第四章 分析――子育てにおける7つの困難な経験

第三章では、それぞれ異なる国籍、来日経緯を持つ母親たちの子育てについての語りをまとめた。第四章では、武田(2005)であげられた「外国人の子育てにおける困難な経験」の7つの項目に関して、それぞれのインタビュイーについて分析していきたい。

 

(1)社会サービス利用における諸問題

 病院や市役所、保育園といった子育てに欠かせない社会サービスの利用には、日本語でのコミュニケーションが必要になる。しかし。日本語がわからない外国人にとって、日本語でのやりとりは難しく、社会サービスの利用は困難になる。

 

<言語面での困難>

 病院や市役所などの社会サービスの利用に関して、多くのインタビュイーが、言語による困難を家族や友人のサポートを得て、なんとか乗り越えているように思われる。

Bさんは子供と病院に行った時、病院の医師に細かい説明を手紙にしてもらい、家に帰ってから夫に読んでもらっている。Cさんも、一緒に行った家族が、家で夫に医師の言葉を伝え、それを夫がCさんに英語で伝える、という手段を取っている。このように二人は夫や同居家族に言語面でのサポートを受けている。しかし、Cさんの事例のように、同伴者が得られず一人で病院へ行った場合、問診表の書き方がわからない、保健所で保健士に言いたいことをうまく伝えられない、などの困難が生じるようだ。同じように、Dさんも夫や息子が病院に同伴することが多く、高岡市のブラジル人集住地域に住むEさんも、病院へは必ず夫と行く。Eさんが行く小児科ではポルトガル語に対応した問診表も用意されてあり、病院側もブラジル人の対応に慣れている様子だという。

このように、日本語をほぼ話せるAさんを除く4人のインタビュイーが、社会サービスの利用には言語の面で同居家族の支援を受けていると思われる。

 

<運転免許の必要性>

Bさん、Cさん、Eさんは運転免許を持っていないため、病院などへ行く場合は、同居家族や友人の運転が必要になる。交通機関が発達していない富山県では、少し遠いところへ行くのに車は必要不可欠である。しかし、運転免許を取得するには一定の日本語能力とお金が必要になり、外国人にとって容易なことではない。Eさんの夫の話によると、多くのブラジル人が筆記試験で落ちてしまい、再試験を何度も受けるために多くの費用がかかる人が少なくないという。車の運転免許がないために移動範囲が限られてしまい、病院など外出時には運転してくれる人のサポートが必要になる。Dさんも6年前まで運転免許がなく、子供の保育園の送り迎えに時間がかかっていて大変だったという。Dさんは新しい仕事に就くために必要になり国際免許をブラジルで取得した。理由を聞くと「子供のため」と答え、「女性の場合、運転免許がないと大変です」と語った。Cさんもアメリカで取得した免許の変更手続きに時間がかかっていて「もっと早く免許が欲しい」と語った。Bさんも現在は母国に帰り国際免許を取得予定である。

 

(2)情報の不足・欠如

 日本語がわからない外国人にとって、子育てに関する複雑な情報の入手は困難だ。特に誰からも言語面での支援を受けられない状況にあった時、情報の入手はとても難しくなる。

 

<言語面での困難>

 Cさんは子供の検診で一人で保健所に行った際、聞きたいことがあっても日本語での言い方がわからず聞けなかったことがあるという。Cさんのように、外国人が病院や保健所の社会サービス利用する場合、言葉が障害となって保健師とのコミュニケーションが取りづらくなることが考えられる。さらに「聞きたい」と思う情報があっても、日本語での表現方法がわからない場合、聞けずに終わってしまうこともある。医師や保健師からの情報を一方的に受けとることはできても、日本語の表現が豊かではない外国人にとって、本当に知りたいと思う情報を自ら聞いていくことが困難であると考えられる。

 また、Cさんは予防接種や乳幼児健診のお知らせの手紙を、夫に読んでもらっている。しかし、夫が忙しい時は頼めずこまってしまう。実際に3歳時検診は手紙が来たが忘れてしまった。このCさんの経験からは、子育てに関わる重要な情報の入手に関しても、同居家族に頼らざるを得ないということ、同居家族のサポートに頼るばかりでは限界もあるということがわかる。

 

 <情報の手に入れづらさ>

 Aさんは日本に20年住み、日本語もほぼ話すことができたため、日常生活で言葉の面で困ることはほとんどなかったという。しかし、Aさんは次のように語った。「日本の手続きって言葉が喋れるとか喋れないとか抜きにして、なんかだれも教えてくれないじゃない。子ども手当があるよーとかこういう制度があるよーとか。自分から情報を探しに行かないといけないっていう面があるよね。そういう部分では言葉とか関係なくもともと難しいものだと思う」日本語をほぼ問題なく話せるAさんでも、20年にわたる日本での生活で、受身でいては大切な情報を逃してしまうから「自分から情報を探しに行かないといけない」と感じている。

また、Aさんは「日本だったらパンフレット渡すとか健診とかに行くとするじゃない。そしたらなにか知りたいなとか聞きたいなとかとか思っても大体なんか準備されてて、資料でパンパンと渡してくるんですよね。そういうのだって渡されても読めなければ訳に立たないわけじゃない。それはなんか困るよね」と語る。この言葉からは、情報の提供について、パンフレットなどを渡すのみで一方的な支援に終わっていることが伺える。

 

(3)人付き合いとソーシャルサポートの問題

日本で子育てをする外国人の母親は、どのような人脈を広げ、どのようなソーシャルサポートを得ているのだろうか。5人のインタビュー調査からは、ブラジル人集住地域に住む場合と、それ以外の地域に居住する場合で違いがみられた。

 

<ブラジル人集住地域での暮らし>

 高岡市のブラジル人集住地域で行ったDさん、Eさんのインタビューでは、近所に気軽に遊びに行ける親戚や友人がいることがインタビューからわかった。EさんとDさんも友人同士で、Dさんの「(Eさんたちと)みんな一緒に頑張った」という言葉のように、近所に住むブラジル人は生活の支えになっていることがうかがえる。このように、ブラジル人集住地域におけるコミュニティ形成は富山県でもみられ、ソーシャルサポートの面において集住地域で知り合う同国出身者のつながりが大きな役割を担っていることが考えられる。Dさん、Eさん共に日系人の夫の仕事の関係で来日し、普段はポルトガル語を使用する。似たような境遇を持ち、母国語で気兼ねなく話せる同国出身者の友人は、慣れない日本での心の支えになったのではないかと思われる。

一方、同じブラジル国籍を持ち、富山市に居住する日系人のAさんは、近所にブラジル人があまりいなかったうえ、親戚も他県に住んでいるため周りは日本人ばかりだったという。Aさんは日本語をある程度話せたので、子供の保育園や小学校で母親同士の付き合いもあった。子供がいじめにあった時は相談に乗ってもらうなど日本人の母親に頼ることもあったという。Aさんは同国出身者とのつながりについて「別にこっちで紹介されてあっちもブラジル人だよって聞いた程度で、だからといってなんでもかんでも相談できるわけじゃないじゃないしね。そういうのもあってその人たちには相談しないよね。私の場合はね。もしかしたら他の人は仲良くなっていくかもしれんけど私はできんかったね」と語った。

 

<同居家族や職場での支え>

 Bさん、Cさんは共に夫の両親と同居をしている。Bさんは「おばあさんとは仲良しかな。おばあさん明るい人だから。助かること多いです」と語るように、姑との関係に満足している様子だった。Bさんのインタビューからは姑との話題も多く、同居家族から子育てに関しての直接的なサポートだけでなく、慣れない日本での生活で情緒的なサポートも受けていることを感じさせる。Cさんは、Bさんとは対照的に、夫の両親とは適度な距離を持ち、保育園の送迎を頼む程度だという。また、夫の両親との同居に関して、文化や価値観の違いに戸惑いを感じている様子だ。Cさんは、自身が運営する英会話教室兼託児所で出会った人について語ることが多かった。託児所で知り合う人たちについて「みんないつも助けてくれて、優しい」と話し、英語を使って話せる仲間や、託児所で知り合う母親たちに支えられていることがうかがえる。Bさん、Cさんのように日本語をほとんど話せない場合であっても、同居家族や仕事場で知り合った人たちからの支えを受け暮らしをしているようである。

 

(4)経済的問題及び就労と保育の問題

 就労と保育に関わる問題は多くのインタビューから語れた。特に就労に関わる点では様々な困難な経験があるようだ。

 

<保育園の選択>

 Cさん、Eさんのように、親が子供に望む習得言語と、保育所の選択は大きく関係していた。幼少期は言葉の習得に大きく影響を与える時期で、日本の保育園に入れて日本語を覚えさせるか、親の母語を覚えさせるために母語を使った場所に預けるのか、親の中での選択があったようだ。また、富山県にはブラジル人学校はなく、Eさんのようにブラジル人の集まる場所に預けたくても、なかなかいい託児所を見つけられないようである。

 

<就労と保育>

 子供を持つ外国人の母親が日本で仕事を見つけることは容易ではない。特に日系人の夫を持つブラジル人のDさん、Eさんからは、就労の大変さについて多く語られた。子育てをしているため時間の制約もあり、さらに運転免許がないことが原因で仕事の選択肢が限られてしまう。日本で免許を取ることも費用や時間の問題で難しいという。Aさん、Cさんのように、自分のもつ語学力を活かせる仕事に就ける外国人の親は、稀な事例だと思われる。

Dさんは現在仕事をしているが、何度か仕事を変えている。仕事を探すときには子供がいると採用されないこともあったという。また、子供のために会社を休もうとすると会社側から首だと言われる、などDさんは会社側の対応に困っている様子だった。欠勤の禁止や残業など厳しい労働条件にある場合、子育てとの両立が難しくなることが考えられる。

 

(5)子供の学校、進路に関する問題

 就学年齢にあたる子供たちを持つAさん、Dさん、Eさんからは、子供の学校生活や学習に関する語りが多くみられた。特にDさんとEさんの子供たちは、同じブラジル国籍を持ち、母親がブラジル人、父親が日系人だが、日本の滞在期間が異なる。DさんとEさんの子供たちのように、特殊な環境の中で育った子供たちの学校生活と学習に注目したい。

 

<ブラジルから日本に来た子供 ――Dさん一家――>

 6年前に来日してすぐ中学校に入学したDさんの長男は、入学当初日本語も全くわからない状況だった。日本の文化に慣れること、学習についていくことがとても大変だったという。特に国語と日本史は日本語ばかりなので本当に大変だったと話した。Dさんの長男のように、ブラジルから日本にやってきたばかりの子供たちにとって、学校への適応の問題や学習困難、日本語習得の問題は大きい。Dさんの長男は日本語学校に通い、家でも日本の漫画やアニメをみて日本語を勉強したという。「勉強したい時はどんな環境でもできる」と語り、Dさんの長男は学習意欲が高く、本人の努力によって6年間で日本語もかなり話せるようになった。しかし、ポルトガル語も次第に忘れていっているといい、Dさんの言った単語がわからない様子も見受けられた。

 

<日本生まれの子供 ――Eさん一家――>

 Eさんの子供たちは3人とも日本で生まれ育っている。家ではポルトガル語を使うこともあるが、姉妹間での会話は専ら日本語だ。一見すると日本人と何ら変わりがない。しかし、学校の勉強に関しては「戦争とかいつあったとか、みんな一つはしっとるけど、(私は)一つも知らんから。漢字が昔の人は難しいから覚えようと思っても平仮名でしか覚えられない」と言い、日本史の用語を覚えることが苦手なようだ。最近は国語の長文読解にもつまずいているという。Eさんの子供のように、言語面での問題がないと思われる子供であっても、学習面で困難を抱えている可能性があるかもしれない。

 

 Dさん、Eさんの子供たちのように、外国籍の子供たちにも、それぞれ多様な文化的背景を持っている。それぞれ程度は異なっているが、学習上の困難を抱えているようだ。Dさんの子供のように習得言語や学習困難が顕著な例もあり、支援の必要性が感じられる。さらにEさんの子供たちのように、一見すると問題のないような子供たちであっても、学習困難を抱えている可能性がある。こういった子供たちの存在も、外国籍の子供の問題を考える上で、忘れてはいけないと思う。

 

(6)親子関係に関する悩み

今回インタビューさせてもらった親子はみな比較的仲がよかったように感じた。しかし、外国で育った親と、日本で育った子供の間には、使用言語や文化、価値観の違いがみられ、それらは子供たちが学校へ通い、日本の風習を取り入れていくにつれてさらに顕在化されていく。就学年齢にあたる子供たちを持つAさん、Dさん、Eさんからはこれらの語りが多くみられた。

 

<文化・価値観の違い>

 日本で生まれ育った子供たちにとって、自分の母親の母国の文化には馴染みがない。Aさんは子供たちについて「うちの子供たちはこっちで生まれたし、あの子たちに聞いても、一応国籍はブラジルの国籍もってるんですけども、うちの子たちはもう自分たち日本人だと思ってますよ。なんでブラジルの国籍があるのって。私にしてみればちょっと寂しい話。ポルトガル語も話しませんし」と語る。このようにAさんは子供たちのブラジル国籍に対する否定的な態度に寂しさを感じていた。Aさんの子供たちのように、日本で生まれ育った子供たちは、母親の母国に馴染みがないために、ブラジルへの関心が薄くなる傾向があるようだ。

Eさんの子供たちも日本で生まれ育った。Eさん自身はブラジルへの想いが強く、いつかは帰りたいと語る。しかし、Eさんがブラジルのよさを子供たちに言い聞かせてみても、子供たちが関心のない素振りをする様子が見受けられた。日本で生まれ育った子供たちにとって、ブラジルは自分の国籍であっても、どうしても馴染みの薄い存在である。Eさん一家のように帰国を視野に入れている場合でも、ブラジルへの馴染みの薄い子供たちとの間では、母国への関心の程度には大きな差がみられる。

 

<使用言語の違い>

子供が大きくなるにつれ、親と子供の使用言語に差が生まれることが、ほとんどのインタビューイーから語られた。子供は日本の小学校や中学校に通うと、日本語を使うことが多くなり、家でも日本語を使うようになる。こういった特殊な状況の中で、親子間の意思疎通に問題が起こるというのは具体的にどういうことなのか。親子間での使用言語の違いが顕著なDさん、Eさん一家を例に考えてみる。Dさん、Eさんの子供たちは兄弟間では日本語を使い、親に対しては日本語とポルトガル語が混ざっている様子である。Dさんは、「(子供たちが)日本語でけんかしてる時とか何を言っているかわからない」という。Eさんもまた「子どもが何言っているかわからない時ある」と言う。また、Dさんの次男が親にポルトガル語で話そうとしても「うまく表現できない」と感じていて、親との会話の難しさを感じていた。Eさんの子供も、親にポルトガル語で話してもうまく伝わらず、「だから(話すことを)あきらめる」と語る。また、Dさんは子供のポルトガル語能力は不十分だど感じていて、Eさんも、子供の話すポルトガル語がよくわからないこともあるという。

 このように、Dさん、Eさんの事例からはいくつか共通した問題がみえた。親側は日本語が十分にわからないため、子供が一度にたくさん話す日本語をよく理解できなかったり、子供が一生懸命話すポルトガル語も十分にわからないことがある。また、子供側はポルトガル語を十分に話せないため、親に話したいことをうまく伝えられないことがある。普段は問題なく会話をしているようにみられる親子であっても、時に使用言語の違いによって意思疎通が難しくなる。Dさん、Eさん一家のように、日本語が十分にわからない親と、日本で生まれ育った子供のいる家庭では、このような意思疎通の問題がみられるのではないかと考えられる。

 

(7)子育てに関する悩み

子育てに関する一般的な悩みについても、今回のインタビューではいくつか聞くことができた。Eさん、Dさんには来年中学校に入学する子供がいるため、小学校から中学校への環境の変化に不安を感じているようだった。

 

 <学校の風習の違いへの不安>

 日本の学校生活では当り前のように存在する「先輩・後輩」という関係。しかし、ブラジルではこのような言葉はなく、親の言うことを第一とする文化がある。そのため、日本の「先輩・後輩」関係は彼らにとって日本特有の風習に映るようである。Dさん、Eさんは、自分たちの子供が中学校で先輩から悪い影響を受けてしまうことを心配していた。周りのブラジル人の子供が非行に走る様子を聞いて不安を抱いている様子だ。また、Eさん一家では、子供たちが部活の先輩との付き合いを優先させている様子をみて、更に不安を抱いていた。Dさん、Eさんのように、「先輩・後輩」関係を否定する親と、「先輩・後輩」関係を学校文化として自然と受け入れる子供との間では、価値観の差もみられる。