はじめに

 

 現在いじめは徐々に減少していると言われている。文部科学省のデータによってもそれは示されている。いじめについてマスコミで取り上げられることも以前に比べて少なくなっている。しかし依然として学校現場では毎日どこかしらでいじめは行われている。何か1つ大きないじめ事件が起きるとその後しばらくは世間の人もいじめに関心を持つが、そのうちにまたいじめのことは忘れられてしまう。平成6年に愛知県の中学2年生の大河内清輝君がいじめを苦に自殺するという事件が大々的に報道された。100万円を越えると見られる高額なお金が奪われる、近くの川に顔を突っ込まれるといったいじめの陰湿さに注目が集まった。それはいじめを通り越し犯罪と言っても過言ではないものだった。その事件を受けて旧文部省もスクールカウンセラーの派遣、心の教室相談員の配置などといった対策に動き出した。しかしその対策は生徒自身が望んでいるものと一致していると言えるのかという疑問が生じる。一方でここ数年いじめ対策としてピアサポート、ピアカウンセリングという取り組みが一部の学校で行われている。これは教師からの一方的ないじめ指導ではなく、生徒を中心とした取り組みである。

 私はいじめに関しては教師、両親、スクールカウンセラーといった大人より、子ども同士の方が相談しやすいと考えている。それは大人よりも同じような学校生活を現在形で過ごしている子どもの方が、いじめの辛さを理解しやすいと思うからである。そこで本論文では、“ピア”という視点で取り組まれているいじめ対策の有効性を中心にいじめについて論じていきたいと思う。そのために今回は学生による学生のためのいじめ対策組織「いじめから友だちを守る会」に協力をお願いした。会の代表者へのインタビュー、会員へのアンケート、電子メール・電話での質問という方法で調査を試みた。本論文は「はじめに」、第1章「いじめの現状と対策」、第2章「“ピア”という視点からの取り組み」、第3章「『いじめから友達を守る会』の概要」、第4章「分析と考察」、第5章「結論」という構成になっている。

 

第1章 いじめの現状と対策

 

1−1 いじめの現状

 この節では『青少年白書平成13年版』を主要な典拠として、いじめの発見件数、発生学校数、様態、解消状況から現在のいじめの状況について見ていく。

 

1−1−1 いじめの発生件数(文部科学省、2001

 

 

図1 いじめの発生件数の推移

                       

 

旧文部省によるいじめの調査は昭和60年度から行われていたが、相次ぐ深刻ないじめ事件によって平成6年度からいじめの調査方法が見直されるようになった。まず調査対象に関してはこれまでの公立小・中学校、高等学校に加えて、盲・聾・養護学校も調査の対象にされるようになった。また自らの学校にもいじめがあるのではないかという問題意識をもって積極的な実態把握が行われるよう指導の徹底が図られた。調査に当たっていじめの定義も見直されている。「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によると、いじめを「自分より弱いものに対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお起こった場所は学校の内外を問わないこととする」と定義している。この定義では平成6年度以前のいじめの定義から「学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの」という文言を削除している。平成5年から平成6年の1年間で発生件数が35,003件と2.6倍も増えているが、これは定義が変わったこともあり、単純に前年と比較することはできない。現在のいじめの発生件数は調査方法が変わってからは、平成7年の60,096件をピークに5年連続で減少傾向にある。データはいじめの発生は減少していると示しているが、これは教員の把握している件数を調査したものであるため、実際にはもっと多くのいじめが発生していると思われる。

 

 

  1−1−2 いじめの発生学校数、発生件数(内閣府編、2001166

 

 

表1 いじめの発生学校数・発生件数(平成11年度)

区分

公立学校総数  (校)

発生学校数

(校)

発生率

(%)

発生件数

(件)

1校あたりの発生件数     

(件)

小学校

23,944

3,366

14.1

9,462

0.4

中学校

10,473

4,497

42.9

19,383

1.9

高等学校

4,148

1,133

27.3

2,391

0.6

盲・聾・養護学校

928

59

6.4

123

0.1

39,493

9,055

22.9

31,359

0.8

                               

 

 平成11年度においていじめは小学校で14.1%、中学校で42.9%、高等学校で27.3%、盲・聾・養護学校で6.4%の学校でみられている。中学校においていじめが最も多く発生しており、1校当たり約2人がいじめられていることがわかる。また全公立の小・中学校、高等学校、盲・聾・養護学校を通じた1校あたりの発生件数は0.8件となっている。

 

 

1−1−3 いじめの様態(内閣府編、2001166

 

 

表2 いじめの様態(平成11年度)

区分

小学校

中学校

高等学校

盲・聾・養護学校

言葉での脅し

2,100[16.1]

4,827[18.2]

820[21.7]

52[29.1]

7,799[17.9]

冷やかし・からかい

3,864[29.6]

7,899[29.8]

847[22.4]

39[21.8]

12,649[29.1]

持ち物隠し

1,117[8.6]

2,303[8.7]

191[5.1]

14[7.8]

3625[8.3]

仲間はずれ

2,476[19.0]

3,295[12.4]

284[7.5]

13[7.3]

6,068[14.0]

集団による無視

650[5.0]

1,731[6.5]

135[3.6]

6[3.4]

2,522[5.8]

暴力を振るう

1,881[14.4]

4,055[15.3]

862[22.8]

30[16.8]

6,828[15.7]

たかり

205[1.6]

894[3.4]

315[8.3]

5[2.8]

1,419[3.3]

お節介・親切の押し付け

225[1.7]

223[0.8]

63[1.7]

7[3.9]

518[1.2]

その他

539[4.1]

1,247[4.2]

260[6.9]

13[7.3]

2,059[4.7]

13,057[100]

26,474[100]

3,777[100]

179[100]

43,478[100]

(注)複数回答                        

 

いじめの様態については小学校では「冷やかし・からかい」が最も多く、構成比は29.6%と約3割を占めている。次に多いのは「仲間はずれ」で、構成比は19.0%と約2割を占めている。中学校では「冷やかし・からかい」が最も多く、構成比は29.8%と約3割を占めている。次に多いのは「言葉での脅し」で構成比18.2%となっている。高等学校では「暴力を振るう」が最も多く、構成比は22.8%である。次に多いのは「冷やかし・からかい」で、構成比22.4%と「暴力を振るう」と同じぐらい多い。盲・聾・養護学校では「言葉での脅し」が最も多く、構成比は29.1%と約3割を占めている。次に多いのは「冷やかし・からかい」で、構成比21.8%と約2割を占めている。

 いじめの様態としてどの学校段階でも「冷やかし・からかい」が多いと言えるが、一方で小学校、中学校、高等学校と学校段階が上がるにつれて「仲間はずれ」の占める割合が減少し、「暴力を振るう」や「言葉での脅し」の占める割合が増加していることがわかる。

 

 

 1−1−4 いじめの解消状況(内閣府編、2001167

 

 

表3 いじめの解消状況(平成11年度)

区分

いじめが解消

いじめが継続中で、現在指導中

小学校

7,980[84.3]

1,487[15.7]

9,462

中学校

16,729[86.3]

2,654[13.7]

19383

高等学校

2,220[92.8]

171[7.2]

2,391

盲・聾・養護学校

110[89.4]

13[10.6]

123

27,039[86.2]

4,320[13.8]

31,359

 

 平成11年度に発生したいじめのうち、小学校で約84%、中学校で約86%、高等学校で約93%、盲・聾・養護学校で89%が同年度中に解消していることがわかる。教員に把握されているいじめは、ほとんどが解消されていると言える。しかし何をもっていじめが解消したとしているのかは教員の判断だけに委ねられている。また教員がどのような基準によっていじめが解消したとみなすかと言う点については、全く明示されていない。しかし本論文の後でもふれるように、いじめが解消したと言う判断は微妙で難しい部分を持っているのである。

 

 

1−2 文部科学省によるいじめ対策

 

 文部科学省はいじめに関して「弱いものをいじめることは人間として絶対に許されない」という強い認識に立ち、いじめ、不登校、暴力行為などの問題行動の解決を図るためには家庭、学校、地域社会の一体となった取り組みが必要だとしている(内閣府編、2001418)。その中で学校の取り組みとしては、1、わかる授業・楽しい学校の実現と心の教育の充実、2、教員のカウンセリング能力等の向上、3、教育相談の充実及び校内指導体制の整備、4、家庭・学校・地域社会の連携という観点から色々な施策を進めている(内閣府編、2001267)。これらの中から教育相談の取り組みについて見ていきたいと思う。

 

1−2−1 スクールカウンセラーの派遣

旧文部省は平成7年度に「スクールカウンセラー活用調査研究委託事業」を実施した。文部省初等中等教育局・中学校課を担当局とし、全国都道府県の公立小・中学校、高等学校に各校1人ずつスクールカウンセラーを派遣するよう進めている。スクールカウンセラーとは臨床心理士、精神科医、心理学系の大学教員など、児童生徒の臨床心理に関して高度に専門的な知識、経験を有するものとされている。職務内容は児童生徒へのカウンセリング、教職員・保護者に対するカウンセリング、児童生徒のカウンセリング等に関する情報収集・提供などである。スクールカウンセラーは非常勤という形で年35週、週2回、1回あたり4時間勤務にあたる。平成7年度に154校への派遣で始まった事業が平成13年度には約4,300校にまで広がっている。このスクールカウンセラーの配置は国が各都道府県及び指定都市に委託するという形で平成12年度まで調査研究されてきたが、平成13年度からは各都道府県及び指定都市がスクールカウンセラーを配置し、国は経費の補助をするといった形で関わっている(文部科学省、2002)。

成果としてはスクールカウンセラーの助言によって家庭、関係機関と連携し、学校全体で生徒指導に取り組むことができるようになったこと、教員の児童生徒と接する際の意識が変わり、児童生徒の様々な悩みに関して適切な対応がとれるようになったこと、スクールカウンセラーが教員とは異なり、成績の評価などを行わない第三者的存在であるため、児童生徒・保護者が気兼ねなくカウンセリングを受けることができたこと、学校が適応指導教室、警察、児童相談所など学校外の機関と連携・協力できるようになったことなどがあげられる。特にスクールカウンセラーの持つ「専門性」、「外部性」という面が必要とされていることが確認されている。しかし次のような課題も残されている。まずスクールカウンセラーの受け入れ態勢と校内組織作りでは、学校におけるスクールカウンセリングの役割・位置付けの明確化や他の教職員、特に養護教諭との役割分担及び連携のあり方など、カウンセリング機能を充実させることが求められている。またスクールカウンセラーと教職員の間で生徒の個人情報の共有に関する指針がないことや、スクールカウンセラーの国家資格化によるカウンセラー数の確保についても今後考えていかなければならない。(清水、2000144)。

 

 

1−2−2 心の教室相談員の配置

現在子どもの心の居場所を作るため余裕教室などを活用して「心の教室」と言うカウンセリングルームの設置が促進されている。平成10年度から生徒が悩みなどを気軽に話し、ストレスを和らげることができるようにとカウンセリングルームに「心の教室相談員」が配置された。心の教室相談員はスクールカウンセラーとは異なり、教職経験者や青少年団体指導者など地域の人材から選考・配置されている。公立中学校約8,000校に配置され生徒の悩みなどの相談に応じたり、気軽な話し相手となったりしている。また外部から先進的な医学知識、健康問題の状況などを収集し、子どもや保護者からの相談に応じる体制を強化するため、「心の教室」へのコンピューターの設置が促進されている(内閣府編、2001)。

 

 

1−2−3 子どもの電話24時間相談室

 「全国子どもプラン(緊急3ヵ年戦略)」の主要施策に「子ども24時間電話相談」がある。子どもに対する相談体制の充実を図るため、他の各種相談機関や関係機関と連携を図り、ボランティアによる相談員の協力を得て、電話等を利用して24時間子どもの悩みに応えることが出来るような体制作りが促進されている(内閣府編、2001)。この分野で先進的な取り組みを行っているイギリスでは民間団体「チャイルドライン」が24時間の電話相談を行っており、1986年の設立以来6万人以上の子どもの悩みを受け止め、大きな成果を上げている(多賀、1997159)。これを受けて全都道府県の教育センターで実施されている子どものための電話相談事業を、24時間対応できる「子ども24時間電話相談室(子どもホットライン)」という相談事業に変更した。電話、FAX,電子メール等を使って相談を受け付けている。今まで教育センター等で実施されている相談事業の多くは夕方までの受付となっていたが、ボランティアの協力を得て24時間いつでも相談できるようになった。平成13年4月1日現在13都道府県に13か所設置されていて、平成12年度で8,296件の相談が受理されている(内閣府編、2001489)。

 

以上のようにこの章では文部科学省によるいじめの現状と教育相談の対策について見てきた。教育相談にはこの他にもピアに着目した相談活動が近年取り組まれている。そこで第2章ではいじめに対するピアの取り組みについて見ていく。

 

2章 “ピア”という視点からの取り組み

 

 第1章では文部科学省によるいじめの教育相談について見てきたが、学校や民間組織でピア(=仲間)という視点で行われているいじめ対策にピアカウンセリング、ピアサポートというものがある。この章ではこのピアカウンセリング、ピアサポートについて見ていく。

 

2−1 同輩支援活動

斎藤によると、ピアとは英語のpeerを指し、仲間と訳されることが多く、具体的には状況や立場によって異なり、性別、人種、年齢、文化的背景や社会的地位(同級生、職場の同僚)などにおいて類似のカテゴリーに分類される人のことを指していると定義している(斎藤、2002)。本論文ではピアを子どもを指す語として使うことにする。

 滝(1999)によると同輩支援の取り組みにはピアカウンセリング、ピアサポート、ピアヘルピング、ピアミディエーション等がある。ピアカウンセリングは仲間のカウンセリングをする。ピアサポートはカウンセリングは行わないが仲間を助けたり、支えたりする。ピアヘルピングは仲間を援助する。ピアミディエーションは仲間の争いごとの調停や仲裁をする。これらの取り組みは強調点の置かれ方によって名前は異なるが、はっきりとした区別がされている訳ではなく、同じ活動内容でも取り組む人によって異なった呼び方がされている。滝は「こうした考え方や活動の背景にあるのは、人が悩んだりイライラしたりするとき、あるいは何か大きなできごとが身に降りかかったときなど、最初に助けやアドバイスを求めていくのは、多くの場合、友達であるという事実です。教師やカウンセラーに相談するよりも先に、身近にいる友達に打ち明けたり相談するのが普通であり、専門家に対してではないという事実です。また、同じ地平で生活している子ども同士の方が、問題を早く発見できたり、解決策も的確であったりする、という事実です」と言う(滝、1999152153)。

 

2−2 ピアカウンセリングの取り組み

 滝によると高校などで専門のカウンセラーが生徒を助手代わりに訓練し、ピア・カウンセラーと呼んでいたという程度のことはすでに1960年代のアメリカに見られたようだ。しかしカウンセラーの補助という目的を離れ、子ども同士の相互発達や問題解決に寄与する点を積極的に評価した取り組みに変わるのは25年くらい前からと考えられる(滝、1999154)。

 ピアカウンセリングは主に海外で取り組まれている。その中からイギリスのアークランド・バーリー校のピアカウンセリングについて『いじめ克服法』を典拠として紹介していく。アークランド・バーリー校はロンドン北部にある総合制中等学校で11歳〜18歳までの生徒が通っている。この学校がいじめに取り組み始めたのは1989年に起きた女子生徒の自殺未遂がきっかけだった。彼女の母親からいじめの相談があったが、やむことはなかった。その後のアークランド・バーリー校の調査によると、13%の生徒がいじめられた経験を持ち、3分の1の生徒がいじめられていることを誰にも話していなかった。41%の生徒がいじめられた子をなんとか助けようとしたことがあること、半数をこえる生徒がいじめる子どもが理解できないし、受け入れられない、また自分はいじめようとは決して思わないと考えていることがわかった。この「いじめがある一方でいじめなど許さないと思う生徒の気持ちも強い」ことを生かして、生徒相談員を発足することになった。この取り組みはABCAnti Bullying Campaign)と呼ばれ1993年に始まった。相談員を希望する生徒は志願書を提出する。書類選考の後、先輩相談員や先生と面接し最終的に決定される。その後に訓練を受け相談員として活動する。生徒相談員の数は19961月当時で合計12人。活動は週に3回、昼休みの時間に行われる。相談員と話すのは1人につき約10分間とするが、必要とあれば延長できるし、また次の相談の約束ができる。相談を続ける期間については、相談員と依頼者が話し合って決める。緊急時にも対応する。いじめに複雑な人間関係が絡んでいるようなら相談員は彼らと話し合いを持つこともある。いじめが解決されていく過程は記録していく。相談員は依頼者に行動を指示するのではなく、「どうしてほしいか」を聞き出す。それに対してはいじめをやめさせてほしいという声が多く、依頼者を励まし休み時間には絶えず付き添うとともに、いじめる子に会っていじめられる子の苦痛を説明して、いじめをやめるように促す。また相談員は専門のカウンセラーから定期的にアドバイスを受ける。この活動はいじめられた子・いじめる子だけではなく、相談員となった生徒の成長にも役立っていると言う(多賀、1997169180)。また酒井は「教職員など大人よりも生徒のほうが話しやすいということもあるだろうが、それ以上にこのあり方が、生徒たち自らのいじめに対する意識を変え、彼ら自身のもつであろう問題解決能力を引き出し、またそれらを育ませているようである」と指摘している(酒井、1997102)。

 日本でも横浜市の錦台中学校などでピアカウンセリングが取り入れられている。錦台中学校では平成8年に相談役となる「いじめ相談協力者」を全校生徒から募集した。それと同時に「生徒会愛のメッセージ箱」を校内に設置して相談希望者を募集した。活動に当たって、1、話をよく聞こう、2、秘密を守ろう、3、友達になろうの3項目を相談協力者に徹底させた(下野新聞、2002)。また誰が相談協力者なのか一般生徒にはわからないように配慮されている。わかってしまうとその子が「生意気だ」といじめられるかもしれないし、その子と話しているだけでいじめの相談をしていると誤解される恐れがあるからだと言う(保坂、1997568)。

 

2−3 ピアサポートの取り組み

 日本でピアサポートという取り組みが行われるようになったのは平成7年ごろだと思われる。滝によるとその頃に海外のいじめ防止の取り組みが翻訳等で紹介され、また旧文部省によるスクールカウンセラーの調査研究委託事業が始まったこともきっかけとなっているのではないかと言う。滝が顧問を務める横浜ピアサポート研究会はピアサポートを「ゲームやロールプレイングを活用した体験的なトレーニングを通して子どもたちの基礎的な社会的スキルを段階的に育て、子ども同士(仲間=peer)が互いに支えあえるような関係をつくり出す取り組み」と定義している。ピアサポートはいじめ防止の取り組みとして海外から取り入れられてきたが、もともとはいじめ問題の解決策ではないと言う。様々な人種や民族、階級が入り混じっている国や地域では、文化的背景の無知によってうまくコミュニケーションがとれなかったり、トラブルを起こしたりすることが少なくない。その結果としていじめやけんか、時には不登校や自殺に発展したりもする。そのような時に対人関係を築いたり維持したりするうえで必要となる基礎的な技能を訓練することができたら、人間関係上のトラブルは減少していくだろうと滝は言う(滝、1999)。それがいじめ防止に役立っている結果となっていると言えるのではないかと思う。人間関係を円滑にするコミュニケーションスキルとはどのようなものなのだろうか。それでは具体的に西村が開発したピアサポートのプログラムを紹介する(西村、2000)。

1回:温かい聞き方・冷たい聞き方

1、話を聞くときの姿勢・視線・表情・動作・相づちで相手への関心を示す。

第2回:質問利用術

1、話の中で色々な質問をすることで相手への関心を示したり、相手から情報を得たり、相手に多くを話すよう促したりする。

2、質問に対する相手の答えをゆっくり聞き、ていねいに返事をする。

第3回:キャッチ・ザ・メッセージ

1、話し手の声の調子や動作や表情をよく観察して、気持ちを想像する。

2、できるだけ話し手と同じ気持ちになって話を聞く。

3、話し手の気持ちについて自分が感じたこと、考えたことを伝える。

第4回:こういうことかな?

1、相手の話を自分はどう受け取ったか、あるいは理解したかを伝えて、確認する。

2、もし自分の受け取り方や理解が間違っていたら、相手に訂正してもらう。

第5回:問題解決5つのステップ

1、問題を明確にする。

2、できるだけ多くの解決方法を考え出す。

3、それぞれの解決方法の結果を予測する。

4、考え出した解決方法の中から最善のものを選び出す。

5、選んだ解決方法を実行するために必要なことを考える。

このプログラムはまず、いす取りゲームのような簡単なゲームによるウォーミングアップから始まる。そしてゲームやロールプレイングをした後に互いに感想を述べ合う等、必ずフィードバックを行う。スキルを定着させるために簡単なテキストを用意し、勉強会の体験を振り返りながら身に付けた知識を整理する。勉強会での体験を通して感じたこと、考えたことを「振り返り用紙」にまとめる。

西村が指摘するようにピアカウンセリングは問題が起こって初めてその効力が生きてくる「後追い型」の取り組みであり、ピアサポートは能力開発によって問題の発生を予防する「先手型」の取り組みであるというところに特徴がある。また問題を抱える生徒だけでなくすべての生徒を対象とすることができる(西村、2000191)。現在ピアサポートは学級や生徒会など学校内の一部の活動であることが多く、全校で行われているところはまだ少ないが、これからは総合的な学習の時間にこのプログラムが行われると考えられる。

 

 以上のようにいじめに対するピアの取り組みは学校で行われていることがほとんどだが、民間の組織でピアの取り組みをしているものに「いじめから友だちを守る会」がある。そこで第3章では「いじめから友だちを守る会」の概要について見ていく。

 

第3章 「いじめから友だちを守る会」についての概要

 

いじめの対策としてピアという視点から取り組んでいる組織に「いじめから友だちを守る会(別称SBF Save our Bullied Friends 以下SBFと呼ぶ)」がある。この会は学生を中心とした全国規模のいじめ対策組織である。長野を本部とし、東京に支部を持つ。この会の特徴として学生が学生のいじめの相談にのるという点、相談は手紙、電子メール(以下メールとする)、FAX、電話を使って行われるという点があげられる。

 

3−1 会の概要

この節ではSBFの代表である岡本豊さんとのインタビューをもとに、会の概要を説明する。インタビューは6月16日、長野駅の近くにあるホテルのラウンジで行われ、2時間ほど話を伺った。

 

発足

平成1210月長野に住む当時高校2年生の岡本さんを代表としてSBFは発足された。発足のきっかけは岡本さんが中学生だった時に親友をいじめを苦にした自殺で亡くしたこと。その親友は友だちにも家族にも先生にも誰にも相談せずに亡くなっていったと言う。あの時相談してくれたら何かできることがあっただろうという思いから、SBFを発足した。SBFは岡本さん、やはり親友をいじめによって亡くしたKさん、自身がいじめを受けたというHTさんの3人で始められた。同年3月亡くなった親友のご両親(Mさん)から岡本さんはKさん、HTさんを紹介された。当時Mさんは「いじめや校内暴力で子どもを亡くした親の会」の発足の準備をしていた。Kさんの亡くなった親友のご両親、Hさんのご両親が親の会で活動をしていたことから、MさんはKさん、HTさんと知り合うことになったと言う。いじめに関するホームページを立ち上げていた岡本さんはいじめに対する活動をしたいという構想を持っていた。岡本さんとKさん、HTさんはその後電話で連絡を取っていたが8月に直接会い、会の発足に向けて動き出した。

 

会員

SBFは中学生・高校生を対象にした会員と大人を対象にした会員によって運営されている。中学生・高校生を対象にした会員には相談員と普通会員がいる。相談員とは依頼があった相談にのる、月に1回地域ごとに行われるいじめに対する勉強会に参加する、校内や自分の周りで起きているいじめを見逃さないようにする、会の事務的な仕事をするという会員である。相談員は平成13年、12月現在、男子7人、女子11人の計18人いる。学年の内訳は中学2年1人、中学3年1人、高校1年4人、高校2年4人、高校3年8人となっている。一方普通会員は女子1人がいて、相談員と異なる点は相談活動はしないということである。それ以外は相談員と同じ活動をしている。相談員はいじめに関する自分の思いを綴った作文によって発起人の3人に選考される。基本的には作文を提出してくれた人は会員として受け入れることにしている。しかしSBFは「いじめを受けている人は被害者である」という立場をとっているため、「いじめられている側にも問題がある」という考えを持っている人は会員として認められない。またいじめの傷を背負っている人は会員にはなってもらうが、相談に乗る程の余裕があるかどうか疑問であるため、相談は任せない。なおこの会の相談員の条件は中学生・高校生となっているが、高校卒業後もOB,OGとして補助会員という立場で活動を続けることができるようになっている。

 大人を対象にした会員には相談役と賛助会員がいる。相談役は3人いて、相談員のサポーターとして相談員の手に負えないケースの相談にのる。そのためカウンセラー、教師、親、いじめを受けた経験のある人など、それぞれの立場で専門家として相談にのることができる人に限定される。相談役は会の方からお願いする他に自己推薦も受け付けている。

賛助会員は14人いて、会員の活動を資金面で援助している。賛助会員になる条件は特に無い。

 

相談方法

相談は郵便、FAX,メールで受け付けている。最初は郵便、FAX、メールを使って依頼者から本部に相談が送られてくる。相談員の選定は現在のところ岡本さんが行っている。選定の基準となっているのは依頼者の住んでいる地域、性別、年齢などである。これらの基準を参考にして、できるだけ依頼者と条件が近い相談員を選定する。依頼者のもとへは代表者である岡本さんから相談員が紹介される。その後依頼された相談員から直接依頼者への連絡が行われ、やりとりが始まる。相談は基本的に一対一で行われるが、依頼者の希望によっては相談員が複数で相談にあたることもある。またある程度相談に乗った上で実際に会うこともあるが、会う時は相談員は複数で会うことになっている。これは依頼者がいたずらで相談員を呼び出し、相談員が一人で会いに行って襲われるなどの危険を回避するためである。また相談員が一度に受け持てる相談は一件とされている。一人一人の相談に真剣に取り組むためである。

 

活動内容(相談にのる以外)

     全国集会

年に1回相談員が集まって開かれる。実際には3月に東京で第1回目の全国集会が行われた。約10人の相談員が参加して、カウンセラーを招いて自己紹介ゲームを行ったと言う。このゲームは5、6人で輪になってその中の一人が質問を受ける人になる。残りの人が質問を受ける人に順に質問をしていく。質問をしていく中でいかにその人についての情報をたくさん聞き出せるかと言うゲームである。質問者は、はい・いいえで答えられる質問ではなく、相手にたくさん自分のことを話してもらう質問を考えなくてはならない。相手の話をうまく引き出す訓練になっていると言える。その他には今後の方針や、今までの活動報告について話し合われた。

 

     勉強会

東京支部で月に1回行われている。テキストを使って勉強する。テキストは『プロカウンセラーの聞く技術』東山紘久、2000年、創元社、『友だちを自殺させないためにきみにできること』リチャード・E・ネルソン、ジュディス・C・ガラス、1997年、アスペクト、が使われている。両方ともカウンセラーによって書かれた本で、会の基本的な考え方のもととなっている。また抱えている相談で困っているケースについて相談したりもする。

 

     掲示板

 SBFはホームページに掲示板を持っている。もともとは会員の交流と言う趣旨で設けられた掲示板であった。しかしその趣旨と反してホームページを訪れた人が掲示板にいじめの悩みを書き込むようになった。そしてホームページを訪れた人たちがその相談に乗るようになった。会員はその掲示板には一切関わっていなかったが、相談に乗っている人の返答の無責任さや、SBFの掲示板に会員が関わっていないと信用がなくなるということから、最近ではその掲示板も「相談の場」として捉えるように方針を変更して、会員も相談の書き込みに答えるようになった。

 

 

     リンク

長野を本部とし、横浜と静岡に支部を持つ組織に「いじめや校内暴力で子どもを亡くした親の会」という組織がある。岡本さんの亡くなった親友の両親がこの会で活動しているため、SBFとつながりを持っている。岡本さんもこの会の集会に4、5回呼ばれて、15分ほど話をしたりしている。この会はいじめや校内暴力で自殺したり、殺されてしまったりした人の親が、泣き寝入りしてはいけないということで立ち上がった会である。実際にいじめや校内暴力で子どもが亡くなるという問題が起きた時に、その人のもとに行って相談に乗ったり、訴える際には具体的な動き方を教えたりしている。親の会は弁護士と連携が取れているため、SBFに相談が寄せられたもので犯罪性が高いものには親の会を紹介したこともある。

 

     基本方針

岡本さんは相談に乗るときに注意する点は自分の意見は極力言わないことだと言う。依頼者の思っていることを引き出し、常に肯定的な姿勢をとる。その上で違うと思った時にはこういう考え方もあると自分の考えを提示する。しかし依頼者の意見を最大限尊重する。このようなことが基本方針とされる。

また岡本さんは相談に乗っていて一番難しいことは依頼者が相談員に「思いっきりよっかかってくること」だと言う。あまりによっかかってこられても保障はできないし、相談員の方も精神的に参ってしまう。距離感の測り方が難しいと言う。岡本さんが言う「思いっきりよっかかってくる」とは相談員がアドバイスをすると依頼者に何か問題があったときに、またアドバイスを求めてくるといったことを指している。友達という立場だからあまり突き放すこともできない。そういったタイプの依頼者は「本当に孤独」だと岡本さんは言う。相談相手もいないという中で話を聞いてくれる人が現れるとどうしてもよっかかってしまう。岡本さんはそういう「おんぶにだっこ」なことはよくないと考えている。自分で立ち上がる力を付けて、自分の道は自分で選択しなければいけない。それでも自分の力だけでは辛くてやっていけないというときにつかまる手すりのような存在でありたいと岡本さんは言っている。

 

     今後のあり方

今のSBFの主な活動は依頼者の相談に乗ることだけだが、実際に学校現場で会員がいじめをなくすために動けるようになることを考えている。しかし現在会員の数が不足しているため、相談がたくさん寄せられていても相談に乗ることすらできないといった状態である。できたら依頼者の問題が解決した後にはその依頼者に相談員になってもらうことを望んでいる。そしてもっと会員を増やし各学校に1人は会員がいる状態を目指している。その中で生徒会と連携する等していじめをなくす活動をしていきたい。またSBFと同じように電話などで相談活動を行っている組織とも連携し、講習会等で一緒に勉強していきたいと考えている。

 

このようにSBFはピアカウンセリングの一形態と言う事ができる。SBFの活動は第2章で紹介したバーリー校や錦台中学校とは異なり、教師の指導のもとで行われるものでもなく、また学校内の取り組みでもない。ピアカウンセリングには様々な形があるが、私はSBFのような学校外で自発的に行われる形が有効であると考えている。本論文で後でも触れるようにいじめは学校内だけでは解決できない部分がある。遠隔メディアによって友達関係を作ることが可能になった今、学校外で行われるピアカウンセリングが重要であると言える。

 

3−2 会員の紹介

今回の調査では会員へのアンケートとメール、電話での質問を行った。アンケートはSBFの代表である岡本さんにアンケートを送り、会員に転送してもらった。アンケートでは会員の名前、年齢、性別、住んでいる地域、入会時期、今までの相談人数、相談方法、入会のきっかけについて質問した。またアンケートの際に、追加の質問が可能な方にはメールアドレスと電話番号を書いてくれるようにお願いした。その後メールアドレスや電話番号を書いてくれた人に追加の質問をメールや電話で行った。これらの調査とSBFのホームページに掲載されている会員選考のための作文から、Sさん、HMさん、HYさん、Iさん、岡本さんの5人を取り上げ紹介していく。

 

3−2−1 Sさんのケース

 Sさんは東京に住む18歳、高校3年の女子。平成13年、3月頃に入会した。18歳の女子との相談経験がある。Sさんは小学校3年から6年までの3年間いじめを受けていた。クラス替えの時期に入院してしまったため、まとまりつつあった新しいクラスには何となくなじめなかったと言う。おとなしい性格や運動、音楽が苦手なため「運動会」、「音楽会」といった行事の際に迷惑な存在とされたこともいじめの口実となったようだ。一部の女子の悪口から始まったいじめが、クラスのほとんどの女子による無視、そして男子も含めたクラス全員からの嫌がらせへと次第にエスカレートしていくのにそんなに時間はかからなかった。何人かいた友だちとつきあうことも他の子に阻まれてしまい、Sさんは孤立した。

Sさんはメールで「両親には自分からは言えなかった。親は大切で大好きな存在。心配をかけたくないという気持ちが強かった」と言っている。しかしイライラしたりよく泣いたりといったSさんの様子の変化から両親はいじめの事実を知った。そして担任の先生のところにかけあったが、「いじめられる側にも責任がある。弱いからいじめられるのだ。もっと強くならなければ駄目だ」の一言。またいじめが実際にあるのか調べはしたが、いじめる側の言い分を全て信じSさんに厳しく注意しただけだったと言う。このことによって担任は当てにならないと思ったのだろう。次は校長先生のところにかけあった。校長先生は早速職員会議を開き、Sさんを気にかけるよう計らってくれた。するとあらゆる教職員がSさんに声をかけてくれるようになったと言う。朝挨拶を交わす相手すらいなかったSさんには何気ない言葉がうれしく、一人ではないと思えたようだ。また保健室の先生の存在も大きかったようだ。精神的なものから身体の不調を訴えるSさんに病気じゃないからと追い返すことや、奥のベッドに一人で寝かすといったことはせず、話し相手になってくれたり側にいてくれたりしたと言う。またSさんは休み時間のほとんどを図書館で過ごしていたが、図書館の司書の先生とも楽しく話すことができたと言う。Sさんにはその他にも支えと感じられたものがあった。日曜学校や習い事などの場にはいじめられる前からの友だちがいたと言う。入院中に知り合った友だちとは文通を通じて、学校であった辛い出来事を話したりした。また当時いじめに関する本や体験談をよく読んでいたと言う。

Sさんは幼稚園から大学まであるエスカレーター校に通っている。いじめた人とは大学までずっと一緒という環境にいる。一時期転校も考えたが私立から公立への転校は難しかったようだ。学校側の配慮によって高校3年の現在でもいじめのリーダー格だった子と同じクラスになることはない。いじめも中学校に入ってからはないと言う。しかしいじめられたことで残った傷は中学生になってもSさんを苦しめた。人を信じられず、怖いと思ってしまう。友だちから少しきつく言われるとまた前のようになってしまうのではないかとパニックを起こす。またクラスの中で何度となくトラブルを起こしたり、恐怖で教室に入れなかったりしたこともあったと言う。いじめを実際に受けていた小学生の時も辛く苦しかったが、その傷と戦った中学生の時もとても辛かったそうだ。

Sさんにはいじめに対する活動を何かしたいと言う思いはあったが、高校生なんかにできることはないという思いや、行動に移す勇気がなかったため何もできずにいた。しかしいつまでも逃げていてはいけないと思い会の活動を始めた。Sさんはアンケートで「会の活動を始めて色々な人のいじめに関する体験談を聞いたり、一緒に悩んだりすると昔の傷を思い出し辛いときもある。しかし同時に何か自分にできることを見つけ、やることで癒されていることも確か」と言っている。

 

 

3−2−2 HMさんのケース

Mさんは兵庫県に住む17歳、高校2年生の女子。平成13年、3月頃に入会した。高校2年の女子、中学2年の女子との相談経験がある。HMさんは小学校6年の時と中学校3年の時にいじめを受けた。中学校3年の時に受けたいじめの原因は部活動の人との口論と委員会関係のことだろうとHMさんは考えている。クラス全員から無視され、嘲笑され、陰口を言われた。いじめの辛さから逃げ出したいという気持ちから自殺を考え、実際に手首にカッターを当てたこともあったと言う。しかしこんなことでは負けられないという思いや、自殺したらいじめた人が喜ぶかもしれないという考えがHさんの自殺を思い留まらせた。

高校1年の時に新聞で「いじめから友だちを守る会」の存在を知った。以前からテレビや新聞でいじめに関する報道を見聞きするたびに自分が力になってあげたいと思っていたが、行動に移すきっかけがなかったと言う。その当時もHMさんに対するいじめはなくなってはいなかったと言うが「私の性格上自分みたいに苦しんでいる人を助けたいという気持ちになった。こう思うのは自分の心が落ち着いているときだけだが。仲間意識もあったのかもしれない」とメールで言っている。HMさんはいじめられている人に孤独を感じてほしくない、いじめの悩みを一人で抱え込んでほしくないと強く願っている。それはHMさん自身の誰にもいじめの辛さを相談できなかった経験から来ているのだろう。担任の先生には何回か相談してみたこともあるが、「『いじめられるのは仕方がない。』と自分の気持ちとは逆のことを言ったり、自分は大丈夫というように振る舞って逆に辛かったからやめた」とメールで言っている。また先生の対処によっては、いじめがひどくなるかもしれないという不安もあったと言う。両親にはいじめの事実を知られたくなかったため相談できなかったと言う。「変に心配されたくなかった」からだ。友だちにもたまに遠回しに相談したが、ほとんど相談しなかった。相談する「勇気」がなかったからだと言っている。

 

 

3−2−3 Iさんのケース

Iさんは長野県に住む15歳の女子。平成13年、6月頃に入会した。相談経験はまだ無い。Iさんは小さいときからいじめが嫌いだった。「正義感が強くいじめは絶対許さなかったため、いじめをしている子にとってはウザイ存在だったと思う」とIさんは電話で言っている。中学の時一部の男子から嫌がらせを受けるようになった。それは「いじめというよりはけんかのようなものだった」と言う。しかしそれをきっかけにたまに学校を休むようになり、次第に不登校にとなっていった。Iさんは不登校だった中学3年間の大半を家と相談室で過ごした。相談室にはひどいいじめを受け不登校になった子たちが来ていた。そのうちにIさんはその子たちに悩みを打ち明けられるようになった。Iさんに相談してくる子たちは「みんな友だちがいなかった」とIさんが言っているように、一人で悩みを抱え込んでしまっていたようだ。「先生との関係もうまくいってなかったらしく、先生に相談することもなかったようだ」とIさんは言っている。両親には相談していたようだが「自分の方が年も近いから相談しやすかったのではないか」とIさんは考えている。Iさんはその後中学を卒業し高校に進学したが、集団生活になじめず中退した。しかし勉強は好きだということで大検を受けるか、通信制高校に入りたいと思っている。Iさんには中学の時に出会った友だちがたくさんいるので、悩みを一人で抱え込むことはなかった。しかし相談室で友だちがいない子や、なかなか人に理解してもらえない子など色々な子と出会って話すことの大切さを知ったのだろう。そのような時に「いじめから友だちを守る会」の存在を知り、「何にもとりえのない自分にもできるかもしれないと思って」入会したとアンケートで言っている。相談室で色々な人の話を聞いた経験がこの会でも生かせるかもしれないと思ったのかもしれない。

 

 

 

3−2−4 HYさんのケース

HYさんは東京に住む18歳、高校3年の女子。平成13年、3月頃に入会した。中学1年の女子との相談経験がある。HYさんは小学校の時にいじめを受けた。中学校に入ってからもいじめが続くことをおそれたHYさんは他の地区の中学校に入学した。しかしその中学校には小学校からほとんど替わらないメンバーが集まっていたため、なかなかなじめなかったと言う。そんな時同じクラスの女子が男子に囲まれてゴミをかけられている光景を見た。その彼女は何も言わず我慢しているだけで、クラスの大半は笑ってみているか見て見ぬ振りをしていたと言う。HYさんは何も言わずに彼女の手を引いて教室から逃げた。その日からHYさんもいじめられるようになった。そのような状況下でクラスの女子の中でリーダー格の子が彼女と仲良くしないと言う条件で助けてくれると言ってきたと言う。「彼女は小学校の頃からいじめられていて、汚いというレッテルが貼られているから助けることはできないが、HYさんだけなら助けられる」と言うことだった。しかしHYさんはその申し出を断った。「何かいい解決策があったわけではない」が、HYさんも小学校の頃にいじめられた経験があったため、一人でいることがどんなに辛いか、誰かが一緒にいてくれると不安は解消されるということを身をもって知っていた。だから二人でがんばろうと思ったのだろう。

翌年HYさんのクラスに転入生が入ってきた。HYさんがいじめられていることを知らなかった転入生はHYさんに話しかけてくれたが、あまり仲良くはしなかった。転入生までHYさんと友だちだと言うことで一緒にいじめられるのを防ぎたかったからだと言う。一度だけその転入生が嫌がらせを受けたことがあったが、助けられなかった。嫌がらせが継続的になりいじめとなるのをおそれる気持ちがあったからだと言う。それがよかったのかどうかはわからないとHYさんは言っている。ただ最初に黙って逃げるのではなく、いじめをやめるように言葉で意思表示していたら、何か状況は変わっていたのではないかという思いがある。

HYさんには他のクラスに友だちがいたから中学校3年間を乗り越えることができたが、クラスの中では我慢することしかできなかったと言う。なぜなら先生に相談したところ、「クラスの秩序を保ちたい。40対2ということで圧倒的に数が少ないから我慢しなさい」と言われたからだ。両親には精神的に支えてもらったという思いがある。HYさんは今でも決して消えないいじめの傷のために臆病になったり、物事を躊躇してしまうといったことで苦しんでいる。しかし敢えて会の活動をすることでいじめと向き合い、大人になってもいじめは仕方がない、我慢すればいいなどと自分自身を納得させないようにと考えている。

 

3−2−5 岡本さんのケース

岡本さんは長野県に住む18歳、高校3年生の男子。そして「いじめから友だちを守る会」の代表でもある。岡本さんには小学校の時からの親友がいた。岡本さんが中学1年の時その親友がいじめを苦にして自殺した。岡本さんはその自殺後初めて親友がいじめられていたことを知ったと言う。親友は誰にも何も相談することなく死を選んだと言う。一度だけ自殺する前日、岡本さんに死をほのめかすようなことを口にしたが、岡本さんは冗談だと思って聞き流してしまった。「どうしてあの時察してあげられなかったのだろう、どうして自分に相談してくれなかったのだろう」と今でも悔やんでいる。それを期にいじめについて何か自分にできることはないだろうかと考えるようになった。中学3年の時放送委員長をしていた岡本さんは人権委員会と協力して、いじめをテーマにした放送劇を作り、お昼の放送で流すことを試みた。当時はあまり成果は上げられなかったそうだが後輩たちが引き継いでくれ、今でも文化祭などでいじめについての展示など活動は行われていると言う。また岡本さんは「暴力よりひさんだった」といういじめについて考えるホームページも作った。さらに「全国にも同じようにいじめで悩んでいる人がいる。いじめを先生や大人任せにするのではなく、生徒が自分たちでいじめをなくしていかなければ」という思いから、学生を中心としたいじめ対策の全国組織を作ることにした。亡くなった親友の両親が活動している「いじめ・校内暴力で子どもを亡くした親の会」を通じて知り合ったKさん、HTさんと協力して「いじめから友だちを守る会」を発足した。

 

第4章 分析と考察

 

この章では第3章で紹介した会員のデータを中心にいじめについて分析・考察していく。

 

 4−1 語りにくさ

いじめられていることを誰にも相談できず、一人で悩みを抱えている人は多い。いじめには何らかの理由で語りにくさがあると言えるのではないか。それは相談相手がいないことからくる語りにくさなのだろうか。それとも相談相手はいても語りにくい何かがあるのだろうか。両親や先生、友達などにいじめられていることを相談したことがあるかということについて質問した。 

 両親に対してSさんは両親には自分からは言えなかったと言う。親は大切で大好きな存在で心配をかけたくないという気持ちが強かったからだと言っている。またHMさんもいじめの事実を知られたくなかったから、両親には相談しなかったと言う。「変に心配されたくなかった」からだと言っている。相談すればきっと守ってくれるはずの両親にさえ心配をかけたくないと思ってしまい、相談できなくなるという事実がある。

先生に対してSさんは担任の先生にいじめられているとかけあったと言う。しかし「いじめられる側に責任がある。もっと強くならなければ駄目だ」の一言だったと言う。また先生はクラスの全員になぜいじめたのかという作文を書かせた。その時点でいじめは一種のブームのようになっていて、多くの人達は特に理由が思い当たらずある事ない事書き連ねたとSさんは言う。担任の先生はそれを全て信じSさんに厳しく注意したようだ。HYさんも先生に相談したが「クラスの秩序を保ちたい。40対2ということで圧倒的に数が少ないから我慢しなさい」と言われている。先生に相談はしてみたもののいじめる側の言い分だけを信じていじめられる側を一方的に責めたり、我慢するように言ったりと適切な対処がとられていない。これでは先生は当てにできないと思ってしまう。相談しなくなるのも無理はない。また先生に相談できないのには他にも深刻な理由がある。HMさんは「先生の対処の仕方によってはいじめがひどくなるだろう」と思い相談できなかったと言っている。先生に相談して先生がいじめている子を注意すれば、先生にチクったということにされてしまう。そのことでいじめがよけいに悪化することは十分考えられるし、それを不安に思い恐れる気持ちはよく理解できる。

相談することによってかえって辛くなったという人もいる。HMさんは担任の先生に初めは何回かは話してみたが、最後には「いじめられるのは仕方がない」と自分の気持ちとは逆のことを言ったり、「自分は大丈夫」みたいに振る舞ったりして、「逆に辛かった」のでやめたと言っている。心配してくれる人はいても自分の気持ちを出し切れない。最初は辛いと言えても話しているうちに辛いと言えなくなってしまうのだろう。強がってしまい、話すことでかえって自分で自分の首をしめる結果となってしまうことがうかがえる。

勇気がなくて話せないという人もいる。HMさんは友達にもほとんど相談しなかった。たまに遠回しに相談したがやはり友達に相談する「勇気」はなかったと言っている。いじめられることは恥ずかしいことだという認識がなされているのだろうか。いじめられるという事実より「あの子はいじめられっ子だ」とみんなから思われることの方が耐えられないのかもしれない。いじめられていると相談することはプライドが傷つけられることになるのではないかと考えられる。

話したくても話せない人もいる。Sさんは相談に乗ってみて「あまりにも傷が深すぎると人に話すこともできないということを知った」と言っている。誰かに話すことで辛い体験を思い出さなくてはいけなくなる。それが耐えられなくて話せないのである。またIさんは友達がいない子やなかなか人に理解してもらえない子など色々な子と出会った。そのうちにその子たちから相談を受けるようになったと言っている。話したくても話を聞いてくれる相手がいないということもある。いじめの語りにくさには本当に一人で誰にも相談できない場合もあるが、相談できる相手はいてもこれらの理由から相談できないという事実があることがわかった。

 

4−2 支え

いじめられた経験を持つ会員の人は会の活動をしていく上で、「いじめの悩みを一人で抱え込んでほしくない。力になりたい」という思いを強く持っている。また「いじめられていたとき支えと感じられるものがあったから乗り越えられた」とも感じている。Sさんは全ての教職員がSさんに声をかけてくれたと言う。ひとりぼっちで朝挨拶を交わす相手もいないSさんに挨拶してくれる先生がいた。Sさんが身体の不調を訴えて保健室に行ったときに、それがいじめによる精神的なものだと見抜いていた保健室の先生は、病気じゃないからと決して追い返したりはしなかったし、奥の部屋のベッドに一人で寝かしたりもせず、側にいさせてくれた。休み時間はほとんど図書館で過ごしていたSさんに、図書館の司書の先生は声をかけてくれ、いっぱいおしゃべりに付き合ってくれた。Sさんはそんななにげない言葉がうれしかったと言う。Sさんには学校内に先生という心強い支えがいたことになる。クラスで孤立している中で、保健室や図書館に居場所があり支えとなる先生がいたと言うことはSさんにとって大きいと考えられる。

またSさんには当時通っていた日曜学校や、習い事など校外に友達がいた。特に入院中に出会ってその後も文通でやり取りを続けていた友達は支えになったと言っている。学校内で先生が支えてくれるとしてもやはり同年代の友達はほしいと思うだろう。しかしいじめられているときにクラス内はもちろんクラス外でさえ友達を作るのは難しいと考えられる。そのようなときに習い事など学校外に友達がいるのは支えになるだろう。Iさんも「中学の時に出会った友達がたくさんいるので悩みを一人で抱え込むことはなかった」と言っている。HYさんも「クラス内では我慢することしかできなかったが他のクラスに友達がいたため、クラスなど小さい単位の世界ではなく他に目を向けることができ、3年間を乗り越えることができた。両親には精神的に支えてもらった」と言っている。IさんとHYさんも友達がいたから悩みを一人で抱え込まずにすんだ、乗り越えることができたと言っている。友達の存在は大きい。HYさんは両親にも支えられたと感じている。また支えとなるのは人だけとは限らない。Sさんは「いじめられたときに毎日図書館に行って読んでいた小学生新聞やいじめの体験談が当時の私の支えだった」と言っている。その本を読んで同じような悩みを抱えている人が他にもいる、辛いのは自分一人じゃないと自分を励ましていたのだろう。Sさんには側に支えと感じられる人もいたが誰にもいじめの悩みを相談できない人にとって、本も支えになり得ることがわかる。このようにいろいろな支えがありうる。しかしSさんは「多くの人がそうとは言えない」と言う。Sさんには話を聞いてくれる人がいたし、気持ちをわかってくれる人がいた。Sさんはその点で自分自身を「運がよかった」と言っている。しかしSBFはメールや手紙などを使って相談に乗るため、遠隔地の人とでもやり取りができる。SBFのような組織も身近な人に相談できない人にとって、身近に支えと感じられるものがない人にとって支えとなり得るのではないか。

 

4−3 残る傷

Sさんは人を信じることが恐くて人間が恐くなってしまい、誰も信じることができなくなってしまった。友達から少しきつく言われたりするとまた前のようになるのではないかと、恐くなってパニックになってしまうと言う。クラスの中で何度となくトラブルを起こし時には恐怖で教室に入れなかったこともあった。Sさんはいじめを実際に受けていた小学生の時も辛く苦しかったが、その傷と戦った中学校時代もとても辛かったと言っている。HYさんもいじめの傷は決して消えるものではないと言う。ふとした瞬間に「戻ってくる思い」があり、いじめのない生活をしていても苦しくなることがある。そして少しだけ臆病になり物事を躊躇しようとしてしまう自分に焦るときもあると言っている。

また『なぜボクはいじめられるの』によると大阪府に住む高校1年の女子はいじめを受けた体験から、陰口を聞くと吐き気がして胃が痛くなると言う。しかもそれが全て自分のことを言っているかのように妄想してしまう。教室でも悪口や笑ったりしているのを聞くと、つい身構えたり震えることもあると言っている。神奈川県に住む高校1年の女子は中学2年の時にいじめを受けた。高校に進んだが心の傷はまだ消えないと言う。新しくできた友達にもどうしても一歩引いてしまう。またいじめられるのではないか、人間不信になったかもしれないと言う。そう感じる自分が嫌で、2年たっても苦しみは消えず、この苦しみが「一生残るのかもしれない」と思うと恐いと言っている(朝日新聞社会部編、1995237)。いじめはいじめの行為がなくなれば終わりというものではない。それで解決したと思いがちだが、いじめが残す傷は計り知れないものがあるということがわかる。人間不信に陥ったり、自分の行動に自信がもてなくなったりする。HYさんはいじめの傷は決して消えないと言い切っており、これから先ずっと戦っていかなくてはならないと考えていることが伺える。

 

4−4 向き合う

いじめを受けた人はいじめがなくなった後も残る傷で苦しめられるということがわかったが、Sさんはいじめの相談に乗ることでその傷が癒されることもあると言う。どういうことだろうか。Sさんは活動を始めたことによっていろいろな人の体験談を聞いたり、一緒に悩んだりすることになり昔の傷を思い出してしまい辛い時があると言う。しかしその一方で自分にできることを見つけ、それをすることによってSさん自身が癒されたとも言っている。いじめの相談に乗るということは必然的に自分のいじめられた過去と向き合わなければならない。依頼者の悲しみに共鳴してしまうだろうし、また共鳴しなければならない面もあるのだろう。それはかなり辛い作業である。しかしいじめられている子の相談にのる時にいじめられた時の経験は生かされる。適切な対処法やいじめられる辛さを分かってあげられるだろう。そして依頼者に頼りにされることで自分にも何かできることがある、人の力になることができると思えるようになる。いじめられたことのある人はいじめの傷が残るために自分に自信が持てなくなることがある。そのような時に誰かに必要とされると自分に自信が持てるようになると思う。その点でいじめによってつけられた傷はいじめの相談に乗ることによって癒されるというSさんの感覚が生じるのだろう。

一方でHYさんはいじめの傷を忘れてはいけないと感じている。いじめの傷があるからいじめと向き合うことができる。大人になっていじめは「仕方がない」ことだ、「我慢」すればいいなどと思うことがないように、忘れたいけれど忘れてはいけない傷だと捉えている。HYさんは会の活動をすることでその傷を忘れないようにしている。このようないじめとの向き合い方もある。

 

4−5 仲間意識

いじめられた経験をもつ会員はいじめられている人の力になりたいという。いじめられていた時に誰かに支えてもらったから、その支えがどんなに心強いか身をもってしっているから今度は自分がその支えになってあげたいと思うのだろう。HMさんはいじめられていることを一人で抱え込んでいた。また自分のいじめがなくなっていない状態で他の人を助けたいと思っていた。どうしてHMさんも苦しんでいるときに他の人を助けたいと思ったのかという質問に対して、HMさんはいじめはなくなっていなかったが、自分の心が落ち着いているときだけ自分みたいに苦しんでいる人を助けたいという気持ちになれたと言っている。「仲間意識」があったのかもしれないとも言っている。HMさんにもいじめられている人の力になりたいという思いはあったと思うが、HMさん自身にも力になってもらいたいという思いがあるように感じられた。一方的に支えるのではなく支えー支えられる関係を望んでいたように思う。それが「仲間意識」という表現に表れているのではないだろうか。

 

4−6 相談メディア

SBFの特徴として手紙、FAX,メール、電話を使った顔が見えない方法で相談に乗っているということが挙げられる。これらの手段を使えば遠隔地の相手とも容易にやりとりができる。いじめられている人は孤立してしまう傾向にあり、学校内で友達を作ることは難しいと思われる。また学校外に友達を作ろうとしても多くの人は住んでいる周辺といった限られた地域内での関係を築くことになり、その地域内で全く新しい関係を築くことは難しいと考えられる。そのような中で小、中学生、高校生がそれまでの社会集団の外に新しい関係を築こうとしたときに、遠隔メディアは役に立つ道具と言えるのではないか。いじめられている人が相談をするには、手紙、FAX、メール、自宅電話、携帯電話、web掲示板、直接会うという方法が考えられる。いじめられていることを両親にも隠したいと思っている人にとって、手紙、FAX、自宅の電話は使いづらい。話を聞かれたり、手紙、FAXを読まれたりすることが考えられる。しかし自分の部屋にパソコンがあって、メールが使える状況であれば誰にも気付かれることなく相談することができる。web掲示板も同じ事が言える。また今の携帯電話の普及率を考えると中学生、高校生が携帯電話を持っていることは珍しいことではない()。この携帯電話も誰にも気付かれることなく相談することを可能にしている。話をするという点では自宅電話、携帯電話、直接会うと言う方法が有効である。手紙、FAX、メールのように返事を待っているときの不安を感じなくてすむ。電話の場合相手の表情が見えないという欠点はあるが、ある程度は口調やイントネーションで気持ちを伝えることができる。気軽に相談できるという点では手紙、FAX、メール、web掲示板が有効である。web掲示板は色々な人の意見が聞けるという長所はあるが、みんなが真剣に相談に乗ってくれるとは限らないという短所がある。また人の入れ替わりが早いメディアでもあるので、特定の人と長く関係を持つのは難しいと言える。事実Sさんは依頼者に「どんなに言葉をもらっても距離が遠すぎて、実感できない。友だちだと思えなくて不安が消えない」と言われたと言う。それを受けてSさんは実際に依頼者と会い、30分という短い時間だが手をつないで話をした。その後依頼者から「人と直に触れ合って人のぬくもりを感じて話す価値はすごく大きいとこんな私でも思うようになった」というメールがSさんに届けられた。またHYさんは「文章だけで気持ちをどれだけ読み取れているか、どこまで聞いてあげられているかがわからず、突然返事が返って来なくなることや、意思の疎通ができないときもある」と言っている。このように依頼者にとって顔が見えない状態ではつながっていると感じられないと言う不安がある。また相談員にとっても文章だけで依頼者の気持ちが読み取れているのか、また自分の気持ちをうまく伝えることが出来ているのかという不安がある。やはり会うことの重みは大きいのではないか。しかし依頼者、相談員とも直接会うのではなく、距離をとってやり取りしたいという思いもあるだろう。このようにそれぞれの相談方法には長所、短所がある。それぞれの特性を生かして、依頼者の状況によって使い分けられるのがいいのではないかと思う。

 

第5章 結論

 

 本論文ではいじめの現状と文部科学省の対策、ピアの取り組みについて見てきた。いじめの数は減ったとしてもいじめを苦にした自殺は未だに起きており、いじめの深刻さは以前と変わっていない。本論文を書くに当たって私はいじめは相談することが重要だと考えていた。文部科学省の対策においてもスクールカウンセラーや心の教室相談員の配置、子ども24時間電話相談など、相談活動が重要視されてきてはいる。しかしその相談活動もいじめは「語りにくい」ものであるということを、十分に理解したうえでされるものでなくてはならない。今回の調査でもいじめの語りにくさについては多くの会員が共通して話している。両親に心配かけたくないという思いや、教師は当てにならないというあきらめ、話す勇気が無い、話し相手がいないなど理由は様々であるが、いじめは語りにくいものなのである。そのような中で教師と結びついているスクールカウンセラーや心の教室相談員に、気軽に安心して相談できるとは思えない。先生にいじめについて相談することによって、いじめが余計にひどくなると思っている生徒がいることも考えなくてはならないからである。そう考えるといじめについては教師や両親などといった大人より、子ども同士の方が相談しやすいと言える。

学校で行われるピアカウンセリングも生徒主動で行われているという意味では有効であると言える。しかし学校内で行われるものである以上いくら生徒主動であるとは言っても、教師から完全に独立して行うことは不可能である。教師から完全に独立することは、生徒相談員だけでは抱え切れない問題があった場合などを考えると好ましくないとも思うが、独立性がないと生徒側からすれば先生にうまく利用されているだけだと感じることもありえるだろう。また分析でも述べたようにいじめられている人は学校内で孤立する傾向がある。このような状況で学校内の人には相談できないと思う。だから学校外で行われるピアカウンセリングであり、自発的に活動しているSBFのような組織が重要なのである。SBFは遠隔メディアを使って相談に乗っているため、遠隔地からでも相談できるし気軽である。SBFの現在の規模ではたくさんのいじめ相談に乗ることはできない。相談員の数が不足していること、いじめの相談は長期的になる傾向にあるのに対し、相談員が受け持てる相談は一件であることが関係している。一人一人の相談に対して真剣に取り組んでいることがわかる。いじめは語りにくいものであるが、だからこそ語ることが重要なのである。一人で抱え込むということは一番あってはいけないことである。相談することによって人が支えてくれていると感じられるようになる。いじめられている人は孤独を感じやすいが、その中で支えてくれていると感じられる人がいて、そのことによって一人ではないと思えることの意義は大きい、ということも今回の調査で十分にわかったことである。語ることによって得られるものはいじめがなくなること以上に大きいとさえ私は考えている。それと共にピアの持つ支えー支えられる関係によって相談員、依頼者の双方が有益であることを考えると、これからのいじめ問題に関して“ピア”の視点が取り入れられていくべきであると思う。

                       

 

(1)TOKYO FMが首都圏に在住する中学生〜34歳の男女を対象に、20007月に行った「若者ライフスタイル分析20002001」によると、男子中学生27.5%、女子中学生30.2%、男子高校生67.9%、女子高校生84.9%が携帯電話を使用している。この調査は首都圏で行われたものであるため、全国的に見ると携帯電話の所有率はこれより下がると思われるが、多くの学生が携帯電話を使用していると言える(食品流通情報センター、2001407)。

 

引用・参考文献

 

     内閣府編(2001)『平成13年度版青少年白書』財務省印刷局

     滝充(1999)『学校を変える、子どもが変わる』時事通信社

     多賀幹子(1997)『いじめ克服法 アメリカとイギリスのとりくみ』青木書店

     清水一彦他(2000)『教育データブック20002001』時事通信社

     酒井徹(1997)『いじめ克服の日常プログラム ひとの気持ちのわかる生徒に』学事出版

     氏原宏、村山正治編著(1998)『今なぜスクールカウンセラーなのか』ミネルヴァ書房

     朝日新聞社会部編(1995)『なぜボクはいじめられるのー子ども・親・教師のいじめ体験200人の告白』教育史料出版会

     西村美佳(2000)「子どもどうしのよりよい関係づくり」國分康孝、中野良あき編著『これならできる教師の育てるカウンセリング』東京書籍:176192

     保坂展人(1996)「いじめの解決は子どもを主人公とし、移動の自由を認める環境づくりから」文芸春秋編『日本の論点97』文芸春秋:566569

     食品流通情報センター(2001)『若者ライフスタイル資料集2001』食品流通情報センター

     文部科学省(2002)「生徒指導上の諸問題の現状について(概要)」

http://www.mext.go.jp/b_menu/kensaku/index.htm

     文部科学省(2002)「平成13年度事業評価書 スクールカウンセラー活用事業」

  http://www.mext.go.jp/b_menu/kensaku/index.htm

     斎藤美栄子(2002)「『ピアカウンセラー養成講座』を受講して」

http://www.aikis.or.jp/~f-3980/wcsw9701.htm

     下野新聞(2002)「消されたチャイムー黒磯・教師刺殺事件からー」

http://www.shimotsuke.co.jp/hensyu/kikaku/chime/chime-5-6.html