第二章 責任販売制度

第一節 責任販売制度とは

 

 本の定価に占める、書店のマージンを引き上げ、さらに、書店が注文した通りの冊数を配本する代わりに、書店が返本を行う際に返ってくる金額を下げる、または可能な返本の量に制限を加える制度である。大手新聞社のウェブ記事に取り上げられ、業界外からも注目を集めた。

通常の販売制度である委託販売制度の下では、書店のマージンは2225%ほどであり、書店が本と共に扱っていることの多い文具のマージンが約30%であることを考えると、かなり低い値であるといえる。この低いマージンは、書店が本の返本が可能であること、すなわち、本を返品すると、その本を仕入れた際に支払った金額が返ってくることが、理由となっている。

また、委託販売制度では、取次が、出版社から仕入れた本を、その本の特性、書店の立地条件、客層、販売実績に基づいて冊数の調整を行って配本しており、書店に配本の裁量権はない。そのため、書店が欲しい新刊本を注文したとしても、取次がその書店の販売実績といったデータを加味した調整を行うため、必ずしも希望通りの冊数は届かない。大手取次の日本出版販売の常務の安西浩和(200929)と日販マーケティング本部推進課長の縣智弘(201047)は、書店は5冊欲しいが、本当に5冊届くかわからないので、50冊注文して、売れなかった分は返本するということが、過去には行われており、書店と出版社、取次の間で相互不信に陥っていたとしている。また、川井良介(2006149)は、販売実績の大きい大型書店には潤沢に配本される売れ筋の新刊書が入荷しないことに対する中小零細書店の不満は大きいと述べている。

責任販売制度は、上記の低マージンを上昇させ、その代償として返本に負担を強いることで、書店の販売意欲を向上させ、返本率を下げる試みである。返本にリスクが生じるために、書店に仕入れの裁量権が委ねられている。これにより、従来なら配本されなかった人気の高い売れ筋の新刊を取り寄せることもできるようになる。業界の中でも、上述の日本出版販売が、返本率の削減に向けた委託販売制度の改革に積極的であり、後述のSCMと合わせて、責任販売制度での販売を行う等、前向きに動いている。

しかし一方で、大手出版社である講談社の書籍販売局長の大竹深夫201046は、新刊が毎日200冊出ている現状では、書店がすべて責任販売制度で販売することは不可能であり、すべての書籍が責任販売制度に移行することはできないと述べている。また、責任販売制度の効果についても、返本率の減少は期待できるものの、仕入れが控えめになることで逆に市場が縮小し、本と読者との出会いの場が少なくなることを懸念している。この理由から、一部の書籍で責任販売制度を導入するのはいいとしても、返本率に対しての根本的な解決策にはなりえないと指摘し、委託販売制度の下での返本率対策を行うべきとの考えを示している。安西浩和(200932)も、大量の新刊を書店がすべて把握して適正な発注をすることは難しいと語っているが、それでも、委託販売制度の改革は必要と考えており、書店への配本量の半数は日本出版販売で需要予測を立てて送って様子を見る、この書籍の配本は不要との申込を受け付けるといった、書店との折衷案を行いたいとしている。さらに、後述するSCMでの責任販売制度の取り組みのように、書店が日本出版販売の定めた返本量の目標を達成できたら、書店のマージンを向上させた取引条件に変えていこうと述べている。

 

 

第二節 責任販売制度で販売された本

 

 現在の責任販売制度での本の販売は、一部の商品に限って実験的に行われている。

大手出版社の小学館が先行し、2008年の11月に『ホームメディカ新版 家庭医学大辞典』を委託販売制度と責任販売制度の両方に対応して発売した。委託販売制では、書店のマージンが22%、責任販売制度では、書店のマージンが35%になる代わりに、返本を定価の30%でしか引き取らないという書店にとってのリスクがある。2009年6月の時点で、委託販売制度では、書店からの注文が1万4千部で、販売数がそのうちの半数なのに対して、責任販売制度では、5万6千部の注文で、7割が売れている。

この成功を受け、小学館は同様の条件で、2009年7月に『脳で旅をする日本のクオリア』、『STAR ATLAS21 星の地図館 太陽系大地図』、『小学館の図鑑 NEO+ぷらす くらべる図鑑』、11月には『小学館世界大地図』を発売した。中でも『くらべる図鑑』は企画の秀逸さとテレビCMをうまく活用した宣伝効果により発売当初から好調に売上を伸ばし、責任販売制度で10万部、委託販売制度で36万部のヒットとなった。

また、200910月には大手出版社の講談社も『CDえほん まんが日本昔ばなし 第1集 5冊セット』を委託販売制度との選択で刊行した。こちらは、書店マージンが35%である代わりに、返本の際の引き取り額が定価の40%となっている。この商品は販売目標を大きく超え、2万7千セットが販売された。2010年6月には第二弾である『CDえほん まんが日本昔ばなし 第2集 5冊セット』が第1集と同様の条件で刊行された。

 2010年に注目を集めた責任販売制度の商品としては、12月にポプラ社から齋藤智裕の『KAGEROU』が、書店マージン26%、返本は定価の64%で、委託販売制度との選択はなしで発売された。人気俳優といった話題性もあって初週実売351万部のヒットとなった。2011年には、同社からサッカー選手、長友佑都の自伝『日本男児』が書店マージン28%、返本は定価の60%で発売されている。この二点は、初版だけでなく、客注文、追加注文についても、この条件で取り扱っている。

 

 

第三節 35ブックス

第一項 35ブックスとは

 

 200911月に河出書房新社・青弓社・筑摩書房・中央公論新社・二玄社・早川書房・平凡社・ポット出版の8社による、書店のマージン改善と返本の減少を目的とした、責任販売制度で商品を扱う合同企画である。責任販売制度の内容は、書店マージンが35%、返本は定価の35%となっている。小学館の責任販売制度での成功事例を受けて、返品減少と書店支援のために筑摩書房代表取締役社長(35ブックス」代表)菊池明郎(2010:7)が多くの出版社に提起し、最終的に上記の8社が参加することで、発売するに至った。「35」は書店のマージンの35%を意味し、復刊及び既刊商品に一部新刊を加えた、文庫セット含む26タイトル、47冊の商品構成となっている。

菊池明郎(2010:7)は、大手出版社と異なり、宣伝力と販売力に欠けた中小出版社において、どのような書籍ならば責任販売制度で成功することができるか、ということが最大の壁であったと語っている。その問題を解決するため、35ブックスは過去に実績のある書籍の復刊を中心に販売された。また、35ブックスを複数の出版社による共同販売方式で取り組んだ最大の理由として、業界の注目を集め、読者にアピールする目的があったと述べている。

35ブックスは業界紙のみならず、大手新聞やテレビにも取り上げられ、責任販売制度の取り組みとしてだけではなく、複数の出版社が共同販売を行う新しいビジネスモデルとしても注目を浴びた。

 

第二項 35ブックスの評価

 

 各メディアにも取り上げられ、注文が集まると期待されていたが、1点平均300弱の受注となり、当初予定していた10001500部の初版の生産ラインを大幅に下回った。業界紙では、書店は商品としての力に不安を抱いたために受注が伸び悩んだと分析されている。また、複数の書店店員によるブログ(小書店員の記録:2011,万来堂日記2nd2011,元・書店員きっかのBlog2011)でも異口同音に、商品に売れる見込みがなく、マージンが高くてもリスクを負ってまで仕入れない、読者に向けたアピールに欠けていたと酷評されている。

筑摩書房の菊池明郎(2010:8)は、受注は予想を下回ったが、一番受注が少なかった出版社でも一年程度で完売できると判断しており、参加した出版社の最低のハードルはクリア出来つつあるのではと述べている。また、出版業界紙のShinbunka ONLINEの記事のインタヴューでは、読者や書店に対して、企画の切り口や商品力といった、全体の詰めが甘かったと分析する一方で、責任販売に取り組む上で、出版社、書店の双方にいい訓練になったと述べている。

 

 

第四節 取次主導の責任販売制度

 

 出版社が行っている責任販売制度の他にも、取次が主導で行っているものがあり、後述の「SCM銘柄」や「MVPブランド」がそれに該当する。出版社が行っているものと同様に、対応する商品は限定的である。しかし、報奨金を支払う方式に新たに取り組む、対象商品の市場投入を積極的に行っている等、取次は出版社以上に責任販売制度に対して注力している印象がある。