第五章 学校生活管理指導表の活用の実態について

 

これまでの章において、保護者たちが子どもたちの就学・入園の際に抱える不安や負担を明らかにしてきた。

しかし、国としてもなんの支援をしていないわけではない。文部科学省は2008年度にアレルギー疾患の子どもたちの学校生活をサポートしようと、教職員向けの指針を始めて作成した。この指針は学校と保護者、それに担当医が、子どものアレルギー疾患の情報を共有することで、医学的な知識がない教職員でも給食や運動時に適切な対応を取れるようにする目的で作られた。対象となるのは、(1)食物アレルギー(2)アトピー性皮膚炎(3)アレルギー性結膜炎(4)アレルギー性鼻炎(5)気管支喘息の五つの疾患を対象としておいる。また、指針作成に当たって、同省は家庭や医師との情報共有がスムーズに進むよう『学校生活管理指導表』も作成した。この資料の実物を巻末(P3233)に記載した。

これらについて、この章では実際にはどのように活用されているのかについて述べていきたい。

 

第一節 学校生活管理指導表の概要

 

 アレルギー疾患に関する調査研究委員会では、アレルギー疾患に関しても、従来の保健調査等に基づく実態把握を進めている。このほか、アレルギー疾患をもつ児童生徒に対して学校が取り組みを行う場合に、学校、保護者、医師の関係三者を結ぶ媒体として、『アレルギー版学校生活管理指導表』(以下、「指導表」という。)を作成し、医師による医学的判断を学校と保護者との間で共通理解し、効率的な取り組みを学校で実践していく仕組みの構築を提案している。この指導表は、原則として学校における配慮や管理が必要だと思われる場合に使用されるものであり、この仕組みにより、児童生徒のアレルギーに関する情報の流れが整備され、学校現場で医学的判断に基づく益節な取り組みが進むという効果がもたらされるとともに、この仕組みの運用を通じて教職員の理解の向上に繋がると言う副次的効果も期待できると考えられている。

 また、この仕組みは、幼児期よりアレルギー疾患に罹患し、就学を迎える児童の保護者や既に学校に通っている児童生徒及びその保護者にとっても、医師の指示に基づいて、学校での取り組みを学校と共に相談することができることになるため、学校の誰に、どのように相談したらよいのかといった不安を解消する一助となるものと考えられている。また、適切な対応を求められる養護教諭をはじめとする教職員にとっても、この仕組みは医学的根拠に基づいた効率的な取り組みの実施に資するものと、この調査委員会では考えられている。

この指導表のガイドラインには、「管理指導表の活用のためのポイント」として、以下のように挙げられている。

()学校・教育委員会は、アレルギー疾患のある児童生徒を把握し、学校での取り組みを希望する保護者に対して、管理指導表の提出を求める。

()保護者は、学校の求めに応じ、主治医・学校医に記載してもらい、学校に提出する。

()学校は、管理指導表に基づき、保護者と協議し取り組みを実施する。

()主なアレルギー疾患が1枚(表・裏)に記載できるようになっており、原則として一人の児童生徒について1枚提出される。

()学校は提出された管理指導表を、個人情報の取り扱いに留意するとともに、緊急時に教職員誰もが閲覧できる状態で一括して管理する。

()管理指導表は症状等に変化がない場合であっても、配慮や管理が必要な間は、少なくとも毎年提出を求める。記載する医師には、病状・治療内容や学校生活上の配慮事柄などの指示が変化しうる場合、向こう1年間を通じて考えられる内容を記載してもらう。(大きな病状の変化があった場合はこの限りではない。)

()食物アレルギーの児童生徒に対する給食での取り組みなど必要な場合には、保護者に対しさらに詳細な情報の提出を求め、総合して活用する。

 このように、管理指導表は学校がアレルギー児のアレルギー情報を把握し、管理する。アレルギー症状は個人差が大きいので、管理指導表により個々人の症状などを把握し、学校での取り組みを考えることができる。ただし、アレルギー情報を知られたくないと考えている保護者もいるので、個人情報の取り扱いには注意が必要であるとされている。

 

第二節 指導表の問題点

 

指導表はアレルギーの情報共有という面においては意味をもつが、交渉で話し合う内容などから、保護者が一番求めているのはそこからの「取り組みプラン」であると考えられる。

「取り組みプラン」は、個々の児童生徒に対して必要な取り組みを学校の実状に即して行うために、学校が立案し保護者と協議し決定するもので、以下の内容が含まれる。

 (1)アレルギー疾患のある児童生徒への取り組みに対する学校の考え方

 (2)取り組み実践までのながれ

 (3)緊急時の対応体制 

 (4)個人情報の管理及び教職員の役割分担

 (5)具体的取り組み内容(個々の児童生徒で異なる内容)

 上記の(1)〜(4)は学校ごとに決定される内容、(5)は管理指導表に基づき個々の児童生徒ごとに作成される内容である。「取り組みプラン」は各学校の実状に合わせて作成することが求められている。

これまで述べてきたように、(1)アレルギー疾患のある児童生徒への取り組みに対する学校の考え方が、まず交渉の際の難関になっている。そして学校毎に対応が異なる点についても明らかにしてきた。もちろん、学校毎に施設設備や人材配置などが異なること、またアレルギー症状の程度により個々人に対する対応が異なるのは、ある程度仕方のないことである。しかし、学校の現場でのアレルギー疾患の理解がないことで、交渉が難航することについて、この指導表は助けになるのではないだろうか。そのことについて、次の節で述べていきたい。

 

第三節 交渉時における指導表の意義

 

 この指導表について、食物アレルギー児の小学生をもつ保護者であるTDに意見を求めた。

 まず、自治体や学校毎によって取り組みに差があることは、第四章で述べたとおりであるが、この指導表も同じく、同じ自治体でも学校によってはもらっていない人もおり必ずしも普及しているとは言い難いのが現状のようだ。現に、「存在は知っているものの、学校から書類としてこの指導表は出てきたことはない」とTは語る。現場での周知はまだ遅れているようである。

 また、「学校とやりとりする書類であって、これにより対応が特別改善されることはない」という意見が多く聞かれた。つまり、アレルギー情報の入手や管理には役立っているものの、そこからの交渉について担当者のアレルギー知識の不足について特に補ってくれているわけではなさそうである。そのために、学校毎に作成される「取り組みプラン」についてもやはり改善されるわけではない。

だが、これがあることにより、完全な手探り状態の交渉よりは、学校側が事務的にアレルギー情報を把握し、管理することができる点において交渉の役立っているといえる。

 この指導表があることにより、学校生活でどのような対応を行えばよいのか教職員や親にとってもある程度目途がつくという点において、交渉の際に有効だということがわかった。

 しかし、実際には現場での認知度はまだ低いようである。その理由としては、先述したとおりアレルギー疾患への取り組みの程度が現場の担当者や学校などの取り組みの姿勢に依存するからではないだろうか。つまり、アレルギー疾患にもとから熱意を持って取り組んでいる学校では、この指導表を知っているだろうし、逆にアレルギー疾患になんらかの原因により消極的に取り組んでいる学校では、アレルギー児への対応についても学校として取り組む姿勢が低いため、この指導表についても認知されていないと推察する。