第4節 メディアによって作り出されるプロパガンダ

     〜現代女性の新しい生き方を提案〜

 

 1970年代より、日本は高度消費社会へと移行し、大量生産・大量消費の時代に突入した。

消費社会の枠組みの中では、モノの急速なサイクルで個人のアイデンティティが築きにくくなっており、人々は記号化された商品を消費する時代になった。「クリスタル感覚派」の女性にはファッションの一部として、「モラトリアム探求派」の女性には人生を再スタートさせて「本当の自分らしさ」を探求する手段として、そして「スーパーウーマン志向派」の女性には社会的な上昇を達成する手段として、それぞれ英会話学校や海外留学が消費されている。

 女性と英語・留学との関わりにおいて、メディアの存在は大きい。テレビ、雑誌、インターネット、ラジオetc.において男性と女性向けの「英会話プロパガンダ」が日々生産されている。「英会話産業は、女性には“ロマンチックな夢”と“社会進出”という英会話プロパガンダを駆使する一方で、男性に対しては、“英語ができなければ出世は無理”というプロパガンダで心理的な脅迫と不安を与えて」(津田 1990: 160-161)、人々を英会話学校や留学へと駆り立てていると津田(1990)は述べている。

インターネットを開けば、“女性限定!女性のための英会話学習”や“女性必見の英会話劇場”といったキャッチコピーで、はじめから女性をターゲットに絞ったものまであった。留学雑誌では、例えば「クリスタル感覚派」・「モラトリアム探求派」・「スーパーウーマン志向派」に代表されるような典型的な女性が想定されており、キャリア志向からプチリセット留学まで様々な留学型プランを提供していることがわかる。それらは、“いまどき女性の留学スタイル”、“できるオンナの条件”、“かっこいい女性”、“プチリセット”、“夏休み!!ゼロからリセットしてみない?”といったキャッチコピーで私達に訴えかける。

留学関連のある雑誌の中でも、津田(1993)が定義した3つの女性像を意識した形で、大きく分けて三つの留学型が提案されているようだ。

1つ目は、「人生のリセット」留学型である。最近の雑誌だけではなく、現在放送中の人気バラエティ番組『グータン〜自分探しバラエティ〜』でも「自分探し」というテーマが選ばれて多くの視聴者の心を掴んでいるように、今や「自分探しの旅」は現代人の大きな生き方の総称ともいえるキーワードである。ある留学関係の雑誌を飾っていたのは、海外生活を満喫しながら“自分の道を切り拓く”女性の姿であった。異文化体験や語学習得という表面的な動機づけではなく、海外で自分のポテンシャルを磨いて「自分の好きなこと」を仕事にするために夢に向かって前向きに努力し続ける女性の姿は、「本当の自分」に巡り合うために自分の夢を追い続けるかのようでもあり、まさに「終わりのない旅」をしているかのようにも思われた。そのような女性の留学の真の目的は、「英語習得」を越えたところ、すなわち敢えて自分を厳しい環境に追いやることで得られる「本当の自分を発見すること」に意義を感じていると捉えられる。

 「変化のない生活に区切りをつけるため」(留学ジャーナル2005/01 16貢)に海外留学をした女性は、海外で「本当の自分が輝けるもの」を探すことに充実感を感じている。彼女は日本の企業社会で息苦しさを感じており、「退屈な日常から海外へ」と飛び込むことによって、「自分らしさ」を求めていると考えられる。

 雑誌で紹介されていた彼女たちに共通するのは、好きな何かを突き詰めて同じ場所に安住することなく常に走り続ける姿である。彼女たちはこう話す。

「もっと視野をひろげなきゃ」

「本来自分がやりたいコトをするべきじゃないかと思うようになって」

「とにかく早く自立したい」

(留学ジャーナル2004/0709 22-29貢)

 

 敢えて海外という厳しい環境に自分を追いやってまで、彼女たちは「自分への挑戦」を続けている。彼女たちにとって留学は決して“逃げ”ではない。「もっと視野を広げる」ための留学は、外に可能性を求めているという点で夢がある一方で、抽象的でもあるように思われる。「本来自分がやりたいことをしたい」・「自立」という彼女たちの言葉の中には、その程度の差はあるにしろ、「自己の探求」あるいは「人生の再出発」という意味が含まれている。特に「自立」という言葉は女性にとってさまざまな意味を持つ。女性が社会的な成功を収めることは、従来の女性のライフコースの既成概念を打ち破る成功物語であり、まさに“憧れ”の的である。「何らかの目的を達成する手段として留学する」という明確さが彼女たちの留学形態には見られない。むしろ、どこか不安定でいつ「本当に自分がやりたいこと」を見つけることができるかは未知である。しかし、彼女たちは海外へと飛び出し、「自分の人生をリセットする」旅にでるのである。

 2つ目は、「本当の自分探し」や「人生を真剣に見つめ直す」意味での留学型とは全く逆のスタイルである。「クリスタル感覚派」の女性たちに代表されるように、彼女たちはまるで英語が“ファッションの一部”でもあるかのように“身に付けて”、自分をより高い権威に押し上げる手段として捉えている。そのような女性たちは留学することを「流行として受け入れ、何の抵抗感も感じていない」のである。“英語が全然できなくても大丈夫”だと思い込ませておいて、女性に対してある種の“お気楽さ”、“手軽さ”を提示しているのではないだろうか。

 3つ目は、「自分のやりたいことはコレだ!と直感」(留学ジャーナル2004/0709 )して、「自分のキャリアを見据えた」留学型である。留学で得た知識や英語力を100%活かした職種に就くことは留学者全員の理想である。特に女性の場合、「モラトリアム探求派」も「クリスタル感覚派」の女性も、“かっこいい女性”、“できるオンナの条件”にはまず「英語に堪能であること」を挙げ、語学力を活かした仕事で生き生きと働いている姿に“憧れ”を抱いている。

この以上の3つの留学型の中でも、1つ目の「人生のリセット」留学型が、そのような「本当の自分探し」の旅ともいえる留学が最近の主流となっているような印象を受けている。日本の外に「本当の自分を探す」生き方がなぜ多くの女性の共感を呼ぶのだろうか。第3章の主に20代〜30代の女性を対象に行ったインタビュー調査を基に、女性にとって英会話学校に通い始めること、続けていくことがどのような意味を持つのかを考えたい。もし、「本当の自分探し」の行動形態が見られるとするならば、インタビュイーにとって「終わりのない旅」を続けていくことはどのようなことを意味するのだろうか。