第三章 SCM

第一節 SCMとは

 

 SCM(サプライチェーン・マネジメント、供給連鎖管理)とは、企業活動において、原材料や部品の調達から製造、流通、販売に至るまでの流れを鎖に例え、この供給の鎖(サプライチェーン)を、一連の流れに関わる複数の企業間で情報を共有し、管理することで、全体の効率の最適化を目指す経営手法を指す用語である。

 出版業界においては、書店の正確な販売のデータを、出版社、取次の間で共有することで、どの書店にどの商品をどれだけ配本すればいいのかを分析し、個々の書店ごとに最適な本の供給を行う取り組みとなっており、大手取次、出版社が推し進めている。例えば、あるジャンルの販売に優れる書店には、より多くの該当するジャンルの本を供給することで販売機会の損失を防ぎ、逆に不得意なジャンルの本の供給を抑えることで返本を減らすといったように、売り上げの拡大と返本の削減を可能にする。

 出版業界でSCMが進められている背景には、需要と供給のバランスが取れていなかった問題が考えられる。講談社書籍販売局局長の大竹深夫(201046)は、これまでの配本は、ジャンルに関係なく販売量に合わせて行っていたために、他のジャンルが多く売れている書店に対して、その書店で売れないジャンルの本も大量に送るという食い違いが起こっていたとしている。また、内田三知代(2003)は、第一節で触れた、書店と出版社、取次の相互不信によって、売れる本が売れるときにないという状況に陥り、販売機会を逸した本が大量に返本されることがあったと述べている。

 すなわち、SCMによる返本率対策は、業界全体の物流を改善することで、売り上げを伸ばし、返本の発生を防ぐ対策であるといえる。

 

 

第二節 トリプル・ウィン・プロジェクト

第一項 トリプル・ウィン・プロジェクトとは

 

 大手取次の日本出版販売が、2003年から取り組んでいるSCM。単品単位で商品の送品、返本、売り上げに関するデータを書店、出版社、取次で共有して、書店の発注業務や出版社の重版(既刊の書籍を増刷すること)を支援する仕組みであり、返本率の改善、第三節の第二項で述べた相互不信の解消を目的としている。また、トリプル・ウィンはwin-win-winをもじった言葉で、出版社、取次、書店の三者全員が勝ち組になるという意味合いが込められている。

 書店は、この取り組みに参加する条件として、POSレジ(商品単位で売り上げを集計することのできるレジ)を通して、本の売り上げの情報を公開する必要がある。このPOSレジは日本出版販売から、書店に低いコストで提供される。

 

第二項 オープンネットワークWIN

 

 出版社向けの有料マーケットデータベースツール。トリプル・ウィン加盟書店の送品、返本、売り上げに関するデータを、POSレジを利用することで収集し、集めたデータを単店、単品レベルで確認することが可能できる。出版社は本を重版する際にどれだけの量を刷るか、といった判断の材料としてデータを利用できる。日本出版販売がデータを収集可能な2700件(200928)もの書店の売り上げの情報を得られることから、出版社に人気のサービスとなっている。

 

第三項 SCMと責任販売制度

 

SCM銘柄

 

 トリプル・ウィン・プロジェクトにおける責任販売制度の商品。書店と日本出版販売、日本出版販売と出版社が契約を結び、書店がなかなか手に入れられない売行良好書を申し込んだ通りに供給する代わりに、決められた期間内の返本率を15%以内に抑えるという契約を結んで供給関係を作る仕組みとなっている。2009年の時点で常時約80銘柄が動いている。

 

PARTNERS契約

 

 日本出版販売は、2009年からPARTNERS契約という新たな責任販売制度の取り組みを行っている。これは、インセンティブ(報奨金)方式とインペナ方式の二つの取引形態のどちらかを、書店、出版社と契約することで成り立っている。

インセンティブ方式では、まず年度の初めに目標となる返本率を設定し、書店が年度の終わりにこの目標を達成した場合、改善具合に応じてインセンティブが支払われる。さらに、このインセンティブ方式に加え、インセンティブと併行してペナルティーを科すのが、インペナ方式の契約である。これは書店が目標の返本率を達成できなかった場合、逆に書店側がペナルティーを支払う契約で、目標を達成した場合は、より多くのインセンティブが書店に支払われる仕組みとなっている。なお、インセンティブは、商品の取引額に応じて支払われるため、仕入れを抑制することで返本率を下げた場合、インセンティブも少なくなる。

また、第二章第一節で述べた書店による配本の裁量権として、コミック、と一部の書籍を、書店が事前に希望の冊数を注文できる「新刊申込」というサービスが用意されている。この他にも、日本出版販売が個々の書店の需要に応じて追加発注を代行する「発注代行」といった書店に向けたサービスを利用できる。

 

第四項 日本出版販売のSCMの成果

 

 縣智弘(201047)によると、2010年の時点で「トリプル・ウィン・プロジェクト」に参加している書店数は約2200件となっている。また、2009年の段階では、安西浩和(200929)によると、SCM銘柄の導入書店は未導入の書店と比べて利益を上げており、返本率も減少している等の成果を上げているという。また、日本出版販売の第63期(2010.4.12011.3.31)決算の概況によると、第63期末の時点で、インセンティブ方式の契約店は327店舗、インペナ方式の契約店は601店舗となっている。これらすべての契約店928店のうち、2009年の実績がある837店の返本率は、前年に比べて書籍は3.8%、雑誌は1.5%下げる成果を上げている。さらに、第64期中間(2011.9.30)決算概況では、インセンティブ方式の契約店は1196店舗、インペナ方式の契約店は552店舗と、契約店舗を増やして、規模を拡大している。

 

 

第三節 桶川SCMセンター

第一項 桶川SCMセンターとは

 

 大手取次のトーハンが、300億円を投じて建設した出版業界で最大規模の書籍の流通基地。書籍の送品、書店店頭の販売データ、返本といったデータをこのセンターに集約することで、過不足のない流通体制を整えている。このSCMセンターを利用することで、出版社・書店と情報の共有や物流機能の連携を進め、需給のアンバランスを解消し、売り上げの拡大と返本の減少を目指している。トーハンが取り組んでいるSCMプロジェクトの中核拠点として200710月に全面稼働させた。

 首都圏31か所に分散していた注文品の保管・送品・返品処理機能を一か所に集約し、最新の情報技術を駆使することで、送品、返品処理、返品商品の再出荷のオペレーションを効率化した。さらに、出版社の返品受入れ・保管・再出荷基地や、書店専用のオンライン書店である「ブックライナー」専用の客注サービス専用フロア、情報の収集・発信基地など、「売れる本を売れるところへタイムリーに供給する」ために必要な機能をすべてセンター内に集めている。

 また、センターの事務棟にあるデータセンターには、一日の送品データと返本データがリアルタイムで蓄積され、全国3000軒の書店の毎日のPOSレジのデータが集められている。これらのデータを基に需給予測を行い、その情報を出版社、書店と共有することで書店の仕入れ、出版社の重版を支援する。その結果、返本の減少と売り上げの拡大を図ることが、桶川SCMセンターの構想段階での青写真となっている。

 

 

第二項 MVPサプライ

 

 上記の青写真を実現するために打ち出された、桶川SCMセンターの機能を活用した商品供給の新しい仕組み。トーハンの開発したアプリケーションを使い、桶川SCMセンターで取得した送品・返品データと書店のPOSデータから書店別・銘柄別の在庫数を算出することで、書店ごとに立地・店舗面積・地域の競合関係などを加味して需要予測を立てる。これを基にして、個々の書店に最適な仕入れ数を提案する。売れ行きの好調な新刊についてはトーハンがMVPサプライ専用の在庫を確保しておき、店頭で売り切れる前に自動で補充して売り損じを防ぐ。単純に売れた分を補充するのではなく、桶川のデータセンターで毎日、書店の販売状況と在庫数を追いかけながら補充数を決めており、売行きが鈍くなるにつれて徐々に補充数を減らし、なるべく返本が起こらないようにしている。MVPサプライは、巻数ものが多く、需要の予測がしやすいコミック文庫を中心に導入が進められており、1300軒の書店が参加している。

 

第三項 MVPブランド

 

 トーハンが主導する責任販売制度の銘柄。トーハンでは以前から導入を検討していたが、どの書店から何がいくつ返品されたのかを、正確に把握できないことが運用面の課題だった。桶川SCMセンターで書店別・銘柄別の返品データを取得できるようになったため、本格的に導入を開始した。出版社と商品の製造段階から話し合い、マージン率や返品の許容範囲などの条件を銘柄ごとに設定し、2011年の時点で、20銘柄のMVPブランドが開発されている。

 

第四項 桶川SCMセンターを利用した取り組みの成果

 

 2010年4月〜2011年1月の実績には、MVPサプライの成果が明確に現れており、導入した店の返本率は未導入店よりもジャンルによって1.52.3ポイント低く、売り上げは前年同期を2.08.3%上回っている。また、MVPサプライ、MVPブランドといった施策の結果、2010年度上半期の返本率が、前年同期よりも総合で0.8ポイント下がり、このうち書籍の返本率は1.0ポイント下がっている。