小此木啓吾 著『視界ゼロの家族』 1996

現代の家庭、家族はどうなってしまっているのか。夫婦間や親子間でどのような状況が起きているのか。家族の、もしくは家庭の、いろいろな側面を分析している一冊である。本書は序章から第7章までの8つの章で構成されている。序章はイントロダクションなので1章から説明して いく。

第1章「母親」

女性は社会的に認めらるようになってきており、様々な分野での活躍 が見られる。その女性たちは、良き妻ではあるが、良き母親であるとは限らなくなってきている。というのは、子育てが困難な母親が増えてきた ということである。それには現代社会において母性愛は当り前であるとい う一種の神話が崩壊したという背景がある。崩壊した理由は三つあり、一つは母親になるということが重要と考えられなくなったということである。二つ目は子どもが育った後の人生を充実させたいという考えが子育て よりも先行するようになったということ。三つ目は高齢化社会になり 子どもに老後の世話を期待できない状況なので、子どもにお金を残す よりも自分達で使ってしまう傾向になったということである。つまり、子どもよりも自分達の人生の充実を求めている社会に変わったと言える。

第2章「父親」

男性は女性の社会的地位の上昇に伴い、家庭での地位を下げつつ ある。しかし、父親としての存在意義は高まりの兆しを見せている。働く母親の増加、企業での育児に対する勤務体制の発展などの問題があ る中で父親という存在は重要になってくるのである。そして、現代社会において、家庭での父親の居場所をつくってやるということと、父親が自ら居場所を作る能力を高めるということが必要になってくるのである。

第3章「家族の絆」

家族の中に家庭があり、その家庭は子どもの養育に役割を果たして いて、しかも安全な基地としての生活の場を提供している、というのを、コンテナーモデルの家族と呼ぶ。それに対して、現在の日本ではホテル 家族と呼ぶにふさわしい家族形態が存在する。それは、一つ屋根の下で暮らしていながら、その家族の中には心の通い合いというものが なく空洞化している家族のことである。寝る時間も起きる時間も食事をする時間もばらばらでお互いが何をしているかも分からない状況なので ある。このような家族形態や、離婚、再婚などで、夫婦間の絆が弱かったりする場合や、親の憎しみが強かったりする場合、子どもは精神的な傷を 負ってしまうケースが多い。それを改善するためにも、コンテナーモデルのような家族の絆の深い家族形態を作るべきである。

第4章「結婚」

理想の妻、夫と、現実の妻や夫とのイメージのずれが現在の問題となっている。そこには女性の社会進出という問題も重なってくる。女性に家庭にいて欲しい男性と、自分の自己満足を優先させようとする女性のギャップの ような事例が多く見られるというのである。このような事から、現代は結婚の移行期であるという見方もある。つまり、男性と女性の結婚に対する価値観がずれている時代と言えるのだ。このいろいろな結婚問題を解決するためには、まず現代の状況を明確に解析することが先決であるだろう。

第5章「自分」

メディアの中で成長する今の若者と、それ以前の大人世代の間には世代間ギャップが存在する。そのギャップというのは、理念や価値観、そして女性の生き方さえにも及んでいる。しかし、それらが大人の考えと違うからといって 若者に押し付けたりするのは間違いだろう。それらは自分らしさと呼べるものなのである。この自分らしさという点で、保守的にはならずにいろいろな体験を通して新しい自分の可能性を探るということも現代において必要なのではないだろうか。

第6章「家庭教育」

親を見て育つ場合二通りの受け継ぎ方がある。一つは、親の価値観などを そのまま受け継ぐ場合である。もう一つは、親の価値観などを受け継ぐことを拒絶し、その反対の考えを強調する場合である。それらを同一化、反対同一化 と呼ぶ。しかしここでも5章で述べた世代間ギャップが絡んでくるのである。親の価値観や理想を次世代の子どもたちが批判したり、対立したり、さらには 断絶することもあり得るのだ。中年期に、親から受け継いだ価値観と、思春期に自分で選択したものとをいかに調和させるかが課題となる。 さらに、この世代間ギャップは学校にも影響を及ぼしている。教師と生徒の関係に加え、教師自体にも変化が及んでいるのだ。それら原因の一つとして 現代のコミュニケーション不足が挙げられ、どのような世代間でももっとコミュニケーションの必要があるということになる。

第7章「視界ゼロの生き方」

現代は既成の考え方や価値観が確立していない状態にある。善と悪の判断 などの自明性はっきりしていない。さらには、自分の人生設計さえも考えられない状況だ。そのような社会状況からは不安や緊張などが生まれる。このような 視界ゼロの生き方の中で、人と人とつながりを回復することが重要になってくる。メディアを中心として進む人との関わりの希薄化を食い止めるには、隣人愛が必要である。それが回復の手段なのだ。現代の個人社会ともいえるこの状態を抜け出すためには、人との関わりをもう一度見つめ直さなくてはならない。

本書を読めば読むほど不安が高まる。自分が考えているよりも実際ははるかに 不透明な状態であるようだ。価値観などが自明なものでなくなっているということについては、実際感じ取れるが、このように細かく分析をしてみると、とてつもなく不安定な社会にいることが分かる。それは、経済的とかいう意味ではなくもっともっと根本的な問題のようだ。これからの日本は一体どのような方向へ進むのだろう。 読まなければ良かったと少し後悔した一冊でもある。

(谷川 旅帆)


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