第六章 責任販売制度の分析

第一節 責任販売制度の商品の成果

 

 責任販売制度の商品は、インタヴューを行った書店の中では、P書店、Q書店、X書店の三店で販売されており、R書店では雑誌のみ取り扱っているために販売されていなかった。

 P書店では、責任販売制度の商品について、とてもよく売れたと高い評価を得ていた。具体的な商品として小学館の『小学館の図鑑 NEO+ぷらす くらべる図鑑』が挙げられ、この商品は委託販売制度と責任販売制度の両方で販売したが、返本のリスクを恐れて、仕入れが慎重になっており、もっと多くの量を仕入れたとしても売り上げることができたと語っている。また、X書店においても責任販売制度の商品は、売れる商品ではあると評価している。

 その一方で、Q書店では、『KAGEROU』のように大々的な宣伝を行っていたものはともかくとして、小学館の『ホームメディカ新版 家庭医学大辞典』はそれほどよく売れる商品ではなかったとしている。

 

 

第二節 責任販売制度に対する書店の意識

第一項 大規模書店にとっての責任販売制度

 

 P書店では、責任販売制度で販売した本が成果を上げていることもあり、また後述の理由から有意義であると語る等、制度に対して好意的に捉えているように見受けられた。

インタヴュー中では、商品の発注が従来の委託販売制度と異なる点に着目しており、Aさんは、委託販売制度の下での大目に発注して売れなかったら返本するといった、従来のやり方では、返本にリスクの伴う責任販売制度では通用しないため、商品がどれだけ売れるかといったリサーチや市場調査が、書店にも必要になってくると語っている。また、第二章第一節で触れられたような委託販売制度での注文には、売れる商品であった場合、いつになるかわからない重版を待たずに販売機会を逃さないといった理由もあることが語られた。しかしそれを踏まえても、大目に発注して残りは返本というのは、他の商業と比較しても好ましいものではないとしており、書店の姿勢が、仕入れを考えて行うように変化するだけでも、責任販売制度は非常に有意義であると語っている。

Aさんは、責任販売制度のメリットについては、高いマージンによる利益が第一にあるが、上記の仕入れのノウハウを培うといった意識の問題はかなり大きいとしており、またこの意識は、再販制度(本や新聞等の著作物を必ず定価で販売する制度)が撤廃されて値引きが可能になった、自由競争の市場を想定した場合の訓練にもなるため、非常に意味のあることだと語っている。

また、在庫が増える、第二章第二節で触れた仕入れが慎重になることによって市場を縮小しかねないという責任販売制度のリスクに対しては、商品発注の発想が大目にとっていた今までとは逆になってしまうため、確かに仕入れは控えめになるという。しかし現場としては、通常通りの仕入れを行うことで返本の負担を負い、結果として利益を減らす方が怖いとの回答が得られた。Aさんは、大竹深夫201046)と同様に、責任販売制度には、市場縮小といったリスクがあるために、すべての商品に対応するようなものではないと分析している。現在行われているように、高額で値の張る商品や、外回りの営業形態である外商部が扱うような商品にピンポイントで行われるのが適していると語っている。

 

第二項 中規模書店における責任販売制度

 

 X書店では、責任販売制度について、扱っている商品は売れるものではあると評価しているものの、店舗の売上げにそれほどウェイトを占めるものでもないため、他の商品よりも販売に注力するものではないという。

 Dさんは、責任販売制度の商品ということで推してはいるものの、ドラマ化や映画化といった複数のメディアに取り上げられるような、売り上げに対するインパクトの強い商品を優先しているのが現状であると語っている。店舗としての売り場が限られている以上、責任販売制度の商品よりも実際によく売れる商品に場所を割きたいとしており、責任販売制度の商品であるからといって特別気に掛けるようなことはないと語っている。また、返本に対するリスクについても、特に意識していないと語っており、仕入れが慎重になることもないとしている。また、現在行われている商品をピンポイントに絞った責任販売制度による販売による、返本率への効果についても、特にないのではないかと語っている。

 

第三項 小規模書店における責任販売制度

 

 Q書店では、責任販売制度は書店の規模によって影響が異なる不平等な制度で、書店の仕入れを委縮させることで業界全体のデメリットとなると語っており、責任販売制度について否定的であった。

規模による影響の違いについて、具体的には、責任販売制度がより普及することによって、返本のリスクの代償として再販制度が解かれかねないこと、顧客数の少ない小規模型書店にとっては返本のリスクによるデメリットが大きいことの二つが挙げられた。

 Bさんは、責任販売制度の影響について第一に、責任販売制度を足掛かりとして、再販制度が撤廃されることを危惧していた。再販売制度が解かれた場合、まず間違いなく他の業種と同様に、商品の値引きが行われると考えられる。大型書店と比較して経営資本に劣る中小規模型の書店は大きな値下げを行うことができないため、顧客が大型に集中し、倒産する結果となると語っている。

また、Bさんは、小規模型書店への影響について、人口の多い地域では顧客数も比例して多いために高いマージンのメリットもあるかもしれないが、人口の少ない地域では顧客数も少ないため、むしろ返本にリスクを負うデメリットの方が大きいとしている。また、このデメリットを恐れて、小規模書店では、委託販売制度下よりも書店の仕入れが委縮するだろうと語っている。特に、週刊誌や月刊誌といった定期的に刊行される雑誌とは異なり、書籍は単発で販売されるために、複数のメディアで宣伝されているような商品を除いて、どれだけ売れるかといった判断が難しいため、多くは仕入れないという。

この委縮によって、全国の小規模な地域書店では、仕入れ数が減少し、客が来ても責任販売制度の商品がないという事態に陥る、といった第二章第二節で触れた、大竹深夫201046)が述べた市場の縮小が起こると推測している。

ここ数年行われているピンポイントに商品を絞った責任販売制度の導入についても、小規模書店における主な顧客である「固定客」は発売日に目当ての商品がなくても追加の注文まで待ってくれるために、リスクを負ってまで仕入れず、客注文で確実に売る方を優先すると語っている。さらに、1000円を超える商品については、長年の経験で大体の売行きは予測できるため、責任販売制度においては、自身が委託販売制度で注文する場合の予測した注文冊数の八掛け程度、あるいは、顧客からの予約注文の数にプラス1、2冊を加えた注文を行うと語っている。

 

 

第三節 分析

 

 責任販売制度は、新聞のウェブ記事に取り上げたれた際には、そのメリットについて触れられ、返本率改善に向けて期待のできる対策として取り上げられていた。しかし、先行研究、書店インタヴュー共に、新刊が大量に出ている現状では、責任販売制度の下で書店がすべての仕入れを行うことは困難であるとの認識があり、業界内では責任販売制度を広く普及させるのは難しいと考えられていることがわかった。

これを理由に、大竹深夫201046)やAさんは商品をピンポイントに絞って責任販売制度を導入するのが適切と考えており、日本出版販売はインペナ方式(第三章第二節)を導入してより責任販売制度を普及できるように工夫をしている。この責任販売制度に対する姿勢の違いは、責任販売制度で返本を減らすことによって得られる利益が、三者で異なることによると考えられる。星野渉(2010126)2005年のインタヴューで、日本出版販売の幹部が返本率を1%下げることで、5億3000万円のコストダウンができると指摘していたと述べている。すなわち、返本率を減らすことによって取次が得られるメリットは大きいといえる。出版社も返本率を下げることによって利益を得られるが、それ以上に、出版社は第四章の総量規制と同様に、書店からの仕入れが減少することで売り上げが減ることを危惧していると考えられる。書店については、上記で触れたように、責任販売制度を広く普及させること自体が、書店にとって大きな負担となる。

 また、現在行われている責任販売制度についても、書店の規模によって意見が分かれている。大規模書店ではある程度前向きに捉えているが、高いマージン、配本の裁量権といった、責任販売制度に組み込まれた書店に対するメリットにはほぼ触れず、責任販売制度によって、書店が今の仕入れを見直す機会を得られることを重要視していた。これは、日本出版販売と同様に(第二章第一節)、委託販売制度に変革が必要であるとの意識があることによると考えられる。一方で中規模書店では、責任販売制度に対する関心が薄く、取り扱っている商品が売れたと評価はしているものの、他の明らかに売れる商品よりも優先するほど注力はしないだろうと語っている。小規模書店では、元々顧客の数が少ないために売り上げもそれほど多くなく、さらに主な客層である固定客は発売日に新刊がなくても待ってくれるため、欲しい新刊が発売日に入ってくるメリット以上に、返本のリスクが厳しいとしている。このことから、現状に適った商品をピンポイントに絞った責任販売制度による影響も、書店の規模によって異なり、制度に組み込まれたメリットも、すべての書店で、従来よりもプラスの影響を与えているわけではないといえる。

 さらに、先行研究、インタヴューを通して、責任販売制度で販売された本を見てみると、成功例として挙げられた本は、複数のメディアによって宣伝された、あるいは映画化、ドラマ化といった話題性を持った、売り上げが目に見えて期待できる本である。一方で、受注が伸び悩んだ35ブックスは、新聞やテレビで取り上げられるといった宣伝はあったものの、読者へのアピールの不足から、商品の力が欠けていたと分析されている。AさんとBさんはインタヴュー中で、売れる書籍というのは、宣伝に力を入れた話題性のある商品を除いてわからないと語っており、Cさんは、責任販売制度の商品よりも、前述の明らかに売り上げを見込める商品に注力すると語っている。これらのことから、書店は薄利であるために、売れるかわからない商品よりも、確実に売れる商品を優先するといえる。責任販売制度の成功例の商品も、書店が責任販売制度の高いマージンの商品としてよりも、確実に売り上げが見込める商品として注力した結果と考えられる。

 以上のことから、責任販売制度を普及させるのは難しいとの認識が業界内で共通していることがわかる。大手取次の日本出版販売は責任販売制度に対して、従来の制度の代替案としての期待をかけているが、書店については、規模によって影響が異なり、高マージンである責任販売制度の商品に対しての魅力も、それほど感じられていないように思われる。