第一章 問題関心

 

売れなくなった本を書店が出版社に返品する割合を示す「返本率」が上昇を続けている。書籍の返本率は1995年以降35%を超え、08年には40%を上回った。雑誌においても、03年頃から上昇を続け、08年は35%に達している。特に書籍の返本率は、多少の浮き沈みこそあるものの、1975年以降30%を超えており、現在に至るまで高い返本率が常態化している。返本が発生すると、出版社による本の製造原価、取次の物流費用がその分だけ無駄になり、書店にとっても返品作業による人件費がかかる。そのため、高い返本率は出版業界にとって大きな損失をもたらしているといえる。

このような返本率の高さの常態化、及び上昇を続けている背景には、出版業界の取引形態である「委託販売制度」の弊害がある。この「委託販売制度」とは、決められた期間内であれば、売れなかった商品を仕入れた値段で返品することができる制度である。(図1「委託販売制度」参照)この制度によって、書店は商品を安心して仕入れることができ、出版社にとっても多くの本を書店店頭で消費者の目に触れることができるといったメリットがある。

しかしこの制度では、商品を仕入れた翌月に、商品の金額がそのまま書店に請求されるので、書店にとっては資金繰りが難しくなる。そのため、返品可能な期間を待たずに返本を急ぐことになる。このことが返本率の高さが常態化している原因と考えられる。

状況を改善すべく、出版業界では様々な対策を行っており、その中でも、「責任販売制度」による取り組みは業界外からも注目を集めた。しかしこれらの対策は、業界にとって、かねてよりの問題であったといえる「高い返本率の常態化」に対して、どれほどの効果があるのだろうか。また、高い返本率による影響は、それらの対策によってどのように変化するのか。

本論文では「責任販売制度」に加えて、商品の流通状況を改善することで返本率の低下を目的とした「サプライチェーン・マネジメント(以下SCM)」、大手取次による、出版社から仕入れる本の量を制限する「総量規制」の三点に焦点を置き、実際に本を販売している現場である書店を対象に調査を行う。そして、これらの取り組みが実際に返本率を下げることができるのか、書店にとってどのようなメリット、もしくはデメリットをもたらすのかを明らかにしたい。