第6章 分析

 ここでは、第2章の先行研究と比較をしながら、今回調査した2つの見守り隊の特徴をまとめる。

 

第1節   市民主体の見守り隊

第1項 見守り隊結成には個人の力や行動が大きい

 清水が示した人の目の垣根隊は行政が主体となり、市民に参加を呼びかけ結成されたものである(清水 2007 : 94-95)。一方で、今回調査した2つの見守り隊は個人の行動に対して、住民が反応し、隊結成へとつながったものである。

 全国で不審者による事件が頻発したことにより、行政は各学校に見守り隊を結成するよう要請した。この要請に応えるようにして、定塚校区ではPTAによるパトロール活動が行われたが、失敗に終わった。そして当時のPTA会長が、室田さんのところに相談に来た。室田さんは当時、県知事委嘱の青少年育成県民運動推進指導員で、定塚校区の青少年育成団体連絡協議会(6)の会長だった。室田さんはPTA会長に「小学生は毎日学校通うのに週に1回とか2週間に1回とか(活動)しとっても、あかん(ダメだ)。それから僕らも含めて小学校へ行く時間帯とかね、みんな会社行っとる。(活動に参加)できんわい。やるがだったら地域の人全員で通学してくところを朝ちょっと見守るとかなんかそういうふうな雰囲気でもつくらんにゃ、そりゃ続かんよ」と話をした。するとPTA会長に「校長もそんなようなこと言うとった。1回校長と一緒に話してくれんか」と言われて、室田さんは校長と話をする。そこで「街全体でパトロールできるように組織しよう」と意見が一致し、地域住民への説明が始まる。

 B町内会防犯パトロール隊の場合はMHさんの熱意が少しずつ周囲の人々に伝わり、協力者が増えていった。MHさんはインタビューの中で「行動するときには『理念』と『使命感』がなければならない」と何度も語っていた。そして、実際に「想定される地域のいろんな問題に対して対応できる組織はパトロール隊だ」、「地域の安全を守らなければならない」という明確な理念と使命感、目的意識が周囲の人々を動かした。

2つの見守り隊の設立経緯をまとめると、定塚校区は行政からの要請によりパトロール隊が結成された。しかし、隊結成のために行動したのは室田さんと校長やPTA会長など定塚小学校の関係者であり、隊結成までに行政が大きく関わっているとは言えない。また、B町内会は行政が関わることなく、個人の粘り強い行動が住民に伝わり、隊結成に向けての行動が草の根的な広がりを見せた。今回調査した2つの見守り隊は行政主導ではなく、個人主導で隊が結成されている。

 

第2項 「抑止力」としての見守り隊

清水は「子どもの異変に気づいたり、不審者を目撃したからといって、自分で解決しようとせず、状況を直ちに警察や青少年センターに連絡するようにと、説明書には記されている」と述べている。清水(2007 : 96)の場合と同様に、室田さんは「仮に不審者と遭遇した場合は絶対に自分からいかないと。まず警察に通報すること。まぁ要は自身の安全を確保すること。それが高校生であろうが、相手がですよ、老人であろうが、子どもであろうがどんな格好しとろうと、凶器をもってるかもしれないいうことをちょっと頭に入れながらとにかく近づかない、と。まず通報、ということ」と語っており、YTさんも「(不審者を)とりおさえるとかそういうことはいっさいやらず、あくまでも(警察に)連絡する」と語っていた。不審者をつかまえることが見守り隊の役目ではない。パトロール活動を行うことで「地域の安全に関心がある」ということをアピールし、犯罪が起こらないようにする。犯罪の「抑止力」としての見守り隊に期待がなされている。

 

第3項 老人クラブの存在

 清水は、人の目の垣根隊は「シニア世代が活動の中心」と述べている(清水 2007 : 103)。今回調査した2つの見守り隊でも、中心となって活動していたのは高齢者であるが、その高齢者の多くが老人クラブ会員であることに注目したい。

室田さんと隊結成のために中心となって行動した人々は、PTAのパトロール活動の中止をうけて、毎日活動に参加できる人はどのような人かを考えた。その結果、時間に余裕がある人、自由のある人は定年退職者や高齢者だという話になり、老人クラブの人々に「定年退職者が中心だろうから一つの大戦力と考えている」と協力を求めた。老人クラブの人々からの賛成を得られれば、活動の基盤ができると考えた室田さんは老人クラブ会員に他の団体よりも多く説明を行い、活動参加を依頼した。そして、会員から「活動を支える」という返事をもらってから他の団体に説明に行った。

MHさんは「共働きの人々が多い中で、子どものことを注意深く見守ることができるのは家庭にいる年金受給者、要するに定年退職して家にいる人たちが第一に考えられる。そういう人たちを集めて一つの組織をつくろうというのが基本的な考え方です」と語っている。MHさんは町内会役員と老人クラブ会長、副会長、児童クラブの役員の前で、組織化の必要性を説いた。そして、老人クラブの会長、副会長には各クラブの会員に活動に参加するよう声かけをすることを依頼した。

室田さんが「主体は老人クラブ」、YTさんが「高齢者の隊員で町内会の老人クラブに入っておる人がやはり80%ぐらい」、MHさんが「年金、年金受給者だからその人たち(老人クラブ会員)中心になる」と言うように、実際に多くの会員が活動に参加しており、老人クラブは当初の期待に見事に応えている。

 

 

第2節   活動の成果と問題点 

第1項 活動の成果

●ユニフォームの効果

 清水は子どもに対してのユニフォームの効果について述べている(清水 2007 : 100)。MHさんは「どこの人かわからないような人がね、子どもたちに声かけたら子どもの方がこわがっちまいますわねぇ」と語っており、B町内会では“この人はパトロール隊員だよ”ということがわかるようにベストなどのユニフォームを準備した。

ユニフォーム着用は地域においてどのくらいの人数が活動しているかの目安になると清水は述べている(清水 2007 : 101)が、今回の調査でそのような効果に対する語りは得られなかった。そのかわりに、定塚校区ではジャンパー着用により、街が明るくなったという語りが見られた。定塚校区の住民の中には老人クラブ活動時や買い物、散歩の時などパトロール時以外でも見守り隊のジャンパーを着て活動している人がいる。室田さんによると、その様子を見て、隊員でない人が「街が明るくなった」と語っていたそうだ。

 

●あいさつ・声かけの効果

隊員のインタビューの中で、以下のような語りがある。

 

朝この時間(決まった時間)にね、きちっと出てくる。それまた健康のために、子どもさんの安全にもいいことだと私は思っております。ただ立ちっとるだけ。つらもなんも(つらくもなにも)ないです。健康だと思います。はい。エヘヘ。また、人の顔も見れるしね。うん。楽しいです。

 

また、MHさんも次のように語っている。

 

小学校の時に知り合った子たちが中学校行ったら、やっぱり登下校のときに「おはようございます」とかね、「ありがとうございます」とかってちゃんと声かけていく子がけっこういる。高校生でもいるわ。(中略)途中で会ったらね、ちゃんとあいさつしてくれるから「自転車気いつけるんだよ」とかこっちもまた声かける。それくらいになると今度はそのお母さんあたりが、こっちを知ってくれるわけ。娘から話聞くからね。ほて顔覚えてちゃんと何かのときにね、お話する機会あるでしょ。だからできるうちに何でもね、そうやってあの自分のできることは地域社会のためにね、協力しておくことが必要だ。そういう活動にはね、積極的に参加する姿勢が必要だね。それが人生幸せにしていくコツの一つ。

 

清水は人の目の垣根隊活動の成果として「あいさつや声かけの効果」を挙げ(清水2007: 101)、「『人の目の垣根隊』の活動を通して、会員たちが得たものは少なくない」(清水 2007: 100)と述べている。今回の調査でも隊員が児童にあいさつ・声かけをしている様子は見られ、「子どもが声をかけてくれるようになって、うれしい」と語った隊員もいる。清水は「活動を通して子どものみならず、大人(保護者など)との交流が増えたことも副産物のひとつ」(清水 2007: 101)と述べており、MHさんも保護者との交流について語っている。しかし、ほとんどの隊員は児童との交流についてのみ述べており、大人との交流よりも児童との交流が高齢者の「やりがい」につながっている可能性がある。

ただし、活動をプラスに考えている隊員がいる一方で、以下のようなやりとりもある。

 

調査者:見守り隊活動に参加してよかったことはありますか。

隊員:よかったことってー…うーん、よかったことちゃないけども、とにかく子どもたちが無事帰れればそれでいいと思って、うんうんうん。

調査者:活動に出て、自分の生活での変化とかありますか。

隊員:いやー別に変わりないと思いますけど。うーん。

調査者:逆に大変なことって=

隊員:大変は大変です。時間通りに出てこなきゃなんないから何か用事あってもどっちかにかたよってしまうから。

 

活動に「やりがい」を感じている隊員が多くいる一方で、活動を少なからず負担に感じている隊員がいることも事実として認めなければならない。

 

第2項 問題点

●学校との連携が足りない

清水は垣根隊会員の不満として学校との連携がたりないことを挙げていた(清水 2007 : 101)。今回調査した2つの見守り隊は学校側から隊員に下校時間帯が伝えられているので、そのような不満は見られなかった。一方で、隊員に対する学校側の配慮不足が挙げられている。

 室田さんによると、隊設立当時の小学校長や教頭は隊員の人々への声かけを積極的に行っていた。また、児童が隊員に感謝の気持ちを伝える手紙を児童に書く機会を設けていた(巻末資料)。PTAの会報誌にも活動の様子を掲載していた。隊員の中には、「ここ(会報誌)に載せてもらったよー」と喜んでいる人もいたそうだ。学校側のこれらの行動は、隊員にとって励みになると室田さんは考えている。しかし、その後他の学校から転任してきた校長や教頭は、隊員が活動している状態を「当たり前だ」というふうに見てしまっている。そのため、学校側にパトロール活動を盛り上げていこうという機運がなくなり、PTAの会報誌に活動の様子が全く掲載されなくなるなど、隊員に対する配慮が欠けた状態になっている。

 室田さんは活動維持には学校側の姿勢や行動が大きくかかわると考えている。

 

●子どもの態度に戸惑い

 清水は子どもの態度に対する垣根隊会員の声をまとめていた(清水 2007 : 101)。しかし、今回の調査で子どもの態度に問題を感じるという語りは見られなかった。

 

●保護者はもっと協力すべき

 清水は垣根隊会員が、子どもの態度に不満や戸惑いを感じたことによって起こる親はどのようなしつけをしているのか”という保護者批判と、保護者の活動参加協力を促す声とが見られることを示した(清水 2007 : 101-102)。今回調査した見守り隊からは、子どもの態度に不満や戸惑いを感じたことによって起こる保護者批判は見られなかった。一方で、保護者の活動参加協力に対する声は上がっている。また、先行研究では述べられていなかった普段の保護者の態度に対して、隊員が不満をもっている様子が見られた。

 

・活動に参加してほしい

 YTさんは「子どものお父さん、お母さんには出てもらいたいという願望があるわけですよね。(活動を)全部、年寄り連中に、年寄りが暇だからいうことで年寄り連中になげられちゃうとやはり運営が長く続いていかない」と語っている。隊員を増やすために、毎年、新1年生の保護者に隊員になるように話をしている。また、子どもが小学校を卒業すると「もう関係ない」と言って隊を辞める保護者もいるので、「子どもの親でない人でも、じいちゃん、ばあちゃんはちゃんと見守り隊に入っているんだ。だから同じ町内の子どもだということでもう少し広い意味で考えてほしい」と話をしているが、保護者の隊員確保には苦戦している。

 

・保護者は感謝しなければならないのではないだろうか

定塚校区は隊結成の段階で、活動時間帯は多くの保護者が働いている時間帯であるため、保護者が活動に参加するのは難しいことを多くの人々が理解していた。そのかわりに保護者には町内のレクリエーションや清掃活動など地域の行事に率先して参加してもらい、保護者と隊員との間で「いつもうちの子がお世話になってます」と会話を交わしてもらえればと室田さんは考えていた。街全体が知り合いの顔同士になることが防犯につながると室田さんは考えており、地域の行事で保護者と隊員との積極的なコミュニケーションを望んでいた。ところが、実際は保護者が積極的に行事に参加しているとは言えず、感謝の集いであるふれあいコンサートへの保護者の参加も少ない。実際に隊員からも「パトロール活動しなさいとは言わないが、感謝の気持ちをもってほしい」という声が上がっている。

 MHさんも「子どもたちの親は『ありがとう』とも言わない。これも悲しい現実。子どもはねぇ『じいちゃん』ちゅうって声かける。コンビニでもスーパーでもね。そうするとねぇ、そこに一緒にきてるねぇ、若いお父さんが『お前知ってるがか、誰や』こんな言いかたしてるわけ。『パトロール隊のおじいちゃんだよ』言うとね、『ふーん』とか言うてね、『パトロール隊かぁ』言うて。若いお母さんでもそうだよ。(MHさんのことを)ちらっと見てね、(子どもを)ひっぱってく」と語っている。

 上で述べたのは一部の保護者の対応であるが、隊員に対して配慮が欠けた行動をとっている保護者もいると言わざるを得ない。

 

第3節 見守り隊の現状――新たな発見――

 今回の調査で、先行研究で述べられていなかった特徴も見られたので、述べておく。

 

●見守り隊活動とまちづくり

 定塚校区では「小学生は毎日学校に通うのだから、週1回、月1回の活動では見守り活動にならない。では、毎日活動するにはどうしたらいいのか。自分の家の前を通る子どもを見届ければいいんじゃないか」という室田さんの考えから、「決めごとはしない。自然な形、無理のない姿勢でやる」という活動方針が生まれた。定塚校区の全ての住民に、特定の場所に行くのではなく、「“自分の家の前を通っていく子どもを朝と夕方見届ける”という気持ちをもってほしい」と室田さんは考えた。

 定塚校区ではボランティア保険に加入している人を隊員と呼んでいるが、「普段着のまま、生活の延長で」がモットーなので、室田さんは「あなたはパトロール隊員で、あなたはパトロール隊員でない」という区別をもっていない。室田さんは「校区に住む人全員が見守り意識をもっているというふうに解釈している」と語っている。

 室田さんが強調していたのは、年に1度のふれあいコンサートで住民同士が交流している点である。「安全な街をつくるにはみんなが顔見知りになる、そのために老いも若きもみんなで一体となって交流するのが良いのではないか」と室田さんは考えており、このコンサートでは小学生や保護者、パトロール隊員などが一緒に音楽を聴いたり、歌ったりしている。定塚校区以外の人々も鑑賞できる。室田さんは高齢者に、このコンサートを「元気に過ごすための一つの目標にしてもらえれば」と考えている。また、室田さんは見守り隊活動について「本当は通学路の(安全)確保ですけど、今はふれあい活動ということになっている」と語っており、このコンサートもふれあい活動という点で、重要な行事であると言える。

 

●活動維持の難しさ

 定塚校区地域パトロール隊結成された当時は、小学生が被害者になる事件が全国各地で起こり、行政が各学校にパトロール隊を結成するよう積極的に働きかけをしていた。その結果、多くの小学校区で隊が結成され、事件は減った。そして現在、事件がなく平和な状態を保ち続けていることにより、見守り隊への関心が薄れていると室田さんは感じている。また、定塚校区の隊員3人は「前ほどは出ていない(以前に比べて活動に参加している人は少ない)」、YTさんも「永続っていうのは難しいですね」と語っており、結成当時より活動の熱がなくなってきていることは2つの見守り隊で認められる状態である。