『声のオデッセィ ダイヤルQ2の世界〜電話文化の社会学』

(1994年 富田英典 恒星社厚生閣)

ダイヤルQ2はNTTが1989年7月から開始したサービスで、アメリカのAT&T(米国最大の長距離電話会社)の「900番サービス」を真似たものである。アメリカの「900番サービス」には、法律や医学、税金、コンピュータ操作、身の上相談と、様々な番組があり、「アダルトコールライン」や「デートライン」等も登場している。ダイヤルQ2は、サービス開始当初4番組・53回線から2年後には11000番組700000回線にまで急成長した。しかし、当初は情報料が6秒10円と非常に高額であったため、通話料は払えるのに情報料のために自殺するといった事件まで起こっている。

また、ダイヤルQ2が少年非行の原因になるということもいわれ始めた。「青年の意識と行動に関する調査」出は、利用経験者は全体18.5%、男性21.5%、女性16.5%で、成人18.1%、未成年19.7%だった。番組内訳は、男性は「アダルト番組」「伝言ダイヤル」「ツーショットの順に高く、女性は、「占い」「伝言ダイヤル」「ツーショット」の順だった。「アダルト番組」に限っては、成人男性よりも未青年の男性の方が利用しているため、「有害環境」と表現されてしまう。次に、「パーティライン」を挙げ、パソコンのチャットとの共通点や相違点、「モニター君」「無言クン」といった会話に参加しない人などのことも紹介している。

「ツーショット」は自宅でできる「テレクラ」であり、「テレクラ」と違うのは、男性側も電話をかけている点である。「ツーショット」では、フリーダイヤルでかけてくる女性がいかに多いかにそのラインの成否がかかっているため、お金を払う男性は「お客」であるが、女性は「上客」という不思議な構図ができあがる。そのため業者は、アルバイトの女性に一般女性のふりをさせたりする。「ツーショット」には、(1)フリーダイヤルで電話してくる一般女性(2)業者が雇ったアルバイトの2タイプで、(2)は更に,(A)事務所に待機している女性「逆テレクラ」(B)女性が事務所から電話(C)自宅から電話(D)男性の電話を女性の自宅に転送の4タイプがある。「逆テレクラ」の場合に女性を指名する男性もいるのである。これはスナックやバーの女性を相手に酒を飲む中年男性たちによく似ている。人が一番孤独になる深夜、話し相手になってくれる「ツーショット」の女性は、「深夜のカウンセラー」の役割を果たしていると著者は指摘している。「ツーショット」では相手の「声」「年齢」「職業」によって相手のイメージが固定される。若林幹夫は、電話コミュニケーションを「機能的・手段的コミュニケーション」と「自足的コミュニケーション」にわけ、前者から後者へと広がりを見せていると言う。「ツーショット」は相手のことを探りながらも会話を楽しむ「自足的コミュニケーション」である。そこには、(1)「偽りの自己」「偽りの現実」の呈示、(2)年齢の標識としての声(3)声のフェティシズム(4)声のシュミラークルが挙げられる。(2)は(子供の声)(青年の声)(中年の声)(老人の声)を私たちは聞き分け、実年齢をいう言葉より声のリアリティを選ぶ。(3)は「身体から切り離された声や口への執着によってもたらされた感覚」である。「ツーショット」にはテレフォン・セックスを楽しむ人、女性のふりをする「女声の男」もいる。(4)はお互いに<自分の口が相手の耳元に/自分の耳元に相手の口がある感覚>を共有することができる。「私の声」は電話を通り、電話の向こう側で「声」がもう一人の私を生み出すが、私はそのもう一人の自分の姿を知ることはできない。こういった声の消費では、人々の好奇心や欲望を吸収しながら「偽りの自己」を呈示する電話ゲームの世界、声だけならお互いに傷つくことのない安全な世界、「他者」のいない「ナルシズムの世界」なのである。

2部ではボードリヤールの消費社会論やラッシュのナルシズム論・サバイバル論等を取り上げ、現代の「自己イメージ指向社会」についても「自律型」「過剰同調型」「適応型」といった3タイプから考察している。

本書は最近言われるようになった「やさしさ」をダイヤルQ2という電話コミュニケーションから見ていた。これは今、高校生の間ではやっている「ワンコール」(着信通知だけ表示させて1回のコールで相手が出る前に切ること)にも同じように見られることだと思う。つながっていたい、けれど踏み込まれたくないという矛盾を解消するための手段であるのだろう。

(早田 朱美)


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