第3章 先行研究
ダルクを研究対象にした論文には、大きく分けて二種類のものがある。
ひとつは施設調査を行い、フィールドワークを行い、施設概要を調べ、各施設を比べたりなどして分析する形式である。例として近藤ほか(2004)をあげる。
調査分析方法としては、対象の属性(年齢、断薬期間、乱用開始年齢、乱用期間、ダルク利用期間、NAへの参加期間、ダルク中断回数)や測定尺度(日常における生活行動、超越性の受容度など)という項目を設け統計をとり、解析をするという方法である。
分析の結果は数値として表れる。そこには、12ステップの有効性や、利用期間の長さや断薬期間の長さが回復の様子に関係しているということ、若年から薬物乱用者はダルク利用が長期化するといった考察がなされていたが、入寮者の心理的な変化や、成長の流れを見つけることができなかった。また、実際のダルクでの活動がどのようなものであるかにはあまり触れておらず、注目するポイントを直接調査項目として展開しており、実際のダルクの姿を見いだせなかった。
しかし、ダルクでの薬物依存症者の回復の特徴には触れている。
(1)ダルクの利用者の回復は直線的ではない。後退や失敗を経験し、回復していくことが考えられる。
(2)乱用期間が長い者でも、ダルクの長期利用により、回復する可能性があることを示唆している。
(3)若年からの薬物乱用者でも、ダルクの長期利用により、社会生活に必要な知識を習得してくと考えられる。
この3つの点も参考にしながら調査、分析をすすめたい。
もうひとつはダルク利用者の心理的変化を段階論を用いて調査・分析を行う方法である。ここでは江藤(2003)を例として取り上げる。
調査方法は、研究対象としてダルク利用の経験をもち、現在社会復帰し断薬期間3年以上である薬物依存症者4名に自分自身の回復過程に沿って内的体験を自由に語ってもらう、半構成面接を行った。そして分析として以下のような4段階の回復過程をあげた。
【薬物依存症者の回復過程の4段階】
第1段階 極限状態
薬物の脅迫的な連続摂取により生活全体が破綻を来たし、中毒性精神障害である幻聴、幻覚に基づく関係妄想や被害妄想などに苦しめられる段階。
体が悲鳴を上げたり、圧倒的な孤独に陥ったり、死ぬかもしれない恐怖が生じたり、どうすることもできない絶望に陥るなど、身体的・精神的・社会的極限状態に修復不可能な状態まで追いつめられる。
第2段階 生き方の問題に直面することによる苦悩
入寮3ヵ月頃、クスリを止めることだけに必死であった時期を過ぎて余裕が出てきた段階。
しかし、薬物摂取を止めても薬物への渇望は強く、「クスリとの誘惑と闘う」過酷な日々や、薬物の影響による被害妄想や薬物問題の根底に潜む人間関係の問題が露わとなり、共同生活の中で「他者の視線に過敏に反応し孤立する」状態を体験している。そして「断薬だけでは変わらない自分にショックを受ける」体験をし、生き方を変えない限り苦悩が続くことを骨身にしみて感じる。
第3段階 回復への決意と行動化
自分の生き方の問題に直面した薬物依存症者が、薬を使わない決意を固めて、自分以外のものを信じて助けを求め回復に向かって行動を起こす段階。自分の意思でクスリ使わない決心をする体験をするのである。
他者からどう見られるかが気になり本当の自分を出せない苦悩も重なり、背中を押されるような形で苦し紛れに「素面で助けを求める」行動を起こし、それが孤立した状態を破る契機となっていた。そして、「行動の結果楽になる実感を得る」体験をし、この体験によって薬物依存症者は意識的に「成長したいと思い行動を起こす」ようになり、主体的にダルクプログラムに取り組むようになっていた。
第4段階 自己受容と生きる希望の獲得
自分の限界を知り自分が病気であることを受け入れ、自分を超えた力を信じ、生かされている意味を模索するようになる段階。この段階に至っても、薬物依存症者はダルクでの対人関係や社会復帰の問題などで自分の力ではどうにもならない現実に直面し続ける。新しい問題に直面するたびに自分の限界を感じ、「心から病気であることを認識する」体験をしていた。そして、このような困難な状況の中で自分が生きていること自体が奇跡的であると認識するに至り「自分の限界を知り自己を越えた力を信頼する」ことを実感していた。そして、価値体系が変化し、生きる目標と希望を持つ、新鮮な感覚・楽しい感覚を取り戻すという人間らしさを取り戻していた。
江藤論文では、ダルクでの入寮者の回復の過程がよくわかったが、それは心理的な変化のみであり、ダルクのプログラムや生活がどのように作用しているのかについては言及されていなかった。この段階論は、入寮者の状態を整理しているものであり、施設の有効性をみるものではなかった。また、近藤論文にもあるように入寮者の回復には失敗や後退がつきものであり、このようにうまく当てはまることもなかなか難しいとも思われる。
そのため本論文では、ダルクという施設、活動が実際に入寮者にどう作用しているか、ダルクが施設である意味を探るために、実際にダルクに赴き、インタビュー調査やフィールドワークを行うことにした。