第七章 SCMの分析

第一節 書店にとってのSCM

第一項 取次のSCMについて

 

 トリプル・ウィン・プロジェクトや、MVPサプライといったSCMの取り組みは、限られた店舗でしか導入されていないこともあり、調査協力店の中で利用している書店はなかった。しかし、P書店、X書店が、トーハンとの取引を行っている書店であり、書籍の送品、返本が桶川SCMセンターで扱われていた。これらのSCMの取り組みについて各書店に尋ねたところ、以下のような認識を持っていることがわかった。

 P書店では、トリプル・ウィンの取り組みは書店に向けては、地方の小規模書店のような、売れ筋の本が入らない書店を対象にしたものとして認識しており、SCMの取り組みへの関心は薄かった。またX書店のDさんによれば元々、取次からは「トーハンベスト」という売れ筋の本のデータが送られてきてはいたが、POSレジ(第三章第二節)を用いて独自に収集しているデータの方が、地域の売り上げが詳細にわかるため、参考程度以上のものとしては思っていなかったし、桶川SCMセンターによる書店への恩恵も、特に感じられないという。また、Dさんは、書店専用オンライン書店の「ブックライナー」については、配本数が減らされた場合に商品を補填する手段の一つとして活用できると語っていた。第三章第三節で触れたように「ブックライナー」は、桶川SCMセンターの中に専用のフロアを設けている。フロアを広い保管スペースとして活用し、どんな商品が求められても、100%に近い確率で用意できるほどの体制が整えられている。

 Q書店では、日本出版販売との取引を行っている書店ではあるが、SCMには参加しておらず、またPOSレジも導入していなかった。POSレジを導入し、取次にデータを送ることで、書籍の売れ行きを正確に把握できるようになる、あるいは売れ筋の本を自動発注するといったメリットがあるが、月々の経費が高く、さらにPOSレジを通じてデータが取次に送られ、経営内容をすべて取次に把握されるデメリットがあることから、導入はしていないと語っている。チェーン展開を行っている書店であれば、POSレジを導入しない店舗を作ることで、すべてのデータが送られるということはないが、店舗が一つしかない場合はそういった対策を行うこともできないため、経営内容が把握されることについては、財布の中身がすべて見られているのと同じとして、強い嫌悪感を表明していた。

 

第二項 書店の情報収集手段

 

 P書店とX書店では、独自にPOSレジを導入している。P書店では、オンライン上でPOSレジから収集したデータが開示されており、どの書店でどの本が売れたのかといった情報を、どこの書店でもパソコンからリアルタイムで把握できるシステムが整えられている。これによって、一つ一つの店舗ごとの需要を把握することができる。また、このデータは、日本出版販売のトリプル・ウィンと同様に、使用料を払うことで、出版社も閲覧することができる。X書店でも同様に、情報収集の手段としてPOSレジを活用しており、特に地域のデータを収集するのに役立てていた。

 Q書店の考えでは、書籍は基本的に続編ではなく、単品で発刊されるため、雑誌のように前号の売り上げデータに基づいた分析が行えず、予測が難しい。仮に、あきらかに売れると予測される書籍があったとしても、小規模書店には初版が入らないことから、予測は意味がないと語っている。しかし、長年書店を続けてきた経験から、大体の需要はわかるので、自身で予測を行っているとBさんは語っている。

R書店では雑誌のみ扱っており、配本はすべて取次が前号の実績に基づいて行っているために、POSレジを必要としていなかった。

 

 

第二節 分析

 

 第三章でレヴューした文献、記事からは、取次が進めているSCMの取り組みは、導入している書店においては返本を減らす成果を上げていることがわかる。しかし、未導入の書店でも、P書店やX書店のようなチェーンを行う規模の書店であれば、POSレジを利用した独自の情報網を持っている。これらの書店の場合は、この情報網から得たデータを利用することで店舗ごとの需要を把握しているため、書店の発注を役立てる目的でのSCMによる情報の共有はメリットが薄く、それほど必要としていないように思われる。

 小規模書店の場合には、発注する判断材料に乏しいため、SCMによる適切な商品供給や、最適な発注のサポートは、メリットとして働くと考えられる。また、データ収集のために、SCMの取り組みに不可欠な取次のPOSレジにも、書店に向けたメリットがある。つまり、ハンディターミナルから商品情報を取り込むことで、従来のレジでは必要としていた作業の手間を省くことができ、さらに売れた商品を自動的に発注することができるなど、書店の作業をより簡単に行えるものとなっている。しかし、低いコストで提供されるといっても軽視のできない経費がかかる。また、店舗が一つしかないためにPOSレジから経営内容がすべて取次に把握されるといったデメリットも指摘されている。書店は、POSレジを導入しなければSCMには参加できない。そのため、小規模書店の中にはSCMの参加自体が難しい書店が存在するといえる。

 SCMによる情報共有、物流改善の取り組み自体は、本来書店にとってメリットこそあれ、マイナスの影響はないはずである。しかし、小規模書店にとっては、コスト面以外のデメリットもあることから、参加の敷居は高いといえる。そのため、SCMの取り組みは、比較的POSレジの導入が容易と考えられる、チェーン展開を行っており(ただしエリアや店舗数は比較的限定されていて)、かつ独自の情報網を持たない書店において最も有効に機能性を評価されると考えられる。