小林 よしのり・浅羽 通明 著『智のハルマゲドン』(徳間書店 1995年)

インテリの自閉と怠惰

 『東大一直線』『おぼっちゃまくん』などヒット作多数、『ゴーマニズム宣言』で差別や宗教など日本のタブーに挑戦している異常天才・小林よしのり。著書に話題作『ニセ学生マニュアル』の三部作、『天使の王国−「おたく」の倫理のために』『澁澤龍彦の時代』や同時代を思想する個人ニューズレター「流行神」を発行し続けている〈おたく世代〉の知の旗手、思想家の浅羽通明。
 本書は、この両氏が冷戦とバブル崩壊後、全ての言葉が相対化し国家そのものが液状化した日本をゴーマンに再構築しようとする超過激の対談に書き下ろし評論を大幅に補足したものです。
 論じられる内容は、戦後の思想史、天皇制度、宗教、オカルト、科学、政治、差別と言葉狩り、恋愛、時代、倫理など多岐に渡っています。
 そして、この本の題名には『知のハルマゲドン』、コピーには「権威は死んだ! 俺たちが殺した!」とあるように、この本で論じられていることのほとんどにインテリの自閉と怠惰が関わってきます。
 本書の第一章でこの自閉的であり大衆に見捨てられたインテリの今日に至る歴史を次の三つの原因から浅羽氏が論じていきます。
 一つ目は、いまだに高度経済成長以前、昭和二十年代に考えられた価値観から思想を語ってきた怠惰。
 二つ目は、どんなテーマについても、知識人以外にはどうでもいい問題意識からアプローチばかりしていた閉鎖性。
 三つ目は、すでに完成した思想があることを前提としてそれが真理ゆえに啓蒙すべきだという特権意識。
 少し、一つ目の原因を説明してみると戦後いかにして日本を豊かに復興させるかというときインテリの多くは社会主義革命を成功させてソ連の様な労働者の楽園を築くという方向を選ぶべしと唱えていた。しかし国民はがむしゃらに働いて業績を伸ばし少しでも出世して高度成長の分け前にあずかり所得を伸ばそうとすることを選んだ。国民はインテリの教えを仰いで革命を目指したり、市民運動を起こしたりはしなかったのです。ここから戦後のマジョリティの欲望とインテリの言葉は乖離していく。
 こうなるともはや彼らの生活の実態から離れてしまったインテリの言葉なんていらないと言われてしまい、普通の人は誰も活字、特に総合誌なんて読まなくなる。
 しかし、と言ってインテリの言葉がまったく不要となったとは言えない。物質的に恵まれていて生活には困らなくても、やはり自分のアイデンティティをどこに求めつつ生きていくのかという問題は残ってしまう。
 そしてこのような彼らマジョリティの需要に応える形で言葉を放ったインテリはほとんどいなかった。
 『ゴーマニズム宣言』が今、社会現象にまで高まった反響を呼ぶに至ったのはこのような言論界の状況を軽視できないと浅羽氏は論じています。
 私も『ゴーマニズム宣言』は大衆(特に若者)の需要に応える形で言葉を放っていると思う。
 小林氏は語る。赤塚不二夫も見ていなければ、山上たつひこも見ていない。そういうひねりにひねったギャグマンガの世代はもういない。そういう人たちはもっと上にいってしまった。四十代とか五十代になってしまった。
 だから若い人たちはひねればひねるほどわからない。その代わりに、直球を投げれば分かってくれる。ストレートでガーンといったほうが、反応がドーンとくる。
 この純粋すぎる世代を、きちんと対象に向き合える誠実さを残したまんまひねくれさせる、ずるがしこくさせるのが『ゴーマニズム宣言』の仕事であるわけよ。
(沖田 英治)

目次に戻る