第九章 考察

 

 第六章から第八章では、責任販売制度、SCM、総量規制のそれぞれの返本率対策ついての分析を行った。その結果、それぞれの制度の書店、返本率に対する影響について以下のことが考えられる。

 まず、出版社が行っている責任販売制度は、取り扱われる商品によっては返本率を下げる効果が見込めると考えられる。しかし、書店がすべての商品に対して適切な発注を行うことは、現状ではほぼ不可能であるため、委託販売制度にとって代わる制度とはなりえないだろう。また、書店へのメリット、デメリットについても、売れる商品に注力する書店の特性上、商品に魅力がなければ、高マージンによる販促効果も薄いといえる。さらに、小規模書店においては、返本のデメリットを大中規模書店以上に恐れるため、仕入れ自体が委縮すると予想される。これらのことから、出版社による責任販売制度は、商品を売り上げが見込めるものに絞った、限定的な取り組みとして行われることが、最も有効に機能すると考えられる。そのため、業界紙以外のメディアで取り上げられたような、返本率対策の主流とはなりえない。

 取次が行っているSCMによる情報は、P書店やX書店のような独自の情報網を持つ書店ではメリットが少ないものの、そうでない書店にとっては活用できると考えられる。しかし、書店がSCMに参加する条件となっているPOSデータの開示、及びPOSレジの導入が、小規模書店にとっては高いハードルとなっている節がある。また、本調査で収集した文献、記事の中で最も成果を上げている、日本出版販売によるSCMの責任販売制度においても、上記の出版社の責任販売制度の問題点、SCMへの参加の敷居の高さといったデメリットが該当すると考えられる。しかし、出版社による責任販売制度と比べて、書店の商品発注に対するサービス体制が充実しているため、これらのデメリットを多少なりとも解消することができれば、今後の返本率対策における主流となりえる可能性もあると考えられる。

 取次による総量規制は、仕入れ自体を減らすため、確かに返本を削減する効果を見込める。しかし、書店にとって仕入れが減らされることは、売り上げに強く響くものであり、第五章で触れた返本のデメリットを軽減できることを差し引いても、非常に厳しいものといえる。大中規模書店であれば、総量規制に対する対策をとることができるが、その対策も決してコストがかからないわけではない。対策をとることができない小規模書店にとっては死活問題となりえる。また、書店だけではなく、出版社に対しても大きなダメージを与えかねないことから、返本を減少させる効果こそ期待できるものの、出版業界にとっては好ましくない返本率対策といえる。

 これらのことから、総量規制を除いた書店にメリットを付加した返本率対策は、現状では、すべての書店に対して行われていないこともあり、効果はあくまで限定的といえる。それでも、出版社の責任販売制度には、有効な活用方法が示され、取次のSCMには、普及に課題はあるが効果には期待のできる要素が見受けられた。ゆえに、出版業界にとっては、有意義な取り組みであったように思われる。しかし、その一方で、これらの対策は概して、想定された書店へのメリットと、現場の書店の意識との間に差があるように感じられた。特に、メリットよりもデメリットが目立つ、小規模書店は冷遇されているように思える。返本率対策の効果が思ったように見込めないことについて、縣智弘(201047)は、返本率を下げることによって得られるメリットが、出版社、取次、書店の間で大きく異なり、その中でも書店のメリットが少ないことに起因すると述べている。取次の責任販売制度が成果を上げているのも、他の返本率対策と比べ、書店に対するサービスに充実していたことによるものといえるだろう。それでも、これらの返本率対策は、返本率を下げることが先立ち、すべての書店が等しくその恩恵を受けることができるような仕組みが採られていなかったように思える。これについては、ある程度の販売実績が期待できる、すなわち、売り上げを伸ばすことで返本を減らすことが、比較的が容易な書店を重視することで、まずは返本を減らすという結果を求めたということが一つ考えられる。あるいは、流通の無駄、製造の無駄、資源の無駄、それらの無駄に対する外部からの批評といった、高い返本率が出版業界にもたらすデメリットを少しでも軽減することに比重を置き、すべての書店には対応できない形で実施せざるを得なかった、ということも考えられるだろう。しかし、総量規制のように、書店のデメリットを考慮せずに返本率対策を推し進めた場合、対応できなかった書店は、閉店という形で淘汰されると予想される。その結果、一部の消費者が本と触れ合う機会自体が喪失するという、出版業界全体にとっての不利益につながることも十分考えられる。そのため、返本率対策を上手く機能させるためには、書店がよりメリットを享受できる仕組みを考える必要があるといえる。