第四章 入学・就園前の交渉

 

食物アレルギーは普段の生活において欠かせない「食」の部分において、配慮が必要な病気である。また、「食」以外にも、食べ物由来の酵素や浮遊タンパク質などで反応を起こす子どももいる。食物アレルギーは個人によって程度があり、そのために食物アレルギー児の親は、学校や幼稚園などの集団生活の場において個別の対応を頼まなければならない。 

集団生活上においてわが子の病状や注意点などを伝え、学校側と対応について話し合いを行うことを、もたろう倶楽部では、「交渉」と呼んでいる。

 この章では、食物アレルギー児の保護者たちが入学や入園を前にしたとき、どのような交渉を行い、何を感じているのかを明らかにしていきたい。

 

第一節 入学・就園前の不安・不満

 

 前述したとおり、食物アレルギーでは日常の生活において配慮を欠かすことができない病気である。そのために保護者の実際の不安は入学や入園の前から始まっている。この節では、入学や入園を前にした保護者がどのような不安をもっているのか、またその不安の原因について述べていく。

 

第一項 小学校の場合

 

 小学校においては、まず保護者たちが問題にしているのが、「いつ、どこのだれに相談してよいのかわからない」ということだった。

 

F:だけども、入学前だと不安っていうのをなかなか解消できなくて、あの、どのタイミングで誰にどのように相談したらいいのかっていうのがまずわからない。

 

I:ホームページにも出てないし、あの、どこに尋ねてもいいのかもわからない。

 

 このように相談をいつすればよいのかわからないことがまず、小学校入学を控えたアレルギー児を持つ保護者たちの負担になっているようである。情報の窓口となる機関がないことで、保護者たちは入学前、入学後の学校ではどのような対応をしており、給食や普段の生活において我が子が学校生活を送る上で、「給食をすべて弁当でもっていったほうがいいのか」「給食の食器などは同じものを使わせてもらえるのか」など頭の中でシミュレーションすることができない。

 また、行ったアンケートでは以下のような意見が寄せられた。

 

保育園入園時 入園前から体験などして、コミュニケーションが取れていたので、いろいろ相談してもらった。

小学校入学時 入園前の説明会で、プリント一枚だけ渡され、相談しにくい雰囲気だった。(石川県・宝達志水 小学校 7歳 )

 

 これは、幼稚園と小学校において、入学前・入園前におけるコミュニケーションの差があきらかになった一例である。入園前は話合いを行う機会が多く与えられているが、小学校では入学前の書類上のやりとりとして行われるに過ぎない。このような対応する側の温度差が、交渉を行う際に保護者が不安に思う一因である。

 また、「給食の食器と同じものを使わせてもらえるか」「お弁当を持参する場合いつ持っていけばよいか」など細かい現場での対応をどのようにするかについて、保護者が不安に思っていることを話合いを行うのは入学してからというケースが多かった。

 交渉において、保護者は我が子の病状を整理して、分かりやすく伝える必要がある。そして伝えた上で、学校側とどのように対応をしていくかについて話合いを行わなければならない。

 また、給食が始まってからも、対応の改善を求めて交渉が続き交渉が長期化する場合もある。栄養士の人事が変わったら、などと年度ごとに改善を求める場合もあった。

このように「学校生活でどのように対応するか」という連絡を取り合う体制を整えるまでが入学前後における保護者がまず感じる交渉の負担であった。

 

第二項 学校ごとの違い

 

食物アレルギーの対応は各自治体に任されているのが現状である。

同じ、石川県内でもももたろう倶楽部の活動拠点である金沢市では、学校とやり取りする書類がマニュアル化されたが、その他の地域では食物アレルギー児の対応がわからずブラックボックスとなっているところも珍しくない。現に、入学時に提出する書類に詳細献立表の存在を知らないので、記述できない保護者もいた。給食の実施主体は、公立の場合はその市町村であることが多い。そのために、その自治体の食物アレルギーの対応推進程度をはじめ、自治体における人材配置や施設設備などに現れる。

だが、同じ自治体だからと言って必ずしも同じ対応をしてくれるとは限らない。

同じ小松市に住む小学校5年生の子どもをもつ保護者2人に話しを伺ったところ、一人は一カ月程度で栄養士と面談することができたが、もう一人は栄養士が学校に常駐ではなかったため、面談するのに3年以上かかったという。

 このことからは自治体だけではなく、現場である学校における人材配置や、食物アレルギーへの理解や対応推進が大きく対応に関係しているがわかる。

また、これらの例のように、校下単位で対応が異なるので、情報が細分化されて表面に出てきにくい。そのために、どこの学校でどのような対応をしているのかを知るためには、保護者たちの口コミに頼らざるを得ないのが現状であるようだ。

そのために、食物アレルギー児に対してどのような対応をしているのかという欲しい情報の少なさから保護者は混乱する。

 

第三項 幼稚園・保育園の場合

 

 幼稚園や保育園の場合は、親元を離れて初めて一人で集団生活を送ることになるため、入園前に体験入園などで実際に相談する機会が与えられている。その時に、相談を行うというケースが多く見られた。

 しかし、対応の実態としては幅広い。以下は先日行ったアンケートに記述されたどちらも幼稚園に通う子をもつ保護者の意見である。

 

保育園を希望して、自宅に近い保育園に相談しましたが、対応できないと言われ、願書の提出も拒まれました。その後、何件か見学に行きましたが評判の悪い園や遠方の園を選ぶわけにもいかず、延長保育のあるアレルギー対応してくれる幼稚園にしました。やはり、願書の提出すら拒まれたことはショックでした。(石川県・金沢市 幼稚園)

 

すべて同じような食事を用意してくれるので、とても助かっている。今まで全く困ったことがない。(石川県・金沢市 保育園 3歳)

 

 この二つは、どちらも同じ石川県に住む食物アレルギー児の園での対応である。これらのように、幼稚園や保育園において対応は幅広い。対応においては、小学校と同様に現場の担当者の理解に依るところが大きい。

 しかし小学校と違うのは、校区で区切られていないので、幼稚園や保育園は選ぶことができる点である。また、実際に入園を行う前に体験入園などで入園前に話合いを行く機会も多い。実際に入園する前に相談を行える点と、選ぶ余地がある点で小学校と幼稚園・保育園は大きく異なると考えられる。

 また、小学校よりも食物アレルギー児向けのメニューを提供してくれる園が多いようだ。これは、インタビューを行った対象が食物アレルギー児の親であったことも影響しているだろうが、乳幼児期に食物アレルギー児が多いことなども関係していると思われる。なので、小学校に進学する時に対応のギャップを感じる保護者も少なくはないようだ。

 

 

 

 

第二節 コミュニケーションの難しさ

 

 実際に現場の担当者と交渉を行う際に、保護者がとくに重要だと感じているコミュニケーションである。なぜコミュニケーションを保護者が重要だと感じているのか、またコミュニケーションの難しさについて述べていきたい。

 

第一項 現場の担当者による違い

 

実際に学校や園での対応を決定する際には、現場の担当者の理解はどのように影響してくるのであろうか。対応の実態は、自治体によって異なるのは、第一節で述べたとおりである。しかし、保護者が直接交渉を行うのは、現場の担当者である。そこで、現場の担当者が保護者の交渉にどのような影響を与えるのかこの項で考察したい。

 

I:うん。でも学校の先生とかによっても、お母さんの交渉の仕方とかも変わってくる。話してももう無理です、駄目って高圧的にいう先生もいれば、大丈夫ですよって言ってくれる先生もいて

 

F:うん。担任の先生にもよる、保健の先生にもよる、栄養士の先生にもよる、校長先生にもよる、ね。

 

このことは保護者たちが交渉を進める上で、現場の担当者の理解に頼ることが大きいことが窺える。ただし、現場の担当者といっても、一人とだけ話しをすればよいのではない。複数の担当者と話合いを行う場合が多かった。また、その現場の担当者も必ずしも決まっているわけではない。ある学校では、校長、担任、栄養士など複数人で話しを進めることもあれば、担任一人で話しを進めるという場合もあった。

また、それらの現場の担当者が食物アレルギーをどの程度理解しているかによって保護者たちの交渉の進め具合も異なると実感しているようである。

 

第二項 情報伝達について

 

実際に交渉を行うにあたって、保護者は子どもの病状などを伝える時に、どのような負担や不安を持つのか。

食物アレルギー児の保護者にとって、情報を詳細に把握してもらうことは、当然かつ重要なことである。

以下の文章は、アンケートに寄せられた意見である。

 

親でもアレルギーの反応なのかよく分からない場合だったり、薬を飲ませるべきか判断に迷う時があるので、それを先生に明確に指示するのは難しかった。(石川県・金沢市 4歳 保育園)

 

入園先の園長、栄養士、調理員などアレルギーの知識が少ない。正直、栄養士以外は話にならないレベル。こちらの事を詳しく知らないのに、アレルギー対応しますよ、とかんたんに言われると恐い。(石川 金沢 11歳 小学校)

 

この語りからは食物アレルギーの知識がない相手に不信感や不安感を感じているのが窺える。食物アレルギーは個々人によって症状の程度が大きく異なる。我が子の症状を把握しているわけでもない上での対応の申し出に対して、保護者は相手を疑うことになる。

 しかし、情報を伝えるだけでも簡単ではない。わが子のアレルギー対応そのものについての説明について、学校側に分かってもらうことが難しいという語りも見られた。

 

T:(中略)…で、アレルギーってちょっとぶつぶつ出ること以外知らない人に対して、全部説明せなあかん(笑い)うん。お箸のしょうゆがだめとか、こぼれた牛乳をふいた雑巾をどうするかとか、うちは猫もあるから、動物園とか動物に触れ合えることがあるかないかとか、こぉ・・・全部説明するのも大変やし、わかってもらうのも大変やし、結局家でやってるみたいに、完全に安全な食事が無理なのははなからわかっているから、どこまでやってもらえるか。

 

 このように、アレルギーに関係するすべての事柄を学校側に説明しなければならないとなると、保護者には大きな負担がかかる。保護者は日常生活だけではなく、「行事のときにどうするか」「調理実習の時にどうするか」など、入学時以外にも学校側と連絡をこまめにとる必要がある。日常生活そのものの過ごし方についても、理解を得るまで長時間にわたり話し合いを行わなければならなかったり、あるいは何度も学校へ足を運ばなければならない場合、それに伴い資料を作成しなければならない場合もある。

 

第三節 考察

 

 ももたろう倶楽部において、進学前に園や学校との話し合いや対応を決め、体制を整えることなどを、「交渉」と称していた。この交渉において保護者は、幼稚園・保育園の場合では、入園前の相談する機会が多く与えられているものの、対応が多様であること。小学校の場合では、まず情報不足が不安に繋がる一因であった。この情報不足の原因は、小学校では幼稚園ほど入学前のコミュニケーションが活発ではないこと。それに伴い相談ができないので入学後の対応がわからないことなどが上げられる。

 この情報入手の難しさの原因は、食物アレルギーの対応が任されている管轄が明確ではないためである。給食は各市町村規模で提供されている場合が多いので、市町村によって対応が異なる。また、学校ごとの人材配置や食物アレルギーへの理解や対応推進が大きく関係しているので、同じ自治体でも校下単位で対応が異なることもあり、情報が細分化されている。この対応が異なる理由としては、現場の担当者が対応を決めていることが挙げられる。現場の担当者が食物アレルギーについてどの程度理解しているのかによって、保護者達も交渉の進め具合も異なると感じているようである。食物アレルギーについて、知識のない担当者に一から全て説明することにより、長時間にわたり話し合いを行ったり、資料を作成したりすることは保護者の負担に繋がる。

入学前に長期の交渉を行う際に学校側が前向きになれない理由としては、4月に人事異動が行われることが挙げられる。長期にわたり対応策を交渉してきても、教諭の移動によりまた一から交渉を行わなければならないことを、学校側も危惧しているのではないか。

この交渉を行う際に、保護者はあまり強く学校側に言えない傾向があるようだった。その理由として、学校側と今後も付き合っていかなければならないことと、それに伴い周囲の人間関係に気を使うことが挙げられる。そのために、強く言えず、「一度冷静になって…」などという語りが機関紙などでも多くみられた。

またアンケートには次のような意見も寄せられた。

 

教育委員会…アレルギーの理解がない。今後アレルギー児が増えるという危機感もない。運動して体力をつけて治せと言われた。頭からアレルギー対応に否定的。

学校・業者…すでに卵アレルギー児の給食対応をしていると聞き、安心していたが、その児童は二次製品(1)OK、コンタミ(2)OKの軽度のアレルギーだった。学校としては、その児童が基準であり、それ以上の対応はできないと言われた。

アレルギーの知識も、ほとんどないので、それ以上を求めてもこわがって対応してくれようとしてくれない。

両者とも、「教育委員会が決めること」「学校の判断だ」と責任をなすりつけ合うだけで前進しようとしない。  (石川 宝達志水 7歳 )

 

 この意見からは、現場において直接対応をおこなう学校と、自治体の教育委員会との責任のなすりつけ合いにより、交渉が上手く進まないことが窺える。

 また、このアンケートでも指摘されているようにアレルギーの知識不足が、対応を遅らせている一因でもある。自治体や学校のこのような知識不足の原因としては、食物アレルギーの症状が幅広いことが理由だと考えられる。上記の例でも述べられているように、軽度のアレルギー児と、重度のアナフィラキシーを起こすアレルギー児では、アレルゲンの反応に大きく差がある。重度のアレルギー児ではアナフィラキシーで死亡することもあり得る。そのために、事故を恐れ、重度の食物アレルギーをもつ子どもの場合では、自治体や学校がどこまで対応してよいのかということに戸惑いを感じたり、困惑するようである。

 戸惑いや困惑を緩和し、学校でアレルギー児が健全な生活を送るためにも、保護者の交渉は重要な位置を占めている。そして、これまで述べてきたように、交渉を行うことについて保護者は事前に不安に感じ、また交渉自体が負担になり得る。