第五章 考察

今回の調査では、ブログや発言小町において「草食男子」はどのように語られているのか、男性と女性の2つの視点から分析した。今回の調査の考察を以下に述べる。

 

第一節 男性にとっての男らしさ

自称草食男子の男性は、恋愛関係において消極的な理由を、女性にモテたいと思わず、一人が楽で恋愛が面倒だからだと語っていた。しかし、男性が恋愛関係において消極的だからといって、男性自身が、積極的になるべきだとも積極的にならなければならないとも感じていないようである。自称草食男子の男性にとって、恋愛に消極的になってしまうのは仕方のないことであり、そんな自分は、ありのままでいればよいと考える傾向があるようだ。また、自称草食男子は、恋愛においては相手も自分も傷つけたくないという思いを持っていることも分かった。女性のことを本当に大切に思っているが、自身が言葉を発することで女性を傷つけてはいけないと思い、気遣いで黙ってしまうのである。つまり、自称草食男子にとっての「草食男子」は、女性を大事に扱おうとする優しい男であると同時に、相手と自分を傷つけないために消極的になってしまう男ということなのである。このように、男性は草食男子の消極性を肯定した上で、その消極性と優しさは、表裏一体の関係にあると考えているのである。

また、草食男子が優しい男であるということについては、単純に相手を想っての「優しさ」というよりも、大平(1995)が述べるような<予防としてのやさしさ>をもつ男性であると言えよう。<予防としてのやさしさ>とは、お互いを傷つけないやさしさであり、言葉を発することで相手を傷つけてはいけないと思い気遣いで黙ってしまうというものである。これは、先に述べた草食男子の優しさと消極性の表裏一体の関係にも言えることだろう。相手を傷つけないために、そして自分も傷つきたくないがために、積極的な行動ができなくなる草食男子は、若者の問題として扱われる<予防としてのやさしさ>をもつ男性のことを指す。ここで、今まで述べたことを踏まえると、「恋愛やセックスに積極的でない若い男性」を指す草食男子は、そもそも、男女関係における男性側の問題としてではなく、若者の人間関係における変化の問題として扱うことが妥当なのではないだろうか。傷ついたり弱い立場となるのは、男性も女性もあることだが、どちらかというと女性のイメージが強い。若者が、傷つくのを恐れるようになり<予防としてのやさしさ>を持ち始めたときに、傷ついたり弱い立場となるイメージの少ない男性の方に大きなギャップが生じたために、若者の人間関係での変化の問題が、男女関係の男性の問題として、つまり「草食男子」として扱われるようになっていったのであろう。

では、草食男子と男らしさについての語りからはどのようなことが言えるだろうか。

周りから草食男子と言われる男性は、自分が思ってもいないようなマイナスイメージが付いてまわることがあるため、草食男子と呼ばれたくはないと感じている。草食男子についてまわるマイナスイメージとは、男性自身が思い浮かべるものとしては、「頼りない」「積極的でない」「言うべきときに自分の言いたいことを言えない」というもので、女性は「頼りない」「行動力がない」「体力がない」というイメージを浮かべていた。このようなイメージを持たれることを屈辱的に感じるため、男性は、草食男子についてまわるマイナスイメージを払拭したいと考え、そのために男らしくなろう、またはなりたいという欲求や願望を持つのである。では彼らの考える男らしさとは一体何なのだろうか。伊藤(1993)は、男らしさの要素に「優越志向」と「権力志向」と「所有志向」を挙げていた。男性自身が思い浮かべた「頼りない」「積極的でない」「言うべきときに自分の言いたいことを言えない」というマイナスイメージは、自分の意志をはっきりと言動で示すことができず、アピール力が弱いという「権力志向」の低さを表すと考えられる。男性は、支配−被支配の関係性や、自分の意志を他者に行動で示すことを表す「権力志向」の強い男性に男らしさを感じており、自分はそういった男らしい男性にみられたいという願望をもっているようである。以上のことから分かるように、男性は、男らしさというものに拘束されており、男らしくあることを否定することはできないのである。

 

第二節 女性にとっての男らしさ

 では、女性の草食男子の語りからはどのようなことが言えるだろうか。

女性は、草食男子は誰にでも優しく接することができる男性であり、それが魅力的であると語っていた。そして、草食男子は争いを避け、浮気もしないイメージを持つことから、夫婦関係としてよいと考えたり、または友人関係としてうまくいくと考えたりする人もいた。女性は、草食男子の優しさは魅力的だと肯定した上で、その優しさが友人・恋人・夫婦関係のどの関係性で最も作用するのかというような分析まで行っていた。一方で、草食男子が消極的であることについては、否定的に捉えられる傾向が強かった。草食男子を夫や恋人にもつ女性は、実体験を通して草食男子の消極性を身近に感じており、いつも女性から誘わなければならないという不満や愛情表現が足りないという不安をもっていた。女性は、恋愛関係における積極性を男性に求めるか、女性に求めるかということについては意見が分かれていたが、草食男子が消極的であることについては、全般的に否定的に捉えているようであった。また、草食男子の消極性に不満や不安を持つ女性も、気遣いができることや大切に扱ってくれること、心穏やかに過ごせることなど草食男子が見せる優しさについては肯定的に捉えている。

このように、男性の場合は、草食男子が優しいことと消極的であることは表裏一体となっていると考え肯定的に捉えていたが、女性の場合は、草食男子の優しさと消極性について、優しさについては肯定的だが、消極性については否定的という両義的な評価を下していたのである。

では、女性は男らしさについてどのように考えているのだろうか。

女性は、草食男子に「頼りない」「行動力がない」「体力がない」というイメージを浮かべており、男らしくない男性であると考えている。そして、男性はもっと男らしくなければならない、男らしくあってほしいと考える傾向が強かった。しかし、男らしくなくてもよいのではないかと考える人もいるようだ。このように、女性の男らしさについて見解の違いが生まれるのは、男らしさについて肯定的に捉える面と否定的に捉える面とで、両義的な評価を下すからなのではないだろうか。女性は、「体力があり」「頼りがいがあり」「強引な面があり」「行動力がある」男性が男らしいと語っていた。つまり、男性は男らしくなければならないと考える女性は、「権力志向」の強い男らしさをもった男性、そして肉体的な「力」のある男性を求めているのである。一方、男らしくなくてもよいのではないかと考える女性については、草食男子の魅力を次のように語っている。以下は発言小町の「草食な男性の方が全然イイ」(20104月)というトピックについたレスである。

 

私も現在好きな人が、草食系です。

男として威張ることなく自然体でやさしく大人しいあの子が好きです。

 

この女性は、自然体で威張らない、つまり優越感や権力をかざすようなことをしない草食男子がよいと述べている。「優越志向」や「権力志向」の低い草食男子を肯定的に捉えており、草食男子が男らしくないことを、否定せずにむしろ肯定的に捉えているようにみえる。

このように、女性は草食男子が男らしくないということについて、肯定的に捉える意見と否定的に捉える意見に分かれていた。

 

第三節 男らしさをめぐる問題

今回の調査からは、男性も女性も、男らしさを求める傾向があることが分かった。だたし、その中でも女性については、男性に男らしさを求める女性が大半だが、男らしくなくてもよいと考える意見もあり、見解の違いがみえた。では、男らしさを求める男女の見解の違いから、どのようなことが言えるのだろうか。

前節で例に挙げた、「草食男子」に肯定的な女性は、「男として威張ることなく自然体で優しい」と語っていた。この語りからは、女性が「草食男子」を、「権力志向」や「優越志向」が低く男らしくないと捉えていることが分かる。「草食男子」が男らしくないことを肯定する女性についても、<男らしい>とは、「権力志向」や「優越志向」の高い男性であると考えているのである。つまり、人々が考える<男らしさの価値観>については、「草食男子」に肯定的であろうが、否定的であろうが、男性も女性も変わりはないと言える。伊藤(2009)が述べたように、<男性の女性化>が起きているとするならば、<男らしさの女性化>という価値観の変化が起きているのではないかと考えられたが、現代においては、<男らしさ>という価値観が変化しているとは言い切れず、あくまでも女性の一部において、<男らしさを求めない>という動きがみられるということなのである。

また、「草食男子」について、「草食男子」という言葉がメディア上で注目されるようになってから、<予防としてのやさしさ>を持った若者や、恋愛に消極的な男性、男らしさを求めない女性らが、「草食男子」という言葉を用いることで、より自身を主張しやすくなった、という状況の変化が、「草食男子」が広まっていった要因の一つだと言えるのかもしれない。