第一章       フィルムツーリズムについて

第一節 関心が高まるフィルムツーリズム

 『冬のソナタ』『世界の中心で愛を叫ぶ』などの大ヒットを記録したドラマや映画において、そのロケ地が観光スポツトとして注目を集めている。映画『世界の中心で愛を叫ぶ』のロケ地となった香川県庵治町はこれまで観光地としてはほぼ無名の漁村であった。しかし、ロケ地となったことで一躍有名となり、今や多いときには一日に一千人を超える若者が訪れるという(内田 2004)。また、地域独自の風景や観光資源の再発見を支援する情報誌『ロケーションジャパン』というものがあるが、その発行人、藤崎慎一氏は以下のように述べている。映像関係者へ向けた情報誌であったが、「あの映画の舞台となったあの街を訪れてみたい」と一般の人々からの反応が予想以上に良くて驚いた(藤崎2004)、と。日本観光協会においても、映画、ドラマ等のロケーション撮影の誘致を地域の観光推進に活用するフィルムツーリズムをニューツーリズムの一つと捉え、このような観光地域づくりを推進している(全国旅そうだん全国地域観光情報センターホームページ)。なお、フィルムツーリズム、またシネマツーリズム等、様々な呼び名があるが、ここでは、一括してフィルムツーリズムと表記する。

 

第二節       相次ぐフィルムコミッションの設立

第一項       フィルムコミッションとは

 前節で述べたフィルムツーリズムの動きがある一方、フィルムコミッションという組織が、近年日本各地で激増していることについて述べたい。一言に、フィルムコミッションといっても、フィルムコミッション、フィルム・コミッション、ロケーションサービス等、様々な名称が存在するが、本論文ではそれらをまとめて、フィルムコミッション(FC)と表記する。

フィルムコミッション(以下FC)とは、簡単にいうと映画、テレビドラマ、CM等のロケーション撮影を誘致し、その撮影を支援する団体である。以下に、全国フィルム・コミッション連絡協議会が掲げるFCの三原則とFCのサービス内容について載せる。なお、全国フィルム・コミッション連絡協議会とは、会員が、日本各地にあるFCの活動を支援し、映像文化の発展に資することを目的とした組織である。

FCの三原則とは、以下のように示される。

1)非営利公的機関であること。主に都道府県や市町村の自治体や観光協会などの公的機関がFCの事業を行っている。

2)OneStopServiceの提供。当該地域の撮影に関する相談を一括して受ける窓口である。なお、具体的なサービス内容は各団体により異なる。

3)作品の内容は問わない。作品の内容を問わず撮影の相談を受けるが、実際に撮影を支援するかは各候補地の所有者や管理者に提示され、作品内容や条件により拒む場合もある。              (全国フィルム・コミッション連絡協議会ホームページより)

次に、具体的なサービスの内容とは、ロケーション場所に関する情報のほか、宿泊、食事、機材、レンタカー、許可申請についてなど、地域で撮影する際に必要な情報の提供を無償で行うことが挙げられる。また、警察署、公的機関などへの撮影許可手続きの代行、エキストラの手配、撮影の同行などのサービスは個々のFCによって異なってくる。なお、第三項において、高岡フィルムコミッションの活動について述べるので、そこからFCの働きをより詳しく把握していただきたい。

 

第二項       フィルムコミッションの動向

前項において、FCが日本各地で激増していることについて述べたが、ここではFCのこれまでの動向について確認しておく。

樫村(2005)によると、1940年代にアメリカ、ロサンゼルスで初めてFCが設立し、1967年にはアメリカ国内での設立が急速に広がった。1975年には国際フィルムコミッショナーズ協会(AFCI)が設立され、以来カナダ、ヨーロッパ、オセアニア、香港、釜山など世界各地で設立された。AFCIには2005年時で31カ国約300団体、日本国内でも7団体が加盟している。日本においては、2000年に東京にFC設立研究会、そして大阪に日本で初めてとなるFC、「大阪ロケーション・サービス協議会」が設立され、翌年には全国FC連絡協議会が発足された。全国FC連絡協議会には2006年7月時点で93団体が加盟しており、ここに加盟していないものを含めると100近くのFCが日本にあるといわれている。また、2004年にはアジア・フィルム・コミッションネットワークが設立し、6カ国18団体、日本からは10団体が参加している。(樫村2005

 特に、日本初となる大阪ロケーション協議会が発足した2000年からここ近年に至るまで日本各地におけるFCの設立の動きはめざましい。わずか6年の間に100近くのFCが設立されている。この背景には、ひとつに、既存の組織形態の中で、もともとある自分たちの地域の景観を資源にできるといったFC設立の手軽さ、ふたつに、設立によって生じるメリットを期待する人々の期待の高さが感じられる。 FC設立のメリットとしては、全国フィルム・コミッション連絡協議会によると、地域の情報発信の機会の増加や、撮影隊がその土地に落とす宿泊費や食事代などの「直接的経済効果」、映像を見て訪れた観光客による「間接的経済効果」、映像制作活動による地域文化の創造や向上(全国FC連絡協議会ホームページ)などが挙げられている。

 

第三項 高岡フィルムコミッションの活動

 高岡フィルムコミッション(以下高岡FC)の活動については、社団法人高岡市観光協会の北本氏へのインタビューをもとに述べる。

平成13年、全国で5番目に高岡FCは設立した。事務所は高岡市観光協会内におかれ、観光協会のスタッフがFCの業務を行っている。高岡市観光協会の職員はパートタイマー1名を含め、全員で6名。なお、臨時職員も数名いる。普段は観光協会の仕事をし、制作会社などからの連絡、依頼が入ると、担当の職員2名が対応にあたる。実際に撮影が始まれば、職員総出で対応する場合もある。依頼の頻度は月によりばらつきがあり、多いときには一週間に2、3件連絡が入る。実際に制作者側が現地に訪れることは10件の連絡のうち1件あるかないかだという。映画だけでなくバラエティ番組や2時間枠のサスペンスドラマ、旅番組、CM等さまざまなジャンルに対応する。具体的には、制作者側が撮影の企画書または、台本、あるいは具体的な要望をFCに対し提示し、FC側はそれらに応じてロケーション場所の写真などを迅速に提示する。というのも、制作者側はいくつかのFCに対して同様の条件を提示して、最良のロケーションスポットを探しているからだ。FCは自分たちのところで撮影をしてもらうため、素早い対応、そして必要な場合はコストを抑えた宿泊費の提示も行う。制作者側がロケ地選びの決定権をもつため、FCはスピーディーにそして良い条件を整えることに努める。北本氏は、このような対応は「競争」とも述べていた。実際に、撮影する運びとなれば、撮影にあわせて、行政や警察への申請手続きやエキストラの手配などを行う。申請の手続きは、撮影場所によって異なってくる。例えば、JR高岡駅構内で行う場合には、「JR西日本ロケーションサービス」へ申請し、また、駅長からも承諾を得る。道路を使う場合には、警察署の交通二課に申し出をする。特に地元の行政への申請を行う際には、FCを通す利便性が現れる。FCを利用しない場合、制作者側スタッフの何名かが申請手続きのために、数日間現地へ滞在することとなるが、FCを利用すると、その宿泊費や人件費が浮く。また、申請を受ける側の警察等の行政側は、同じ地元で且つ公的機関がおこなっているFCであれば、都会からきた見知らぬ制作会社と異なり、お互いが顔見知りである場合もあり、申請がスムーズに行われる。特に、高岡のような地方都市の場合、都会から来る制作者へは人見知り的な態度をとりやすい傾向があるため、地元に馴染んだFCが間に入ることで、物事が簡単に片付く場合が多い。現に、高岡FCの北本氏と申請手続き窓口の方はもともと知り合いであったため、スムーズに受け入れられるという。

高岡FCの設立の経緯は、隣県石川県の金沢市にFCが誕生するという噂があったこと、外国のFCのホームページを偶然見かけたことから、FCの設立には経費も少なくて済むということで立ち上がった。一般的に、石川県金沢市は、高岡市と比較すると、距離的に近く、知名度、観光面において、なかなか手ごわいライバル的な存在といえるだろう。金沢市よりも先に立ち上げたいという思いから、思い立ってからわずか一ヶ月程で高岡FCは設立された。

FC活動のひとつである、地元高岡へのロケーションの誘致は現在特に行っていない。平成13年の設立時に東京都内の映画会社やテレビ局へパンフレットを郵送したが、その後は一切積極的な誘致活動はしていない。全国FC連絡協議会のホームページから高岡FCのホームページへアクセスできるため、それを見て連絡が来る場合もあるという。FC側からの誘致よりも、都内の映像関係者同士による情報のやりとりがFCを選ぶ上で有力になる場合もある。一度、現地で撮影を経験した制作者側が、東京へ帰ってから、同じ業界の人たちと交流する中で、どこどこでのロケは行い易いなどと話をし合うことで情報が広まり、誘致につながっているという。

平成13年の設立から約5年が経過したが、市の活性化について、北本氏は、手ごたえを感じていない。目に見えての活性化はしていないと述べる。クイズ番組やバラエティ番組など地道なところで露出をし続けることで、市のPRをはかり、活性化というのはその先であると述べていた。一方で、住民たちの協力態度は向上してきているという。以前は、都会の見知らぬ人々が自分たちの町を撮る事に抵抗を感じる人もいたが、最近は、「また来たの?」という感じで撮影があることにも慣れて、あたたかく見守ってくれているようだ。

高岡市は、人口約18万人の日本海側の一地方都市である。海、山、川、古い町並みがある。高岡FCに登録しているエキストラは約600人。これは高岡FCの強みのひとつであるといえる。近隣のエキストラが足りないFCに対し、エキストラの協力を行うこともある。また、高岡の町は大きな看板やけばけばしい看板が少なく、人や車の通りが少ないが、それが撮影に適しているという。

しかしながら、日本中にFCの設立が相次いでいることに触れると、「(FCの激増について)やめてほしい。正直、うちよりいいところは沢山ある。他のところが本気になれば、都市間競争に勝てっこない。逆にいえば、昔に比べ、FCに対する関心が高まってきている証拠でもある」と冷静な意見を述べていた。

 以上のように、活発化するFCの活動とフィルムツーリズムについ述べてきた。日本全国にFCが存在し、邦画やドラマなどの撮影が行われているなか、本論文では、富山県高岡市で撮影が行われた、邦画『8月のクリスマス』にスポットをあて、次章でそのフィルムツーリズムの現状を追う。