5章 分析・考察

 これまでのデータをもとに考察していく。

 

1節 よそ者論との比較

 ここで、先行研究で使用したよそ者論(第2章第2節参照)を使って今回の事例にあてはめてみようと思う。

1項 よそ者効果

〜技術や知識の地域への移入〜

石崎氏のマーケティングに関わった知識が地域に移入されれば、今後の活性化に向けて大きな武器となるのではないかと思う。市場調査のノウハウを地元や役場が学ぶことで、都会のニーズが分かり商品開発や販促活動に生かすことができるからである。特に石崎氏がほぼ毎日訪問している東谷地区は、米のブランド化をしたいという要望を町に出していたという経緯がある。そういったよそ者が持つ知識が地域にとって有効であれば、積極的に取り入れていくべきである。

 

〜地域のもつ創造性の惹起や励起〜

 小島氏のノルディックウォーキングはもともと地域で行われていたウォーキングが次第にされなくなったことを危機的に感じた小島氏とA氏が始めた企画である。上記の「技術や知識の地域への移入」にも当てはまるが、もともと行われていたウォーキングから派生したということでこの項目に入れた。ノルディックウォーキングの評判は参加している高齢者の間でも評判がいいらしく、公民館の室内でもできるため休みになりにくいという点で今後さらなる発展が望まれる。

 また、陶農館を使用したイベントを企画することも当てはまるのではないのだろうか。陶農館は小島氏が来るまであまり使用されていなかった。それを有効に使用することで外部の人間が来るようになり、地域に興味を持つ人が増えただけでなく陶農館自体の使用率の向上にも貢献したといえよう。

 

〜地域の持つ知識(ローカルノレッジ)の表出支援〜
 移住1年目にインタビューを行った際に、小島氏は立山町の良いところとして「人」、「利便性」、「自然」、「立山」を挙げている。このうち「人」は「心」にも置き換えられる。彼が新瀬戸地区の全世帯に配っていた「立山こころビレッジ」という、活動を地域に報告する紙の題名は、新瀬戸地区の人々の心にひかれたためこのような名前になったのだという。「利便性」は小島氏が横浜の実家と比べていたことであるが、車で10分も行けばスーパーがあるという環境で生活しているため不便は感じないという。彼曰く、都会の人からすると40分で通勤できるという環境は、1時間や2時間満員電車に乗って通勤するよりもよいのだという。「自然」に関してはインタビュー中では、「当たり前」ということであった。この自然を地域内外に紹介するべく行っているのが「立山カントリーウォーク」と言える。自然を紹介するイベントはローカル・ノレッジの表出支援という点でも当てはまっている。また「立山」というネーミングに関してだが、立山という名前は全国規模で知られておりそのネーミングを生かさないのはもったいないということである。現在、石崎氏が立山町で作った農作物・加工品をブランドとして売り出す活動をしているが、この項目にあてはめることができるだろう。


〜地域の変容を促進させる効果〜
 小島氏の住居に関する問題(次節で記述)では、地域住民側に変容を促進させる効果があったと言えるのではないだろうか。今後、小島氏と同じような移住者が現れた場合、地域でどのように準備をしていくかという課題ができたのではないかと思う。

また、小島氏と地域とで活動のやり方に関してギャップが生じた。それを踏まえて地域住民をもっとイベントに呼べるような仕組みづくりを考え、バザーとコンサートを同時開催するといったことを行った。その結果小島氏は手ごたえを感じたという。新しい仕組みづくりが始まったわけである。

こういった出来事から地域の変容を促進させていると考えることはできる。地域変容のプロセスは実際にできている。


〜地域とのしがらみが無い立場からの解決策の提示〜
 新瀬戸地区の問題点は地域の過疎化で、保育園と小学校がなくなるという問題である。現に保育園は来年5名になり、存続の危機が危ぶまれている。そういった状況にA氏やB氏は危機感を抱いている。

小島氏は、地域の人々が、移住希望者の視点や立場から自分の地域を検証する必要があるとし、自らの実体験から、移住をするのは簡単ではないと語っている。しかしこの地区を知ってもらうこと、ファンを増やすことはできるのではないかという。

そのファンを増やす活動がイベントなのだが、活動方針のずれから反発を招く事態になってしまった。

 地域おこし協力隊は地域内部に飛び込んで活動する事業である。ましてや小島氏のような地域密着型の活動は地域の人間関係などにも気を使わなければならない。純粋に地域のしがらみがない立場にはなりえないのである。

 

2項 生じる弊害について

ここからは生じる弊害とされた部分以下の4点に関して述べていく。

〜よそ者は自らリスクを負うことが少なく、第三者的なアドバイスに陥りやすい〜
〜アドバイスが地域の実情を認識した、適切な内容ではない可能性がある〜

〜よそ者が専門家である場合、地域側が盲目的に専門家に追従してしまうといったケースが起こり得る。それによって専門家が地域を去った後、元に戻ってしまう〜

〜地域の主体性を無視した一方的な変革は従来の外来型開発と同じである。地域に損失や将来的負担を持ち込むだけで終わってしまう場合もある〜

 

小島氏のケースは、先行研究で想定していたケースとは少々ずれる。まず、「第三者的アドバイスに陥りやすい」という点では、小島氏は実際に地域で生活していたことや地域の会合に出ている事で「当事者」的な立場に近い。そして「アドバイス」をしているというよりは、イベントを企画するといったことで言わば先頭に立って「実践」している。そして地域おこしの「専門家」というよりは小島氏は「素人」である。ただし、弊害が生じなかったわけではないので、次節でそれについてはまとめたい。

石崎氏のケースでは、やや専門性の高い特化された活動である。現時点ではそのアドバイス等が第三者的になるといった問題は感じられない。

 

2節 本事例において生じた問題点

第1項    受け入れ態勢について

〜住居〜

 受け入れ時に地域側に十分な準備ができていなかったことがうかがわれた。特に住居に関する行き違いである。これに関しては2つの問題点を挙げることができる。

1に、改修費の問題である。第3章第2節事例研究で役場の課題として、隊員の住居の確保が大変とあった。空き家が多くあると言っても、実際は改修が必要な空き家が多く、その改修費などがかかってしまう。そういった受け入れる時の準備費用をだれが負担するのかといった問題が生じる。当初、地域住民が用意した空き家で生活する予定だったが、その空き家が古すぎて生活できない状態だった。2か月ほどA氏の家で過ごし、新しい空き家も見つけてもらったという。そもそも空き家の状態に関して、地域と役場は何も思わなかったのだろうか?住める状態ではない家に、地域のために働いてくれる貴重な若者を住まわせる、というのは来てもらう側にも問題があったと思う。改修するお金と時間がなかったという事情はあるかもしれないが、もう少し対応ができたのではないだろうか。

2に、受け入れ時の組織的体制の欠如である。家族がいる小島氏の住居のニーズをつかみ、実行に移す役割、つまりイニシアティブをとれる人物がいなかったという点である。

地域住民、役場は小島氏が国際支援の活動をしていた経験を聞き、劣悪な環境の中で生活してきたと思っていた。しかし、実際は国際支援の活動をしている間もそれなりに「住める」環境で生活していたことが後々判明することになる。このことからギャップが生じていることがわかる。A氏夫婦は、小島氏は青年海外協力隊として働いていたというのでちょっと住みづらいところでも大丈夫だろうと地元の認識の差があったという。B氏も急に過大なことを求めた結果、ギャップが生じてしまい反省しなければならないと語っていた。

今は世話係としてA氏がいるが、受け入れ前は世話係としての役割を任されていなかった。空き家を探す前にある程度小島氏の希望を聞いておくことが必要であったと言える。

地域おこし協力隊の活動は任地に住んで、地域住民と密接にコミュニケーションをとれるような環境にいる方が効果的ではないのかと思う。また、受け入れ側が、隊員に任期後もそのまま任地での移住を望むなら、尚更住んでもらった方が効果的である。受け入れ側は住居に関しては準備を怠らない方が得策だろう。

 

〜地元の理解〜

 A氏は、地域おこし協力隊がどういったことをするのか分かっていなかったと語っていた。草刈りなどもするものだと思っていたという。このことから地域住民に事業の説明が十分にされてないことが証明されている。

 実際には小島氏が活動を始めてからどういった活動をするのか分かってきたようだが、現在の小島氏の状況を考えると、地域が事前に事業の内容を理解し、どういったことを目標に活動していってもらうのか協議する機会が必要だったように思える。

 

2項 活動のやり方

〜活動目標〜

活動に関して本事例で発生した問題は、具体的な活動目標のビジョンが出来上がってないため、何をすればいいのか分からなったという点である。小島氏は、役場と地域が連携して、地域活性化のビジョンを作る作業が必要であるとし、地域おこし協力隊の役割を明確にした上で役場、住民、地域おこし協力隊と連携して地域活性化を組織的に行うことが必要ではないかと語っている。

 そもそも地域おこし協力隊の活動範囲が広く、自治体ごとで決めていくという方針になっている。地域自立応援施策研究会が編集した『移住者・受入者のための移住・交流ハンドブック――都市から地方へ』の中に地域おこし協力隊の取り組み事例が載っている。それを見ると、「農業の従事活動」や「都市農村の交流事業」、「地域資源への支援活動」、「高齢者への支援」など、別分野と思われる活動を総じて活動内容としているところが多い。複数の分野をこなすにはそれなりの体力と知識とやる気が必要となる。隊員への負担は大きいと思われる。

 特産品コーディネーターの石崎氏は特産品の開発・販路の拡大といったところを中心に活動している。こういった具体的な活動目標が決められている方が、隊員にとっては活動をやりやすいと思う。

具体的な活動目標は受け入れ時までに決めることが理想的だが、受け入れ時までに決まらなくても、隊員と地元と役場でどういった活動を進めていくのかといった話し合いは受け入れ後でも可能であろう。時間は無駄になるが、隊員が実際に地域に住んで住民から話を聞き、それをもとに役場や地域の有力者と活動の方向性を協議していくことで、有意義な活動ができるだろう。

隊員は地域の真のニーズを把握し、その範囲内で自分がしたい事やできることをしていく事、地域や役場はそれをサポートしていくといった体制が理想的ではないかと思う。

 

〜コミュニケーション〜

小島氏がこれまでイベントを行った際、地域行事の日とかぶってしまったという事態が起こった。この点に関しては、企画や日程を外部から移住してきたばかりの人間が決めるのは無茶であったと思う。地域から反発を招きやすく、企画が頓挫する可能性も大きいからである。A氏は、小島氏の任期中の3年間で小島氏の活動をサポートできるような地域の組織を小島氏につくってほしいという。その役割を担う可能性があったのがNPO法人だったのだが、地域おこし協力隊の任期が終わるまで活動を凍結することになっている。小島氏の活動をサポートできる人をもっと増やす努力が必要である。

1年目は小島氏が何をするのかわからずに様子見だったが、2年目に入り主体的に活動をするようになって住民から色々な意見が出てくるようになった。小島氏は、地域おこしは難しい時期に来ていると自覚していると語っていた。外から入ってくる難しさを感じはじめているという。

 活動に関してギャップが生じているという点については、両者が話し合っていくことが必要である。その機会として役場は、2週間に1回の新瀬戸地区での公民館でのミーティングを設けた。これは夏から行われており、参加者は小島氏、役場の担当者、公民館のスタッフ、A氏とB氏である。このミーティングは、小島氏が活動を始めた1年目は住民を交えて小島氏と話をする機会がなく、どういう関係なのか分からなかったことと、2年目に入り、小島氏が活動していくにつれて生じた地域との考えの行き違いをなくすために行われるようになったという。

 この定期的に行われるミーティングは、本事例における軌道修正であり、今後の相互変容に向けた一歩としてとらえられるだろう。それは今後の活動にかかっている。このミーティングで意見を言うことは互いに活動の質を高めることになるだろう。地域おこしは1人ではできない。地域住民と密接にコミュニケーションを取っていくことが地域活性化の最低要因であると考える。

 

3節 今後の展望

 今回のケースでは、先行研究で提示したよそ者効果では「〜地域とのしがらみがない立場からの解決策の提示〜」以外の項目ですべて当てはめることができた。5項目中4項目が当てはまったことは、この地域おこし協力隊という制度がよそ者効果を生み出していることを示している。そして小島氏と地域住民との間に生じたギャップは、活動の妨げにもなるかもしれないが、逆に地域が変容するチャンスにもなりうる。ギャップを乗り越えることで、小島氏と地域住民の関係が深まり地域活性化する仕組みづくりを進めることができるだろう。これらのことから、地域に影響を及ぼす地域おこし協力隊の有効性はあることが分かった。

小島氏は今後の方針として何でもやろうと思っていると語っている。少しずつ地域の人を活動に巻き込める機会は増えてきたと話し、自分が前に出ていなくても活動ができるような仕組みを作っていきたいと思っているそうだ。このことに関して地域おこし協力隊としての任期後、地域にどういった利点を残すことが出来るのかという部分に関して考えていると思う。隊員が地域に何を残すことが出来るのかということ、そして地域や自治体が隊員に何を期待しているのかをはっきりさせることが重要である。

 この卒業論文は、今後同じように「よそ者」を受け入れることで地域変容を果たそうとする地域にとって、先行事例からどのようなことが期待できるかを示すとともに、どのような事に気をつけなければならないかについても示すことができたと思う。

2章でも記述したが、地方に興味を持つ都市住民は増えている。少子高齢化に伴う地域の活力の衰退に苦しむ地方にとっては、この傾向はチャンスになりうると言える。都市住民の移住や交流は、地域経済を活性化させると同時に地域コミュニティを維持できるからである。本事例でも表した通り、都市住民の移住、交流を促進することは簡単ではない。しかし、生じた問題を改善していくことで移住、交流を促進させ地域活性化に結び付けることができるだろう。この制度が今後、地域活性化に有効な手立ての一つになれば良いと願っている。