第3章 富山県内のグリーン・ツーリズム

富山県では、20033月の県議会で「都市との交流による農山漁村地域の活性化に関する条例」が可決されたこともあり、グリーン・ツーリズム推進の取組みが県内各地で行われている。では、県内で実際にグリーン・ツーリズム活動を行っている団体は、何を考え、どんな内容でグリーン・ツーリズムを行っているのだろうか。富山県のグリーン・ツーリズムの実態を知るため、県内でグリーン・ツーリズム活動を行う3つの団体にインタビューを行った。

 

 

第1節 調査概要

富山県内のグリーン・ツーリズムの実態を知るため、県内でグリーン・ツーリズム活動を行う「夢創塾」、「しらくら山の学校」、「高岡市自然休養村(愛称・アッパレハウス)」の3つの施設に、設立の経緯やグリーン・ツーリズムに対する考え方、施設で行える体験の内容や地域とのかかわりについてインタビューを行った。

しらくら山の学校は「NPO法人 グリーンツーリズムとやま」の新川地域における拠点であり、民間が主導するグリーン・ツーリズム施設である。インタビューは、施設の管理人であり、住み込みのスタッフであるM氏に行った。アッパレハウスは高岡市のグリーン・ツーリズム推進事業によって自然体験を始めた、行政主導のグリーン・ツーリズム施設である。そのため、グリーン・ツーリズムに関する理想や構想は行政側に依拠しており、インタビューは実際に自然体験を行っているスタッフであるNj氏と、高岡市役所農業水産課職員のグリーン・ツーリズム担当であるH氏に行った。夢創塾は前の2つの施設へのインタビューの際に、どちらからも富山県のグリーン・ツーリズムの先駆者的な存在としてあげられた施設である。インタビューは代表者であり、「NPO法人 グリーンツーリズムとやま」の現理事長でもあるNs氏に行った。

 

 

第2節 夢創塾

夢創塾は、富山県朝日町蛭谷(びるたに)の北アルプス・朝日岳のふもとにある自然体験学校である。炭焼き窯や水車、紙すき小屋、アスレチックなど、さまざまな設備があり、それらは間伐材や廃材を利用して作られている。子供の体験活動の受け入れが主な活動となっているが、子供以外の利用も可能で、各種団体なども含めた年間利用者は約2500人になる。県内の自然体験施設の先駆者的存在であり、各地から視察や研修の人が訪れるなど、富山のグリーン・ツーリズムにおいて大きな役割を果たしている。

現在、夢創塾塾長のNs氏は富山県指定・交流地域活性化センター「NPO法人 グリーンツーリズムとやま」の理事長を務めていて、2008101日、2日と富山で行われた全国グリーンツーリズムネットワーク富山大会の際には、夢創塾も7つある地域分科会の会場の一つとなった。

夢創塾における主な体験プログラムは以下のとおりである。

 

<炭焼き>

初めは間伐材だった炭の材料を各自が家から持ってきた木に替えたり、炭の効用を教え、自分たちの生活にどう活用するか課題を出したりしている。花炭は綺麗にできると10グラム程の重さの1作品に3〜5万円の値が付くため、夢創塾の活動資金にもなっている。

 

<紙作り>

山に自生していたコウゾ・ミツマタを学校に植えさせ、土壌改良として自分たちで作った炭を入れる。育てたものを切り、皮を剥いて叩き、パルプ化して紙にする。それだけで終わらず、文集の用紙にしたり、卒業証書にしたりする。

 

<料理、塩作り>

炭窯の熱の利用法のひとつ。ピザ、パン、釜飯、焼き芋、他いろいろなものを作れる。地域のおばあさんたちが五平餅を作ったり、ナメコ汁を作ってくれたりもする。海水から塩を作る場合には、50リットルの海水からだいたい1.2キロの塩ができる。塩作りで出るニガリによって、豆腐を作ることもできる。

 

<電気>

78月を除いて1年中動かしている水車に装置が付けられている。木炭に紙、アルミ箔を巻き、引水をたらして電池を作る実験もできる。

 

<土器作り>

付近の土を泥にして撹拌し、上澄みの部分を除く。ヘドロのような部分を乾燥して粉にして、再び水を加えて粘土にしたものを整形し、野焼きで焼くと、昔の土器がそのままできる。炭窯にも同様に付近の土が使われている。

 

<ヤギ、アイガモ>

ヤギは畜産試験場から8年前に貰ってこられ、敷地内の除草をしている。アイガモは無農薬農法として水田の草取りをしていたものを、用がなくなる8月に貰ってくる。太らせて冬に食べるので、だいたい1年の付き合いになる。ほかに、子供たちの情操教育も目的としている。

 

(1)   設立の経緯

農業土木技師の県職員だったNs氏が「退職後の生きがいの場に」と1994年から山を切り開き、囲炉裏小屋を設置した。そして、蛭谷がかつて炭焼きを生業としていたことから、囲炉裏に必要な炭を自給しようと炭窯を作った。この時点での目的は個人の楽しみであり、自然体験はまったく意図していなかった。しかし、地元の小学校がかつての地域の生業を見学しに来るようになり、子供たちの発見や感動の手助けをすることがおもしろくなったNs氏は、体験活動に力を入れていった。

 

(2)   グリーン・ツーリズムの認識

設立の経緯から、夢創塾は当初グリーン・ツーリズムとは意識せずに活動を行っていた。Ns氏は以下のように述べている。

 

それがグリーン・ツーて言われて何がグリーン・ツーやと。(中略)ここで泊めて、そで体験させる。それがまさにグリーン・ツーの始まりやと言われて、へえーこれがグリーン・ツーかと。(中略)田舎には田舎の、例えば蛭谷には蛭谷のそういう文化なり、生活のそういう技があるがですね。そういうものに、その文化に惹かれる。(中略)そういうのを富山県、私とこは狙ってくべきかなと。そのために何せんなんかいうたらやっぱり、もてなし。来たらみんな「いっけ」、親類やと。そういう「いっけ」精神ていうかね。そういうものを発展して、来たいよとの要望に、いらっしゃいと受け入れたり。

 

このように、Ns氏は地域の生活の知恵や伝承文化といった資源を発掘、活用することがそこにしかない独自の魅力となり、今後グリーン・ツーリズムを推進していくうえで重要であると考えている。

 

(3)   体験内容の特徴

炭作りは地域のかつての生業であり、炭窯はその頃の技術で作られている。また、炭の材料となる木材は、ほとんどが地域から提供される間伐材である。

利用者が子供である場合は、自然教育の要素が強く現れる。炭作りで出来上がった炭の活用法を宿題として出し、それを報告してもらう。紙作りは、山に自生しているコウゾ・ミツマタを育て、それを自分たちでパルプ化して材料にする。さらに、できあがった紙を文集の用紙にしたり、卒業証書にしたりするなど、全体を通して資源、特に地域資源の活用や循環、自分で考えて実体験すること、プロセスを理解することに重点を置いている。また地元の学校には、年間8回のプロジェクトで、森づくりと称して里山の技(炭作りなどの地域の伝統的な文化)を教えている。

体験内容は多岐にわたり、多くの利用者は複数を体験する場合が多い。現在20ほどのプログラムがあり、一度の訪問で3〜4種類を体験できる。一度の訪問でできなかった体験に興味があれば、次回の予約ということになり、リピーターの確保にも繋がっている。

 

(4)   利用者の特徴

年間2500人ほどの人が訪れ、子供とその親が多くを占めている。利用者は高岡、富山、小矢部など、県内各地から訪れる。また、滑川の幼稚園が年に2回ほど来る。神奈川県や愛知県など、県外からも修学旅行として200人ほど訪れる。そのほか、各地域の老人会や婦人会が訪れる。夢創塾は特にPR活動を行っていないため、これらの利用者は口コミやNs氏の講演、テレビやラジオなどのメディアで夢創塾を知った人たちである。

PR活動に代わり、リピーターへの働きかけは熱心に行われている。ほぼ毎日更新されるNs氏のブログでは、その日の活動や今後の予定、夢創塾周辺の植物の状態を記載している。Ns氏はこれを戦略として位置づけていて、実際に「自分が植えたアジサイが咲いている」、「自分が植えたニンニクがそろそろ収穫時」ということで再び夢創塾を訪れる人もいる。また、ブログには利用者から時折お礼のコメントが寄せられ、交流の一環となっている。夢創塾にある設備の多くは作る際に子供たちが協力していて、子供たちは「自分が作った○○」という認識を持っている。Ns氏は以下のように述べている。

 

三角の小屋も(中略)子供たちと一緒に作った、3年間かけて。ほで自分たちの小屋だと思っとるが。ほったら向こう、まぁもう10年前ですから高校生くらいになっとる。大学生になっとっても、あれ僕の作った家と思っている。そういう親しみがあるから、みんなまた遊びに来ると。

 

このように、設備の製作に携わったかつて子供だった利用者や、本人でなくても「兄姉が作った○○を見たい」という弟妹が夢創塾を訪れたりする。

 

(5)   運営

当初は8人ほど、現在は14,5人がスタッフとしてボランティアで参加してくれる。この人たちはNs氏の山仲間が主で、もともとグリーン・ツーリズムに関心があった人たちではない。かつての利用者がボランティアに来てくれることもある。修学旅行生が来たときは、地域のおばあさんたちが食事を用意してくれたりする。ボランティアのスタッフが主なため、体験を行うときに人手が足りなければ、利用者の一人に教えてその人を先生役にすることもある。

夢創塾は基本的に非営利で活動している。費用は廃品や自然のものを利用することでできる限り抑え、あとは花炭や山菜などを売った代金、講演料やラジオやテレビの出演料、Ns氏の私費で賄っている。行政とはほとんど関わりがなく、補助金は一切貰っていない。Ns氏は以下のように述べている。

 

行政の支援、一切なし。だから好きなことやれる。…好きなことやれるから、あのーみなさんが来ても好きなことやれるんです。というのは少年自然の家どま行ったら何時から何時まで何をせんなん。で結果までわかっとるわけや。

 

このように、夢創塾は行政とはほとんど関わりがなく、補助金も一切貰っていない。体験の内容や運営について自由に決められるよう、今後も同様の方針をとっていくとのことである。

 

(6)   地域とのかかわり

主催者であるNs氏の出身地であり、もともと地域の繋がりが強かったこともあって、住民は自然に協力してくれている。行われている体験は地域の文化や技そのものだったり、それを利用したりしているものが多い。そのため、体験で使われる素材のほとんどが地元の産物である。Ns氏は以下のように述べている。

 

地域の人たちも喜んでくれとら。修学旅行が来るとばあちゃんじいちゃんたちみんな総出でいろんなことをやってあげるが。もう、来られたということでね。ほったら子供たちはね、ここへ来たらその、なんかおばちゃんたちにね、そのー元気を貰ったとか。逆におばちゃんたちは子供から元気を貰って嬉しいということでね、やっとるわけや。(中略)経済効果もさることながら、こういう過疎の里山では生きがいの場作りがまずはね、一番大事、いいなあと。

 

このように、Ns氏にとっての夢創塾の活動は、過疎が進む地域の生きがいの創出、賑わいの提供を目的とするものである。また、地域の文化や生活の技の魅力を伝えていくことが重要であると考えている。

 

(7)   ほかの施設と比較して

県内の自然体験施設の先駆者的存在であり、全国的にも珍しい存在であるため、夢創塾には各地から視察や研修の人が訪れる。夢創塾は設立の経緯から、日本でグリーン・ツーリズムが導入される際に目的となることが多い経済効果をあまり重視しておらず、大多数の料金を取って体験を行うグリーン・ツーリズム関連施設とは異なっている。主催者であるNs氏が生きがいの創出に重点を置いていることから、今後も運営の方針は変わらないものと考えられる。しかし、高岡のアッパレハウスの花炭作りや釜飯作り、しらくら山の学校の桜の植樹のように、運営の方法でなく体験内容等を参考にしている施設もある。

 

夢創塾の自然体験は、炭の材料に間伐材を利用する、広場内の水車や敷地のすぐ隣を流れる川を通して水の循環について学習する、斜面を利用してアスレチックやツリーハウスを作るなど、資源の活用や循環に重点を置いていることから、自然的要素を持っているといえる。また、主な体験となっている炭焼きは地域のかつての生業であり、文化的要素を持っているともいえる。材料を近くの山から自分で採ってきたり、間伐材の提供は無償であったりと、経済的な効果はあまりないが、地元の産物や農林業を利用していることから、産業的要素も含んでいるといえる。

口コミや講演で知った人などが遠方から来る場合もあるが、利用者の多くは県内から訪れた人たちである。体験には子供を対象とした自然教育的な内容のものが多く、子供たちに学ばせようという姿勢が感じられる。学校教育の一環として訪れた子供が夢創塾そのものに興味をもち、親に連れてきてもらう形で再訪することもあり、これはリピーターの一つのパターンとなっている。さらに、成長した子供がボランティアとして手伝いに来てくれることもある。このことから、子供に対するアプローチは、夢創塾の活動で大きな位置を占めているといえる。また、宿泊設備がないため、西欧のグリーン・ツーリズムのように長期滞在をすることはできないが、ブログを通してリピーターへのアプローチを積極的に行っている。

主催者であるNs氏が地元の人なので、夢創塾と地域にはもともと繋がりがあった。その関係性は夢創塾と地域の一体感となって現れていて、間伐材の無償での提供やボランティアスタッフとしての協力など、夢創塾の活動に大きな影響を与えている。地域のかつての生業や自然を利用した体験を行っていることから、地元の学校と連携して年間を通した体験プログラムを組み立てることもしている。Ns氏の話からは、これまでの活動の実績から来る自信と、自らの体験としての説得力が感じられた。

夢創塾の活動は地域に支えられ、夢創塾に訪れる人は地域に賑わいをもたらしている。両者は互いに影響し合っていることから、夢創塾は地域に根付いたグリーン・ツーリズムを実践しているといえる。とはいっても、夢創塾の活動は、Ns氏という地域と繋がりのある指導者がその土地にいてこそなされたものである。運営に行政がまったくかかわらない夢創塾は、現在の日本のグリーン・ツーリズムではかなり特異な存在であり、簡単に真似できるものではない。夢創塾は明確な目的意識を持って真摯にグリーン・ツーリズムを実践しているが、一般化の難しい存在であるといえる。しかし、行政が関わらないからこそ制約がなく、その柔軟性を生かして、地域の文化、自然環境を活用して、夢創塾ならではの体験を行っている。夢創塾の運営方法をそのまま実践することはできなくても、地域の生活の知恵や伝承文化を自然体験として活用する姿勢は取り入れられるのではないだろうか。

 

 

第3節 しらくら山の学校

しらくら山の学校は、平成17年に廃校になった旧白倉小学校の校舎を利用し、自然体験を行える施設として平成18年4月に始まった。富山市に本拠を置く「NPO法人 グリーンツーリズムとやま」の新川地域における拠点施設として、グリーン・ツーリズムと都市農村交流のための活動を行っている。利用者は富山市内からが多く、県外からも人が来る。

常駐スタッフは住み込みのM氏1人で、イベントの際には富山市の本部からスタッフの方が応援に来る。

しらくら山の学校における主な体験プログラムは以下のとおりである。

 

<桜の植樹>

夢創塾に倣ってはじめた。自分の植えた木の花見をしに来てくれるのではないかという期待がある。

 

<田植え、稲刈り>

過疎化によって耕作者のいなくなった水田を借り受け、時節ごとにイベントとして田植え、稲刈り、脱穀などの農作業体験を行っている。

 

<野鳥観察>

施設の間近にある里山で野鳥観察を行うことができる。

 

<親子キャンプ>

かつて学校だった設備を生かして、旧校庭でキャンプを行うことができる。

 

(1)   設立の経緯

県東部は夢創塾のほかはあまりグリーン・ツーリズムが活発ではなかったため、しらくら山の学校は、県東部でグリーン・ツーリズムを展開していく拠点として設立されることとなった。

旧白倉小学校は、20年ほど休校状態にあり、その間は地元の住民が建物を管理していた。そのため、廃校になるにあたって施設を利用したいという複数の申し込みがあった際、住み込みの管理人が置かれる「グリーン・ツーリズムとやま」を受け入れることとなった。

 

(2)   グリーン・ツーリズムの認識

スタッフのM氏は平成16年ごろからグリーン・ツーリズムについて学び始め、()都市農山漁村交流活性化機構のグリーン・ツーリズムインストラクターの資格を取得している。M氏は以下のように述べている。

 

グリーン・ツーリズムは……あんまり知らんだ。あんまり知らんだっていうか、グリーン・ツーリズムということ自体あんまり知らんで(中略)で、そういういろいろな自然体験の指導にあたる養成講座に出るようになって、こういう世界がいいなというんで。

 

 このように、グリーン・ツーリズムに対するM氏の認識は、()都市農山漁村交流活性化機構のグリーン・ツーリズムインストラクター養成講座で培われたものである。

 

(3)   体験内容の特徴

過疎化によって耕作者がいなくなった水田で稲作体験を行っている。そのほか、夢創塾でも行っていた桜の植樹などを行っている。M氏は以下のように述べている。

 

(稲作体験の)脱穀はね、一応機械でやったんですが、脱穀の機械地区の人から借りて来て、足でこうやって(踏むしぐさ)。一応やったんですが、多分あれ(脱穀機)でやると何日かかるかわからない。

 

このように、M氏は地域の出身ではないものの、地域の人からの協力も得ながら体験を行っている。

 

(4)   利用者の特徴

利用者は家族連れが多く、若い人は少ない。M氏は以下のように述べている。

 

本当は……皆さんみたいな大学生とかさ、どっかそこらへんの人が来て、ちょっとわかってもらえると。口コミも広がりやすいんじゃないかと(笑)。親子じゃねえ。(中略)親、親はねえ。子どもが目を輝かせて遊んどったっていうもう自己満足で終わって(笑)。親ばかで終わってね。なんかいい体験させてやったんだろうなあぐらいで、終わって。それを他の親子にあんまり伝えようとせんていうか。

 

このように、M氏は親子連れの利用者が中心の現状に不満を感じているようである。

 

(5)   運営

活動が始まって間もないこともあり、運営が軌道に乗っているとは言いがたい。建物の家賃は無料で、修繕費や管理費といった経費は魚津市から出ている。住み込みスタッフのM氏は、他の地区の農家で農作業の手伝いをするなどして、生活に必要な収入を補っている。

 

(6)   地域とのかかわり

施設として利用されている旧白倉小学校の校舎は、長年地元の住民が管理してきたものであり、住民の思い入れは今も深い。現在しらくら山の学校が大掛かりなイベントを行う際には、地域の住民がボランティアで協力してくれている。地域の住民は廃校になるにあたって、長年自分たちの手で管理してきた旧白倉小の建物に常駐してくれる人を望んでいた。しかし、M氏は日中でかけていることが多いため、地域の住民は「(昼間に)覗いてもいつもいない」と不満を感じている。M氏は以下のように述べている。

 

なじむ…地区になじむ以前に、ここの環境になじむのに時間かかった。(中略)地区の人になじむ以前にね、自分がなじむかどうかがわからんと(笑)。ちょっと大変ながですよ。

 

M氏が出かける理由の一つに、しらくら山の学校の運営が軌道に乗っていないことがある。生活に必要な収入を補うために、M氏は他地区へ出かける。そのため、昼間に訪ねてきた地域の住民とすれ違ってしまう。地域の住民とM氏との間の距離が縮まらないのは、コミュニケーション不足によるものと思われる。

 

しらくら山の学校は、すぐ近くの里山での野鳥観察やキャンプなど、自然的要素の活用は行われているといえる。耕作者のいなくなった水田を借り受けた稲作体験や家庭菜園での農業体験はできるが、産業とまではいえず、地元の伝統や文化といった資源の活用もまだあまり行われていない。これは、住み込み管理人のM氏と地域住民との間に、距離が存在するためと思われる。

利用者は富山市内からが多く、親子連れが中心である。しかし、M氏は親子連れの参加者をあまり快く思っていない。親子連れの場合、子どもが体験している様子を見るだけで、積極的に自然に触れようとしない親が多いためである。M氏は利用者が自然体験だけして終わるのではなく、自然体験やしらくら山の学校自体に興味を持って、白倉地区に根付いてくれる存在を望んでいる。また、呉東地区の住民の参加が増えることも望んでいる。体験は日帰りと一泊二日が多いが、稲作体験で稲刈りと脱穀の両方に参加する人がいるなど、少数だがリピーターの存在もある。ブログが存在しているが、更新は頻繁とは言えず、内容は活動報告にとどまっている。

しらくら山の学校は始まって間もないためか、利用者とスタッフが一緒になって体験する手探りの状態にあるといえる。白倉に居着いてもらうにしても、しらくら山の学校独自の自然体験を作り出していくにしても、その基盤となる地域との連携が不十分である。今後活動を発展させていくためには、利用者へのアプローチ以上に、地域との関係強化や自然体験プログラムの充実といったソフト面での改善が必要だろう。

 

 

第4節 高岡市自然休養村

高岡市自然休養村(愛称・アッパレハウス)では、昭和60年〜平成8年まで毎年アッパレ王国まつりというイベントを開催し、その中で竹ぼうき作りや地引網体験、芋ほり体験などの農林漁業体験を行っていた。その後も、平成17年度まで夏休みの企画として親子を対象としたアッパレ王国農林漁業体験ツアーを実施していた。平成15年に県議会で「都市との交流による農山漁村地域の活性化に関する条例」が制定され、翌年度、県で予算措置がなされたことにより、平成16年度から北部地域を重点地区としてグリーン・ツーリズム事業の基本構想の策定に取組むこととなった。平成16年度〜平成18年度までは高岡市北部地域グリーン・ツーリズム推進協議会が主体となって農林漁業体験を実施し、その後はアッパレハウスにおいて小グループ(最少人数5人以上)を対象としたグリーン・ツーリズムの推進に努めている。また、平成21年度からは国の緊急雇用対策事業を活用し、アッパレハウスにグリーン・ツーリズムのコーディネータを雇用し、事業を積極的に推進していく予定となっている。

全国的に似た取組みがあるため、利用者は地元の人が中心となっている。自然体験のスタッフは一人だが、体験によっては地元のボランティアの協力がある。なお、基本構想は高岡市北部地域グリーン・ツーリズム推進協議会の基本構想策定委員会で策定されたものとなっている。

アッパレハウスの自然体験スタッフであるNj氏は、アッパレハウスでグリーン・ツーリズム事業を始めたときからずっと携わってきた。高岡市農業水産課のH氏は、高岡市北部地域グリーン・ツーリズム推進協議会の事務局にも属していて、自然体験を始めるにあたってほかの役員たちと夢創塾に研修に行ってきたらしい。

アッパレハウスにおける主な体験プログラムは以下のとおりである。

 

<トコロテンづくり>

地元で取れるテングサを使用し、ボランティアである新港の漁業組合の方に指導してもらって作る。

 

<干物作り>

地元の漁港で水揚げされたカマスやスルメイカで作る。

 

<釜飯づくり>

夢想塾で行われている体験を参考に、時間に余裕があれば火起こしから始め、季節ごとの地元の旬の食材を使う。十数個を一度に作れるよう、器具を独自に改良してある。

 

<花炭づくり>

夢創塾で行われている花炭作りを習って始めた。アッパレハウス本館の入り口に作品が飾られている。

 

<果樹園での体験>

提携している民間の観光農園で、サツマイモ掘りやぶどう狩り、りんご狩りを行うことができる。

 

(1)   設立の経緯

20033月の富山県議会で、「都市との交流による農山漁村地域の活性化に関する条例」が可決され、全県的エリアでのグリーン・ツーリズム展開が目指されることとなったとき、高岡市としてもグリーン・ツーリズムを推進しようということで、グリーン・ツーリズムの先駆けともいえる自然休養村整備事業が行われていた北部地域を重点地区として事業を進めた。グリーン・ツーリズムという名称を使い出したのは、平成16年に自然体験の始まったのと同時期で、高岡市北部地域グリーン・ツーリズム推進協議会は研修の際に夢創塾へ見学に行った。

 

(2)   グリーン・ツーリズムの認識

農林漁業経験を通した都市と農村の住民の交流と、販売の広がりという経済効果の両面からの地域活性化を目的としている。H氏は以下のように述べている。

 

都市と農村の交流ということで(中略)都市の住民のかたにすればそういった、農林漁業の体験を通して、農業や漁業に対する理解を深めていただくと共に、どういうのかな、身近に体験していただいて、農業なり漁業の良さを知ってもらう、というのが一つの目的ですね。それと、もう一つはそのー農林漁業をやっていらっしゃるかたからすればそういう農業や漁業を通した農産物なり魚介類、そういったものの、えーまあ販売の広がりですね。加工、たとえば加工したりしたら、それをきっかけに、そういった事業の広がりで、たとえば消費が伸びたりとか。

 

このように、事業を通して地域の活性化を目指すということが高岡市のグリーン・ツーリズム推進の目的の一つとなっている。

 

(3)   体験内容の特徴

自然体験を始めるにあたっては、地元の農家が参考にされている。地元で取れたテングサを使ったトコロテン作りや、カマスやスルメイカなどを使った干物作りのように、地域の特産物を利用した体験が多い。夢創塾の釜飯作りを取り入れるとしても、アッパレハウス独自の改良が加えられている。H氏は以下のように述べている。

 

(夢創塾は)キャンプみたいな感じでもっとその、身近にあるものを使ってというような感じなんですけども。うちはそれをもうちょっと、その、簡単にできるパッケージみたいな感じに仕上げたのが今のうちの釜飯づくり。で、それがベースになってますね。(中略)もともとトコロテンってのはやっとられるかたおられたんです。その人がおられるから、トコロテン、特に地のものを使ったという面も含めて、地元のテングサを加工してトコロテンができないかっていうことで(中略)いかに早く、いかに労力をかけずに作れるかということを研究しながら、いい、というかその道具を改良していった。

 

このように、アッパレハウスでは効率よく体験を行うことを意識している。また、体験者が小さな子供の場合は、火を使う体験のとき大人の付き添いを必要とするなど、安全確保への注意が感じられた。

 

(1)   利用者の特徴

アッパレハウスそのものには年間200人ほどの利用者が来る。サツマイモ堀やりんご狩りなど、観光農園での体験にはさらに大勢の人がやってくる。アッパレハウスでは56人から自然体験の利用者を受け入れていて、利用者は親子、児童クラブ、婦人会、町内会などの団体で来、近くから来た人が多い。団体は20〜30人が多く、5,60人になる場合もある。Nj氏は以下のように述べている。

 

2人や3人ではちょっとうちは受け付けてできないんですよ、あんまり少ないもんだから。最低でも、やっぱりここ(高岡市の広報誌。表紙にアッパレハウスの自然体験が紹介されていた)には一応5名以上って書いてあるけどもね。あんまりにも5名じゃ、5名じゃちょっと少ないね。最低でも10名は欲しいんだわ。

 

このように、労力や効率の問題から、利用者はある程度まとまった人数であることが望まれていることがわかる。

子供の利用者は、小学校・幼稚園・保育所の企画で来る。特に年少の場合は親がついてくる。子供は初め遊び半分で体験を行い、後は見ているだけで、ほとんど親の体験になってしまっている。Nj氏は以下のように述べている。

 

子供は(中略)こんなもの2時間も3時間もすれば飽きてくるのよ。親の、あの、体験ツアーみたいなもん。(中略)来るまでは子ども、あの、柱で来るけど、1時間以上になったら飽きてきてそこら(*体験を行う屋外広場は小石が敷いてある)で石ぶつけたり石投げたり。みんな遊んどれん。…それも遊びの一つよ。

 

このように、Nj氏は施設が企画した自然体験プログラムだけでなく、その場で行われるすべての体験をグリーン・ツーリズムとしてとらえているといえる。

 

(2)   運営

始まった当初は市の委託を受ける形でグリーン・ツーリズム事業を行っていたが、現在はアッパレハウスに拠点を移そうとしている。H氏は以下のように述べている。

 

(アッパレハウスは)市の事業を委託してやってもらってるような感じになっているので、(中略)あとはもう次のステップとして(中略)このあと進めていけばいいんじゃないかなあということで、去年(2007年時点)から…そういった少人数の方を対象に…えー、アッパレハウスの方でも進めて、体験を…体験事業を進める。

 

このように、行政側としては、高岡市のグリーン・ツーリズム推進の活動は次の段階にきていると捉えている。平成18年度までは高岡市北部地域グリーン・ツーリズム推進協議会が主体となって農林漁業体験を実施していたが、現在はアッパレハウスにおいて5人からの小グループを対象としたグリーン・ツーリズムの推進に努めている。

 

(3)   地域とのかかわり

トコロテン作りもともと地元の漁業組合の方が行っていたもので、アッパレハウスでトコロテン作りを行うときにはボランティアに手伝ってもらっている。

 

(4)   ほかの施設と比較して

高岡市として事業を進めているので、計画を立てる行政側と実際に体験を行うアッパレハウス側との間にずれがある。H氏は以下のように述べている。

 

当然(アッパレハウスの職員にもグリーン・ツーリズムの趣旨について詳しく知ってもらうことになる)。今はほら(アッパレハウス側のグリーン・ツーリズム事業担当者が)変わったばかりだから。まだ…浸透してないですけど。もうちょっと勉強していただいて。

 

このように、行政側はアッパレハウスにグリーン・ツーリズム事業の中心を移そうとしているのに対し、アッパレハウス側は「理念や計画など細かいことは市役所の担当者でないとわからない」と発言するなど、行政側の計画にアッパレハウス側の認識が追いついていないという印象を受けた。

 

アッパレハウスは、グリーン・ツーリズムの目的として経済効果を主とした地域活性化をあげていることもあり、自然体験に地元の産物を使用したり、民間の農園と契約したりと、産業的要素を多く活用している。また、トコロテン作りや干物作りは地元の文化である。一方、既存の施設に自然体験を取り入れたため、山や海が近いという周囲の環境といった自然的要素を活用しきれていないように思われる。

利用者は近くから来る人が多く、親子、児童クラブ、婦人会、町内会などの団体で来る。子供の利用者は主に小学生であり、まれに幼稚園児や保育園児も参加している。中学生や高校生の利用者はほぼいない。団体は20〜30人が多く、5,60人になる場合もある。子供たちは小学校・幼稚園・保育所などの企画で来るが、火を使う体験が多いため、小さい子供の場合は親が付いていないと危ない。「簡単に手軽に体験できるグリーン・ツーリズム」の傾向が強く、利用者は日帰りがほとんどである。休養に来たスポーツ少年団が、レクリエーションのひとつとして自然体験を行っていくこともあるが、その場合はグリーン・ツーリズムという意識はあまりないようである。

トコロテン作りという文化の活用や自然体験の際のボランティアなど、地域と協力した活動が行われている。しかし、自然体験は一回きりで終わってしまう内容のものばかりである。また、これまで中心となっていた市役所からアッパレハウスへとグリーン・ツーリズム推進活動の中心が移動するため、イベントの企画・実行や観光農園との連携といった業務もアッパレハウスに加わることとなった。行政を通さない交渉が可能になることから、新たな自然体験の展開が容易となったといえる。

アッパレハウスは、行政と施設との間にずれがあり、グリーン・ツーリズムの理念が浸透していない様子が見られるが、一定の成功を得やすい、各地で見られるスタンダードなグリーン・ツーリズム施設といえる。ただし、継続して人を呼び込むには、リピーターに対するアプローチや自然体験プログラムの更なる充実が必要といえるだろう。

 

 

第5節 富山県のグリーン・ツーリズム推進事業

20033月の富山県議会で、県議会史上初の議員提案で「都市との交流による農山漁村地域の活性化に関する条例」が挙党一致で可決された。条例の基本目標には「農山漁村及び農林漁業が持っている多面的機能の維持向上と農山漁村地域の活性化」、「交流施設の整備などによる農山漁村における就業の場の確保と地域住民の生活の安定向上」、「農林漁業などに関する教育の普及による農山漁村の多面的機能についての県民理解の深化と郷土愛の育成」の3つが掲げられ、以降は全県的エリアでのグリーン・ツーリズム展開が目指されることとなった。

県のこれまでの施策としては、(1)都市農山漁村交流の具体的方策、普及啓発、情報受発信、人材育成、その他都市農山漁村交流活動の推進に必要な事項に関することを協議する協議会、(2)指定された地域における都市農山漁村交流を推進するため、主に補助金で支援する重点地域の指定、(3)地域活動の質を高めることを目的として、市町村、県内各地のグリーン・ツーリズム協議会や関係者と連携して、地域資源の発掘や事例研究、県外への発信方法の検討を行うグリーン・ツーリズム研究会、(4)講演、富山県の都市農山漁村交流の取組み紹介、他県の取組み事例報告、パネルディスカッションによって、都市との交流による農山漁村地域の活性化に関する条例の普及啓発を図る富山県都市農山漁村交流推進大会があげられる。

NPO法人 グリーンツーリズムとやま」の現理事長であるNs氏は、富山県はグリーン・ツーリズムの取組みとしては後発組であり、物質的に豊かなため観光産業に力を入れなくても充分やっていくことができるため、農家民宿には生活がかかっているといった危機感がなく、他県と比較して自治体もそれほど力を入れていないという。しかし、恵まれた自然環境や経済的な豊かさ、県議会初の議員提案による条例から生まれたことなどから、「NPO法人 グリーンツーリズムとやま」は富山のグリーン・ツーリズムのコンセプトとして「いっけ」を提唱することとした。「いっけ」は富山の方言で、「一家」を表す言葉である。一族や親類を意味して、全国各地に方言として残っている。Ns氏は、「いっけ」の精神でもてなすことが、富山のグリーン・ツーリズムを発展させていくうえで重要であると考えている。

2008101日、2日に、富山で全国グリーンツーリズムネットワークの富山大会が行われた。この大会は「ikke(いっけ)」をキーワードに、全国から先進的なグリーン・ツーリズム活動を行う人々が集まる場となった。一日目の地域分科会は、県内5市町7か所の会場で、ワークショップ、体験、地域交流会、宿泊によって、県内各地で展開されているグリーン・ツーリズム活動が報告された。二日目には富山市内で全大会が行われ、講演、地域分科会報告、パネルディスカッション、全体交流会等が行われた。参加者はそれぞれの会場で、地域の歴史や文化にふれ、住民との活発な交流が行われた。アンケートや交流会を通じて、参加者から多数の意見、アドバイスが寄せられたことからも、富山のグリーン・ツーリズムの可能性を示す上で、この大会は非常に有益なものだったといえるだろう。