第二章 先行研究

第一節 草食男子とは

草食男子と聞いて、どのような男性を思い浮かべるだろうか。

草食男子という言葉は、深澤(2006)が日経ビジネスONLINEで連載しているコラム(U35男子マーケティング図鑑)(1)内で命名した。「協調性が高く、家庭的で優しいが、恋愛やセックスには積極的でない、主に40歳前後までの若い世代の男性」を指す。以下は、日経ビジネスONLINEのコラムでの深澤(2009)による草食男子についての説明である。

 

かつて、男性にとって、恋愛とセックスは「積極的」(ガンガンいく)か、「縁がない」(もてない)かの、大きく2つに分かれていた。

現在U35男子の中には、この2つのパターン以外に新しい人種が誕生しています。

それは恋愛やセックスに「縁がない」わけではないのに「積極的」ではない、「肉」欲に淡々とした「草食男子」です。

彼らのこうした淡々っぷりは、彼らと付き合う人、使う人に、自らの固定観念の根本的な転換を強います。上の世代には存在そのものが信じて貰えなかったりする難易度の高い男子、それが「草食男子」なのです。

(日経ビジネスONLINE 「草食男子」の男らしさとは? 20092月)

 

また、草食男子の定義は深澤(2006)が示した以外にもいくつかある。牛窪(2008)による定義は、深澤とほぼ同様であるが、加えて、「草食男子」は飲まない、買わない、セックスしない超人類であり、男子でも女子でもない「お嬢マン」だと言い表す。さらに、森岡(2008)は、草食男子を「新世代の優しい男性のことで、異性をがつがつと求める肉食系ではない、異性と肩を並べて優しく草を食べることを願う草食系の男性」と定義した。その後、森岡は、「草食系男子」とは、「心が優しく、男らしさに縛られておらず、恋愛にガツガツせず、傷ついたり傷つけたりすることが苦手な男子のこと」と再定義した。

このように、草食男子の定義は論者によって少しずつ異なる部分がある。また、深澤(2009)によると、メディア上で「草食男子」を取りあげるとき、彼らの特徴として「甘いものが好き」「あまりお酒を飲まない」「デートは割り勘」「お母さんが大好きで、地元が好き」などが挙げられているが、こうした男子の生態は、「しらふ男子」「オカン男子」「リスペクト男子」として、「草食男子」とは別物と捉えているという。

つまり、メディア上では、最初の「草食男子」という呼び方がだんだんと拡大解釈され、「しらふ男子」「オカン男子」「リスペクト男子」の要素を持った人までが、まとめて、「草食系男子」と呼ばれるようになったということなのである。

そして、深澤は、「草食男子」がマスメディアでどのように取り上げられたのかについて次のように説明した上で、「草食男子」の広がり方には特徴があると述べる。

まず、「草食男子」は、2006年に日経ビジネスONLINE内のコラムで初出した。次いで、2007年頃から、『non-no』『anan』などの女性誌において草食男子特集が組まれるようになり、読者である若い女性たちの間で広まっていった。女性誌で広まった背景について深澤は、「私たちを悩ませていたのは男性の草食化だったのだ、と共感の声が挙がったことで、若い女性たちの間で広まっていった。」と述べている。そして、女性たちが草食男子を話題にし初めてから、ようやく当事者である男性たちが「もしかして俺のことを言っているのか?というように気づき始めた」とも述べている。さらに、2008年頃には相次ぐ関連本の出版、2009年頃には新聞やテレビ、ラジオで取り上げられることで全国区に知れ渡り、流行語大賞のTOP10にも入った。

このように草食男子が世間に広まった流れについて、深澤は、「草食男子」の当事者である男性を差し置いて周囲の女性がまず反応したという点が特徴的だと述べる。2004年頃に、30歳代超・子供を持たない未婚女性のことを指す「負け犬」という言葉が話題になった時には、まず当事者の女性が反応をしたが、「草食男子」の場合は、女性が話題にして初めて、男性が徐々に「もしかして、自分のことを言っている?」と気づき始めたのである。

さらに、続けて深澤は、「草食男子」が大きく広まった一番の理由は「男性像が変わってきているという意識が世の中にあったから」と述べる。そして「草食男子」は女性からも、おじさん世代からも意見が出やすく、良くも悪くも、皆が酒場談義的に話せるネタであったこと、「草食男子」の定義として挙げられる「恋愛やセックスにがっつかない」などのエロや性にまつわる話というのは、皆が参加しやすい話題であることを「草食男子」が広まった理由として挙げ、言葉が浸透していく上で、様々な人からの賛否両論を得ることで話題なったと分析している。

 このように、「草食男子」の定義が論者によって異なることや、「草食男子」は当事者である男性よりも周囲の女性から広まっていったこと、さらにおじさん世代や女性など様々な人からの賛否両論があり話題となったことから、ひとくちに「草食男子」と言っても、性別や年齢によって定義や捉え方が異なり、語られ方も様々であるといえよう。

 

 

第二節 男性論

第一項 男らしさとは

男らしさとは、本来男性があるべき姿のことなのか、あるいは男ならこうあってほしいと周囲から求められる姿のことを指すのだろうか。もっと男らしくしなさいと母親に怒られる息子や、男らしくてよいと女性に認められる男性など、男らしさという言葉は様々な場面で耳にする。では、この<男らしさ>とは一体何なのだろうか。

伊藤(1993)によると、<男らしさ><女らしさ>というものははっきりとした意味づけをもたない、むしろ、状況や関係性のなかでのみその姿をあわらにするようなタイプのイデオロギーの一種だといえる。そして、<男らしさ><女らしさ>というものは、実際、男同士の関係・男と女の関係・女同士の関係において、それぞれ違った色合いをもって使用される。しかし、それでも、この<男らしさ><女らしさ>は、共有された観念の背景というものを持ち合わせている。

伊藤(1993)は、ハイト・リポート男性版から、男らしさの要素をいくつか挙げることが出来ると述べる。男たちは、例えば、強くならなければならない・競争に勝たなければならない・女を守り彼女たちをリードしなければならない・感情を表に出してはならないというようなことにこだわっているなどといった要素である。

そしてこれらの<男らしさ>の多様な要素は、いくつかの共通する要素を持っており、伊藤(1993)はその要素の例として、「力」「権力」「所有」の3つの要素を挙げる。「力」とは、肉体的な力・性的な力を表し、肉体的健康さや筋肉のたくましさが男らしさの特徴とされる。「権力」とは、社会的地位や出世に関わる社会的権力や家長としての権力のことであり、家庭における男と女の支配−被支配の関係を表す。「所有」とは、モノの所有やすべての女性の占有への欲望を表すが、すべての女性を占有するという夢は破棄したが少なくとも一人の女性のすべてを占有したいという欲望も含んでいる。そして、伊藤(1993)は、この3つの要素について、3つの志向性、3つの欲求という観点から再構成し、「優越志向」「権力志向」「所有志向」とした。簡単にいえば、優越志向とは、他者に対して優越したいという欲求であり、権力志向とは、自分の意志を他者に押し付けたいという欲求であり、所有志向とは、できるだけ多くのモノを所有したい、所有したものを自分のモノとして確保したいという欲求である。男たちは、この3つの志向性によって強く拘束されており、こうした志向性は、男同士の場合以上に女との関係においてより強力に作用している。

 

 

第二項 男性の「女性化」

 伊藤(2009)は、男性学・男性性研究が様々な広がりをみせるなかで近年広がった「草食系男子論」を、男性の「女性化」と呼んだ。この男性の「女性化」はここ10年ほどの間にも、フェミ男くん現象(2)として、メディアを賑わせてきたという。

ここ10年ほどの間に、男性の「女性化」が徐々に進行し、「草食男子」という言葉が世に広まった現在、男性が「女性化」したといえるのであれば、男性自身や女性が男性に求める<男らしさ>や理想とする男性像にも何らかの変化が起きているのではないだろうか。第一項で伊藤(2006)が述べた<男らしさ>は、状況や関係性のなかでのみその姿をあらわにすることから、男性が「女性化」したという状況の変化が<男らしさ>の変化にもつながるといえるだろう。

 

第三項 若者論

第一節でも述べたように、「草食男子」は、主に40歳前後までの若い世代の男性を指す。

ここで、私は「草食男子」は若者の問題として考えることが出来るのではないかと考えた。「協調性が高く、家庭的で優しいが、恋愛やセックスには積極的でない」という「草食男子」の特徴は、若者の人間関係の変化と共通する点がみられるからである。

辻(1996)によると、若者が相手と正面から対峙してコミュニケーションを行う・対人関係をもつことを嫌う・恐れる・苦手とするようになってきている。例えば、どんな局面でも当事者にならず第三者でいることを望む《モラトリアム人間》(小此木[1978])、競争原理を忌避する《やさしさ》指向(栗原[1981])、対人関係に適応過剰・不能を示す《コミュニケーション不全症候群》(中島[1991])、他人と一線を引いて衝突を避ける《マサツ回避の世代》(千石[1994])、互いを傷つけないことに過敏な《やさしさの精神病理》(大平[1995])、などが挙げられる。

 大平(1995)は、若者の人間関係の変化を、お互いの心の傷を舐め合うやさしさ<治療としてやさしさ>からお互いを傷つけないやさしさ<予防としてのやさしさ>と表した。

また、言葉を発することで相手を傷つけてはいけないと思い、気遣いで黙ってしまうことも<予防としてのやさしさ>だと述べる。 

 「草食男子」は協調性が高く、家庭的で優しいが、一方で恋愛には積極的でない。言い換えると、競争を嫌い、他人と一線を引くことで衝突を避け、互いを傷つけないことに過敏な<予防としてのやさしさ>を持った若者だと言えるのではないだろうか。