5章 分析、考察

    ――需要低迷、後継者育成に関する金沢箔の難しさ――

 

 第4章で述べたように、金沢箔業界も他の伝統的工芸品同様に、需要の低迷、後継者不足という問題を抱えている。金沢箔職人はそんな危機的状況を理解しているが、対策はなかなか進んでいない。それには金沢箔業界特有の性質も大きく関わっているように思う。

 

1節 材料が故の難しさ

 金沢箔は、金沢箔を使い様々な伝統的工芸品や作品を作っていく、という伝統的材料である。よって金沢箔を使った伝統的工芸品や作品が販売される際にも、その作品自体を作った職人や作家の名前だけが出て販売されるのであって、材料を作った金沢箔職人の名前が出て販売されるわけではない。また、仏壇などの装飾を行う場合も、1人の職人が打った箔だけを利用するのではなく、何人かの職人が打った箔を混ぜながら装飾していくことが多い。

 先行研究の陶磁器業界の事例では「自分なりの作風に伝統を生かす」作品を作る、「伝統を踏まえ新しい感覚のもの」を造りたい、という考え方を持つ作家志向の職人が増えていることが明らかになっている。作家になれば自由な作風の作品を作ることができ、それが展覧会などで評価されれば作家としての地位も高くなり仕事は増えていく。また、高岡漆器の事例では時代に適用した作品とは何か、時代のニーズに合った作品とは何かを自ら考えて作品を作り出していく。また、購買層の幅を広げていくために若い世代をターゲットとした日常生活に合ったシンプルなデザイン、値段の安い作品を作っていく、今まで漆器が使われなかった製品への参入などの新たな動きが見られるようになってきていることが分かった。その動きの一つとしてt[j]rのような若い職人が中心となって進められている活動もある。このように伝統的工芸品産業は、需要の低迷が続く状況を何とか打破するため様々な変化が起こっている。

 このような流れの中、金沢箔も新しい用途を探さなければと職人、問屋も考えている。しかし、具体的な用途が開拓されてはいない。これはやはり、「材料」であるということが大きく関わっているように感じる。陶磁器や高岡漆器の事例での新しい動きは、今まで受け継がれてきた伝統的なものに自分なりのデザインを加えていく、時代のニーズに合ったデザインにしていくなど伝統を残しつつも、時代に合った作品を作っていくという傾向である。しかし、あくまで金沢箔は装飾に使用される材料であるので、先行研究の例のように自分なりのデザインを加えることや、作品を買ってくださるお客さんのニーズに合わせたものを作っていくことができない。よって金沢箔は、他の伝統的工芸品よりも需要の低迷が続いている現在の状況を打破することが難しいのではないかと思う。それに伴い職人たちの仕事は減り、自分たちの生活を守っていくことで精一杯になる。このような業界の状況の中で、後継者を育てるとなるとその後継者の生活を保証することができない。「材料」であるという金沢箔特有の難しさが、後継者育成になかなか踏み出せない状況を作るという悪循環を起こしている。

 

2節 職人が置かれている立場

 今回の調査から、問屋同士の価格競争が激しい、ということが明らかになった。金沢箔の需要が減り供給過多になっている中で、周りの問屋に価格で負けられないという考えが強い。「あそこの問屋がこの値段で売ったならば、うちはもっと安い値段で売ろう」というように、問屋同士の価格競争が激しい。時には原価を割るような破格の値段で、問屋が箔を取引する場合もある。金沢箔の取引の値段は一応組合で定められているが、その決まりを守っていない問屋もあるようである。この問屋同士の価格競争のしわ寄せが職人に支払われる工賃の低下に繋がっている。

 今回インタビューに応えていただいた職人は2つの問屋からの仕事を行っている特殊なSさんを除き、みな1つの問屋からの仕事だけを行っている。職人は仕事が減っている現状を劇的に変えることは難しいと考えている。そんな中でもなんとか後継者育成を行っていくためには、工賃を少しでも上げてもらう、または若い職人を抱えている職人には、問屋から普段より多くの仕事の依頼を出してもらえるようになればと考えている。そこで組合などで職人が集まった際には、工賃をどうにか上げてもらう術はないかなど、話し合いを行っている。しかし、問屋の代表者がその話し合いに参加した際には、工賃の問題など、問屋に対して職人はなかなか強く意見を言えないでいる。それ理由は、ここで問屋との関係を悪くすれば、自分の仕事に影響を及ぼしてしまうのではないか、と考えてしまうからである。1つの問屋からの仕事だけを行っている職人が多い中で、問屋との関係の悪化は、そのままただでさえ仕事が減ってきている中で、さらに自分の仕事が減ってしまうかもしれないという不安に繋がる。このような職人が問屋との11の独立性のない中で仕事を行っている、という金沢箔業界特有の状況も後継者育成に歯止めをかけている。職人と問屋は依頼関係にあるはずなのだが、1つの問屋からの仕事だけを行うことが多いことで、ある意味職人が問屋に所属しているかのような状況になっている。

 また、金沢箔の職人のための組織でもある組合も、職人たちの話し合いの場として利用されているが、そこで話し合われたことが問屋にまで伝わりづらい状況にある。組合は本来、労働者のための組織として機能しなければならない。しかし、第2章第2節で述べたように、金沢箔業界では職人と問屋が同じ1つの組合に所属しているので、組合が労働者のための組織としての機能を果たしきれずにいるのではないかとも思う。

 

3節 考察

 今回の調査から、職人たちは仕事量が減っている現状を、劇的に変えることは難しいと考えていることも分かった。そんな中でも職人たちは、自分たちの生活に少しでもゆとりを持ち、後継者育成を行っていけるような状況、若者にとっても魅力ある業界にしていくためには、今よりも問屋に工賃を上げてもらわなければどうにもならないとも考えている。しかし、前節で述べたように、金沢箔業界で職人は、1つの問屋からの仕事のみを行うことが多い。職人は問屋との11の独立性のない中で仕事をしなければならない。よって問屋に工賃を上げてもらいたいなどの意見を言って問屋との関係を悪くし自分の仕事自体が減ってしまうことを恐れ、職人は問屋に対して意見を言いづらい状況にある。職人は自分たちの生活、金沢箔業界の今後、すべてことが問屋頼みになってしまっている。このように金沢箔業界の職人は経済的、精神的にも問屋への依存が強いのではないだろうか。

 需要低迷に関する打開策としてKさんは、多くの観光客、地元の方が利用する金沢駅に、金沢箔を利用したモニュメントを制作したらどうかとの案を語っていた。しかし、このような意見は一部の例外にすぎず、あくまで職人の意見は工賃、注文の割り振り方など問屋への要望に集中する傾向が見られる。「材料」という金沢箔の性質、職人が問屋との11の関係すなわち、依存関係の強い中で仕事をしなければならない金沢箔業界の産業構造。この2つの金沢箔特有の性質によって、職人の発想も問屋への要望に限定されざるをえない状況が生まれているのではないだろうか。よって、第3章の先行研究で挙げた他の伝統的工芸品のように、消費者の動向や、時代に合った製品はどのようなものなのか、ということを知りたがる職人が出にくくなってしまっているように思える。