前は、子供の数に関わらず年5日までであった。
《転勤についての配慮》
●労働者を転勤させる場合の、育児の状況についての配慮義務
《不利益取り扱いの禁止》
●育児休業等を取得したこと等を理由とする解雇、その他の不利益取扱いを禁止
第二項 育児休業給付金について
育児・介護休業法の改正に伴って、雇用保険の育児休業給付金制度も改正した。執行日は平成22年4月1日である。
《改正内容》
1.「育児休業基本給付金」と「育児休業者職場復帰給付金」を統合し、「育児休業給付金」として、全額育児休業中に支給されることとなった(対象は平成22年4月1日以降育児休業を開始した人)。
2.育児休業給付金の給付率は、当分の間、休業開始時賃金月額の50%とする(現在一時的に給付率の引き上げを行っており、本来は40%である)。
改正前・・・
休業中に休業前賃金の30%
休業後職場復帰をすると6か月後に休業前賃金の10%が支給される。
図2−3 改正前の所得保障
厚生労働省 育児・介護休業法の改正について より
改正後・・・休業中に休業前賃金の50%が支給される。
図2−4 改正後の所得保障
厚生労働省 育児・介護休業法の改正について より
第四節 パパ・ママ育休プラスとドイツ・北欧のクオータ(手当)制度
法改正の目玉のひとつに、「パパ・ママ育休プラス」という制度の新設がある。前述したようにこの制度は、父母ともに育児休業を取得する場合、育児休業取得可能期間を2か月間延長できるというものである。この制度は、厚生労働省において設置された今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会(2007年9月〜2008年6月)の中で議論を経て生まれた。男性の育児休業取得率が高いドイツ、ノルウェー、スウェーデンなどの諸外国のパパクオータ制度を参考に、父親も母親もともに育児休業を取得した場合に何らかのメリットが生じる仕組みが設けられ、男性の育児休業取得促進の起爆剤となることが期待された。2か月間という延長期間は、育児休業を取得していた母親(又は父親)にとって配偶者のサポートが必要な職場復帰前後の精神的負担の軽減やならし保育への対応の必要性等という観点から、ドイツ、スウェーデンの例を踏まえ、まずは2カ月程度延長するという考えで決定された(厚生労働省2008)。
たまごクラブ、 ひよこクラブが2007年に行った調査によると(たまごクラブ、ひよこクラブ2008)、育児休業明けで最も母親が辛いと感じたことが「慣らし保育中の子どもの後追い」である。慣らし保育は、保育園生活に慣れるまでのいわば助走期間のことである。保育園によってその期間や方法は異なるが、最初は親子で1〜2時間だけ保育園で過ごすことから始めて、「午前中だけ母親と離れる」「次は昼まで」「夕方まで」といったように、少しずつ保育時間を延ばしていくものである。慣らし保育が終了するまでには通常1〜2週間かかる。慣らし期間中は、子どもにとっては全く新しい環境になるため、後追いが激しくなったり、熱を出したりすることが珍しくない。また、「産休前のように仕事のペースがつかめず、段取り良く作業ができない」「夜泣きで眠れず出社しただけでぐったり」「残業や出張ができない」などの意見も出ており、職場復帰後は家族によるサポートが必要不可欠であることが分かる。このことから、職場復帰後のサポート期間という目的では、パパ・ママ育休プラス制度は有効に働くと考えられる。
ここで、パパ・ママ育休プラス制度と、そのモデルとなったドイツ、ノルウェー、スウェーデンのパパクオータ制度を比較してみたい。
ドイツのパパ・ママ・クオータ制度(両親手当制度)は2007年に導入された。ドイツは日本と比べても保育所が絶対的に不足しており、子どもを産んだ女性の就業継続がきわめて難しい状況が続いてきた。一方で、子どもが生まれる前の夫婦では共働きが多数を占めるようになっており、子どもが生まれた後の世帯所得の急減を避けるため、高学歴の夫婦を中心に子どもを持たない夫婦が増えていた(大嶋2010;新飯田2009)。その結果、合計特殊出生率は低下。1990年に1.45だった出生率は、2006年には日本とほぼ同レベルの1.34まで低下していた。2005年11月に就任したメルケル首相はこの問題を重くみて、保育所の拡充などを進め、2007年1月には父親の育児休業促進を狙ったパパ・ママ・クオータ制度(両親手当制度)を導入した(大嶋2010)。それまでのドイツの所得保障制度は育児手当制度と呼ばれ、月額300ユーロ=33550円(2012年12月25日現在)が最長2年間、育児のために就業を抑制する親に支給されるものであった。ただし、7か月目からは所得制限があり、その限度額はかなり低いので、平均的な所得であっても育児手当を受給できなくなるのが通例であった(倉田2007)。2007年に導入された両親手当制度では、育児のために休業する親に休業前賃金の67%が国から支給されることになった。所得の保障額は、最大で1800ユーロ=201283円(2012年12月25日現在)、最低で300ユーロ=33550円(2012年12月25日現在)である。育児のための短時間勤務にも所得減少分の67%が支給され、父親が職場と繋がりを保ちつつ、所得保障を得て育児に参加することも可能である。また、この手当は両親が合計で最大14カ月分受給できるが、1人の親が受給できるのは12カ月分までとされた。つまり、両親が共に育児休業を取得しないと、2カ月分の受給権が消滅する。さらに、一人または複数の子を有している親が、さらに一人の子を授かったという場合は、兄妹ボーナスを両親手当の10%、最低75ユーロ=8378円(2012年12月25日現在)支払われる。両親手当の給付期間は最長で14か月であるが、育児休業可能期間は3年間であり、使用者が同意した場合には3年間のうち12か月を限度として3歳の誕生日から8歳の誕生日までの間に休業を取得することも可能である(大嶋2010)。
施策実行の先頭に立ったのは、ライエン元連邦家庭大臣である。医師で7児の母親でもあるライエン大臣が積極的にマスコミに登場し、政策の意義を訴えたことで、支持が広がった。ドイツの両親手当制度は、所得保障の拡充に加え、短時間勤務型の育児休業にも所得保障を行う柔軟な制度としたこと、政治家主導で制度の意義の広報が行われたことなどにより、父親の育児休業取得が増加した。日本の父親の育児休業促進策は、これらの点で弱い。
ノルウェーのパパクオータ制度は1993年に世界で初めて導入された。育児休業可能期間は54週間(出産前給料の80%の手当)または44週間(出産前給料の100%の手当)であり、そのうち6週間は父親に割り当てられている。父親が育児休業を取らなかった場合は、育児休業期間が短くなる仕組みである。1960年代までノルウェーは「主婦の国」と呼ばれており、労働力不足であったはずの戦後復興期にも女性が労働力として注目されることはなかった。しかし1970年代以降、公的機関の拡大に伴い、母親を含めた女性の労働市場への進出が本格化、「主婦」というカテゴリーは失効していく。そこで前景化したのが「子ども」である。1970年代以降は、育児休業期間が徐々に延長され、1988年には最大16週、1992年には27週まで延びていた。1976年より育児休暇は父母で分割可能となっていたが、実際に育児休暇を使う父親の割合は1980年代には1%以下、パパクオータ制導入直前の1992年で2.3%に過ぎなかった。しかし、パパクオータ制度が導入された1993年以降は利用率が急増し、1998年には80%にまで向上した(古市2011)。この制度は男性が育児休業をとらなければ、四週間分損をしてしまうという一種の優遇政策であり、ノルウェーでは「愛の強制力」ともよばれている。しかし、ノルウェー人の多くはこのパパクオータ制を、父親が「義務」としてとるのではなく、子どもと接することができる「黄金」の時間(ゴールデン・オポチュニティ)だといっている(石井1998)。
スウェーデンのパパ・ママ・クオータ制度は1995年に導入された。父親と母親はそれぞれ240日ずつ、両親合わせて480日間の両親手当の受給権を持っており、180日分の権利は他方に譲渡することができるが、60日分(パパの月又はママの月)については譲渡することができない。このうち390日分については、休業前給与の80%の両親手当が、最後の90日間については最低保障額(日額180クローナ=約2200円…2012年12月25日現在)が支給される。両親手当の給付率は、導入当初は休業前給与の90%であったが、その後財政悪化の影響で75%に削減され、1998年から80%となった。休業は連続してとる必要はなく、また、全日で取る必要もない。子が8歳の誕生日を迎えるか小学1年の終了までに、全日(8時間)、4分の3日(6時間)、2分の1日(4時間)、4分の1日(2時間)のいずれかで柔軟に受給できる(永井2005)。スウェーデンでは、1974年に世界初の両性が取得できる育児休業の収入補填制度として両親保険制度が導入された。導入時の所得保障は6カ月で、休業前給与の90%が給付された。この時の男性の育児休業取得率はわずか3%であった。次第に受給期間が拡大されるとともに、取得率は伸び、1978年には21%になった。1992年、政府は「父親研究グループ」を発足させた。グループは、父親の育児休業の意義を確認し、1995年に「父親の1ヶ月」を提言する報告書を発表して解散した。これを受けて、政府は、1995年から他方の親に譲れない1ヶ月(現在では2ヶ月)の規定を導入したのである。各地で父親の育児休業を進めるポスターやパンフレットが作られ、キャンペーンが行われた(舩橋2002)。その結果、2005年時点の男性の育児休業取得率は、公共機関で75.7%、民間企業で79.2%という高水準まで上り詰めた(内閣府 経済社会総合研究所2005)。
日本のパパ・ママ育休プラスとこれらの国のパパクオータ制度は、父親と母親が育児休業を取得する際に何らかのインセンティブが生じる仕組みになっているという点では類似している。しかし、所得保障率の高さが日本と3カ国では大きく異なっている。特に男性の育児休業取得率が高いスウェーデンとノルウェーでは80から100%の所得保障がなされており、育児休業取得率の高さと所得補償額の大きさには強い関連性があると考えられる。
第五節 改正育児・介護休業法の問題点
以上のように、男性の育児休業が進まない現状を打開すべく、ワーク・ライフ・バランス先進諸国の法律を参考にして改正された育児介護休業法であるが、問題点も指摘されている。松田(2010)は、改正育児・介護休業法について「わが国の多くの家庭の実態に合っていない」と述べている。具体例を挙げるならば、父母がともに育休を取得する場合に1歳2か月まで育休を取得可能とする「パパ・ママ育休プラス」がそれに当たる。保育所に入りたくても入れない児童が多いため、多くの人が保育所に入所しやすい0歳の4月に合わせて育休を切り上げている中では、育休期間を2カ月延長できることはあまり意味がないのである。それどころか、一般的な家庭の男性からは長期ではなく短期の育休を取得するニーズがあることが既存調査から分かっている。
また、松田(2010)は経済面に関しても問題があると述べている。育児期の家族の大半は、父親が働いて稼ぎ、母親が家事・育児に専念している。この姿は過去数十年変わっていない。2010年の日本家族社会学会大会のシンポジウムでも、複数の大規模調査データによって日本の家族の現状の報告と討論がなされたが、結論は「(典型的な家庭についてみると)父親が働いて稼ぎ、母親が家事・育児に専念するという日本の家族像は変わっておらず、変化する可能性も感じられない」というものであった。このような日本の典型的な家庭は、専ら父親の稼ぎで生計を維持しているため、父親の収入が下がることは極力避けようとする。子供が産まれてこれからお金がかかるようになれば尚更である。現在の法律で定められた休業中の所得保障率は50%に過ぎず、父親が休業すればするほど生活が苦しくなってしまうという現状では、育児休業取得率の向上は難しい。育児休業取得率が高いノルウェーでは、育休中の所得保障率が100%である。スウェーデンは80%であるが、各企業が独自に上乗せもしている。しかし、現在の日本では、北欧のようにほぼ完全に所得保障をすることは財政的に困難である。
この問題の現実的な解決策として、松田(2010)は以下の方法を提言している。第一に、使わずに余らせた有給休暇を「育休」と称して休めるようにする制度を、各企業に普及させることである。この制度があれば、父親たちは所得を維持した上で休むことが可能だ。一度従業員に付与した有給休暇であるため、企業の追加負担にもならない。有給休暇の取得率が低迷する中、その消化を促すことにもなる。第二に、「短期の育休」「複数回に分かれた育休」の取得を可能にすることである。父親が連続して休むことを望む家庭と必要な時にときどきに休むことを望む家庭がある。両者とも父親が育児に関われる機会を増やすことが大切だ。
第六節 先行研究まとめ
パパ・ママ育休プラスは本研究の事例において効果的なのだろうか。
男性の育児参加を前面に押し出した法改正であったが、その参考となった諸外国の育児支援策と比較すると、金銭面の補助が少ないという印象を受けた。法改正前に比べ賃金保障率が10%向上したことは大きな一歩ではあるが、このままでは育児休業取得率が諸外国のように急増することは難しいのではないだろうか。国は育児休業可能期間の延長そのものをインセンティブだと捉え、パパ・ママ育休プラスを導入したが、休業可能期間延長に伴って賃金保障がなければ、国民にとってはインセンティブとはならない。休みがあっても、生活ができなければ意味がないのである。また、家計だけではなく仕事への負担も男性にとっては大きなネックである。これらの問題を解決せずに、男性の育児休業取得を促す国は国民の実状が見えていないように感じる。
そして、男性の育児休業取得率を上げるには、国だけではなく企業の努力も必要だと考えた。取得率を向上させる具体的な方法として、第二章第二節の内容から「自分以外に育児をする人がいたから」「職場が育児休業を取得しにくい雰囲気であったため」という自身の意識や職場の雰囲気の問題、「業務が繁忙であったため」「男性の労働時間の長さ」「職場への迷惑がかかるため」という仕事の問題、「家計が苦しくなるため」という金銭面の問題、「昇進等への影響の懸念
」という処遇の問題、以上4つの問題を企業は解決する必要があると考えた。
第四章では、国の政策と日本の実状とのギャップ、男性の育児参加を阻む問題を解決するには国や企業が具体的に何をすべきなのかを考察したい。