第二章 先行研究

第一節 外国人の定住化の進展

 外国人の定住化は近年になってみられる傾向である。富山県では、平成2年の入国管理法の改正、平成5年の外国人技能研修制度の始まりなどを経て、平成1年に2777人だった登録者数が平成20年には15534人に増加した(3)。なかでも中国とブラジル国籍の増加が著しい。

駒井(1999)は、外国人の滞日について、次の4つの選択肢の存在を明らかにしている。

1.帰国…一度日本に滞在した後出身国に戻ってそこで生活を続ける。

2.リピーター…出身国と日本の間の往来を繰り返す。

3.滞日…日本に相当長期間滞在するが、定住への意思は未定である。

4.定住…生活の本拠を出身国から日本に映して日本に定住する。

そして、外国人移民の一定部分は日本での就労及び生活の基盤が次第に確立するにともない、滞日と定住を選択していく(駒井、1999)。

今回調査するのは、滞日又は定住を選択した外国人の親である。滞日又は定住を選択した家族にとって、日本での子育てという新たなライフステージが待っている。外国人が日本で子育てをする場合、来日の背景や、文化・制度・言語の違いによる問題などのために、日本人の持つ子育てニーズに加えて特有のニーズを抱える可能性があるが、現状ではこれらのニーズに対応した支援体制は整っているとはいえない。また、外国人の子育てに関する調査・研究は母子保健の分野を中心に行われてきているが、その多くは首都圏近郊や集住都市を対象としたものである。(武田、2005)その他の地域では、子育て支援の取り組みの必要性がまだ十分に認識されていないのではないだろうか。 

 武田(2005)によると、子育て中の親にとって、医療機関や学校、役所など様々な社会サービスを利用する際、言葉が第一の障壁になり、子育て中の親にとっては大きな不安や困難を伴う。武田の調査からは、外国人保護者にとって、通訳・翻訳者確保が必ずしも容易ではなく、子育てに必要なサービスや制度の情報が得られにくいことが明らかになっている。

外国人の場合、同じ出身国のつながりなど、インフォーマルなつながりが子育てにおいても主要なサポート源となっている場合が多いと思われる。しかし武田(2005)の調査からは、友人や知人も仕事で忙しく、いつもサポートを得られないこと、そういったつながりを持たない外国人もいること、子供をもつ親にとっては地理的に遠い外国人相談サービスは利用しにくいこと、などがわかっている。知人や友人など狭い範囲のインフォーマルな情報に頼らざるを得ないという現実に加えて、複雑な制度の理解が困難な場合も多い。

 

第二節 出産・乳幼児期における子育て

 武田(2005)では、兵庫県を調査地に、外国人保護者、行政、及び外国人支援者に対するインタビュー調査を通し、在日外国人の子育て支援にニーズに関する実態調査を行った。ここでは、外国人保護者に対して行われた調査を紹介したい。

 

・調査対象

対象者は1980年後半以降に来日後、子育てを経験し、子供が現在小学校低学年程度以下である外国人保護者、計13名である。必ずしも国籍や生活状況で対象を限定せず、日本国性を取得していても、出身国との言語や文化などの背景の違いにより生活上の問題を抱える可能性のある人も含めて「外国人」と呼んでいる。調査地は兵庫県内でも外国人の多い地域に絞り、妥当性を確保するために3か所で実施した。

 各グループインタビューの参加者数は3名から5名、国籍は、ブラジル、ペルー、中国、フィリピンである。子供の年齢は1歳から20歳であった。

 

・調査方法

 フォーカスグループインタビューを用いた。

 

・インタビュー質問項目

 日本で子育てをしていてどのようなことが困難だったか

 子育てで、どんなサービスを利用したり、誰から援助を受けたか

 他にどんなサービスがあったらいいと思うか

 日本での子育てについて感じること

 

・分析方法

 調査者が録音媒体から逐語録を作成し、発言内容及び非言語的反応から調査目的に重要な情報を与える項目を抽出し単位化した。この単位を質問のテーマ別に分類しカテゴリーを制作するとうプロセスを調査地ごとに繰り返した。

 

 ここでは、「日本で子育てをしていてどのようなことが困難だったか」という質問テーマに対する発言内容をもとに、武田(2005)が作成した7つのカテゴリーについて、それぞれあげられた具体的な例と共に紹介したい。

 

1)社会サービス利用における諸問題

・役所・病院・学校・保育所などの社会サービスの利用における言語の違いによる困難や不安。

・学校からの書類を理解できない、病院で医師とコミュニケーションがとれない。子育てに必要不可欠な社会サービス利用の難しさ。

・外国人向けのサービスの利用のしづらさ(場所が遠い、電話では相談しにくい)

2)情報の不足・欠如

・子育てに関するサービスや情報量の少なさや情報へのアクセスが限られている。

・予防接種や児童手当などの情報を得られにくい。

3)人付き合いとソーシャルサポートの問題

・子育てにおけるサポート源である家族や親戚、同じ出身国の友人、近隣の日本人などの援助や相談が満足に得られず、不安な中で子育てをする

・日本人とのコミュニケーションが難しい

・同じ出身国と知り合う場がない

4)経済的問題及び就労と保育の問題

・将来的にかかる学費や保険など経済的な問題をはじめ、生活の基本的ニーズに関わる問題。

5)子供の学校、進路に関する問題

・子供の日本語能力の問題や、進学に必要な高額な学費について。

・年齢が上がるにつれ進路に対する子供の意向の違いが起こる。

6)親子関係に関する悩み

・子供が年齢とともに日本語を習得するにつれ、親の日本語力と子供の使用言語にギャップが生まれ、親子のコミュニケーションが困難になる。

・子供が周囲から日本の習慣や価値観を取り入れてくるなかで、親の文化を理解しない、母語を話すのを嫌がる、親子の関係が疎遠になる。

7)子育てに関する不安

・子供の将来に対する漠然とした不安や、一般的な育児の悩み。

・身近に母語で相談できる人がいないため、不安を感じる

 

第三節 思春期・青年期の親子の関係

松酒(2002)は、来日中のブラジル人親子のコミュニケーションの課題について、群馬県太田市・大泉町、静岡県浜松市、福井県武生市で調査を行った。10代ブラジル人を対象とし、親子の会話の時間や会話の内容、家庭内での言葉の使い分けに関するアンケート調査を行った。

 調査からは、親子のコミュニケーションに問題が起きるのは主にその使用言語や話す内容にあり、親との共通言語に違いが生まれたり、子供が日本の文化に馴染むにつれ、親子で共有できる話題が減ってしまうことが原因として挙げられている。また、ブラジルと日本では社会システムや文化が違い、日本社会で学校生活を送る子供たちに対して、親が知識を持たない場合、相談にのったり十分なサポートをしたりすることができない。特に学校の勉強や進路に関わる問題がこの調査からは多く挙げられている。さらに、母親が子供のポルトガル語保持を望んでいても、子供が母語の習得・使用に対して否定的な態度を見せたり、母語の能力が落ちてしまっているため、親子間でコミュニケーションに支障が出るケースもある。

第四節 今後望まれる外国人への子育て支援

武田(2007)は、これまでの調査を踏まえ、今後特に重要な外国人子育て支援の内容として以下のもの挙げている。

 

@.公的機関における言語的対応と多言語による情報提供

 子育てに関連する主要な制度についての周知と制度理解のための援助が必要。特に初めて子育てをする親に対してどのように効果的に情報提供していくかが課題。

A.外国人子育ての潜在的ニーズ把握

 言語の違いなどのため、外国人の育児の悩みなどに関するニーズも表面化しにくいと考えられている。乳幼児健診などで言語的対応を充実させ、ニーズの発見と支援が必要。

B.日本語の習得や日本の制度・文化理解への支援

 外国人が日本社会に適応するために、日本語の習得と日本語日本文化や日本の制度を理解することは、親たちが、子育てに必要な社会サービスを円滑に利用し、より多くのサポートを得るために重要。

C.子育て相談や交流を通してサポートが得られる場の提供

 一般的な育児の悩みに加えて、二つの文化の間で育つ子供の母語の習得や親子関係、子供の進路の問題など、外国人の子育てに特有の問題について相談したり共有したりできる場が必要。乳幼児を持つ親にとって地理的に離れた場所へは気軽に行くことは難しいことからこれらの支援は地域の身近なところで提供することが望まれる。

D.外国人の雇用状況と保育ニーズに合わせた支援やサービスの充実

 外国人の雇用条件は厳しい場合が多いことや、経済的理由から長時間労働をする外国人も多く、保育に関して様々な問題がある。長時間の保育や学童保育などが必要。

Y.就学に関する支援や子供の学習支援・母語支援

 学齢期を持つ親にとって、日本の学校制度の理解の難しさ、子供の学習支援が大きな問題となっている。子供が通うことのできる地域の身近なところで、これらのサービスの提供が必要である。

 

以上のように、子育てにおける様々な状況で、外国人の親たちは様々な困難を抱えている。病院など社会サービスの利用における困難のみならず、子供の成長と共に、子供の学校、親子関係の問題など、さまざま諸問題が明らかになっている。本論文の調査では、外国人の親へのインタビュー内容を、武田(2005)で提出されたカテゴリーに照らし合わせて、後で分析したい。また松酒(2002)で指摘されている親子間のコミュニケーションや、地域性についても注目したい。