千石保 『「モラル」の復権』 (1997 サイマル出版会)


 この本は、情報を消費しつつ、仮想空間に浮遊しながら自分で選んだ好きなことに熱中する若者たちについて、その内面と行動原理を、アンケートで得たデータをもとにアメリカ、中国などの若者と比較しながら書かれている。
 まず、「楽しさの創造 プロローグ」では、日本の社会システムが若者の創造性を貧しくしていること、若者の「自分発見」の志向のこと、ボードリヤールの論を基にした女子高校性の消費、などを絡めながら、この本のキーワードとなる「好きなこと 」「楽しいこと」について考察している。
 第1章の「ベル友の時代 情報化する人間関係」では、友達関係をアメリカのそれと比較しながらみている。またここでは、反対意見の表明をしないことが原因で、いつのまにか多数派に加わってしまう「沈黙の螺旋モデル」が友達関係を支配していると述べられている。そして、ベル友などの存在で孤独感は表面的な社会的孤独から解放されはしたが、熱く心地よい親和欲求不全の孤独感が広がりつつあり、ポケベルの楽しさは、実は深いところに問題を秘めていると指摘している。
 第2章の「若者のIとme 自分探しと拒否性」では、沈黙の螺旋モデルを実現させる「自我」の弱さ、勇気のなさに焦点を当てている。日本の友達社会は、いわゆる「内集団」と「対面集団」といわれる特質を持っている。グループ内の相互犠牲的忠誠心は強く、そのなかで、「拒否」をすると無視から虐待までの罰を受ける。このグループが、ミニスカ、ルーズソックス、ケイタイ、ポケベル、そして援助交際やオヤジ狩りを生んだと述べている。
 第3章の「オヤジの崩壊 親子関係の揺らぎ」では、かつてあった父親のイメージが崩れたために家族がバラバラになり、ポケベル、ケイタイ、個室など、情報と消費が若者のみならず家族をものみこんでいる状況とともに、かつての「親」だから権力を持つという真理から離れて、新しい理念を見つけつつあるとも述べている。
 最後に「自尊の理念 エピローグ」では、若者たちの求めている「新しい理念」について考えている。家族や友達との関係が変化し、古いモラルは機能しなくなった。新しいモラルを守る若者たちは、もっと誘惑を拒絶する勇気が求められるようになる 。その勇気は、「好きなこと」を選び、そして「楽しむ」という「自立」から生まれるのではないか。それでこそ「自尊」の念が生まれる志を高く持つこと、自分を高く売ることが、新しいモラルの中核となると著者はまとめている。
 いじめや援助交際、ベルともについてデータや実例をもとに著者の考えを述べているので読みやすく分かり易かったように思う。だが、高校生全てが悪いことをしているわけではないと著者はくり返し述べ、そのとうりだとも思うのだが、そのことについてのデータはなく、物足りなさを感じた。また、この本のなかで、何人かの社会学者の論が使われており、前期に勉強した復習もかねられてよかったように思う。

(高橋朝美)
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