井口 泰泉 監修 1998 『環境ホルモンの恐怖』 PHP研究所

『環境ホルモンの恐怖』

 『地球の他の生き物に有害なものは、人間にとっても無害ではありえない。』 この恐怖が「環境ホルモン」という形で現実化してきました。

環境中に放出された化学物質の中には、生体に入り、女性ホルモンと似た作用、坑男性ホルモン作用など内分泌(ないぶんぴつ)系をかく乱する作用を持つものがあり、すでにこれらの化学物質の影響で生殖異変を起こしている野生生物種があること、そしてこれらの化学物質は人体にも蓄積されていることが分かってきました。

そのような作用を示す一連の化学物質を「内分泌撹乱(ないぶんぴ かくらん)化学物質」通称「環境ホルモン」と呼んでいます。

多摩川のコイの精巣異常、ロンドンのニジマスの雌雄同体化、フロリダのワニや日本近海の巻き貝のメス化・・・など、世界中の生き物の生殖異常が相次いで報告されています。

 また、生殖異常はヒトにも及んでいます。フランスやドイツ、ナイジェリアやパキスタン、香港、そして日本などで精子数の減少が報告されています。数が少なくなるだけでなく、奇形や、運動率が悪くなっていることが指摘されています。

『精子は、ただ動いていればいいというものではありません。例えば、同じところをぐるぐる回っているだけでは動いているとはいえない。ちゃんと真っ直ぐピューンと飛んでいくのが正常なんです。我々の調査では、そういう動きをする精子が本当に少なかった。』

今もヒトの精子数が減り続けているとしたら、いずれ人類は子孫を残せなくなる・・・・。 そのような可能性が全くない、とは言えないのです。

これまでに、約70種類の化学物質が環境ホルモン作用を疑われています。
それらは大きく、「農薬用」「工業用」「その他」の3種類に分けられます。

「農薬用」は除草剤や殺虫剤、殺菌剤など、他の生き物を殺すために作られた化学物質です。代表的なものはDDTで、これは現在は使用禁止になっていますが、残留性が強く、散布した量が半分になるには100年かかると言われています。また、中南米やアフリカでは今も使われています。

「工業用」の代表例はPCBです。PCBは電気絶縁性を持ち燃えにくく、化学的に安定していることからコンデンサ(畜電器)やトランス(変圧器)の絶縁油や冷却液には適していました。
 そして20世紀半ばは、電気化学工業が急速な発展を遂げた時期です。テレビやラジオ、冷蔵庫、エアコン・・・これらの電気製品のほとんどにPCBが使われました。トランスやコンデンサの耐用年数からいって、90年代の終わりがPCB汚染のピークだろうといわれています。

また、哺乳瓶や、缶詰の内側のコーティングに使われるプラスチック、カップめんの容器に使われる発泡スチロールなど、私たちが日常的に使っているものからも環境ホルモンが溶け出している、という疑いを持たれています。

環境ホルモンの特徴の一つは、「1グラムの一兆分の一」といった極めて微量でもヒトや動物の体に劇的な変化を引き起こすことです。ですから、誰も気づかないうちに汚染が進んでいる恐れがあります。

もう一つの特徴は、残留性の高い化学物質が含まれているということです。同じ環境ホルモンの中でも比較的短期間に分解されるものもありますが、DDTやPCBなどは簡単には分解せず、半永久的に地球上に残ります。しかも食物連鎖により、微生物や魚の体内で100万倍、1000万倍という単位で濃縮されます。食物連鎖の頂点に立つヒトの体内に入った時には天文学的な濃縮倍率になってしまうのです。

さらに、化学物質の種類によっては、体内の脂肪組織に蓄積されて長期にわたり残留し、親から子、子からその子へと世代を超えて受け継がれていきます。

環境ホルモンの疑いが持たれている物質も、そうでない物質も含めて、私たちの生活は化学物質なしには成り立たなくなっており、環境ホルモン汚染を完全に回避することは難しくなっています。とはいえ、いくつかの点に注意することで、ある程度は避ける事はできます。

  1. プラスチック製品を使う時は十分に注意する
  2. 手洗いやうがいを習慣化し、殺虫剤は極力使わない
  3. 避妊用ピルの使用は慎重に

・・・などです。つまり、環境ホルモンから身を守る方法とは、『大量生産・大量廃棄のライフスタイルに緩やかなブレーキをかけること』に他ならないのです。

『これまでは危険性が分かってから生産・使用をやめるという対処の仕方でした。でも、これからは安全性が確認されなければ、まずは危険視して使うのをやめるんです。そういう予防原則に立って対策を進めていかなければならないでしょうね。』

禁欲的になる必要は全くありませんが、無理をせずにできることから小さな一歩を踏み出すことが、自分や子どもたち、ヒト以外の生き物の住む「地球」を浄化することにつながります。

まず、深刻な事実を知ること。その上で決して絶望するのでなく、将来に希望を持って生きること。このことを本書は教えてくれたように思います。

(高田 浩司)

目次に戻る