6章 新しい動き

 

1節 金沢金箔伝統技術保存会

 400年以上続く伝統的な製法である縁付金箔について、国の文化財「選定保存技術」の認定、後継者育成、技術継承に向けて活動をする会である。後継者がおらず、職人の高齢化が進んでいる縁付金箔。技術習得に少なくても5年、長ければ10年かかると言われる縁付金箔。職人がいなくなってしまい、技術が消滅してしまう前になんとか伝統を継承していく方法を探さなければ、と大学の研究者に協力を頼むなど、個人的に技術継承の活動を行っていた、縁付金箔職人の松村謙一さん。その松村謙一さんに金沢市の文化財保護課から、縁付金箔の保存会を立ち上げませんか、と3年前に声が掛かったことがきっかけになり、金沢金箔伝統技術保存会を設立することとなった。その後、松村謙一さんを中心に、準備委員会を経て、金沢市(文化財保護課)と金沢箔の組合である、石川県箔工業協同組合が協力し、平成222月に金沢金箔伝統技術保存会は設立に至った。

 選定保存技術とは、昭和50年の文化財保護法の改正によって設けられた。文化財の保存のために欠くことができない伝統的な技術または技能で、保存の措置を講ずる必要があるものを、文化大臣が選定し、その保持者及び保存団体を認定している技術である。国は選定保存技術の保護のために、自らの記録の政策や伝承者の養成等を行うとともに、保持者、保存団体等が行う技術の練磨、伝承者養成等の事業に対して必要な援助を行っている。(文化庁HP

 保存会のメンバーは職人を中心に39名。活動としては、月に1回の定期的な集まりでの話し合い。縁付金箔に関しての価値づけ調査。実際に職人から技術を中心に聞き取り調査を行い、その内容をDVDに残し、職人の生の声を残そうとする技術継承のための活動などを行っている。今年度は引き続き追加調査として、縁付金箔の周辺材料の紙についての現状把握、今後の推移についての調査も行う予定である。

 金沢市としては「金沢の金箔が一つのブランドとして認知される必要がある。そのために伝統的な工法である縁付というものが選定保存技術に認定され価値の高いものであると国から認めていただくことは重要」「保存会の活動を通して一つのブラントとして認知されるようになればそれが金沢箔業界全体の活性化、さらには金沢の伝統的工芸品の活性化に繋がっていけばいい」と述べているように、金沢箔の活性化を図り、さらにはそれが金沢の伝統的工芸品全体の活性化にも繋がればと期待している。

 また、この保存会は縁付金箔の保存会である。保存会に断切金箔が含まれなかった理由としては、断切金箔は50年ほど前の技術革新によって確立された工法であり、まだ歴史が浅い。選定保存技術の認定を目指していくには、伝統的な工法であることが前提であるので、縁付金箔だけが保存会を設立することとなった。

 

2節 金沢箔作業所

 201079日に金沢市により金沢箔技術振興研究所が設立された。この研究所では、金沢箔の基本的な性質を明らかにする研究を行うこととしており、その成果を新たな用途の開拓に繋げていければ、と考えている。そしてこの研究所によって金沢職人大学校(1)の中に金沢箔作業所が開設されることとなっている。金沢箔作業所では、金沢箔の技術を学ぶ意志があり、審査を通過した人に、職人が市からの要請を受けて指導を行う。澄を打つ機械が1台、縁付金箔を打つ機械が1台、断切金箔を打つ機械が2台置かれ、その横に和室を作り打った後の工程である、移しの作業ができるように現在建設中。それ以外のことは来年の夏の開始をめどに金沢市が現在検討中である。

 また、この金沢箔作業所を作るにあたって当初は、縁付金箔だけの作業所を作りたいという提案があった。しかし、市の職員が「断切という工法もあるのではないか」と言ったこと、断切金箔の職人の代表者が「断切の工法はなぜ教えないのか」と意見を言ったことがきっかけで、現在建設中の縁付、断切、澄全てを教える作業所が作られることとなった。

 

3節 考察

 縁付金箔は本章第1節、第2節で述べたように、金沢金箔伝統技術保存会、金沢箔作業所など、問屋頼みではなく自分たちで行動し、後継者育成、技術継承に向けた試みを行おうとしている。これにより、縁付金箔は、断切金箔に比べ何歩か先に進んでおり、一定の方向性がある。

 ここでこれらの新しい動きが、特に断切金箔職人に及ぼす影響について考えていきたい。まず、金沢金箔伝統技術保存会は選定保存技術の認定を目指している。保存会の活動が成功し、選定保存技術として認められれば、金沢箔のブランド化のための足がかりとして期待でき、金沢箔業界全体の活性化を図れる可能性がある。しかし、断切職人にとっては、あくまで選定保存技術を目指しているのは縁付金箔であり、選定保存技術に認定されたとしても、自分たちの断切金箔が認められるわけではない。縁付金箔にとっては、明るい未来が待っているかもしれないが、断切金箔としては微妙である。金沢箔のブランド化を進め、金沢箔業界全体の底上げを狙うのか。縁付金箔だけでなんとか状況を打破していき、断切金箔は切り離されてしまうのか。断切金箔職人は、動向を見守っていくしかない。

 金沢箔作業所は公的な技術者養成施設になる予定である。断切金箔も除外されず、縁付金箔と共に後継者育成を進めていくことができる。この新しい動きには断切金箔職人も、大いに期待できそうである。

 しかし、金沢箔作業所で後継者を育てたとしても、その後、誰がその職人の面倒を見るのか。仕事量が減っている今、根本的にこれ以上職人を増やす必要はなく、後継者はいらないのではないか、などこれらの新しい動きに対する懐疑的な見方もある。どちらにせよ、これらの新しい動きは、始まったばかりで現在進行中であり、未知数である。どちらの活動も、特に需要開拓に関する具体的な道筋が見えず、職人によって温度差も感じられる。この状況を打破しない限りは、需要開拓は依然として、Sさんが大きな箔を打つ技術を研究し得意とし、奈良のお寺で認められたように、職人個人の腕前によって確保されるしかないのかもしれない。