第五章 考察

 

 

第一節 腐女子は男性同士をCPすることによりどのような娯楽を得ているのか

 

 調査により、腐女子がどのようなことを重視して男性同士をCPしているのかについて理解を深めることができた。分析の結果を先行研究と比較し、腐女子はどのような娯楽を得ているのかについて検証していきたいと思う。

 まず、腐女子が男性同士をCPする際に重視していることの一つとして「CPがなされている(またはなりうる)男性キャラクターそのものを重視しているパターン」が挙げられる。これは、腐女子が男性キャラクターそのものに対して魅力を感じているパターンであり、その外見や仕草を注視している。分析の第一節で述べたとおり、特に唇などの性的なイメージを持つ身体の一部分に敏感に反応し、「萌え」を感じている様子が伺えることから、男性キャラクターそのものを性的な目で見ていると判断できる。高橋(2005)も「腐女子は好きな男性キャラクターの性行為や喘ぐ姿を望んでいる(高橋 2005: 33)」と述べていることから、腐女子が男性キャラクターそのものを重視する理由として、少なからず性的要素が含まれているものと判断できる。

 また、このような「キャラ萌え」のパターンには、「受け」キャラクターが特に好きであるという例も見受けられた。これに対して山根(1998)は、一般的に好きなキャラクターは「受け」になると述べている。その理由は、自分が「攻め」となって「受け」を犯したいからなのだ。言い換えると、腐女子は「受け」を欲望の対象として「犯(や)る、見る側の視点」を持っているのだということになる。そこで「キャラ萌え」の要素が見受けられたデータを検証してみると、他の「攻め」キャラクターに「受け」キャラクターを奪って欲しいという願望も見て取れた。つまり、「受け」が「攻め」の性的対象となっている様子を見ることを楽しんでいるのだ。これは、腐女子自らが「攻め」になる代わりに、「攻め」に「受け」を犯してもらうことによって、性的欲望を喚起しているということである。腐女子は魅力的な「受け」を自らの手によって犯すことが(物理的に)できないがために、「攻め」とのCPを見ることによって娯楽を得ていると考えられる。よって、今回のデータからも、腐女子は特に「受け」キャラクターを重視する場合、「犯(や)る、見る側の視点」を持っていると捉えることができる。

 次に、「CPがなされている男性キャラクター同士の関係性を重視しているパターン」について検証していきたいと思う。これは、腐女子が男性キャラクター同士の関係性に魅力を感じているパターンであり、男性キャラクターそのものよりも、CPがなされる2人の間にどのような関係があるかに注目している。例として対照性、類似性、主従関係などが挙げられるが、どのCPも「原作」の設定が2人の関係性に生かされていることが見受けられる。東(2010)も、キャラクター単体に関心を寄せるのではなく、複数のキャラクター間の関係性に目を向けるのである(東 2010: 253)と述べており、「原作」で表現されている2人の親密な関係を恋愛関係として捉える行為は、腐女子の間で既に浸透しているものと判断できる。

 このパターンにおいては「原作」の設定も利用されている。利用されている理由として、「原作」の背景にあるシチュエーションに注目している腐女子も少なくはないからだ。それはどのようなものかというと、男性キャラクター同士が関わる「原作」のストーリーを、例えば「愛の告白のシチュエーション」などといった恋愛物語に仕立ててしまう行為のことを指す。特定のシチュエーションに物語の流れを見出し、一連のプロセスを楽しもうとする傾向は「相関図消費」ならではだ。東も、「原作」でなされる「友人」や「ライバル」といった関係性の説明を、「恋人」といった恋愛的なものに置き換えて物語を作る(東 2010: 254)と述べていることから、「原作」の背景にあるシチュエーションを注視することはCPの関係性を深めるためのツールとして機能していると捉えることができる。

 以上で述べたとおり、腐女子が男性同士をCPする際に重視していることは主に2つ見受けられた。2つのパターンのうちのどちらに重点を置いて「原作」に触れているかは個人によってさまざまであり、好みや志向もそれぞれに異なる。ただし、「キャラ萌え」と「相関図消費」のどちらか片方だけしか注視しないということはあまりなく、その境界も曖昧なものである。

 次に、腐女子同士のコミュニケーションについて考察を述べていく。東は、腐女子は『やおい』コミュニティの他の読者の解釈を聞くことを快楽としており、その理由は、他の人の解釈を聞くことにより新たな解釈が生まれるからであると述べている。さらに、腐女子が行っているのは、『やおい』理論を用いた「原作」の人間関係の解釈を競い合う「解釈ゲーム」であると指摘した(東 2010: 256-257)。これを踏まえ、実際に「原作」であるマンガや小説のキャラクター、もしくはタレントや身近な知人などの実在する男性同士をCPしている腐女子はどうなのかをデータから検証していくと、やはり他の人の妄想の話を聞いて、そこから新たな解釈を見出すことを楽しんでいることがわかる。なぜなら、そうすることによってCPの妄想の話がどんどん膨らんでいき、新たなCPの解釈を発見することができるからだ。これは、東が述べる「他人の妄想=解釈を聞くことは新たな妄想=解釈を呼び起こしそれがまた別の人の妄想=解釈を引き出して、妄想=解釈が増大していく(東 2010: 258)」ということに一致している。ただし、他の腐女子の解釈を聞き、そこから新たな妄想・解釈を見出す行為は、分析の第三節の「ブログのコメント」のデータにおいて、男性キャラクターが「「受け」ポーズ」を取っているというという話題に対しても見られたことから、「相関図消費」だけに限らないことも事実である。

 しかし、腐女子はただ他の腐女子の解釈を聞くだけでなく、自らの妄想を他の腐女子に話し、共有したいという欲望も持っている。なぜなら、男性同士のCPの妄想を自分自身の中に留めておくよりも、他の腐女子に伝え、共有した方が楽しいからなのだ。妄想の共有というのは、他の腐女子の考えに「賛同」することやBLの話題で「盛り上がる」ことも含まれる。つまり、互いに価値観を共有し合い、一緒に盛り上がるという腐女子同士のコミュニケーション自体も娯楽としていると考えることができる。これは、「オリジナル」や「二次創作」のBL作品に「一方的」に触れるといったことでは起こり得なかった、妄想の解釈を互いに伝え合い、共有し合うという「双方向的」なものであることがわかる。

 以上のように、他の腐女子の妄想の話を聞くことにより新たな妄想・解釈を見出し、さらには自身の妄想の解釈を他の腐女子に話すことによって価値観の共有がはかられる。この一連の腐女子同士のコミュニケーションの流れは、「原作」であるマンガや小説のキャラクター、もしくはタレントや身近な知人などの実在する男性同士をCPすることによって初めて生まれ得るのだといえる。

 

 

第二節 なぜ腐女子は男性同士をCPすることを好むのか

 

 第一節では、腐女子は男性同士をCPすることによりどのような娯楽を得ているのかについて述べてきた。まず、腐女子が男性同士をCPする際に重視していることは主に2つ見受けられた。それが「キャラクターそのものを重視するパターン」と「キャラクター同士の関係性を重視するパターン」である。データでも検証したとおり、この2つのパターンにおいてもCPの素材や組み合わせが様々であることは確かである。つまり、CPの妄想・解釈、または楽しみ方のバリエーションが無数なのだ。このように、腐女子の数だけ妄想・解釈、または楽しみ方が存在することが、「原作」であるマンガや小説のキャラクター、もしくはタレントや身近な知人などの実在する男性同士をCPすることの大きな魅力であるといえよう。

 また、男性同士をCPすることにより「萌え」「おいしい」などと感じたりすることも理由の1つである。男性同士のCPのキャラクター単体や、CP間の関係性に対して「萌え」という感情が生まれるというのが本論文の前提であったが、それとは別に「おいしい」という表現もなされ得ることがわかった。その「おいしい」という表現は、「萌え」の感情と「面白い」「笑える」という感情の両方を含んでいるものである。具体的にどのようなものかというと、CPに対してどちらかというと恋心に近い「萌え」という感情を抱きつつも、その仕草や行動に対してどこか「面白い」「笑える」と感じてしまうのだ。

以上で述べたとおり、腐女子が男性同士をCPする際に「おいしい」と感じることが少なからずあるが、果たして腐女子同士のコミュニケーションが起こった際にはどのような現象が起こるのだろうか。ここで、「面白い」「笑える」という感情に注目してみよう。「面白い」「笑える」といった感情が見受けられたデータを検証していくと、腐女子同士でやりとりをしていく中でそのような感情が生まれるということがわかった。つまり、「面白い」「笑える」という感情を引き起こすためには、他の腐女子が「おいしい」と感じた際のCPの話を聞いたり、それについての妄想をし合ったりすることが不可欠なのである。そうすることにより、「おいしい」と感じた際のCPの話をした腐女子にも、その話を聞いた腐女子にも、「面白い」「笑える」という感情が生まれるのだ。

 例えば、腐女子の間でとあるCPの話題があがったとする。そのCPのどこが好きで、どこに「萌え」を感じているかという話題だとしたら、それに対して彼女たちは「萌え」またはそれに近い感情しか抱かない。しかし、そのCPを「おいしい」と感じているという話題があがった場合には、腐女子の間に「萌え」の感情のほかに、「面白い」「笑える」という感情をも抱く可能性が生まれる。このように、「おいしい」という表現がなされたCPは、腐女子同士でのやりとりを行う上で格好の素材となる。言いかえると、男性同士をCPする際に「おいしい」という表現がなされることによって、腐女子同士のコミュニケーションがより活発になるのだ。

 では、「おいしい」という表現は一体どのようなときになされるのであろうか。先程も述べたとおり、「おいしい」という表現は「萌え」という感情にも近いが「面白い」「笑える」という感情にも近い。ここで、データの分析により見受けられた「面白い」「笑える」という感情に注目してみると、「エロい」こと(=下ネタ)や「現実離れしている」ことと関連性が高いことがわかった。

 ここで、「エロい」ことが「面白い」「笑える」という感情に密接に関わっている例を挙げよう。分析第三節第一項ブログのコメントの例1を参照すると、「ナルトのエロい回」に対して「面白すぎる」という反応がなされている。また、「確かに言われてみればナルトがエロい」とも述べられていることから、一見しただけでは「エロい」という解釈までに至らないことがわかる。つまり、実際の「原作」ではナルトの仕草は「エロくない」はずなのに、「エロい」ことであると拡大解釈されてしまうことに「面白さ」があるのではないかと考えることができる。

 次に、「現実離れしている」ことが「面白い」「笑える」という感情に密接に関わっている例を挙げる。分析第三節第一項ブログのコメントの例2を参照すると、「ナルトの「受け」ポーズ」という「現実離れしている」ことを「笑い」の対象として捉えていることがわかった。要するに、ナルトの仕草を非日常的なことと解釈することによって意外性が生まれるので、「面白さ」を感じるのではないかと考えられる。

「ナルトの「受け」ポーズ」が「現実離れしている」解釈であることをさらに裏付けるようなコメントがあったので例として引用する。

例)

1. 見てないですぅ(涙)

(前略)

ナルトにいたっては…どーしてくれましょうふぁんとむてんてーo(^-^)oガラス張りの台みたいですねっあたしかなりコーフンしてます(`・・´)ふがっふがっ
(後略)

Sometimes I want to tell2010/04/16の記事についたコメント:あきら 2010-04-16 02:00:02より抜粋 ※記事・コメント全文は巻末資料2−6参照)

このコメントから読み取れるように、「ナルトが「受け」がするようなポーズをしている」という解釈によって、「ガラス張りの台みたい」というさらに「現実離れした」解釈もなされた。ここに解釈の意外性が生まれることがわかる。ブロガーもこれに対して「GJ!!!!!!!!!(グッジョブ)おっしゃるとーりっ!!!!!!!!」という返信をしていることから、「現実離れしている」という解釈を共有することによって、自分では考え付かなかった「面白さ」を感じていると捉えることができる。

つまり、性的要素を彷彿とさせることや非日常的なことに対して「面白い」「笑える」という感情を抱くのだ。こういった「エロい」ことや「現実離れしている」ことはBLの前提であると考えることができる。以上を踏まえると、腐女子が男性同士をCPする際に、「萌え」の感情のほかに過剰な「エロい」ことや「現実離れしている」ことを感じたときに、「おいしい」という表現がなされるということがいえる。

 腐女子は「原作」であるマンガや小説のキャラクター、もしくはタレントや身近な知人などの実在する男性同士をCPすることを娯楽としている。なぜならば、CPすることにより「萌え」という感情を抱いたり「おいしい」という表現が生まれたりするからだ。CPする際のバリエーションも無数に存在し、腐女子は「キャラ萌え」「相関図消費」といった自らの好みに合った方法でCPすることができるので、「萌え」や「おいしい」と感じることが容易にできる。また、「おいしい」と感じたCPを腐女子の間で話題に出すことによって、「面白い」「笑える」という感情を引き出すことが可能となる。つまり、腐女子は「面白い」「笑える」という感情を共有し、さらにはその感情を増大したいがためにコミュニケーションをとることもあり得るのだ。「面白い」「笑える」といった感情を生み出すのには、性的要素を彷彿とさせることや非日常的なことが密接に関わっているが、これはBLという前提が必要不可欠である。BLを前提とし、男性同士をCPすることによって、「エロい」ことや「現実離れしている」ことといった決して起こり得ないことが妄想できてしまうのだ。それはあくまで「あり得ない」から「面白い」「笑える」のであって、「原作」の中やリアルで実際に「エロい」ことや「現実離れしている」ことが起こることは望んでいない。よって、「原作」であるマンガや小説のキャラクター、もしくはタレントや身近な知人などの実在する男性同士をCPすることは、「犯(や)る、見る側の視点を持つ」「性的欲望の主体となる」といった側面のほかに、「「面白い」「笑える」といった感情を増大させる」といった側面も持ち合わせていることがいえる。腐女子が「原作」や実在する人物までをもBLとして受け取り、娯楽としている理由はここにある。