高橋義男 著『サッカーの社会学』

(日本放送出版協会 1994年)

日本のサッカーを考えるうえで1993年のJリーグ開幕は大きな分岐点である。 その翌年に刊行された本書は、Jリーグを入り口として市民、行政、企業とサッカーそれぞれの関わりから、サッカーやスポーツをみる社会学的な視点を提供してくれる。当時はJリーグバブルとも言うべき状況であり、開幕戦 (ヴェルディ川崎x横浜マリノス)の視聴率は32.4%、テレビや新聞などはこぞってJリーグ構想を 賛美した。そんな中で筆者は過去から執筆当時までのサッカーと社会の関係を知ることによってサッカーのおかれた社会的な立場を理解しようとしている。

熱狂の中、振り回されること無く書かれた本書は5章から成っている。第1章では明治以降の近代化の歴史から、Jリーグの生まれてくる 背景を考察し、第2章・3章・4章で地域住民・自治体(行政)・企業とJリーグとの関わりについて説明し、第5章では サッカーくじやワールドカップ招致などを通してサッカーと日本という国の将来について論じている。サッカーはイギリスで生まれ世界に広がっていった。それは世界各国が近代化していく時期と一致している。そこには競争原理や業績主義といった近代の思想の他に、サッカーのもつ国民 (地域)全体を統合する力があった。Jリーグのホームタウンの盛り上がり(当時)をみてもそれはいえる。時は明治、近代 国家の樹立を目指す日本にもサッカーは伝わった。最初は高校・大学で、戦後になると経済成長に支えられて企業スポーツとして行われてきた。その企業と地域社会の新しい関係の中にJリーグは日の目を見ることになったのだ。 Jリーグは市民の中にサポーターと呼ばれる新しい一団と文化を作りだし、地域を 活性化させた。地元チームを応援することで住民には一体感が生まれた。爆発的な人気に支えられ関連商品は飛ぶように売れ、スポンサー企業の知名度、好感度をあげることとなった。逆にスタジアムの周りでは環境が悪化し、 利益のみを追求する企業もあった。いいことばかりではないけれど従来のスポーツ文化を突き破る新しい波として、地域づくりのための手段として、Jリーグには希望があった。

これからサッカーはどうなるのか。性別、年代を越えて普及していくのか。サッカーくじの導入のため メリット、デメリットをきちんと国民にPRし、スポーツ文化の発展に役立てられるか。2002年に ワールドカップを開催し、成功させることができるか。本書が出版されてからたった5年しかたっていない。しかしその間にJリーグの人気は凋落し、離れる企業も増えた。サポーターの中にはフーリガンまがいの行為をするものも現れた。当時は「日本にはフーリガンはいない」と書かれていたのに。本書を読みながら現在の状況と比べてみるに、問題は解決される ことなく逆に増えてしまったように感じてしまう。それでも本書を読むと現在のJリーグ、日本サッカーを取り巻く状況に悲観するかというと、そうでもないのだ。Jリーグ開幕直後に書かれたせいか、「この先日本のサッカーはどんどん良くなるんだ」という筆者の確信が行間からひしひしと 伝わってくるからだ。それにここには筆者自身の調査によって鹿島町とアントラーズとサポーターとの幸せな結びつきが報告されているのだから。

(吉田 環)


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