3章 他の伝統的工芸品に関する先行研究

――陶磁器及び漆器に関する先行研究を手掛かりに――

 本研究の調査を始めるにあたって、金沢箔に関する先行研究を探した。しかし、金沢箔に関する先行研究は見つからなかった。よって、他の伝統的工芸品の研究を手掛かりに、本研究の視点を得ていく。

 

1節 陶磁器業界

 陶磁器の10産地(笠間焼、備前焼、萩焼、赤津焼、沖縄陶器、小鹿田焼、伊万里鍋島焼、信楽焼、京焼・清水焼、益子焼)における実態調査(平成元年から7年にかけて明治学院大学が行った調査)の結果から窯元や作家たちの伝統の継承や後継者に関する意識について捉えている(中泉啓 2004)。窯元や作家たちを構成している主な年代は30代から60代にかけての人々である。中でも中核をなしているのは4050代の人々であり51パーセントを占めている。30代から50代となると87.5パーセントである。陶磁器業界全体としての売り上げは1983年の5406億円をピークとして1998年には約半分の2784億円までに落ち込んでいる。

 陶磁器の生産者はそのほとんどが小規模というよりも零細な規模であり、それは家内工業という印象を受ける事業所の規模である。それだけに家業であると同時に伝統の担い手である後継者の育成は大きな問題である。この調査で窯元や作家たちの中に若い世代は少なく、高齢化が進んでいること。後継者が決まっていない産地、事業所が多いことが明らかになった。原因として伝統工芸とはいいながらも昔とは異なり、家業という意識が薄くなっていること。若い世代では職業選択が自由になっていたり、自分の人生を自分の意志で決定したりするのが当たり前であるという社会一般の在り方がこのような伝統工芸の世界でも当然になってきていることなどが挙げられる。また、窯元や作家の出身地を見てみると、どの産地も地元出身もしくは地元以外の県内出身者が大多数を占めており、簡単に他の世界から参入することが難しい職業であることも要因であると考えられる。

 しかしこの反面、このような伝統工芸の世界に固有の大きな変化も起こっている。その変化の一つが窯元制度という形態で陶磁器の生産が次第に困難になり、それに対応するように作家志向が増加していることである。一般に窯元は陶磁器の製作者であると同時に職人を雇用して制作する経営者という側面を併せ持つ存在として捉えられている。それに対して作家は基本的には自分一人で自分の創造力を発揮する存在である。作家であれば基本的に自分一人で制作していけばよいのであるから経営者として雇用している人々の面倒をみるという苦労はない。今日では様々な展覧会があり、作家になる道は以前よりもずっと開けてきておりチャンスが増えている。まして有名な展覧会で受賞し作家として認められれば自分の作った作品の価値も高くなる。これを証明するかのようにこの調査の「伝統をどのように継承するか」という問いには純粋に「従来の伝統を守る」という人よりも、どの産地においてももっとも多いのは、「自分なりの作風に伝統を生かす」作品を作るであり、ついで「伝統を踏まえ新しい感覚のもの」を造りたいという回答であった。このように窯元や作家たちの創造者としての傾向が見て取れる。

 中泉啓は「伝統的工芸品はかつて通産省(現在の経済産業省)の「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」によって守るべき対象となっていること自体がすでにそれが危機的状況にあることを端的に示しているといるのである。それは我々の日常生活のスタイルが戦後急激に変化したことと決して無縁ではないし、そうした変化を踏まえた上での対応が必要になる。」(中泉啓 2004:24)と述べている。

 

2節 高岡漆器業界

 高岡漆器職人8人にインタビュー調査(富山大学人文学部人文学科社会学コース)を行い、職人の生活史(ライフ・ヒストリー)研究を行っている(富山大学人文学部人文学科社会学コース 2003)。インタビューに応えてくれた職人たちは8人全員が高岡出身であり、全員父親は職人である。このうち7人が漆器に携わる職人である。

 高岡漆器業界は現在全国的に見ても特に深刻な後継者問題を抱えている。「娘が二人いる。かつては婿を取って家業を継がせることも考えたが、今はかつてのように羽振りのいい商売でもなくなってしまったため、娘は二人とも嫁 に出してしまった。世間の考える後継者問題は人材不足からくるものだと思われがちだが、そうではない。たとえ、後継者を育てたとしても、その人間の将来に責任がもてないのだ。一人一人の将来は重い。今の伝統工芸にそれを担うだけの余力はもはや残ってはいないのが現状だ。これが本当の、伝統工芸に携わる人々が抱える後継者問題なのである」(第2章第1節)と語られているように後継者問題とは単純に後継者が不足しているという問題だけでなく、現在の高岡漆器業界では後継者を雇うほどの仕事がないという問題もある。たとえ後継者を育てたとしても、その人間の将来に責任が持てない、今の伝統工芸にはそれを担うだけの余力が残っていないということである。

「職人は死ぬまで仕事があると言われていた。それが昭和4050年代から逆転して、そのような簡単なものではなくなってきて、若い人がどんどん仕事を変わっていった。彫刻師はみな60代、70代で、50代は「若手」。塗り師はみな40代、50代で、30代が「若手」。職人の世界全体で高齢化が進んでいる」(第2章第3節)と語られているように、若い力を必要としている業界であるにもかかわらず、若い人から仕事を辞めていくケースが多くさらに職人の高齢化が進むという悪循環がおこっている。

 伝統工芸が危機的状況にさらされている原因としては消費者たる私たちの生活様式の変化と、外国製品の流入など様々な要因が関係しているとされている。高岡漆器も例外ではなく需要低迷に拍車をかける存在として中国製品の流入がある。「特に今、中国からも安いのが入ってくるんで、どうしてこっちが安いのにこっちはこんな高いのっていうような感じで見る人が多い」(第2章第1節)と語られているように量産体制の中国の強みは低価格であるのでどんどん日本に入ってくるようになっている。しかし高岡漆器は値段に見合っただけの質に自信を持っている。

 このような状況を打開するために高岡漆器業界ではさまざまな動きが起こっている。「大変わりしないまま、ここまで来てしまって、今になって皆焦っている。生活様式もどんどん変わってきているのだから、それに合わせて変化していけば生き残れるはずだ。もっと以前から手を打っておけば高岡漆器は変われたはずだ」(第2章第2節)と語られているように時代に適用した作品とは何か、時代のニーズに合った作品とは何かを自ら考えて作品を作り出していく。また購買層の幅を広げていくために若い世代をターゲットとした日常生活に合ったシンプルなデザイン、値段の安い作品を作っていく、今まで漆器が使われなかった製品への参入などの動きが見られるようになった。

 また、高岡市デザインアドバイザーの佐藤康三さんをリーダーに、高岡漆器青年会のメンバー14人が若い世代に受け入れられる漆器を作ろうと結成されたt[j]rがある。t[j]rは英語で「高岡の漆器を変えていく人たち」を意味する「takaoka japan(漆器)refiners」の頭文字を取った名前であり正確には「Kozo SATO + t[j]r」である。高岡漆器のある新たなライフスタイルを、新デザイン、実験試案試作を映像、音楽とフュージュさせ提案したりなど、現在、高岡漆器を世界に発信すべく活動中である。このような高岡漆器を発信していく活動も行われている。

 さらに後継者育成のための高岡市伝統工芸産業技術者養成スクールというものがあり高岡の優れた金工・漆工の伝統工芸技術の継承と工芸産業の振興を目的に、デザインから造形まで、トータルな工芸技術の習得を通して、次代を担う人材を養成している。

 このように高岡漆器は未来への生き残りをかけた転換期に入っている。

 

3節 比較考察

 本章第1節、第2節で陶磁器業界、高岡漆器業界の様子を見てきた。先行研究で挙げた2つの業界、金沢箔業界、全ての伝統的工芸品業界に共通の問題として後継者不足の問題がある。陶磁器業界では「陶磁器業界全体としての売り上げは1983年の5406億円をピークとして1998年には約半分の2784億円までに落ち込んでいる」「後継者が決まっていない産地、事業所が多いことが明らかになった」と述べられている。高岡漆器業界では「世間の考える後継者問題は人材不足からくるものだと思われがちだが、そうではない。たとえ、後継者を育てたとしても、その人間の将来に責任がもてないのだ。一人一人の将来は重い。今の伝統工芸にそれを担うだけの余力はもはや残ってはいないのが現状だ。これが本当の、伝統工芸に携わる人々が抱える後継者問題なのである」(第2章第3節)と語られている。このようにどの業界にも共通の問題として、需要の低迷に伴い、後継者を育てていくだけの仕事量が確保できず、若い後継者が不足しているという状況があることが明らかになった。

 また、陶磁器業界では「自分なりの作風に伝統を生かす」「伝統を踏まえ新しい感覚のもの」を造りたいという意見が多い。創造者としての傾向が見て取れる。高岡漆器業界では「時代のニーズに合った作品とは何かを自ら考えて作品を作り出していく」と述べられているように、新たな高岡漆器を作り出そうとしている。このように先行研究の2つの例が、金沢箔業界と異なる点は、需要を拡大しようと、時代に合った作品作りを行おうとしている点にある。

 今回先行研究で取り上げた事例では、需要が低迷してきている中、なんとか生き残っていく術を模索している。生き残りを賭けた動きが金沢箔業界でも起こっているのか、起こっていないのか注目していきたい。また、起こっていないのならば、なぜ起こっていないのか。金沢箔業界の背景から探っていきたい。