大橋 照枝 著『未婚化の社会学』(日本放送協会 1993年)

未婚化現象は日本社会を変える?

 「結婚」というものは、若い女性たちにとって最大の関心事である。それは様々な女性誌が交代にと言えるほど「結婚」特集を組んでいることからも明らかであろう。最大の関心事である結婚であるが、平均初婚年齢は年々高くなってきている。「晩婚化」「未婚化」とおいわれてからずいぶんと経つ。その原因として一般的に挙げられているのは女性の高学歴化であり、その結果とされている代表的なものは出生率の低下である。本書では、「結婚」をとりまく意識はどのように変化してきたのか。「結婚」というシステムはどういったものなのか。「未婚化」が日本社会に何をもたらしつつあるのか。といった問題について答えてくれる。「結婚」制度や結婚にともなう経済的事情を知る上で、大いに役立つだろうと思われる。しかし、「未婚化」の根拠となるはずの結婚に対する意識の分析の部分が全体の分量を考えるとやや少なく、また一般的な分析とあまり大差が見られなかったのが、私としては残念である。著者のとる立場からすると仕方ないことかもしれないが、日本社会に対するフェミニズム的な厳しい非難がかなり目に付く。これもフェミニズム的な思想を持たない人にとっては少し読みづらいかもしれないと感ずる。
 さて、本書は第1章から終章まで全部で8章の内容構成になっているが、ここでは扱っているテーマごとに評者なりに5部に分けて簡単に内容を紹介していこうと考える。
 1部は、第1章の結婚モラトリアム現象がその部分である。女性たちの結婚観が変化して結婚消極派、否定派が増え、「積極的結婚モラトリアム化」が進んでいる。その要因を著者は、結婚の経済的メリットが女性の高賃金化により減退していること、「母親代わり」を妻に求める男性との意識のギャップを様々な調査結果から挙げている。そして女性が経済的事由による結婚から自由になった今こそ、自立した男女のパートナーシップの確立のチャンスであると主張している。
 2部は第2章で、結婚というシステムが家父長制における女性の地位を合法的に、社会的に確立したものであり、それは資本主義経済の発展にも大きな役割を果たしたことが述べられている。結婚がいかに男性や国家の利益のためだけに作られているか、女性を結婚制度に組み入れるために社会的操作がなされてきたかを、ジョン・S・ミル、エンゲルス、バートランド・ラッセルらの著作からの引用で明らかにしている。
 3部に当たるのは、第3章と4章である。ここでは、結婚に関わる経済的側面を扱っている。結婚による女性の経済的デメリットの最たるものは無償の再生産労働である。このために既婚女性はパート労働をすることになり経済的自立が妨げられる。また著作は社会保障も女性の経済的自立を前提としておらず不十分であることも指摘している。経済学のテーマとしての「結婚」では、アメリカの女性経済学者が「女性の家庭内生産性」「結婚を通してもたらされる女性への教育投資の非市場的見返り」などについて研究している。
 4部は第5章、6章から成り、事実婚についての記述である。戸籍上の婚姻において女性の足かせとなるのが「夫婦同姓」であり、家制度の残がいである三等親内の姻族までの扶養義務である。これらの重荷から自由になる事実婚の実際をまだ少数の日本の状況と、女性の高い「労働率」「婚姻率」「出生率」が併立するスウェーデンでの状況を比較しながら述べている。
 最後の第5部は、未婚化が日本社会に与える可能性について言及している。著者は、結婚モラトリアムや未婚化現象が日本の男性文化偏重の企業社会を人間と経済のバランスのとれた社会にリストラクチャリングするよいチャンスであることを示していると提言している。21世紀に向けての労働力不足の解消のために女性が社会進出するのは不可避である。女性が、自分を養っていけるだけの稼ぎを自分で働いて得る働き方をすることが豊かな社会を保持できる道であると主張する。
 ごく最近言われている「若者の保守化」傾向は何を表しているのだろうか。しかし多少の揺り戻しはあるにしても大きな流れとしては著者の主張する方向へ進むであろう。「結婚」への疑問に気づかなかった時代へ戻ることはできないのだから。著者の考える個人ひとりひとりが、どんな生き方の選択をしても社会から不利に扱われない、圧力を受けないフェアな社会が実現することを私も望んでいる。
(前田 こず枝)

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