第2章 先行研究

第1節 「人の目の垣根隊」概要

 ここでは、清水(2007 : 91-98)に従って、他県での見守り隊活動の実践事例である兵庫県三木市の市民ボランティア組織「人の目の垣根隊」の概要をまとめる。

 

<目的>

 子どもたちが温かく見守り支援する大人を地域の中に増やしながら、地域の子どもは、地域で守り育てるという気運の醸成を図り、地域の連帯感と教育力を高めることで、子どもたちが明るく生き生きと生活できる地域社会を作ることが目的である。

 

<隊員>

 目的に賛同し、三木市内に在住在勤の20歳以上で、子供の健やかな成長を真に願っている人であれば誰でも隊員になることができる。

 

<活動内容>

 子どもへの声かけ運動、安心安全で快適な生活環境の点検活動、パトロールと見守り活動を行なっている。

 

<活動の留意点>

 公的機関から認定された資格・身分ではない。また、人の目の垣根隊の活動は、あくまで個人的、自主的な活動であり、メンバーとしての規則や義務を負うものではない。子どもの異変に気づいたり、不審者を目撃したからといって自分で解決しようとせず、状況を直ちに警察や青少年センターに連絡する。

会員は年間1人500円のボランティア保険に加入する。必ずユニフォーム(黄緑色のジャンパー、緑色のベスト、オレンジ色の帽子、白い腕章、赤いストラップの会員証)を着用する。

 

<活動状況>

活動は自主性に任されている。緑色のジャンパーとオレンジ色の帽子のユニフォームを着用して、子どもの登下校時に校門で立ち番をする人、買い物や犬の散歩のついでに通学路を見守る人など活動内容は様々である。活動している人の大半は60歳以上と思われるシニア世代で、男性の姿が目立っている。垣根隊登録者(会員)は活動開始から約半年で1000人を超えたが、日常的に活動しているのは少数派である。ボランティア組織である以上、会員に活動を強制することはできない。

 

 

第2節 経緯

 ここでは、清水(2007 : 92-100)に従って、人の目の垣根隊結成前から結成後半年までの経緯をまとめる。

 

第1項 「人の目の垣根隊」結成

 2004年6月23日に「地域の子どもを地域のみんなで守ろうやないか」運動が開始された。これは、子どもが犯罪に巻き込まれるのを地域ぐるみで防ごうと、三木市教育委員会や三木署などが市民に下校時の見守りなどを呼び掛けた運動である。この運動が始まった直接的なきっかけは、三木市において不審者を目撃したという情報が大幅に増えたことである。また、子どもが痛ましい犯罪の犠牲者になる事件が、マスコミ等でしばしば取り上げられるようになったことも影響している。この運動の主唱者の一つである三木市教育委員会・青少年センターでは、長年、子どもの非行防止を中心テーマのひとつとして活動を行ってきた。しかし、子どもが被害者となる事件が後を絶たず、地域の子どもの安全は地域の住民で守らなくてはと思い、運動の発案に至った。

 運動が始まっても不審者目撃情報は減らなかった。「不審者は自動車で移動することが多く、一部の地域のみパトロールするのでは効果を期待できない。市内全域に運動を展開するには、組織化するしかない」。三木市青少年センターは200411月、子どもを見守るボランティア組織を立ち上げることに決めた。これが「人の目の垣根隊」である。

 

第2項 会員募集から目標達成まで

 2005年2月、三木市教育委員会は人の目の垣根隊会員を3月1日から募集することを発表した。三木市全体で800人体制を目指した。会員募集にあたり教育委員会は「人の目の垣根隊設置要項」をまとめた。「人の目の垣根隊」は市教育委員会が設置し、推進団体として14団体(三木市・三木警察署・三木防犯協会・三木市交通安全協会・警友会三木支部・三木市連合PTA・三木市子ども会連合協議会・三木市区長協議会連合会・三木市連合婦人会・三木市老人会連合会・三木市青少年補導委員会・三木市民生委員児童委員協議会・三美更正保護婦人会)が名を連ねている。

2月初旬より、人の目の垣根隊募集要項説明会が始まった。関連団体(区長協議会、公民館長会、自治会、老人会、婦人会、子ども会など)への説明会をはじめ、一般市民を対象とした説明会も市内各所で開かれ、二百数十名以上が参加した。

 5月23日に開かれた会員の研修会には約100人が参加した。ユニフォーム一式が配られ、三木署員らが活動の際の注意点を説明した。研修会はその後27日まで、市内の6会場で開かれた。5月23日時点での会員登録者数は453人であった。

 2005715日付神戸新聞(三木版)は垣根隊登録者が目標の800人を超えたことを報じた。当初は2005年度中の達成を目指していたが、3月の募集開始から約4ヵ月で到達し、市教育委員会にとっても「予想外のペース」だった。登録者は2006年1月末の時点で1047人になった。

 

第3項 発足から半年が過ぎて

 2004年度の市内の不審者発生件数は37件であったが、2005年度は12月の時点で13件であった。不審者発生件数の減少以外にも、空き巣狙いや事務所荒らしの件数も減っており、発足から半年が過ぎた垣根隊の取り組みは、当初の期待どおりの成果をおさめていた。

 一方で、登録者は1000人を超えたにもかかわらず、日常的に活動している会員は少数派だった。「できる人が、できる時に、できる範囲で」がモットーの活動である以上、会員だからといって強制することはできなかった。

 2006年2月、市教育委員会は会員に対し、次年度会員登録確認の葉書を送付した。その際、あわせて活動状況に関する簡単なアンケートを実施したところ、「活動報告会を開催してほしい」という要望が出たので、市教育委員会では2006年度より、学期毎に各地で会員の意見交換会を開くことを決定した。

 

 

第3節 活動の成果と問題点

ここでは、清水(2007 : 100-102)に従って、人の目の垣根隊活動の成果と問題点をまとめる。

 

第1項 活動の成果

●ユニフォームの効果

 ユニフォームの着用には抵抗を感じる人も少なくない。一方で、「ユニフォームを着ていて、子どもたちからあいさつが返ってくるようになった」「ユニフォームがあることで声かけしやすい。子どもが安心する」という会員の声からうかがえるように、子供たちにとって“ユニフォームを着ている人=自分たちを守ってくれる人”であり、その効果が大きいことを会員自身が認めている。また、「ユニフォームを着ることで、会員の誰が来て誰が来ていないかわかるようになった」というように、地域においてどのくらいの人数が実質的に活動しているかという目安にもなる。

 

●あいさつ・声かけの効果

 「当初は小さかったあいさつの声が、しだいに大きくできるようになりました。子どもの成長がよくわかります」などの会員の声に示されるとおり、“あいさつ・声かけ”は子どもの変化が最も実感できる活動の一つである。「子どもの並び方がよくなり、あいさつができるようになりました。どこでもあいさつしてくれます。子どもを通して親との交わりができました」というように、活動を通して子どものみならず、大人(保護者など)との交流も増えている。

 

第2項 問題点

●学校との連携が足りない

 下校時刻の変更などが会員に十分伝わっていないという苦言が、何人かの会員から寄せられた。下校時の見守り・付き添いは日常的におこなわれる重要な活動のひとつである。会員たちは、学校との連携がスムーズに運ぶためのしくみを望んでいる。

 

●子どもの態度に戸惑い

 「横断歩道を手をあげて渡らない。なぜ?そのように教えているのか?」「挨拶する子としない子に分かれているようである」といった声がとても多い。

 

●保護者はもっと協力すべき

 垣根隊活動の中心メンバーは、小学生の祖父母世代にあたるシニア層である。子どもの態度への戸惑いは、“親はいったい何をしているのか”という保護者の批判につながる。会員からは「雨降り時、傘を振り回し、郵便屋さんのバイクに当たりかけた。家庭でのしつけが大事」「大人でもあいさつしない。子どものあいさつは家庭の問題である」といった声が出ている。

 また、「保護者もいま少し外に出てほしい」「児童・生徒の保護者はすべて垣根隊に入るべきではないか」など、保護者の協力を促す声も見られた。

 

 

第4節 まとめ

第1項 意見交換会に参加して

意見交換会にオブザーバーとして参加した清水は、「会員の熱い思いと苛立ちが、ひしひしと伝わってくるような会であった」(清水2007 : 103)と述べている。また、「一部の熱心な人とその他大勢のあいだの“温度差”が広がると、多くの人が付いていけずに離れていってしまう。そして、熱心な人が抜けたとたん活動が衰退してしまうというのも、ボランティアにはよくある話である。『人の目の垣根隊』は『できる人が、できる時に、できる範囲で』がモットー。活動の可能性と限界を知り、初心に返ることが必要ではないだろうか」とも清水(2007 : 103)は述べている。

 

第2項 子育て支援団体としての「人の目の垣根隊」

 清水(2007 : 103-104)は人の目の垣根隊の今後の活動のあるべき方向性について、以下のようにまとめている。

少子高齢化が進む中、子育て支援ボランティアとして最も期待されるのがシニア世代であり、団塊の世代が定年退職を迎え始めた今、子育てボランティアに男性をいかに取り込んでいくかについても、大きな関心が寄せられている。その意味で、シニア世代が活動の中心で、しかも男性が会員の半数を占める垣根隊への期待は大きい。しかし、“防犯”という視点のみでは、活動を一時のブームに終わらせる危険性がある。垣根隊活動が、今後より発展をとげるには、より広く「子育て支援」の視点から、活動の内容、あり方を見直す必要がある。「できる人が、できる時に、できる範囲で」とは、地域子育て支援の核心をついたキャッチコピーである。細く長く、気負わずに続けて、地域の子育て支援力を高めていく。「子育て支援団体としての『人の目の垣根隊』活動ぶりを今後も見守っていきたい」と清水(2007 : 104)は考えている。