第一章 問題関心

 

 

 ここ数年、夏になると、日本各地で数々の野外ロック・フェスティバル(=ロック・フェス)が開催されている。2005年夏には、7月から9月上旬までに大小あわせて約30のロック・フェスが開催された。このようなイベントはほとんどが週末にあわせて行なわれているので、夏の3ヶ月間に毎週週末必ず一つは国内のどこかでロック・フェスが開催されていたことになる。音楽ファンにとって「夏」といえば「ロック・フェス」であり、フェスは夏の風物詩の一つである。夏が近づけば自然と、今年はどこのフェスにどのアーティストが出演するとか、自分はどこのフェスに行くとか、といった話題で盛り上がる。

 

 ロック・フェスといってもその形態はさまざまで、一言で定義づけることは難しい。日程が数日間に渡るものもあれば、一日だけのものもある。都市から離れた山林の大規模な土地を利用して行なわれるものもあれば、都会のど真ん中で行なわれるものもある。郊外で開催される場合、キャンプ用の場所も提供され、観客はテントを持参して数日間フェス会場で生活しながら楽しむこともある。複数のステージを利用し同時進行でライブが行なわれるものもあれば、一つのステージで行なわれるものもある。このように形態はさまざまであるが、共通していえることは、音楽に魅かれる者たちが集まり、一日中音楽に囲まれながら自由に楽しむ、年に一度の「お祭り」であるということだ。

 

 今ではすっかり日本国内でも定着したロック・フェスであるが、このブームの元祖はFUJI ROCK FESTIVAL(=FRF)であるだろう。FRFは1997年に初めて開催され、一年目は失敗に終わったものの、翌年以降のイベントの成功をきっかけに、現在のフェスブームがある。それ以前は、全く存在しなかった「ロック・フェス」というイベント形態が、1999年以降のほんの数年間で爆発的とも言えるほど数を増やし、多くのファンから厚い支持を受けるイベントへと成長した。なぜこんなにも短期間に、それまで存在すらしなかったものが、これほどまで人気を得るイベントへと成りえたのだろうか。その背景にはなにがあったのだろうか。

 

 私が高校生の頃から、ロック・フェスは定着し始めていて、当時から「一度は行ってみたい」という強い憧れがあった。だが、大規模なフェスは遠くの都市で開催されることもあり、チケット代に加え交通費の負担も大きかったり、深夜まで開催されるので18歳未満は保護者の同伴が必要だったりして、高校生の頃は参加することが出来なかった。ロック・フェスに初めて行ったのは大学2年生の時だった。とにかく楽しいお祭り空間で、周りにいる人達は皆音楽好きばかりで、朝から晩までを越えて翌朝まで、一日中そこには音楽が溢れていた。ロック・フェスには「楽しい」「ハッピー」「平和」という言葉が本当にぴったりだった。そして、一度フェスに行ってみると、また来年も何度も行ってみたいと、その魅力にすっかり引き込まれてしまうのだ。

 

 「ロック・フェス」には、日常生活空間から離れたかなり特殊な雰囲気からくる、なんともいえない心地よさを感じさせる魅力があるようだ。この魅力とは一体なんなのか、素朴に疑問を抱いた。そもそもロック・フェスは、金銭面や地理的な面で負担が大きかったり、天候などの影響は全て自己管理を求められたり、参加する観客に対して求める心構えやハードルが高いイベントであると言える。参加するために、さまざまな面倒なことがあっても、フェスに参加したいと思わせる魅力とはなんなのだろうか。

 

また、そのようなある種のリスクがあってでもフェスに参加するという時点で、観客は、フェスに対する意識が非常に高いように思う。観客はフェス会場でごみ分別などを率先して行なっていたり、自分たちでフェスを楽しむためにさまざまな工夫・努力を行なっていたりして、フェスに参加する観客というのは、他のイベントのただの観客とは種類が違うように感じる。そして、その意識の高い観客たちの行動が、また周囲の観客たちを巻き込み、フェスは独特の祝祭空間を作り出しているのではないだろうか。ロック・フェスの独特の魅力には、観客の行動が大きな役割を果たしているのかもしれない。

 

本論文では、ロック・フェスの持つ独特の魅力、そしてロック・フェスが現在のような文化として定着していった背景について、参加する観客たちの役割を中心に、分析・考察を進める。

 

第二章では、ロック・フェスのイベントとしての文化生産の過程について考察した岡田宏介氏の論文についてまとめ、岡田氏の概念や定義を整理していく。第三章は、北陸で開催されたPOPHILLについて行なったインタヴュー調査の結果、そして岡田論文と照らし合わせた分析について。第四章からはFRFについての調査に移り、第五章ではメディアにおけるロック・フェス文化の成長の過程を分析、第六章ではオーディエンスの行動に注目した分析についてまとめる。そして第七章では、これらの分析をもとに、考察を述べる。

 

 

 

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